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第2話

「ただいま~……と」

 返事は無い。まあ、当たり前なんだけど。

 部屋の電気を点け、カバンをその辺に放り投げた後――ベッドに体を投げ出した。

「ふわぁ~、さすがに疲れたな」

 今日の決勝戦――ではなく、東京への日帰り旅行が、だけど。

 一応、晩飯は買ってきてあるが……とても食べる気になれなかった。達成感からか、妙に腹も減っていないし。

 やることもないので、テレビをつける。今日の決勝戦にはテレビ局も来ていたので、俺が映っているかもしれないし。

「……お、やってんじゃん」

 しかも、ちょうど俺のインタビューのシーンだ。録音した自分の声を聴くと違和感があるものだが、録画された自分の姿にもやはり違和感がある。

 しかもテレビに映っている自分は――妙に、気持ち悪い。

「へえ……俺、こんなこと言ってたのか。正直覚えてねえわ」

 そのままボケッとテレビを見ていると、場面が変わり、俺によく似た顔が映った。

『今大会の運営委員長、山上修哉さんへインタビューです。どうでしたか』

『いやぁ、本当にすばらしい大会でした』

『ちなみに優勝者は、山上さんの弟さんということですがこれについてはどう思われますか?』

『私も鼻が高いですよ。どんなことであれ、世界一というのは誇るべきですからね』

 こいつのにやけた顔を見るのは久しぶりだが……相変わらず癇に障るな。番組を変えてやろうかとも思ったが、こいつのインタビュー後に決勝戦の様子が映るらしい。なら、今の間に風呂にでも入るか。

 伸びをして、首を鳴らしていると……修哉の紹介が始まった。ああ、やっぱり大会はおまけで――この番組は修哉を持ち上げるための番組なんだな。

『彼の名前は山上修哉。幼い頃から神童と呼ばれ、小学生の時にはロボットコンテスト全国優勝。中学時代はテニスの全国大会で優勝。ありとあらゆるテニス強豪校のスカウトを蹴り、渡米。その後、ファーバード大学を弱冠二十歳にて卒業。学生時代に『創造心』というゲーム会社を設立し、今や世界的にもっとも有名な青年実業家だ』

「チッ」

 テレビをつけたまま、シャワールームへ。忌々しい兄の紹介なんて、見ていても仕方がない。自分の世界大会の様子が見たいのに、こっちは。

『貴方は修哉と違って出来損ないなのだから――』

 母親の口癖が脳に蘇る。あいつのことを思い出すと、いつもそうだ。

 兄は超が百個つくほどの天才で、弟は超が百個つくほどの凡才で。母親はいわゆる教育ママというやつで――ここまで言えば、誰だって俺の半生を想像できるだろう。

 母親は兄を可愛がった。それはもう溺愛と言っても差し支えないほどに。一方、俺は無視されるようにして育った。

 親父はあまり家にいる人じゃなかったが、それでも生きている時はまだマシだった。少なくとも、罵られるくらいの関係性は保っていた。

 三年前に親父が死んでから、母親は本格的に俺のことを無視することを決めたようだった。即座に兄の住むロスへ飛び――以降、一度も口を聞いていない。

「……そういえば、明日は神々の黄昏オンラインのレイドイベントの日だったっけ。ギルマスに参加出来るって言っとかないと」

 金は毎月振り込まれているし、家もある。自由にネトゲをすることも許されている。だから、何も文句は言わない。文句は言わないが――燻るものがあるのも確かだ。

「ふぅ」

 シャワーを浴び終え、リビングでパソコンをつける。ちょうど修哉のVTRが終わったらしく、再びインタビュー映像に戻ってきていた。

『今大会、ご自身も出場しようとは思われなかったのですか?』

『私、昔からどうもゲームだけは苦手で。作るほうが好きなんですよ』

 笑う修哉。しかしその目があまり笑っていないことに……少なくとも目の前のアナウンサーは気づいていないらしい。

『そうなんですか。今大会――WRBCSの成功によって、名実ともにWRBは世界トップクラスのゲームの一つとなったわけですが、それについてはどうお考えですか?』

『まだまだです。これからも精進していくだけですね』

 修哉が笑うと同時に、今度はWRBの紹介の映像が流れだした。こういう紹介映像は何度見ても面白い。

『一見、普通のロボットFPS。しかしその動きの自由度、機体のカスタム性が今までのゲームと一線を画すのだ!』

 画面で喋ってるのは、確かWRBの広告塔の芸人。ネタはつまらないがWRBは上手ともっぱらの噂だ。

『何故って? 見てくれ、このコントローラーッ! え? パソコンのキーボードみたい? はっはー、面白いジョークだ。パソコンのキーボードの比じゃないぜ、このゲームで使用できるコマンドの数は!』

