「やった、成功dぶがばっ!?」
真っ暗な部屋、薄っすら灯る蝋燭、杖を持った怪しい黒ローブ。
私は飛び起きて、眼の前にいた黒ローブを思いっきり蹴飛ばした。
「私は……ポテトフライを作るためにジャガイモを揚げてたはずなのに……ここはどこよ!」
大木をハンマーで殴ったような音をたてながら、壁に叩きつけられる黒ローブ。我ながら、なかなかいいドロップキックが放てた。
じゃ、なくて。
「ここはどこよ、アンタ誰よ、私は誰!」
「ここはアザレア子爵家の地下牢、ボクはアザレア子爵に騙されてこき使われてる魔法使いのカーリー・パウエル、そして貴方はベラ・トレス!」
そう、私はベラ・トレス。前世の記憶があって少し便利な魔法が使えるだけの普通の村娘だ。
だが今彼が言った言葉に2つ、引っかかる所がある。
私は彼の上に腰掛け、黒ローブをはずした。
「ぶげっ! な、なんで乗るんですか!」
「拉致監禁してきた相手に慈悲なんてないわよ。……あんた、名前も気になったけど顔も女の子みたいね」
ローブを外したカーリーは、目がくりくりしていてそばかすのある少女のような見た目をしていた。
「み、みたいも何も! ボクは女ですよ!」
「あ、そうなの。ごめんね、男の子だと思ってた。杖持ってるし、魔法使いだし」
ローブも男モノっぽいしね。
私の言葉にムッとしたのか、尻の下でバシバシと暴れるカーリー。
「魔法使いは男の人ばかりじゃないですよ! 貴方だって魔法が使えるんですから、広義では魔法使いでしょう!」
本職程は使えないけども。
でも女の魔法使いは魔女というのでは……という言葉を飲み込み、カーリーの顔を覗き込む。
「ふーん」
亜麻色の髪に青い瞳。あと2年か3年もすれば、道行く人が振り返る美女になるだろう。
背がだいぶ低いから、セクシー系にはなれなそうだけどね。
「ま、あんたの顔は良いのよ。……そんなことより、ここがアザレア子爵の屋敷ってどういうこと!? あたし、あの人の不興を買うようなことした覚えはないわよ!?」
アザレア子爵といえば、才色兼備で明朗快活、無類の贅沢好きというところを除けば特に欠点の無い人だ。
あくまで表向きは。
「ふふふ……」
私の反応を見て、仄暗い笑みを浮かべるカーリー。取り敢えずゲンコツを落とすと、彼女は頭を抑えてうずくまった。
「あうぅぅ……。そ、そのビビりよう……やはり成功ですね! 良かった……これで首の皮一枚繋がる!」
わけのわからないことを言うので、私は彼女の頬を思いっきり引っ張る。うにょーんと伸びて、なかなか可愛い。
「ふぁふぃふふんへふふぁ!」
「簡潔に状況を説明しなさい。私はすぐにでもあんたの目を見えなくすることも出来るって忘れないでね」
頬から手を放し、しかし依然彼女の上に腰かけたまま声をかける。カーリーは頬をさすりながら、取り合えずこちらに手鏡を渡した。
そういえば、こちらの世界に来てからしっかりした鏡なんて初めて使ったな――そう思いながら自分の顔を見てみる、と……。
「~~~~~!? はっ!? こ、この顔!? なんで私がイザベル・アザレアになってるの!? え、死にたくないんだけど!?」
思わず叫びながら立ち上がる。ペタペタと顔を触り、視線を自分の服に落とす。高そうな……イザベルが好んで着ていた成金趣味のピンクのドレス。
ささやかだった胸は手のひらじゃ収まりきらない巨乳になっており、よく見たら視点もいつもより高い。
私の身体が、私の物じゃない。
「ど、どういうこと!? まだイザベルの処刑まで数年あるはずよ!? わ、私は影武者として殺されるの!?」
「わー! 落ち着いてください、落ち着いてください!」
カーリーの首根っこを掴み、勢いよく前後に揺さぶる。命の危機に瀕しておいて、落ち着けというのは無理がある。
彼女から手を放すと、カーリーは咳を数度してから呼吸を整えた。
「い、イザベルを知ってるということは……ちゃんとこの世界、『ダンシング・プリンス! ~アイドル覚醒~』はご存じのようですね」
ご存じも何も、ニヨニヨ動画で毎日のようにMADが作られている伝説のネタアニメだ。
