「ここは……」
扉を抜けると、そこはなんというか、少し広いリビングのようなところだった。
ソファと、テレビ、そして炬燵……いやいやいや、おかしいでしょ、これは。まさに、現代のリビングって感じ。
キョロキョロとよく見ると、奥にも部屋があるようで、廊下のようなものも見える。……フローリングの。
「一気にファンタジー感、無くなったね……」
「そ、そうだな」
俺も佐野も苦笑いしている。
「そういえば、ヘリアラスさんのいた……なんだろう、枝神の間? はどんな風だったの」
「ん? いや、普通に大きな部屋で椅子に座っていたぞ。なんというか……そう、さっきのゴーレムドラゴンのいた所に行く前の神殿、あれがイメージに近いな」
「ふぅん……」
天川も、状況が飲み込めていないのかキョロキョロしている。ティアー王女に至っては、テレビとか見たことないだろうからね。「なんですの?」と鼻息荒く空美に質問しまくっている。
そうやって混乱していると……
「おお、もう来たのか。てっきりアマカワの坊やがもう少し回復するまで来ないと思っていたのでのぅ……まだ茶が入っておらんのぢゃ。もう少し待っておいてくれ」
……と、奥から女性の声が聞こえた。たぶん、枝神とやらの声だろう。
その瞬間、ゾッ! と天川から物凄い圧力が出てきた。……なかなかの圧力だね、さすがは勇者。俺たちの中でも一番のチートってだけはある。
「天川、落ち着いてね」
「……落ち着ける気がしない、暴れだしたら止めてくれ」
天川がそんな宣言をする。
正直、あんまり天川が回復してなくてもよかったかもね。本気で暴れられたら、殺さずに抑える自信はあんまりない。
「んー……分かった」
いざとなれば佐野も空美も阿辺もいるから、なんとかなるだろうけど。
……捕縛系の力が無いのは不便だね。
さて、そうして見ていると奥の方からお盆いっぱいにお茶を載せた女がやってきた。
(こいつか……)
紫色の巫女服のようなデザインの服を着ていて、銀色の髪が腰まである。柔らかい表情をしていて、佐野とは系統が違うが、とても美人だ。なんというか、神秘的なオーラを感じる。
前髪をぱっつんにしており、巫女服と言っても……なんか、両肩が出ている目のやり場に困る服装だ。しかも、ミニだし。冬場はとても寒そうだね。
恰好だけ見ると、ただのコスプレイヤーさんって感じだが……
(へぇ……)
目を見たら分かる、これはヤバい。ヘリアラスさんよりも強いかもしれない。ヒルディよりも強いことは確定だろう。
少なくとも、天川じゃ勝てない――
「お前がッ! みんなを殺したんだっ!」
――と、一瞬枝神に俺が目を奪われていた隙に、天川が突如剣を抜いて斬りかかった!
天川が身にまとっている覇気は、さっきまでとは比べ物にならない。これは敵意なんて生易しいものじゃない。間違いなく、殺意が乗っている。
マズい、止められない――
「あっ……!」
佐野が止めようと手を伸ばすがもう遅い。
天川の剣が枝神の首筋に触れる寸前で――
「ほっほっほ。そういきり立つ出ない小僧……無能が知れるぞ」
ズオッ! っと、今天川が出している覇気なんて比べ物にならないくらいのそれが枝神から漏れ出る。
「……ッ!」
ぴたり、と天川が剣を止める。いや、止めざるを得なかったんだ。
あのまま攻撃していたら――首が飛んだのは天川だった。
そう、確信できるような覇気だった。
「ほぅ……さすがはキョースケ。妾の覇気に中てられても毛筋ほども動揺せんとはな。さすが、妾の見込んだ男ぢゃ」
ニコリ、と俺に笑顔を向けてくる枝神。不覚にも、少し綺麗だと思ってしまった。
けど、俺はそんなことは顔に出さず、取りあえず切り出す。
「んー……見込んでくれたっていうのは嬉しいけど。取りあえず、名前を名乗ってくれませんか? 枝神サマ」
「おお、そうぢゃそうぢゃ。まだ名乗っておらんかったのぅ。では、改めて」
そう言って、枝神はお盆を炬燵の上に置くと、妖艶な笑みを浮かべて俺たちに名乗った。
「妾の名前は、キアラ。枝神、キアラぢゃ。よろしくのぅ、キョースケ」
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現在、俺たちは炬燵に入って茶をすすっている。
……なんだろうね、この状況。
殺意を漲らせていた天川は、先ほどの攻防で勝てないことを悟ってしまったのか、おとなしくしている。借りてきた猫のようだ。
俺はと言えば……キアラに灰皿まで出されてしまったので、遠慮せずに活力煙を吸っている。
……誰も一言も発そうとしないこの空間。正直、気まずいね。
「えーと、キアラさん、でしたっけ?」
俺は活力煙を灰皿に押し付け、意を決してキアラに声をかけた。
「キアラでよい、キョースケ。妾はそんな堅苦しいものは好まん。なんなら、キアラおねえちゃんでもよいのぢゃぞ?」
パチンとウインクを決めてくるキアラを華麗にスルーして、俺は重要なこと……というか、気になっていたことを訊く。
「じゃあ、キアラ」
「なんぢゃ?」
「……なんで、湯飲みが十三個あるの?」
今ここにいるのは、キアラを含めて七人。どう考えても、数がおかしい。おかわりを頼んだら急須から淹れてくれたしね。
「おお、そうぢゃったそうぢゃった。妾としたことが肝心なことを忘れておった。どれ、少し待っておれ」
キアラはそう言うと炬燵から出て立ち上がり、そして何らかの魔法を発動させた。
無詠唱で。
(まさか魔族!?)