 確か芸名は……DJショーコウだっけ。

『なんとなんとなんと! パソコンのキーボードの倍以上の数があるんだ! これによってリアルタイムで動きをプログラムし、動かしていく! タイプスピードが戦力の決定的な違いになるわけだな!』

 そう言って実際にロボットを動かすDJショーコウ。なるほど、確かに滑らかに動かすじゃないか。

『この膨大な指令コードによって……例えば、右斜め四十五度に腕を振り上げ、左斜め三十五度に振り下ろす、なんてイチイチその場で入力することが出来るッ! 機体を動かす途中でインターセプトして、動きを止めたり、人体じゃ不可能な稼働をさせたり! とにかく、君の発想力で機体は無限の軌道を見せる!』

 動かすのは上手だけど、説明が下手だな。まあでも、要するに異様なほど複雑なコマンドによってとんでもない動きが可能になる――くらいしか言えることも無いか。

『ああでも安心してくれ! 一般的なコントローラーで動かすことも出来るぞ! 動きのカスタム性は減るが、機体の拡張性はそのままだ!』

 DJショーコウの説明は、そのまま俺の出た大会の説明に移った。WRB、初の世界大会にして――最強のパイロットを決める大会。

 東京ドームを貸し切って決勝戦をやるなんて、思ってもみなかった。

 ……ホント、いったいどんだけ金がかかったことやら。まあ、もちろんそれに見合う興行収入はあったんだろうけど。

(……それにしても、やっぱ新幹線は疲れるな)

 今回この大会のために俺は東京まで日帰りで行ったわけだが……明日学校無いんだから、普通に向こうに泊まってくればよかった、と少し後悔する。

「まあいいか。せっかくの休みだ、のんびりしよう」

 友達と遊ぶ、勉強するという選択肢は、最初からない。これでいいのか高校生。

 XXもインフォトもやっていない。だから当然、人からの連絡も来ない。

 ここ半年……いや、もっとかもしれんが、メールはメルマガのみ。LIMEは公式アカウントだけ。スマホのアドレス帳には修哉と母親の名前しかない。

 ギルドのメンバーとチャットすることはあるが、それはあくまでゲーム内のこと。オフ会にも行ったことは無いし、当然、俺の素性を知る人間はゲーム内にもいない。

 コミュ障のつもりは無い。むしろ友人は多い方だったかと思う、小学校くらいまでは。

 友達がいない……というか、作らない一番の理由は、疲れたからだ。修哉の弟であることに。

 神童である修哉の名前は、小学校の時点で既に町内どころか県内に轟いていた。故に――俺はずっと「天才山上修哉の弟」として見られてきた。

俺に近づいてくるやつは、修哉とパイプを作りたかったり、親しくなったりしたかった奴ばかり。そんなやつらと話していて、疲れないわけが無い。

 そうして他人と壁を作っているうちに、いつしかそれがデフォルトとなり……友達はいなくなっていた。いや、作らないようになっていた。

 もしも、修哉が何の才能も持っていなければ、もしくは俺に修哉と競えるくらいのスペックがあれば、また話は……

(はっ……止めだ止めだ。アホらしい)

 仮定したところで現実は変わらない。

 だが、それでも考えてしまう。俺は、もっと普通に過ごせていたんじゃないか、と。

「くだらねえよな。ああ……こんな世界じゃなくて、もっと別の世界に行きたいぜ」

 気づけば修哉の話どころか大会の話題すら終わっていたテレビを消し、パソコンに目を落とす。ネトゲにログインだけしておこう。

「ん?」

 ふと、通知が来ていることに気づく。メールだ。

 メールは大体スマホに集約させているので、パソコンの方にメールが来るのは珍しい。誰だろうと思って開くと……

「WRBCS、運営委員会?」

 今日の大会の関連らしい。次回開催予定についてとかだろうか。

『FROM:WRB運営委員会

 件名:優勝商品について

 本文:WRBCS優勝、おめでとうございます。大会前には公表していなかった優勝商品を贈呈いたします。明日、添付した地図の場所にお越しください。』

「……なんだこれ」

 ……公表していなかった優勝賞品?

