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41話 VSゴーレムドラゴンなう③

 ――神器が使えない。

 その事実に俺は動揺するが、すぐにそんなことよりと首を振る。

 そして来た時に使った通路に入り、全速力で駆け抜ける。


「出口だッ!」


 通路から飛び出たところで、俺の魔昇華が解除される。気が抜けてしまったみたいだね。

 自分の魔力残量は……本当にギリギリ。これじゃあ、戦うなんて話じゃない。

 柄じゃないよ、ギリギリまで全力を振り絞るなんてさ。


「ぜー、はー、ぜー」


 俺が疲労困憊で寝っ転がっていると、パァッと身体が光りだいぶ楽になった。王女様の魔法だ。


「あー、ありがと、王女様」


 半身だけ起こして礼を言う。正直、かなり助かる。


「私の名前はティアーですわ。けれど、本当に大丈夫ですの? 体中ボロボロですけど……」


「そ、そうだぞ、清田! 大丈夫なのか!?」


「まあ、なんとかね……」


 と俺が苦笑いしていると、またも体が光る。


「空美か、ありがとう」


「ううん。私はこれくらいしかできないから」


 気にしないで、と笑う空美に、俺は他の人にもかけるように言ってまた寝っ転がる。

 そして活力煙がいつの間にかどこかへいってしまっていることに気づいて、アイテムボックスから活力煙を取り出し、火をつける。

 体力が回復したといっても、精神力が回復するわけじゃない。今は取りあえず魔物の気配もないし、水晶もない。ここは安全地帯だと思っても大丈夫だろう。

 魔力回復薬をあおり、また活力煙をふかす。


「ふぅ~……さて、どうしようかなぁ……」


 ガシガシと頭を掻いてみるけど、なんにも思い浮かばない。

 攻撃魔法が使える後衛職は全滅。前衛も、木原と白鷺がやられた。難波がやられるシーンを見ていたわけじゃないから何とも言えないけど、過度な期待はよそう。おそらく、やられている。

 残るは――俺、佐野、天川、空美、王女様か……


「……おい、どうなってんだよ、これ」


 俺が考えをまとめようとしていると、阿辺の声がした。

 見ると、どうやらずっと前からここにいたのか――最初に入ってきた扉の前からこっちへ向かってきていた。


「何してたの? 阿辺。こんなところで」


 俺はまた半身を起こし、至極もっともな質問をすると、それを遮るような勢いで阿辺が俺を怒鳴りつけてきた。


「何してたの? はこっちのセリフだ! どうして難波が戻ってきてねえんだよ! おかしいだろ! どうなってやがんだくそ! どうしてテメェらしか戻ってきてねえんだよ!」


 おや、どうにもこの阿辺は相変わらず話が通じないらしい。

 俺は肩をすくめて端的に事実を告げる。


「難波はゴーレムドラゴンにやられた。こっちの世界にも天国とか地獄とかはあるらしいから、今頃そこにいるんじゃない?」


「なっ……清田! テメェは仲間が死んでもなんとも思わねえのか!?」


「戦力が減った、これでここから逆転するのが難しくなった――その程度かな」


 実際、難波のスキルはかなり有用だった。もしかしたら、最後の光球もあのスキルのおかげで躱せていたかもしれない。

 もっとも、その後にやられているだろうけどね。


「かなり有用なスキルの使い手を失ったことは痛手だけど……まあ、いなくなったものは仕方ないからね。いないことを前提に戦い方を考えなきゃなんない」


「テメェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」


 ガッ! と俺の胸倉を掴んでくる阿辺。


「痛いな、何するの」


「テメェ! 仲間が死んだのにその態度はなんだ!? ああ!?」


「よせ! 阿辺! ……最後、私と難波が攻撃されて、どちらか片方しか助けられない状況だったんだ。だから、清田は――」


「だから難波を見捨てたと!? ふざけんな! だったら清田! テメェが死ね!」


 とんでもない暴論。というか、言葉の意味が分かっていないんだろうか。佐野も難波も助けたうえで俺に死ねと? 難易度が高すぎるんだけど。

 俺は何度目かわからない阿辺への呆れを、ため息とともに阿辺へ叩きつける。


「さっきから何を言ってるのかいまいち理解できないんだけど……一つ確認してもいい?阿辺はなんで難波を助けに行かなかったの? あの時のことを見てないってことは、少なくとも俺と難波と佐野が戦っている時は既にここにいたんだよね?」


