「えーと、この国の名前はライネル王国。山に囲まれた小国で……代々ドウェルグ王家が治めている、と」
あれから一時間ほど走っただろうか。荒野を抜け、俺たちは森のようなところに入っていた。もう少し行けば、街に着くらしい。
ずっと走りっぱなしで疲れたので――森の中で身を隠しつつ、休憩していた。
「はい。そして現国王……私の父が先日、軍備強化のために機兵を増産する法案を通したのですが……」
実際に増産ラインが整った昨日、唐突に機兵の軍団によって王都が襲撃を受けてしまった。
「機兵反対を唱える宗教や、軍備拡大に反対する者たちなど。そして――税金が吊り上がる、というデマを鵜呑みにした人たちがこうして革命に参加したわけです」
幸い、現在は城都でのみ戦いが続いているらしいが……クーデターであり、革命に近い動きになっているらしい。
「で、その主犯……つまり武力政変を起こした張本人は?」
「……わかりません」
それもそうか。
「じゃ、次の質問。なんで俺の言葉は通じているんだ?」
「……それは、あなたの話している言葉が原理語だからでしょう? ライネル王国の公用語ですし、世界的に見ても使ってる国は多いと聞きます」
……つまり、この世界では日本語は英語みたいな役割……ってことか? それとも、俺はなんらかのチート的能力を得ていて、言語が通じているのか?
まあなんにせよ、言葉が通じるのは助かる。後は文字も一緒ならありがたいんだが……ま、喋れりゃすぐ読むくらい出来るようになるだろう。
「ま、それはいいや。で、最後の質問。なんでリーナだけがこの機体に乗って逃げてきた? 他の親族は?」
俺が訊くと、リーナの顔が分かりやすく青くなった。
「実は……その、国王派だったはずの貴族も革命に参加していて……」
「お、おう」
暗く、昏い声になるリーナ。泣き出すのか――というよりも、困惑しているような表情だ。
「父は、現国王は……この革命が起きる一週間前くらいから、行方不明なんです……」
「おおう……」
それは間違いなく求心力が下がる。そんないざこざの隙を付け込まれたってわけか。
「その……以前から暗殺者や誘拐が来ることも普通にあったので、もしかすると誘拐されたのかも、と……。あの父を誘拐出来る人がいるとは思えませんが……」
国王の誘拐、暗殺。そりゃどんな国でも狙う奴はいるわな。頻繁に起きるのかどうかは、王族を経験してないから知らないが。
「私一人逃げて来たのは……このムサシを守るため、そして父と姉を探すためです。あの二人ならムサシを操縦出来ますから」
なるほど、それで一人で逃げていたわけか。
「操縦できる奴も一緒に乗ればよかったのに」
「そんな暇はありませんでしたし……何より、機兵を操縦出来る兵がそもそも少なくなってしまっていたので」
戦力を落とすわけにいかないと判断したわけか。
「って、姉も探す?」
「はい。……姉も現在行方不明でして」
王家ボロボロじゃねえか。
ちょっと絶句していると、今度はリーナが俺に質問してきた。
「その……今度は、私からお尋ねしてもよろしいですか?」
「ああ」
「まず、お名前は?」
そういえば名乗ってなかった。俺はコホンと咳払いし、自分の胸に手を当てる。
「俺は山上雄哉……いや、ユーヤ・ヤマガミか。ユーヤって呼んでくれ」
さっきの彼女の名乗り方からして、ファミリーネームを後に言うパターンだろう。
「ユーヤ、ですか。聞いたことの無い名前ですね、珍しい」
そりゃそうだ。この国の人間じゃないし。
「では次に……何故、あそこに?」
「……そんなの俺が知りてえよ」
「それは……記憶がないとかでしょうか」
「いや? ホントに気づいたらあそこに居た。何を言っているか、信じられないかも知れないが、マジだ。なにもわからないままあそこにいた」
リーナは目を見開いて俺の話を聞いている。そんなに驚くことだろうか。いや、驚くか。
「じゃあ……その、髪色も瞳の色も見たこと無いのですが……ユーヤは、どの国から来られたんですか?」
どの国、と言われても……。
「たぶん、突拍子もない話だが……ここじゃない世界から来たんだと思う」
壮大なドッキリかと思っていたが……事ここに至ってはもう認めるしかないだろう。ここは、俺のいた世界とは違う世界だ。
「少なくとも、地球の物理法則が通用しないのは確かだ」
「はぁ……ここじゃない、世界ですか……」
ピンと来ていない様子のリーナ。俺は少し笑って、首を振った。
「信じなくてもいいぜ。ただ、そうだな……少なくともライネル王国の人間じゃない。そして、機兵の無い国で育った。それだけ覚えておいてくれ」