「なんか怪しいな……」

 新手の迷惑メールか? しかし、アドレスは以前登録したWRBCS運営委員会のものと一緒だ。なら……大丈夫なのか?

 ――ダメだ。考えがまとまらん。

 まあ、ここで考えていても埒が明かない。

 直接行って、確かめるか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「さて、と」

 翌日、俺は指定された場所へきていた。

「ってここ、東京じゃねーか」

 地図に従って電車に乗ったり新幹線に乗ったりしてるうちに、いつのまにやら東京にとんぼ返りかよ。ざけんな運営。

「終わりの時間が異様に遅かったしな」

 メールに書かれていた開始時刻と終了時刻は十二時から二十三時まで。流石にその時間から帰る気にもなれなかったので、宿泊の用意もしてきた。一泊分の衣類と飲み物、小腹が空いた時ようの携帯食料くらいだが。

(にしても怪しいなぁ……)

 あまりにも怖いから、以前修哉が家に置いて行った特殊警棒まで持ってきてしまった。伸び縮みする奴で、三年前の俺には輝いて見えたんだよな……。今となっては折り畳み傘の方がありがたいが。

忘れ物が無いかカバンの中身を再度確認した後、スマホの画面を見る。

「……で、指定された建物ってこれだよな」

 少し暗い路地にそびえる、五階建てくらいの建物。両隣は歯医者と居酒屋で、都内を歩いていたら二、三度くらいは通りそうな風情だ。

 中も薄暗いし、正直入りたくはないのだが……

(電話しても出ないし……怪しさ満点だけど入ってみるか)

 男は度胸、とも言うしな。

 ビルのドアに手を掛け、小声で挨拶をしながらゆっくりと開けてみる。

「失礼しまーす」

 無機質な壁や陰気な床、そういったものを想像しつつ入ったドアの先は――

「は?」

 ――見渡す限り地面の広がる、荒野だった。

「はほえへ?」

 口から変な声が出る。混乱して、思わず上下に目線を動かした。……が、特に何も無い。しいて言うなら、遠くの方から銃声が聞こえるくらいだろうか。

(って、銃声?)

 慌てて周囲を見るが、人の気配はない。そして俺が入ってきたドアも無い。

「いや何で無いんだよ!」

 思わず虚空にツッコむが、そんなことをしている場合ではない。地面にへばりついて叩いてみても――何かがあった、形跡すらない。

「…………」

 なに? 俺の人生。ついにバグッたか? いつもクソゲーだと思っていたが、こんなもんバグのレベルじゃねえぞ。修正パッチでどうにかなるもんでもねえし。

「どう……なんてんだ?」

 呆然と呟く。仮に修哉がテレポート装置みたいなものを作っていた、としよう。そのせいでアメリカか何かに飛ばされた、としよう。

 ……だとしたら、人里までどんだけ歩けばいいんだ?

「これホントに二十三時までに帰れるのか……?」

 ちらほら木々は見えるし、砂漠ではない……ので、地面を掘れば水が出てくるだろうか。オタク特有の知識を脳内から引っ張り出しても、どうすればいいのか分からん。

「落ち着いて……落ち着いても、どうすればいいんだ。素数を数えるべきか?」

 こういう時は持ち物の確認からだろう。カバンの中には……スポドリ、カロリーメイト、特殊警棒、世界大会参加賞の帽子、一泊分の着替え、手回し式とソーラー式の充電器、ノートPCに……スマホ。

「って、スマホあんじゃん」

 TRPGみたいに持ち物がロストしていないのは助かった。俺はホッと一息ついてスマホの画面を開いて――

「うん」

 ――圏外、の文字を見て再び膝から崩れ落ちた。

 こんなもんマジでどうすればいいのか。

「取りあえず歩くっきゃねえな」

 銃声が聞こえない方に、歩き出す。日は照っているが、そこまで暑くないのは幸いだ。これなら汗で無駄に水分が無くなることもないだろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 歩き出すこと三十分ほど。荒野は抜け出していなかったが……銃声がドンドン近づいて来ていた。