「そっ、それは……」


「もしかして……『自分は怖いから逃げていました。けれど、難波を殺したのはお前らの怠慢です。なんで代わりに死ななかったんですか』とこう言いたいわけ?」


 目を逸らす阿辺に、俺はさらに思っていることを告げる。


「しかも、さっきは仲間が死んでなんとも……とか言ってたけど、お前がもし、難波と佐野がどちらか片方しか助けられない状況になったらどうする? 当然、難波を助けるでしょ」


「そ、そんなことは!」


「あるよ。人の命は平等じゃない。俺は佐野と難波が同時に窮地に陥ってなかったら、戦力が減ることが心配だから、難波も助けていたとは思うよ。だけど、佐野か難波のどちらかしか助けられないなら、俺は問答無用で佐野を選ぶ。だって、佐野の命の方が俺の中では明らかに難波なんかより重いもん」


「き、清田……」


 なんか佐野から嬉しいような困惑しているような声が聞こえるけど、気にせず俺は続ける。


「誰だってそうでしょ。親しい人とそうでない人なら、親しい人を助けるものさ。だから、今回の件に関しては俺も佐野も悪くない。強いて言うならあいつを守りに行けたはずの阿辺が悪いけど、それももっと大事な『自分の命』を優先させた結果だ。誰も責められない、誰も悪くないよ」


「なら――なら! なんで難波は死ななきゃならなかったんだ! なんでだよ!」


 血を吐くような阿辺のセリフ。

 そんなに悲しむんなら、死ぬリスクのある所に来るなよ、とも思ったけど――俺は、それに対する返答を一つしか知らない。


「坊やだからさ」


「清田! 今はそんなボケを入れる場面じゃないだろう!」


 佐野の非難が飛ぶけど、俺は別にふざけて言ったわけじゃない。


「違うよ。坊やだったんだよ、みんな。たぶん、俺も含めてね」


 黙って聞いていた天川や空美、王女様にも聞こえるように俺は言う。






「俺たちは全員、この世界を舐めていた。俺は……なるべく舐めないようにしてきたつもりだし、実際にここにいる中じゃ一番この世界に順応してると思う。何せ、敵も味方も含めて何人もの死を見てきたから。お前らと別れてた短時間でね。だからこそ、ヒルディを殺せた」


 みんな静かに聞いている。阿辺ですら。


「だけど……槍しか扱えない俺はともかくとしてお前らは、純粋にチートだ。だから、どんなヤバいやつが来てもご都合主義的に覚醒でも果たして、倒せるもんだと思っていた。心のどこかで期待していたんだと思う。お前らを」


 というか――天川を、かな。

 もっと先陣を切って戦うと思っていたよ。強大な敵が現れたら、獅子奮迅の活躍を見せてくれると思っていたよ。

 今の天川とは何も会話していない。

 けど本当なら――俺が難波の生死についてあんなふうに軽く答えた時点で、突っかかってくるはずなんだ。

 なのに、今の天川の目からは光が失われている。

 確認するまでもない、心が折れている。折れている中、空美と王女様を守り続けていたのは立派だとは思うけど、もはや使い物になりそうにもない。

 諦める奴に、覚醒なんて訪れない。


「現実は無情だ。都合よく覚醒なんてしないし、覚醒したとしても、井川や新井のように効かないことだってある。ああホント……まったく嫌になる」


 思わず愚痴がこぼれる。


「今からゴーレムドラゴンに勝てるかって言われたら、かなり厳しいと言わざるを得ないよね。十二人でかかっていっても無理だった化け物を、たった六人で倒さなきゃいけないわけだからね」


「どうするんだ? 清田。神器が使えないとなると、どうしようもないんだが」


 天川が腑抜けたことを言い出した。おいおい、神器が使えないくらいで何を言ってるんだか。


「そういわれても、出来ないものはしょうがないからね。それ以外のことを考えるしかないでしょ。こりゃあ、諦めるしか無いかもねぇ」


 天川の覚醒を。

 神器も使えないとなると、さてどうしようか。

 俺が活力煙を咥えて思案していると……佐野が俺の目の前につかつかと歩いてきた。

 そして……パシン、と俺の頬が叩かれた。無論、佐野に。

 何故そんなことされたのかわからずに、キョトンとする俺。

 そんな俺を見て、なんと瞳に涙をためた佐野が俺を怒鳴りつけてきた。


「何が、何がしょうがないだ! 清田、お前は諦めるのか!?」


「さ、佐野?」


「清田、お前が負けるはずないだろう!? お前が、どんな時でもへらへら笑っているお前が! 本当は本気を出したら誰よりも凄いくせに、いつも手を抜いて! なんでだ! こんな時くらい本気を出してくれ! そうじゃなきゃ、私たちはみんなやられてしまう! 新井も、加藤も、お前が何とかしてくれるって! そう言いながら戦っていたんだぞ!?」