「……機兵の存在を知らない国はこの世に存在しないと、思います」
少し考える風に言って、頷くリーナ。
「信じます……貴方が、ここではない世界から来たことを」
……さっき、俺をすぐにロボットに乗せた件から思っていたが、この子はあまり人を疑うことをしないのだろうか。性善説とも少し違うが。
リーナがそっと俺の頬に手を触れる。王族ってこんなに距離感が近いのか――なんて思っていると、少し悲しそうな顔になるリーナ。
「ただ……それが本当であれば、随分と落ち着いてらっしゃいますね」
「え?」
少々怪訝な声を返してしまう。リーナはそんな俺に苦笑を返してから、困ったような笑みを浮かべる。
「いえ、その……私でしたら、もっとアレもこれも聞いて、僅かでも自分の世界の痕跡を探すだろうなと思いまして。国を追われるというのは……辛い、ですから」
俺は別に国を追われたわけじゃないんだが――と言いかけて、確かに自分が妙に落ち着いていることに気づく。さっきは冷静さを欠いて戦車か装甲車に助けを求めようとしていたけど。
少しだけ思考を巡らせるが……途中で打ち切り、俺は笑みを作る。
「元の世界に、帰りたくないからかなぁ」
「それは……なぜですか?」
「いろいろあんだよ。いろいろ。それこそ別の世界に行って消えてしまいたいと思うようなことが。……実際異世界に来たら来たで驚いているけどな」
実際、親のところには行きたいなんて思わないし、修哉のところなんて論外。こちらに居れば少なくとも――修哉と比べられて、悔しい想いなんてしないだろう。
「心残りがあるとしたら、WRBだけかな」
あれが出来ない世界は嫌だな。それをやるためになら、戻ってもいいかもしれない。あれは俺の生きがいで、アイデンティティだから。
(ま、でも、一応ノーパソはあるから、オフラインのCP対戦だけはできる。それで我慢して、対人戦は諦めよう)
と、そこで俺はコックピットの画面を見る。
画面の右上に多重円が浮かび上がり、その中で点がいくつか点滅している……その数、十。
「なあ、これなんだ?」
俺はリーナに尋ねる。
「探知機です。点滅している光が、機兵を表しています」
「なるほどね」
「……十機も。追い付かれてしまいましたか。ゆ、ユーヤ」
リーナが焦った声を出し、俺を見るので――俺はコントロールパネルに触れる。さっきは三機、しかも弱かったから何とでもなったが――さて、十機となるとどうなるか。
「……来たかッ!」
俺は咄嗟に機体を転がし、敵の弾丸を躱す。視界は三百六十度反転したのに、コントロールルームは平行なままだ。凄いな。
「どうなることやら」
十機を視認する。包囲されているような形ではなく、横並びでこちらに向かってきていた。
「改めて見ると……黄色くて、ゴリラか猿みたいな見た目しているな」
鎧武者みたいなムサシとは違い、猿が甲冑を着ているようなデザインだ。マシンガンと盾、そして腰には棍棒のような装備を付けている。
「猿が銃を持ちますか?」
「それもそうだ。とりあえず、便宜上あれをゴリラと呼ぼう」
俺たちがこんな問答をしている時も、ゴリラどもは近づいてくる。
俺はマシンガンと刀を油断無く構えて、戦闘に備える。
(十機か……この機体は、前にしか攻撃する手段が無いから……囲まれたが最後、どうすることも出来ないだろうな。四方向同時攻撃を捌くのは物理的に無理だ)
これがWRBだったら話は違うんだが……この機体では厳しい。
「こうなったら、なんとか囲まれないように戦うしかねえ!」
屈んだ状態から立ち上がり、真っ直ぐ進み出――
「……ユーヤ。奥の手が一つあるのですが……」
――そう、とした俺にそんなことを言う。
「唐突になんだよ、あるならさっき使えよ」
「いえ……その、私では制御できるようなものではなくて……貴方なら、あるいはと思いまして。第一世代機兵である……ムサシにしか出来ない奥の手です」
残念そうに首を振るリーナ。
機体を暴走させる、とかだろうか。
俺は一瞬そちらへ思考を巡らせるが、頭を振って打ち消す。まだ戦ってもいないのだ、奥の手に頼るのは追い詰められてからでもいいだろう。奥の手で自滅したら元も子もない。
「とりあえず、それはとっといてくれ。出来る限りのことはする」
「……分かりました。では準備だけはしておきます」
力強くうなずくリーナに、笑みを返し――敵機を見据えた。
『きたぞっ! 奴は一機だけだ。囲め!』
「そう簡単に囲まれてたまるかよ!」
俺は一番先頭に居たゴリラに、刀を振り下ろす。
ズギャン!
