「し、白鷺ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!」
天川の叫び声が響く。
「な、何が……何があった!?」
悲痛な声で天川が問うと、加藤が顔を真っ青にしながら説明を始めた。
「少ししか見えなかったけど……あのゴーレムドラゴンから放たれた光球に対して白鷺君が撃った『飛拳撃』が、一瞬たりとも拮抗できずにそのまま飲み込まれた……」
嘘でしょ……。
白鷺は別に弱いわけじゃない。むしろ前衛での純粋な戦闘力という観念からいけば上位の方だ。俺の見立てでは天川、佐野の次に強い。
それを、たった一瞬で……ッ!
(しかも、これはマズいね……)
見慣れているとは言えないが、それでも俺は何度か見たことはある。
味方の死、を。
護衛任務を一緒に受けたAGや、たまたま討伐任務で一緒になったAGばかりだけど、それでも精神的なダメージはかなりでかかった。少なくとも、敵を殺すよりは遥かに。
けど……こいつらにはそんな経験もないだろう。
まして、パーティーメンバー……それも、クラスメイトの死だ。
動揺しないわけがない。
動きが止まらないわけがない。
(ヤバい、ヤバいよ……ッ!)
ゴーレムドラゴンを俺一人で倒せるかと言われたら……正直、微妙。あまり自信は無い。
何せ感じられる魔力量は天川やヒルディのそれより断然上。Aランク魔物だったウィングラビットの数倍……下手したら十倍はあるかもしれない。
間違いなく、ゴーレムドラゴンはSランク魔物だろう。Sランク魔物内ではどれほどの強さかは分からないけど、少なくとも今まで戦ってきた魔物の中では一番強い。
そんな文字通りの化け物に一人で挑みたいわけがない。
だから――ここで勇者連中に逃げ腰になられては困るので、皆を鼓舞するために口を開こうとした。
――が、
「うおおお! 白鷺の仇!!」
真っ先に木原が飛び出した!
それを見て俺は、思わず言おうと思っていたことと別のことを叫んでしまう。
「ッ! バカ! 一人で突っ込んだら白鷺の二の舞に!」
ヒュボッ!
ゴーレムドラゴンの口から、またさっきと同じ光球が放たれるが、木原は横にステップしてそれをギリギリで躱した。
ひやっとさせる……ッ!
「ハッ、当たらなければどうということはねーんだよ!」
なんで木原がそのネタを!? って、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
せめて援護をしようと、俺が魔力を練り上げたところで――
「木原に続け!」
「「「おう!」」」
なんと、難波が号令をかけて前へ飛び出した!
その号令を受けて、前衛の奴らはもちろん――魔法職の連中も飛び出した!
(なんで!?)
俺は一人、この異常な状況に戦慄を隠せないでいた。
敵対した人間ははおろか若干情の移った魔物一匹殺せない奴らが、なんでこうも逡巡も見せずに前へ出られるのか。
「清田! どうした、私たちも行くぞ! 余計なことを考えてる場合じゃない!」
なんと、佐野までもが俺を置いてゴーレムドラゴンへ向かって走り出した。
だがしかし……余計なことを考えてる場合じゃないのは確かだ。
(ふう……そうだね。むしろ、皆がビビッて使い物にならなくなるよりは断然マシだ)
一度首を振り、頭を切り替える。
そして、魔昇華を発動し、轟! と身体に炎を纏う。
「さて、やろうかな」
出し惜しみは無しだ。俺は足にも風を巻き付けて、空へと駆けだす。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
みんなが、遠距離系の技を一斉に叩き込んでいる。
相変わらず連携はとれていないけど、それでも異世界チートどもの攻撃だ。なかなかの威力はある。
「顕現せよ、地獄の炎! 燃え上がれ、我が怒りを糧に! 万物を灰燼に帰す炎竜よ、その蒼き身体で、この世のすべてを燃やし尽くせ! 欲するは煉獄、ヘルフレイムドラゴン!」
テキトーな詠唱とともに、蒼い炎で形作られたドラゴンを両手の上に顕現させる。向こうが西洋の竜ならこっちは東洋の龍だ。
――これが理論だけ考えていた魔法。風魔術で炎をさらに燃え上がらせて、通常の炎魔術じゃ出ないような高温まで引き上げる。
もちろん、こんなの、普通の魔物に使ったらオーバーキルだ。
けど、撃つ前から確信できる。
――これじゃ倒せない。
「くらえ!」
俺の手から放たれたヘルフレイムドラゴンがゴーレムドラゴンの頭部に直撃する。そして轟! と奴の身体が獄炎に巻かれた。
「やったか!?」
難波、頼むからフラグは建てないで!