 嘘、何それ、俺初耳なんだけど。俺、あの二人がそこまで信頼を置くようなこと、何かしたっけ……。

 俺がはてと思っていると、さらに佐野がまくし立ててきた。


「それに! お前が言ったんだろうが! 第一の扉で戦っているとき! アラクネマンティスに囲まれた時、『俺の目が黒いうちは、佐野をやらせはしない』と! あの言葉は嘘だったのか!? まだお前の目は黒いぞ! それなのに、それなのに諦めるのか!? お前が諦めてどうするんだ! どうにかするもんだろう、清田!」


 ……俺、そこまで頼られるようなこと何かしてたっけ。

 思い返してみると、みんなが動けなくなっているときに敵を一人で倒したり、死にかけている新井を助けるためにアドバイスしたくらいしかない。

 前者は、俺の力じゃなくて借り物のチートのおかげだし、後者はそもそも頑張ったのは俺じゃない。空美だ。

 だから、特に頼られるようなことした覚えはないんだけど……でも、最後のは言ったね。

 俺の目の黒いうちに、佐野をやらせはしないって。


「そ、そもそも――」


「――佐野」


 俺は佐野の叫びを遮る形で、手を上げる。

 そして、活力煙から煙を吐き出しながら、指を三本立てる。


「三つ、訂正箇所がある」


 そう言ってから、人差し指をたてる。


「一つ目、俺の目はどちらかというと茶色い。だから、すでに黒くないことになる」


「なっ、お、お前が言ったんだろう!」


 次に中指。


「二つ目、俺が負けるはずないなんて言っていたけど……俺だって、負けるときは負ける。その根拠のない自信が、今回の結果につながる一因だったことはちゃんと覚えておかなきゃいけない。頼ってくれるのは嬉しいけど、根拠のない妄信はダメだよ」


「うっ……」


「そして、三つ目」


 俺は薬指をたてて、ニヤリと笑う。


「そもそも、俺は諦めるなんてそんなダサいことは言ってない。今だって完全に勝機が無くなっている分けじゃない。ここにいる全員が力を合わせれば、どうにかなるはずだからね」


「き、清田……」


「というか、そもそも俺が生きることを諦めるわけないでしょ? まだ俺はやってないこと、たくさんあるんだから」


 俺が肩をすくめて言いきると、ガバッと佐野に抱き着かれた。


「さ、佐野?」


「……疑ってすまなかった、清田。そうだよな、お前がそう簡単に生きることを諦めるはずがない」


 そうだよ、まったく。

 ただ、少し心配をかけてしまったみたいなので、抱きしめ返しておくことにする。

 取り乱していては、勝てるものも勝てなくなる。落ち着かせるためならなんでもやるさ。


「まあね。俺ってば無能だけど、無能だからって考えることをやめる必要もないしね」


 そう言いつつ、天川の方を向く。


「天川、当然だけど俺みたいな無能だけが気合を入れてもどうしようもない。手伝ってもらうからね」


「…………………………………………ああ、俺に出来ることがあるならな」


 だいぶ、迷って答えた天川。ちらりと空美の方を見る限り、たぶん天川も失いたくない何かのためにまだ戦う意思はあるんだろうね。


「結構。阿辺?」


 阿辺は少しもいらだちを隠さずに、俺にギロリと視線を向けてきた。


「あ? な、なんだよ」


 けど、今は仲間割れとかしている場合じゃない。

 俺は強引にでも力を貸してもらうために、誠意を見せることにする。


「死ぬか、俺に協力するか選べ」


「は?」


 俺は『は?』とか言っている阿辺の頬を、風魔術で薄く切り裂く。


「なっ、ちょっ、痛ええええええ!」


「返事は?」


「う、ぐっ」


 あれ? 誠意物理が一度じゃ足りなかったかな。


「もう一発」


「わ、分かったよ! 協力すりゃいいんだろ!」


「結構」


 お互い納得して協力を得られた。よかった、よかった。

 改めて俺たちの武器を確認しよう。

 まず、人員。

 俺、佐野、天川、空美、王女様、そして阿辺。

 ただ、この中で攻撃ができるのは俺と佐野と天川の三人。

 これだけで、どうにかあのゴーレムドラゴンを倒すしかない。


(――勝機は、ある)