一刀のもと、真っ二つにされたゴリラが足元に転がる。盾でこちらの剣を受けていたのだが、それごと一刀両断してしまった。完全にチートレベルの切れ味――ゲームバランス崩壊もいいところだ。
『やらせんぞっ!』
一体目を斬った時点で、横から攻撃がきた。
「っと」
間一髪でそれを躱すと、数機がマシンガンで俺を足止めしつつ散開する。既に半円になっており、完全に包囲されるのも時間の問題だ。
「くそっ!」
せめても――と一番近くにいる機兵に剣を振るが、盾を投げつけられる。刀で切り裂くも、その隙に逃げられてしまった。
(こっちのマシンガンじゃ……包囲網は抜けられないしな)
遠距離攻撃は出来ないと思った方がいいだろう。ジリジリと……こちらの刀が届かない距離で包囲されてしまっている。
「……い、一斉に撃たれたら……」
「それは無い。円状に包囲しちまったら味方に弾丸が当たる恐れがあるからな。……このままジリジリと輪をつめて棒で殴る気だろ」
とはいえ、実際にそれが一番マズい。ムサシは確かに高い機動力を持つが、だからと言って一度にぐるっと円状にいる敵を倒せるほどじゃない。
あと九機……五、六機は斬れそうだが、さすがに全機は厳しい。というかここで少しでも装甲が剥がれたりしたら、それが手掛かりとなって追手が即座に追いついてくるかもしれない。
全機を無傷で……うん、無理そうだ。
「WRBならわけねーのにな……」
ジリジリと距離を詰められる中――俺は、後ろのリーナに声をかける。
「なぁ、さっきの奥の手って……準備出来てるか?」
カッコつけた手前、ちょっと恥ずかしいがそう問いかけると……リーナはコクリと頷いて、説明書のようなものを取り出した。
「これです!」
リーナは、一冊の本を俺に見せる。そこには、日本語で――彼女らの言うアルファ語で――こう、書かれていた。
『ムサシ、完全攻略本』
…………
「なんだそれは」
「説明書です」
「見たらわかる。名前の方を訊いているんだが」
「父がかっこいい名前を付けたいと言ったので、こうなりました」
よく見ると、その表紙だけ妙に新しい。作り変えたのか。どこに執念燃やしてるんだ。
「尋常じゃねえな……で? それがなんだ?」
「この項目です。奥の手である……『サムライモード』の操縦法です!」
リーナは俺にそれを見せつつ、さらに懐からネックレス――なんかUSBみたいになってる――を取り出し、それを差し込む。
「なんだそれは」
「ドウェルグ家に伝わる、首飾りです。細かい説明は省きますね。要するに『サムライモード』の変換用の鍵です!」
リーナが差し込んだネックレスを人差し指でなぞると、画面が切り替わる。
『サムライモードへ移行します。よろしいですか? はい いいえ』
俺はリーナから説明書を受け取り、膝の上で開く。周囲を警戒しながら……説明書に目を通す。
「……これは奥の手――我が国では、姉と父しか操縦できませんでした。ムサシの機動性を完全に発揮させることが出来るのですが、その分今までの操縦方法とは一線を画すほどの複雑な操作が必要なのです」
……言うだけあって操縦は難しいが――動きは段違いによくなるだろう。これは紛れも無く奥の手。この状況を打破できる最良手だ。
「こ、これは……いや、そんなまさか……っ!?」
だが……俺はこれを読んで、震えが止まらない。こんな……こんなことがあるのか。奥の手がこれなんて。俺に、これは……
「ユーヤ! 説明書は読みましたか!? ……って、どうしたんですかその震えは!」
「あ、ああ……だ、大丈夫だ」
「ま、前を見てください! 敵が来ます! もう変更しました!」
俺が画面を見ると、右側に『装備変更 機関銃→サムライソード』と出て、ムサシの全身の姿が映し出される。
二本の日本刀を凛と構えている姿はさながら……
「侍、だな」
動きを止めたからチャンスと見たのか、ゴリラたちが一斉にこちらへ飛び掛かってくる。先ほどの三機よりは練度が高い。この機体を捕獲するために精鋭でも集ってきたのだろうか。