一気に俺の警戒度が高くなる。
……しかし、キアラは枝神と名乗っていた。枝神である以上、魔族ではないのか? いや、判断できない。……情報が足りない。
混乱する俺をよそに、キアラはスッと手を広げる。
その瞬間、何もない空間から白鷺と木原と井川と新井と加藤と……そして難波があらわれた。
そう、ゴーレムドラゴンに殺されたはずの六人が。
「「「なっ」」」
これには全員、驚きを隠せない。天川に至っては、とても面白い顔で固まっている。
……俺も、さすがに頬がひきつる。
「えーと、キアラ、これは?」
言いながら六人の様子を探るけど……うん、呼吸音も聞こえるし、どうやら寝ているだけのようだ。
「単純な話ぢゃ。最初から死んだりなどしておらん。全員、無事ぢゃよ」
「試練の間で死んでも――死ぬような攻撃を受けても、ここに転送されるだけだったってこと?」
「いいや、そういうわけではない。妾が作ったゴーレム……お主らはゴーレムドラゴンとか呼んでいたかのう。あ奴の放つ光球に当たった者のみ、ここに転送されることになっておったんぢゃよ」
「……何故、そんなことを?」
「これもまた単純な話ぢゃ。そういう試練ぢゃっただけぢゃよ。仲間が次々と死んでいく中でも――最後まで心折れず戦えるかという、な」
――これはまた、悪趣味な試練もあったものだね。
「もっとも、妾はキョースケの強さを見誤っておったようぢゃがな。本当なら、キョースケまで倒すつもりぢゃったし――万が一ゴーレムドラゴンが倒されたとしても、最低限そこにおるサノとやらを光球で飲み込みたかったんぢゃがな。想像以上にキョースケ、お主は強すぎたのう」
「へぇ、佐野にも手をかけるつもりだったんだ」
俺は、スッと右手に魔力を集める。
本気で戦うつもりはない。武器もないしね。
ただ、どう反応を返してくるか見たかっただけだ。
無論、それはキアラの方も心得ていたらしい。ふっと笑うだけで何も反応は無い。
「やめておいた方がよいと思うぞ、キョースケ。いくら槍を持たぬ無手の状態とはいえ……妾とお主が戦えば、そこで寝ている連中も無事ではすまぬぢゃろう。今度こそ物言わぬ体になるぞ」
「……そうだね」
魔力を集中させるのをやめて、力を抜く。
ゴーレムドラゴンにやられたはずの六人は、特に魔力も何も目立った外傷はない。ただ寝ているだけのようだ。
「それで? その話を聞く限り――天川じゃなくて、俺を試していたってことでいいの?」
俺はかなり核心を突くような――とても重要なことを訊いたつもりだったけど、対するキアラの反応はあっさりしたものだった。
「うむ。妾が試練を与えていたのはキョースケ、お主ぢゃ」
その言葉に、佐野が少し喜んだような雰囲気を、天川が戸惑うような雰囲気を――阿辺が、尋常じゃない不機嫌さを醸し出してきた。
「――理由を聞いてもいい?」
俺が問うと、キアラは少し考えるような仕草をしてから……軽くため息をつく。
そして一口お茶を飲んで喋り出した。
「ふむ……まず、そもそもこの中ではお主に一番見所がある。正直、何故姉上……おっと、ヘリアラスはそこにいる小僧に神器を渡したのかが不思議でならぬのぢゃ」
ヘリアラスさんが姉?