 俺は『職』が槍術士である以上、『職魔法』は使えないが……勇者である天川には『終焉』とかいう魔法があった。

 あれを使うと魔力切れになる……つまり、アレはみんなが使っていた、捨て身の魔力を使っての魔法だと考えられる。

 井川の魔法も新井の魔法も、直撃すればゴーレムドラゴンを倒せていただろう。そして天川の魔力はその二人よりも多い。

 ということはつまり、天川の魔法さえ当てられれば倒せるはずだ。


「そのためには、俺がなんとか攪乱して動きを止める必要がある」


 新井と加藤が生きていたら、氷の拘束でどうにかなったんだけど……それがない。

 となると……やっぱり、俺が頑張るしかないのかなぁ……


「その……清田?」


「ん? どうしたの? 佐野」


「いや……お、思わず抱き着いたのは私なんだが、こうもずっと長いこと抱きしめられるとさすがに恥ずかしくなってだな……」


 あ。

 そういえば、佐野のこと抱きしめっぱなしだった。

 パッと離して、少し苦笑い。

 佐野も、あはは、と気まずげに笑っている。

 ……ああ、みんなからの視線が痛い。


「あー、コホン」


 俺は一つ咳ばらいをして、取りあえず空気をリセットしてみる。


「天川、一つ訊いてもいい?」


「なんだ?」


「お前の魔法……『終焉』っていうのは、魔力を使い果たして撃つ魔法ってことでいいんだよね」


「ああ」


「井川の魔法と、どっちの方が、規模が大きくて威力が高い?」


 俺が問うと、天川はふむ、と考えるしぐさをしてから、自信なさげに答えた。


「そもそも性質が違うし、一概に判断は出来ないが……たぶん五分か、俺の魔法の方が強いと思う」


「そう。じゃあ、問題ないね……」


 俺はみんなに魔力回復薬を飲むように促す。


「よし、じゃあ再度訊くけど、みんなはゴーレムドラゴンを倒したいってことでいい?」


「ああ」


「……散っていったみんなのためにもな」


「難波の仇だ!」


「みなさんのためにも、なんとしてでも」


「私に出来ることは回復だけだけど……今度こそ、誰も死なせたりしない!」


 佐野、天川、阿辺、ティアー王女、空美が俺の方を見てそう言ってくる。

 これなら、なんとかなるかな。


「よし、じゃあ作戦……って言うほどの物じゃないけど、どう戦うかを言うよ。まず、俺がどうにかしてゴーレムドラゴンの動きを止める。そして天川の『終焉』でとどめをさす。おおまかにはこの二つ」


「ざっくりしている上に、具体性が無いな」


「……あんまり頭がいいわけじゃないんだからその辺は勘弁してよ」


 佐野に痛いところをつかれて、苦笑い。


「コホン、取りあえず、それで困るのは二つ。まず、天川の『終焉』は詠唱に時間がかかるんでしょ?」


「ああ。すぐに撃てるようなものじゃない」


「ゴーレムドラゴンは、水晶で攻撃してくるから……その水晶から守るために、佐野は天川の護衛をしておいて。そして、ティアー王女は、その佐野の疲労を回復させておいて」


「わっ、分かった」


「わかりましたわ」


「それで、空美はどれくらいの遠さまで、回復できる?」


「二メートルくらいかな」


 二メートル、結構短いな。遠隔回復できたら便利だったのに。


「しょうがない。空美も佐野の援護。阿辺はヒーラー二人を守って」


「わかった」


「わかったよ、清田君」


「よし、じゃあみんな、魔力が回復するまで待機。全員の魔力が回復したら戦いに行くよ」


 そう言って、俺は寝転がる。

 さて、どうなるか……


(佐野に、本気出せって言われちゃったからなあ)


 ヒルディに半魔族にされたことにも感謝しないといけないかもしれない。

 いつどこで強敵と戦うかわからないからね。

 借り物の強さにおぼれて奢ってはならない。

 けれど、借り物でもなんでも使えるもんは使おう。


(この力……試そうか)


 心臓に魔力を集めることで使える、捨て身の魔力。それで魔法が使えるかどうかは分からない……というか、たぶん俺には使えないだろう。

 でも、捨て身の魔力……つまり限界ギリギリまで魔力を絞り出すことは出来るはずだ。それを通常の魔法に転用することも。

 使うのは初めてだね……


(ゴーレムドラゴン、俺の経験値になってくれよ?)


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