「な、何を言っているんですか。早くムサシを動かしてください! そ、それとも……やはり無理なんですか!? 制御できないんですか!?」
俺が説明書を閉じ、後ろに投げる。
「な! なんで! なんでそんなことを!」
必死な声をあげるリーナ。しかし俺は……つい、にやけてしまう。
「必要……ないからな。俺には……くくっ」
思わず笑いがこみあげてくる。ダメだ、もう堪えられない。
操作パネルに指を這わせる。
「動かせない……んですね!? そんな、それじゃあ戻しましょう! せめてそれで戦えば」
俺が言うや否や、敵のボスであろう機体のスピーカーから、
『敵機沈黙! 今だ、全機突撃!』
という声が聞こえ、同時にマズルフラッシュと銃声が響く。おいおい、円状に包囲してるのに銃を撃つのかよ。よほど自信があるのか、それとも――
ガガガガガガガ!!
「きゃあーっ!」
――この「サムライモード」とやらの動かし方は……ある意味、俺にとって誤算だった。誤算だったのは、その難しさじゃない。
「うおおおおおおお!!」
俺は目を見開き、これ以上なく慣れた動作で――いや、まるで自分自身の手足かのようにムサシを動かす。
キンキンキンキンキンキン!!!!
飛来してきたすべての弾丸を弾き、そのままとりあえず目に入った一機をぶった斬る。
『なっ! この動きは……』
「くくく……あっはははは!」
笑いが止まらない。武者震いが止まらない。
この喜びが――止まらない!
「二度と対人戦は出来ねえと思ってたぜ……なあっ!」
さらに俺は弾丸を斬りながら敵機の懐に飛び込み、コックピットを一閃。その勢いのまま、その左にいた機兵を一刀両断にする。
「ゆ、ユーヤ……これは!?」
起き上がったリーナが、唖然とした表情で俺を見る。慌てたり驚いたり、忙しい奴だ。
ニヤッと笑い、俺は操作パネルの上で指を躍らせる。
「これだよ……これ、これこれ! これがWRBだよ、ロボットだよ!」
さっきまでも一応対人戦はしていたが……それはあくまでもお手軽モード。やっぱり、手ごたえとか面白みが違う。
「さあ、かかってこいよ……全員ぶった斬ってやる!」
俺は吼えて、刀を振る。一瞬で三機失った敵部隊は……弾丸を斬られたからか、マシンガンから棒に持ち替えている。
(残りは……六機か)
「おらァ!」
ドッ! 爆音と同時に地面を蹴る。お手軽モードとは段違いの機動性。低く迫れば――ゴリラは虚を突かれたかのように、棒を振り上げた。
「よっと」
その棒を刀で受け止める――と、そのまま切断された。鍔迫り合いにすらならず武器を失ったゴリラは、動くことも出来ずにぶった切られた。戦闘にすらならない。
『なんだこの動きは……戦場で何百機と倒してきた精鋭ですら、ここまでの動きはできんぞ。この平和ボケしていた小国に、ここまでの使い手がいるというのか!』
スピーカーから、少ししゃがれた声が聞こえる。
「す、凄い……っ! お姉さまですらサムライモードを動かせるようになるまで、三ヶ月を要したのに……一瞬で使いこなすなんて」
(……ああ、そうか。こっちの世界には無いんだろう)
確かに機兵に乗って戦った覚えは無い。実戦経験も一切無い。せいぜいヤクザと喧嘩したことがあるくらいだ。
だが――このロボットを動かしたことはある。それも毎日、飽きもせずに。
何百機と倒してきた精鋭? バカか。桁を二つ上げて出直してこいよ。それでも俺には到底及ばないけどな。
「それにしても……なんで『サムライモード』の操作方法が……WRBと一緒なんだ?」
そもそも『サムライモード』になる前の操縦方法はWRBのお手軽モードに似ていた。レーダーがあるところや、視点以外はそのものだ。
だから……もしや、っていう考えが無かったわけじゃない。でもまさかまんま同じだとは思わないだろう。
「はぁっ!」
ゴリラの突き。それを跳躍して躱し――すれ違いざまに首を刎ねる。
『がっ……め、メインカメラ応答不能! どうなって、どうなっている――』