少しその件に関して気になったけど、それよりも話の続きが訊きたかったのでグッと堪える。
「んー……天川は主人公属性だからじゃない?」
「なんぢゃ、その主人公属性というのは。まあ良い。キョースケ、妾がお主を選んだ理由はいくつかある。その中でも最大の理由は――お主が、ヒルディの誘惑に乗らなかったこと、ぢゃな」
「ゆ、誘惑!? き、清田! あの魔族に何をされたんだ!?」
隣で座っていた佐野が、俺の肩を掴んで揺さぶってきた。ちょっ、ゆら、揺らさないで。
「さ、佐野、落ち着いて……誘惑されたというか、勧誘かな。魔王軍に来ないかって。勿論断ったけどね」
俺は視線に「余計なことを話すなよ」という気持ちを込めてキアラを睨むと、キアラは肩をすくめた。……最悪、言われることも覚悟しなくちゃいけないかもね。半魔族になったことを。
と、俺が覚悟を決めたところで――キアラが、頬を染めてうっとりとした口調でとんでもない爆弾を投げてきた。
「その時のキョースケがカッコよくてのぅ……妾は一目ぼれしてしまったのぢゃ」
「なっ!?」
佐野がお茶を噴き出しかける。キアラはサッととても自然な動きで佐野を押しのけて、俺の隣に来て腕に絡みついてきた。
……いくら俺でもこんな美人に、しかも露出の多い格好で抱き着かれるとさすがに焦る。
「き、キアラ? なんで俺の腕に抱き着いてきたの?」
「女は惚れた男の腕に抱かれたいものなのぢゃ」
初耳なんだけど。あと、むしろ俺が抱き着かれてるんだけど。
「男の意思はそこに反映されないの?」
「うむ」
即答された。反映されないらしい。
というか、さっきから振りほどこうと思ってるんだけど……どうにも力が入らない。たぶんなんらかの技なんだろうけど、力の入りにくいように極めてある。
魔術なりスキルなりを使えば振りほどけるんだろうけど……そこまでする必要か無いかと思い直して、俺は肩をすくめる。
「まあ、それならしょうがない。それよりも、次の質問にいってもいい?」
「構わんぞ」
「いや、よくない! 何をしているんですか、離れてください!」
佐野が割り込んできて、俺とキアラを引きはがしてくれた。ふう、助かったね。
「清田も! デレデレしてないで振りほどけ!」
「んー……それは少しきつかったかな。完全に腕を極められてたし」
「よろしい、ならば戦争だ」
ガタリと立ち上がって、剣を抜く佐野。……いやいや、落ち着いてよ。
「佐野、落ち着いて。今怒ったってしょうがないでしょ? それよりも……話の続きだよ。彼女にはいくつか聞きたいことがあるからね」
「ほう、彼女か。よい響きぢゃのう」
「き、清田!?」
「……ただの三人称としての彼女だよ。お願いだから話を進めさせて」
はぁ、とため息を一つ。もう活力煙を吸って現実逃避したい……
天川達は六人を起こしたりしている。あの様子なら数分で目が覚めそうだね。
「で、質問していい?」
「いいぞ。妾の好みのタイプはキョースケぢゃ」
「合コンでもあるまいし、そんな一昔前のエロ系からかいお姉さんの典型みたいなセリフを聞きたいんじゃないよ――」「なんぢゃエロ系からかいお姉さんとは」「――気にしないで。まず、一つ目」
俺は人差し指をたてて、真横にいるキアラの方を見る。
「この塔に来て、いつから俺のことを見ていたの?」
「この塔に入った瞬間から、ぢゃな。お主と……言えぬが、もう一人に注目しておった。そして塔で見てゆくうちに、お主に惚れたというわけぢゃ」
頬に手を当ててうねうねするキアラ。
それに一つため息をついてから、二本目の指を立てる。
「……質問、二つ目。どこまで俺たちは教えてもらえるの?」
「ふむ……どこまで、とは?」
すっと、真剣な面持ちになるキアラ。
ふむ……と考えて、俺は一つ尋ねることにする。
「例えば……そうだね、俺たちのこの身体能力――ステータスは、神から与えられたものなのか。そして与えられたものだとしたら、それは神によって奪えるものなのか、なんてね」
目下、一番気になっていたことだ。もちろん、本当のことは答えてもらえないだろうけど……。
もしもこれが神様の遊びや気まぐれで与えられたものだとしたら、それもまた気まぐれで失ってしまうものなのかもしれない。