(ヤバいな……)

 だからと言って走り出すわけにもいかず、少しずつ歩く。出来れば身を隠す場所なんかがあると嬉しいのだが……。

(俺から近づいて行ってるんじゃない。明らかに銃声の方が近づいてきている)

 と、言うことは人がこちらへ来ているということだ。なんのために戦っているのかは知らないが、そいつらに助けを求めよう。テロリストとかゲリラ戦してる奴らかもしれないが、野垂れ死ぬよりは可能性が残る。

「……おっ」

顔を上げると少し大きい木が見えた。日陰になっているし、ここで休もう。

 万が一戦闘になった時、少しでも戦えるように体力は温存しておかねば。特殊警棒と、ヤンキー相手に培った喧嘩殺法がどこまで通用するのかは知らないが。

「ふぅ~……」

 どさっ、と腰を下ろして空を見る。青い……んだが、少し空の色が違う気がする。日本と外国じゃ空の色が違うのだろうか。

 ペットボトルのキャップをあけて一口。水が何よりの生命線だ。水が無ければ、確か三日くらいで死んでしまう。

「少し、昼寝でも……」

 木陰で目を閉じる。これだけ聞くと優雅なもんだ。

「………………」

 三十分ほどそうしていただろうか。ドカン! という爆発音、そして尋常じゃない銃声が聞こえて目を覚ました。

「おでましか」

 目を開ける。するとそこには――

「……ん?」

 ――ロボットが、いた。それも、なぜか尻餅をついた状態で。

「…………」

 い、いや。これはあれだ。きっとお台場にあるガン○ムの亜種だ。もしくは一分の一スケールのガレージキット。

 ウィーン、ウィ、ウィーン。

 ロボットの手が、俺を隠すように動く。

 …………。

 そ、ソ○ーだ! きっと○ニーかなんかが作った新型ル○バだ! いやあ、ソニ○の技術はすげぇなあ。

 キュイーン、ガガガガガガガ!

 人が現実逃避してるときに、いきなりマシンガンを掃射すんな!

「っていうかロボット!? は? なんだこれ、どんな状況だよ!」

 今日一の驚きだ。現代の技術で自立二足歩行して銃を撃ったりできる巨大ロボットが作れるはずが無い。この状況についていける奴がいるとすれば、それはきっと妄想癖のある変人だ。

 ロボットがマシンガンを撃った方向を見ると……さらに、あと三機こちらへ向かってきている。

(……これ、このままここにいたら死ぬな)

 冷静に考ええたら装甲車や戦車でも死ぬか。それなのに俺はそいつらに助けを求めようとしていたわけか。疲れておかしくなってたんだな。

 幸い、青いロボットはこちらに気づいていないらしい。俺は素早く立ち上がり、駆けだそうとし――

『何でこんなところに人が……!? ああ、待って! 乗ってください!』

 ――たところで、いきなりスピーカーから女の声が聞こえてきた。

(乗って、ください……?)

 俺は自分の十倍はありそうなロボットを見上げる。

 全体的に鋭角なデザインをしており、その姿はまるで鎧武者かのよう。青、というよりも蒼と言った方が近い色で全身が塗られている。

 頭部にはメインカメラがあるのだろう、二つの眼が俺をジッと見つめている。

 鎧武者なだけあって、と言うべきか。右手に刀を装備している。腰にはもう一本提げられており、二本差しの侍みたいだ。

 ただまあ、左手のマシンガンのせいで雰囲気が若干壊れているけど。

(……戦闘用ロボット、だろうなたぶん)