「残り、四機!」
斬! 敵機が俺の姿を見失ったところで、腰のあたりから真っ二つにする。そのまま機体を蹴飛ばし、距離を取った。爆風に巻き込まれたらたまらない。
「さて、と。スペックに頼り切りもいかがかと思うんでね」
呟き、刀を構える。肩慣らしも済んだし――そろそろ、本気と行くか。
『うわぁああああ! 死ね、死ねぇええ!』
発狂したかのように――何やら、巨大な筒を取り出す一機のゴリラ。ただの筒じゃない、兵器に搭載されてるんだから――当然、あれも兵器だ。
『バッ……止めろ! アレを完全に壊す気か!? 非破壊の拿捕が絶対条件だということを忘れたか!』
『隊長! こ、こここここここここ、ここで、ここでやらないと全滅するんですよ! 明らかに、隊長も分かるでしょう!?』
アレは、ムサシを破壊出来る兵器か。俺は狙いをそいつに定め、一気に駆け出していく。
『死にたくない、死にたくない、死にたくない!!! オレは、生きるんだ!』
『やめろ!』
隊長らしい人間の制止。しかし奴はもう止まらないだろう。そして――地味に、一番遠いところにいる奴が構えたっていうのが痛い。発射される前に倒すことは出来ないだろう。
「ユーヤ! あれは……あれはマズいです!」
「何とかするよ」
リーナが絶叫するが、俺はダッシュしながら発射の瞬間を見極める。あれがどんな兵器なのか、一瞬で見切って一瞬で対処する。
……WRBじゃ何度もやった。何とかなるだろう。
『うわああああああ!』
『ぐ……総員! 伏せろ、巻き添えをくらうぞ!』
ドン! 轟音と共と共にロケット? が発射される。デカい、爆発したらここら一帯更地になるんじゃなかろうか。
「斬るだけじゃ止まらない……かな? ――それなら!」
俺は更に加速し、跳躍。すれ違うと同時にその弾頭を横から斬る。これで爆発はしないはず。後部分を踏みつけ、その勢いを利用して更に高く跳ぶ。敵の目の前まで。
『なっ……!』
「嘘……!」
敵の驚いた声と、味方の信じられないという表情。
――いつもはモニター越しだったそれを、直に感じられる。
「な? 何とかなっただろ」
「は……はい! 凄いです、ユーヤ!」
ミサイルを撃った直後のゴリラが、こちらに反応する前に――斬! 唐竹割にしてしまう。
「これで七機目か? くっ、あはは!」
明らかにおかしいスピードを持つ機体、ムサシ。
尋常ならざる切れ味を持つ刀、それが二本。
そして――WRB世界大会優勝者である俺の操縦技術。
これらがあって負けるような相手がいるんなら、そいつはきっと世界を滅ぼせるだろう。まあ、前者二つが無くても負ける気はしないが。
「あと一、二……三機か。よし、一気に行くぞ」
「は、はい……! あ、でも待ってください。その、い、言い忘れていましたが……『サムライモード』は十五分しか持ちません!」
「今言うか! ――でも、十五分もあれば十分!」
よく見ればコクピットの画面の右端にタイマーが出ていた。あれが切れるまでってことね。
「一分で終わらせてやる!」
「は、はい……っ! ユーヤ、頑張ってください!」
「ああ!」
彼女の声で、俺は少しだけどきんと心臓が跳ねる。美人の応援っていうのもいいものだ。
『隊長! このままでは全滅です!』
『くっ……退避、退却だ! 総員、下がれ!』
その判断は遅すぎるぜ、隊長。さっき斬り落としたゴリラの装備――棍棒を足でけり上げ、刀の峰で撃ち出す。お手軽モードじゃ絶対に出来ない芸当も、サムライモードなら余裕だ。
さっきから指示を飛ばしている機体――よく見ると、色合いが少し違っている――にぶつけようとするが、盾で防がれる。
……でも、盾で一瞬視界が塞がれたな。
『き、消えっ!?』
「ては、ねーぜ?」
地面を這うほどムサシを低く走行させる。邪魔な木は刀で切り払いながら。一直線に突っ込めば、今の一瞬で懐に飛び込める。
なるほど、第一世代機兵――ムサシか。
「前言撤回。逃げる敵を倒すには、こいつじゃなきゃ無理だったかもな」
斬!