今までは、神という存在が遠いものだったし――ヘリアラスさんは何度か質問しても殆どはぐらかされたし――俺自身も暴れる予定もなかったから特に気にする必要もなかったけど……こうして神様が現れたんだ。もしかしたら、何かの気まぐれでこのステータスを没収されるかもしれない。
ただ、このことを訊いたのはちゃんと訳がある。この世界に来たばかりの頃とは違って、今の俺は半魔族――異常なステータスこそなくなるかもしれないけど、魔力と魔術の腕だけは残るはず。それなら、放り出されても魔法使いとして生きていける。
「ほぅ……」
ニィ、と笑み――というには邪悪なそれを深めるキアラ。
なんというか『期待通り』みたいな顔だ。
「ふむ、それなら今の妾でも答えることは出来る。お主の質問への答えはNOぢゃ。そのステータスは主神ゼウティヌス様が与えたものではないし、まして妾たちが勝手に奪えるようなものではない。何故なら、それはお主たちの素の身体能力ぢゃからな」
「素の? そんな馬鹿な。俺たちは普通の高校生だったんだ。ああいや、他のみんなは知らないけど……少なくとも、俺は普通の高校生だったよ?」
「清田、お前が普通というのなら、この世界に普通の高校生はいなくなるんだが……」
「佐野は黙ってて。というか、なんでよ……。まあいいや。それなのに、異世界に来た初日にBランク魔物と戦える程のステータスなんてありえないでしょ。『職』のこともあるし」
佐野が余計なことを言ったけど、俺は無視して質問を続ける。
「ふむ……軽く説明してやってもよいぞ? 妾の好意を受け入れてくれるならのぅ」
「じゃあ遠慮しておくよ。佐野、外に出る方法を探そうか」
「わかった、わかったのぢゃ! 説明するから座ってくれ!」
縋りついてくるキアラ。うん、もう正直その俺に惚れたネタは飽きたんだよね。
「ふむ、やはり妾の見込んだだけはあるのう……まずステータスに関してぢゃが、詳しいことはまだ知らせる権限が無いので要点だけ言おう。前提として、お主らはこの世界の住人ではない。そうぢゃろう?」
「うん」
やっぱり俺たちが異世界人であることは知っているらしい。そりゃ主神とやらが呼んだんだから、枝神も知っていておかしくないんだろうけど。
「それで、お主らのいた世界は……この世界よりも上位にあたる。何故上位となるのかは言えぬが、ともかくそちらが上位にこちらが下位にあたるのぢゃ。そして、上位世界の人間は下位世界の人間よりも……そうぢゃな、こういう言い方は嫌かもしれぬが『作りが良い』のぢゃ。ぢゃから、最初からステータスは高くなる。そういうわけぢゃ」
「……分かったような、分からないような説明だね。つまり、俺たちの身体能力はこの世界に来てから後付けされたものではないということでいいの?」
もう、俺たちは最初から身体の作り方が違うという解釈にしておこう。
「まあそうぢゃな。ああ、ちなみに『職』に関しては、ゼウティヌス様が魂に刻み込んだのぢゃ。もっとも、全員進化しておるようぢゃから、頼まれてももう『職』を変化させることは出来ぬのぅ」
「ふぅん……」
今の『魂に刻み込む』って言葉がやっぱり気になるね。そうなると俺たちの『職』は神に決められたことになるからね。
正直、今の話が本当だという証拠はないけど……まあ、今後の参考にはしよう。
そして、俺は三本目の指をたてて次の質問をしようとしたところで――
「き、清田君! 無事だったんだね!」
「ん? ああ、新井」
ガバッ、と新井に抱き着かれた。うん、今日はいろんな女性に抱き着かれるね……
「おお、無事だったんだなー!」
と、今度は白鷺まで来た。うん、なんかよくわからないけど嬉しいのは分かったから落ち着いてくれないかな。マリルに見られたら興奮されてしまう。
「真奈美!」
「伸也!」
ガバッと木原と井川が抱き合う。……なんとなく知ってたけど、やっぱり付き合ってたんだね。異世界に来てからか、その前からかは知らないけど。
でもそれなら、あの時の井川の怒りも納得かな。
「おやおや……全員起きてきたようぢゃなあ。なれば、キョースケよ。質問よりも先にせねばならぬことがある」
「……それは、いったい?」
聞き返すも、何を言われるかは分かっていた。
今まで散々聞かされていたことだしね。
そもそも、俺が質問しようとしていた内容ともかぶるだろう。
たぶん――
「知れたこと、神器のことぢゃよ」
――ほら、ね。