 そしてあの三機とこの蒼い機体は敵対している、と。状況が朧気ながら見えてきた。

『このままでは戦いに巻き込まれて死にます、早く!』

 迷ってる暇は無い。つーかたぶんここにいたらどの道死ぬ。それよりは一か八かこのロボットに乗った方が生存率は上がるだろう。

 俺はそのロボットが差し出した手の平の上に飛び乗る。

『掴まっていてください!』

 ロボットはそう叫ぶと、俺を持ち上げ、脇腹辺りへ腕を持っていく。うぃぃん、とハッチが開いたのでその中に乗り込んだ。

 少し進むと飛行機のコックピットのような空間に出る。天井は低く、中腰でいないと頭をぶつけてしまうほどだ。

「すげぇ……」

 男の子なら誰もが一度は夢見る、巨大ロボット。その中に、俺はいる。

 少しのワクワクと――多大なる不安を抱えながら、座席の方へ。そこには女が一人座っていた。

「何かに捕まっていてください。動きますよ」

 そう言うが早いか、ロボットが動き出す。コックピット内に駆動音が響き、蒼い機体がぐんぐんと進んでいく。

「しつこいですね……!」

 女はそう言いながら、敵機に向かってマシンガンを乱射する。エイムも何もあったもんじゃないブレブレの弾丸は、当然のようにすべて敵の背後に消えていった。

「お、おいあんた」

「なんですかっ!」

 俺は座席の背後に捕まりながら、モニターや彼女の動かす操縦部分を見る。結構簡単に動かせそうだ――というか、ゲームのコントローラーくらいしかボタンが無いような。

「なんで連射してるんだ。弾幕を張るには、敵の数が多いし遮蔽物が少ない。むしろある程度被弾覚悟で、敵機をぶっ壊した方がいいんじゃないか?」

 そもそも連射している銃が敵機を撃破する用には見えない。射程も短そうだし。どちらかというと牽制や、遮蔽物の破壊などが主な用途だろう。WRB的には。

 彼女は画面に目を走らせながら、俺の問いに返答してくれる。

「あの機兵から逃げるためです」

「きへい?」

 騎兵、では無いだろう。どう見ても馬に乗っていない。では……機兵、か。なるほど、あのロボットは機兵というのか。

 新たに知識をアップデートしたところで、俺は敵の機兵を指さす。

「逃げてるのは見たらわかる。でも相手の数の方が多いし、どうも直線で走る速度も向こうの方が上だ。それなら、無駄弾を使わないでそっちの剣で迎え撃った方がいいだろう」

 さっきから見ていると、敵の機兵は特に連携を取るわけでも無く動いている。あれじゃあ一対三じゃなくて、一対一が三回ある――くらいのものだ。

 また武装もこちらと違って銃だけのようだし、距離さえ詰めればどうにでもなるだろう。そう思っての俺の提案だったが――彼女はボソッと呟く。

「それが出来るなら……」

「あん?」

「それが出来るのならやっています! 私にそんな技術は無いのです!」

「はぁ?」

 俺は思わず素っ頓狂な声をあげる。

「どういうことだよ。ただ、相手の攻撃をかいくぐって間合いを詰めるだけだぞ?」

「だからそれが私には出来ないのです!」

 マジかこいつ……。

 俺は舌打ちし、改めて彼女の操縦を見る。一見すると――WRBとよく似ている。WRBの簡易モードの方に。というか、ボタンの配置からして……そのままかもしれない。

 これなら余裕で動かせる。ゲームと勝手は違うだろうが、何とかなるだろう。それよりも、彼女に任せるよりはよほどマシだ。

「なぁ、おい」

「……なんでしょうか」

「操縦を代われ。俺がやる」

「な!?」

 俺が言うと、女は途端に驚いた顔になる。

「こ、このムサシは我が一族のみが使える……」

 あわあわ、みたいな感じで言うが、俺はそれを無視して横から手を伸ばす。

「ごちゃごちゃうるせえ。お前の操縦技術じゃ逃げられないのは確かだろう。俺に代わる以外になにか妙案があるなら――」

 ドクン。

 彼女の顔を見た瞬間、俺の心臓が跳ねた。

(…………!)

 な、なんて美人だ。こんな時に不謹慎だが、それでもそう思わずにいられない。

 目が覚めるほど鮮やかな銀色をした、ストレートのロングヘア。吸い込まれそうなほど蒼い瞳。こういうのを碧眼って言うんだったか? それが、水色を基調としたドレスにまたよく似合っている。

 こんな美人も実在するんだな、この世には。たまにシューヤが俺に自慢げに送ってきた、三人も四人もいるあいつの彼女の写真より……圧倒的に綺麗だ。

 俺は少しの間その美貌に目を奪われていたが、すぐに我に返る。今はそんなことを考えている場合じゃない。

「――あ、あるなら聞く。現状を打破する策が無いのなら、お前に操縦する技術が無いのなら、一か八か俺がやった方がマシだ。違うか?」

「それは……そう、かもしませんが」

「よし、じゃあどけ」

 彼女が席を譲ってくれたので、俺はコックピットに座る。そのままジグザグに走りながら、動きを何となく確認していく。

 ……うん、お手軽モードと殆ど一緒だ。弱攻撃、強攻撃の二種類の攻撃ボタンに、上下左右の入力で技の種類が変わる。「縦に斬る」、「横に斬る」、「右下から斬り上げる」、「突く」、みたいな感じだな。

一方でマシンガンは……撃つだけだな。照準を合わせられるのは上下のみか。まあ、なんとかなるだろ。

「さて、やるか。敵機の情報、なんか無いか?」

「機体名は分かりません。賊軍の第二世代機兵です」

 第二世代機兵?