盾を構えていた隊長機の両腕を斬り落とす。そのまま落ちてきた盾、腕を蹴り飛ばし……逃げようとしていた残り二機にぶつける。一機は足に命中、バランスを崩した。
『待っ……』
「残り二機!」
目の前の機体をクロスに切り裂き、その爆風を背に受けて――加速。完全にこちらに背を向けて逃走していた一機に追いつく。
『ただでやられてたまるか――っ!』
反転し、棒を振るおうとするが――俺は急減速、急停止でそれを躱す。大振りで隙が出来たそいつの首を斬り、跳躍してコックピットを蹴り潰し……反転して最後の一機に向かって駆け出す。
さっき、バランス崩してたよな――背中が丸見えだぜ。
『た、助けて……』
「アデュー」
もはや棒を構えることすらしなかった最後の敵機を横一文字に斬り飛ばす。なかなか派手に撃破しちゃったな。
「十機撃破」
静かに呟き、俺は椅子の背にもたれる。まだアドレナリンが出ている。ドクドクと心臓が跳ね上がる。
レーダーを見るが、増援は無いらしい。
「リーナ、どうやって止めるんだ? このサムライモード」
「あ、はい」
彼女の示す手順通りサムライモードを終了させると……制御パネルが以前のそれに戻る。サムライモードは強いが、動かすには結構な集中力が必要だしな。
「っと」
くらっと頭が揺れる。コックピットは平行を保ってくれているとはいえ、それでも結構揺れたしな。
「凄い……」
画面に映る爆散した敵機を見ながら、リーナが呟く。
「生きては……いない、でしょうね」
「……まあ、あの爆発だからな」
思ったより爆発は小さかったが――それでも、爆風で加速出来るくらいには爆発したのだ。中にいる人間が生きていられるとは思えない。
「……それで?」
リーナの方を振り向いて問うと、彼女が少し首をかしげる。
「それで、とは?」
「ああ。……どっちに行けばいい? 何らかの意図があってこっちの方に逃げてきてるんだろう?」
「あ、ああ。ええ、あちらの方向に街があります。森に囲まれた、小さな町ですが」
リーナの指さす先にはまだまだ森が広がっているが……まあ、彼女に頼るほかないんだ。信じよう。
「りょーかい。じゃ、急ぐか。落ち着きたいし……これからについても考えなくちゃいけないからな」
何の気なしにそう呟くと、リーナが驚いたように目を見開く。
「え、これから、ですか?」
何でそこで驚くのか。
敵を倒すにせよ亡命するにせよ――作戦がなくちゃ話にならないだろうに。
「ああ、当たり前だろ。とにかく急ぐぞ」
俺はそう言ってムサシを走らせる。
『死にたくない、死にたくない、死にたくない!!! オレは、生きるんだ!』
スピーカーから聞こえた声が俺の脳内でリフレインする。
機兵を豆腐のように斬り割き、トマトみたいに爆散させる。
この力は、俺には重すぎるような気がした。