乙女ゲーを原作としているのだが……何を間違えたのか二種類ある逆ハーエンドの一つ、革命エンドをアニメ化したせいで初見勢が置いてけぼりを喰らったのだ。
ノルマのような作画崩壊、ワンクールに収めるための超展開、そして無駄に良い声優陣による無駄に素晴らしいキャラソンのせいで終了後十年は経つと言うのにネタ、ガチ問わずMADの常連と化している。
「その名前を知ってるってことはあんたも……」
「はい、ベラさんの考えている通り転生者です」 胸に手を当てて頷くカーリー。
(マジかぁ……)
私は遠い目をしながら、天井を仰ぐ。
この世界で前世の記憶を思い出したの六年前、十歳の誕生日。木から落ちた時に見た走馬灯の中に、前世の記憶があったのだ。
その日以降、私は最上和香としての記憶を持ちながらベラとして過ごしてきた。最初はかなり混乱したけれど、記憶があったおかげで四年前に両親が事故で亡くなってからも強く生きてこれたと思っている。
「……あんたもそんな感じ?」
「いえ、ボクは生まれつきです。前世から数えると、今年で二十歳くらいですね。ベラさんはおいくつですか?」
「レディに年齢を聞くもんじゃないわよ」
「痛いです痛いです痛いです!」
カーリーの鼻を力いっぱいつまんで持ち上げる。痛みから逃れようと必死でつま先立ちしているのがなんだか可愛い。
彼女の肉体年齢は十歳くらいに見えるので、前世でもやはり十歳くらいで死んだのだろうか。それは中々壮絶な人生を歩んでいる。
「……あれ? だとしたらなんで『ダンプリ』知ってるの? 私が高一の時のアニメよ」
「伝説のネタアニメなんで、よくニヨニヨ再放送してましたよ」
言われてみれば、毎年夏は『ダンプリ祭り』と称して一挙放送してたわね。
「で? 私は影武者にされるんじゃないなら何なのよ」
「あ、はい。イザベルって原作における事件が起きるまでは、清廉潔白な人として知られてるじゃないですか。そのせいで、イザベルのヤバさを誰にも伝えられないんですよ」
「まぁ、そうね」
私は原作のゲームもやったから知っているが、イザベルはかなりの人格者として登場する。 人に分け隔てなく接し、弱者には救済を、強者にはハッキリとした意思を示す女傑。それがゲーム序盤の彼女に対する評価だ。
「プレイヤーである私もそう思ってたしね」
実際は……彼女は『自らは素晴らしい人間である』という優越感から、虫に施すくらいの感覚で他者と接していたからなわけだが。
それが顕著になるのは、主人公がライバルとして台頭してきてから。生来の傲慢さと自己中心さに横暴さが露呈して自ら破滅の道を歩む。
……と、彼女にはシナリオ上の中ボスにして、主人公たちが世界に打って出るための踏み台としての役割を与えられている。
「でも彼女は自滅する。それはもうド派手に、一族お取り潰しのレベルで。……そうなると、お抱え魔法使いであるボクも最悪殺されるんですよね」
彼女のやらかすことは、割と擁護出来ないレベルでヤバい。何せ国家存亡の危機に陥るわけだから。
国賊という言葉すら生ぬるいほどで、恐らくアニメでネタキャラになっていなければアンチスレが乱立していただろう。
「それを防ぐために、いっそ彼女のことを知っている存在……つまりボク以外の転生者に協力を仰ごうと思って」
「それで私を選んだのね。……で? 何で私の顔がイザベルになってるの?」
「あ、それは簡単です。ボクの魔法で彼女と魂を入れ替えました」
腕を組み、ドヤ顔になるカーリー。鼻高々に得意げで、満足そうに笑っている。
「そのおかげで、貴方は一介の村娘から晴れて子爵になれましたよ! ここから破滅ルートを回避しましょう!」
とても嬉しそうで、褒めてと言わんばかりなので――私は彼女の顎を掴んで前後に揺さぶった。
「あががががが」
「回避しましょう! じゃないわよ! 私は回避するまでも無く、最初から破滅しなかったのよ!? それなのに何で巻き込むのよ!」
「うわぁぁああ! べぶっ」
カーリーを持ち上げて、壁に投げつける。潰れた蛙みたいな声をあげて地面に落ち、涙目でこちらを睨んできた。