 また新しい単語が出て来たが、スルーする。つまり性能的な情報は特に無い、と。

「まあいい。武装はマシンガンと……腰にナイフみたいなのがあるな」

 敵機の武装が分かれば取りあえずいいか。俺はジグザグに走った状態から、一転敵機に向き直る。

 三機の機兵は――こちらが逃げるのを止めたにも関わらず、突っ込んでこない。つかず離れず、一定の距離を保っているようだ。

 三対一なのにこれ――ということは、応援を待っているのだろうか。彼女の腕を見る限り、操縦技術を恐れているというよりもこの機体の性能を警戒しているのだろう。確か、ムサシとか言っていたか。

「俺としてはかなり巻き込まれた感がハンパないなわけだが……ま、あれくらいならなんとかなるだろ。敵の応援が来る前に倒さねえと」

 これ以上数が増える前に、ここを離脱したい。

「――フッ!」

 俺は軽く息を吐き出し、敵機の足元にマシンガンをばら撒きながら、三対に向けて突進する。

『っ! 突っ込んできた』

『落ち着け、距離を取って撃ち続けろ!』

 敵機がスピーカーでやり取りしているが――遅い。

『なっ!』

 悠長にやり取りしていた一機の懐に飛び込み――斬! メインカメラがあるであろう首を跳ね飛ばす。

「動きが直線的すぎる」

 そしてそのまま胸の辺りを突き、返す刀で横にいた二機目を横に斬る。

『う、嘘だっ……』

「ホントだ」

 仲間が倒されて硬直している最後の一機に正対し、縦に一刀両断にする。

「ふう」

 刀を納めたというかムサシの足元には、破壊された敵機が転がる。……超高度なVRかとも思っていたが、そんなことは無いらしい。ポリゴンになって消滅でもしてくれればよかったのに。

「す、すごい……」

 俺の隣で目を丸くしている女性をチラッと横目で見る。相手の練度はそこまででも無い、WRBなら精々地区予選レベルだ。

 それよりもこの機体――ムサシの刀が異様だ。まるで豆腐みたいに機兵が斬れたぞ。

 ……なるほど。敵がこの機体を警戒してる気持ちがわかるな。

「これで敵はとりあえずいなくなったか?」

 この機体にレーダーとか、一応ついてんだろうが……使い方がわからない。

 だから、まずは現状把握をしなくちゃならない。

「なぁ……あー、えっと、美女」

 呼び方が分からずテキトーなことを言うと、美女はげんなりした表情になってため息をついた。

「……私にはちゃんと名前があります」

「そりゃあそうだろうな。でもお前の名前よりも気になることがある。それを先に教えてくれ。なんでお前は追われているんだ?」

 どっちの方向に逃げるのが正解なのかわからないので、動くことを諦め女に向き直る。

「私が……敵から、逃げているからです」

「その理由を教えろ」

「――武力政変、です」

 武力政変……ああ、クーデターのことか。

 それにしても、クーデター、ねぇ。

 そうなると、目の前の女は、亡国の姫様かなんかだろうか。

 俺の疑問に答えるように、目の前の女は口を開く。

「私の名前はアンジェリーナ・ドウェルグ。……ライネル王国第二王女です」

「どことなく気品が漂っていると思ったら、本当に姫様だったのか」

「姫様という呼び方は好みません。リーナと呼んでください」

「オーケイ。リーナか」

「はい。……とりあえず、進みましょう。方角はあちらです」

 リーナが指を指した方向に、俺はムサシを進める。

「なあ、リーナ」

「なんですか?」

「なんで俺を助けた?」

「……民を助けるのが、王族の勤めです」

 ……俺が敵だったらどうするつもりだったんだろうな。

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