「し、仕方ないじゃないですか! ボク、この通り首輪を付けられてるせいで彼女の命令には絶対だったんです!」
立ち上がって首を見せるカーリー。確かに彼女の首元には、主に奴隷や犯罪者が付けられる首輪が付けられている。しかも色が金色――つまり最高級品だ。
許可が無い限り、持ち主になんのアクションも起こせないようになっているはず。
「だからあんた、私にさっきからされるがままなのね」
「はい! なのでまず、これを外してください!」
「便利だからそのままにしておくわ」
「そんな!?」
絶望顔になるカーリー。なかなか彼女の反応は癖になるというか、いじめ甲斐がある。
「ってか、こんな首輪があるのにどうやって彼女と私の魂を入れ替えたのよ」
「若返りの魔法が出来たので、使わせてくださいと言って許可を得ました。イザベルの肉体年齢は十六歳十一か月だったので」
「十か月くらい若返った、と。なかなかやるわね」
入れ替わったイザベルがどうなってるかは分からないが、理屈は分かった。カーリーはなかなか強かなようだ。
部屋の端っこから椅子を二脚持ってきたカーリーは、私に座るよう促す。私は彼女の前に座り、足を組んだ。
「戻せって言えば戻すの?」
「ネズミで実験したんですけど、例外なく二回以上魂を入れ替えたネズミは発狂しました」
真顔で淡々と言うカーリー。私は立ち上がって、彼女の背中に回り込んだ。
「そんな危険な魔法を………」
「ほへ?」
そう言いながら、カーリーを羽交い締めにして椅子から立ち上がらせる。
そして暢気な声を出している彼女に――床に突き刺さんばかりのジャーマンスープレックスをぶちかました!
「平然とやるんじゃないわよ!!」
「まそっぷ!」
地面に叩きつけられ、目を回しているカーリー。私はそんなを見ながら、大きくため息をついた。
(面倒なことになったわね)
この場で彼女をぶちのめして逃げるのは簡単だ。カーリーが私とイザベルの身体を入れ替えるなんていうとんちきな魔法を使えたように、私も割とインチキな魔法が使える。それがあったから、両親が亡くなった後も生きてこれたのだ。
ただ逃げたとして……もう顔はイザベルになってしまっている。まず間違いなく、これまで通りなのんびり生活は送れない。
戻せないというのは彼女のハッタリかもしれないが、無理にやらせて本当に発狂したら目も当てられない。
……となると、一番良いのはイザベルとして生きていくことか。
「はぁ~……。まぁ、いいわ。じゃあ私は彼女の代わりに何もせず、おとなしくしておけばいいのね?」
前向きに捉えれば、毎月カツカツだった経済的な問題がまとめて解消できる。なにせ貴族なのだ、金の問題はあるまい。
「別に本物のイザベルみたいに贅沢したいってわけじゃないし、経済的な余裕って心の余裕に直結するもんね」
私がそうカーリーに言うと……何故か彼女は、意味深な笑みを浮かべた。
「…………(にこっ)」
「………………ちょっと待ちなさいよ。子爵家でしょ? この国でも上から数えた方が早い家でしょ!?」
カーリーの顔は、慈愛に満ちている。慈愛に満ちていて、そして無茶苦茶ムカつく顔で……。
私に差し出されたのは、とある書類。これでも四大卒、社会人も四年ほどやった。故に何が書かれているのか分かる。
これは……この領地の……収支報告書……!
「ねぇ、嘘でしょ……あ、あの……そうだったわ、イザベルの両親は……本当のこの領地の領主は……?」
言いながら、思い出す。ゲームの中盤、イザベルが何であんなに好き勝手出来るのか。
このクソアマ、合法的に両親を僻地に追いやって実権握ってるんだった……!
「嘘だと言ってよカーリー!」
「残念ながら、そこに書いてある数字が全てなんです」
項垂れる私の肩に優しく手を置くカーリー。
そこにある笑顔は……間違いなく地獄の悪魔よりも邪悪だった。
「さあ、一緒にこの崖っぷちの領地をどうにかしましょう!」
「ふざっけんなぁあああああああ!!!!」
収支報告書を地面に投げつけ、踏み潰す。
でかでかと真っ赤な字で、八桁の数字が並んでいる破滅への片道切符を――。