「そんなわけないでしょ。みんな、ちゃんと大技の用意をして!」
俺が叫んだ瞬間、ビュアアアア! と烈風が吹き荒れ、蒼い炎がすべて吹きちらされてしまった。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
――けど、その体にはところどころ焦げている部分が見える。よし、まったく効いていないわけじゃなさそうだね。
ゴーレムドラゴンの咆哮で、ビリビリと空気が震える。まるで地震だね。
いや……空気が震えるんだから、空震か。
「って、そんなこと考えてる場合じゃなかったね。来るよ!」
ゴーレムドラゴンの口元に魔力が集まる。
さっきの光球か? と思いきや、なんとただの炎のブレスだった。
――ただし、さっきの俺の炎と同レベルの熱量の。
「『氷壁』!」
「『断熱の風』!」
「『守護結界レベル
後衛組のみんなが咄嗟に防御系の魔法を使い、なんとか逸らす。
……危なかった。今のが直撃していたら、大ダメージどころじゃすまなかった。
「今度はこっちの番だ!!」
木原がそう叫び、一気にゴーレムドラゴンの足元に肉薄する。
だから一人で突っ込まないでよ!
「くそっ!」
俺はゴーレムドラゴンの注意を木原に向けてはいけないと思い、上空から尋常じゃない数のエクスプロードファイヤをぶつける。
ドドドドドドドドドドド!!!! と、爆発が連続しすぎて、一つの音に聞こえてしまうほどの飽和攻撃。
そして、木原がゴーレムドラゴンの足元へたどり着き――そのまま壁走りのように腹を駆けあがった。
「くらえ! 『鬼気塊戒』!」
青白いオーラに包まれる木原。裂帛の気合と共に放たれた彼女の必殺スキル。
それがゴーレムドラゴンに直撃する――と思った瞬間、
「がはっ!」
「「「木原!」」」
なんと、地面からたくさん生えている水晶のような何かが突然隆起し、木原の体を宙へと舞い上がらせた。
マズい!
「井川! 木原をアポートしろ!」
空中じゃ、あの光球を躱せない。
そう思って井川に叫ぶけど――どうやら井川はアポートができないらしく、舌打ちを一つして木原の元へと跳んだ。
「木原!」
井川が手を伸ばした瞬間、木原がドン! と井川を突き飛ばした。
「はっ……?」
その瞬間、光球が井川の目の前を通り過ぎ、木原が消し飛んでいた。
「なっ!」
「嘘!」
「木原!」
嘘だろ、嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘嘘嘘嘘!!
木原までやられた!?
あの光球は、異世界チートどもの防御力を貫通してなお消し飛ばすほどの威力がある、それは白鷺が殺された時で分かっていた。
けど、それは偶然だと信じたかった。
そんな威力のある攻撃なんて……一度も出会ってないんだけどなあ……ッ!
(けどここで動きを止めたらゴーレムドラゴンの思うつぼだね!)
取り乱している暇はない。そう思った俺は『飛槍撃・三連』を撃つ。
――目の前で木原を殺された井川の心中はいかがなものか。
俺が取りあえず空中にいる井川を回収するために近づこうとしたら、唐突に膨大な魔力を発し始めた。
(これは……空美があのバカげた魔法を使った時のような……)
「よくも、よくも、真奈美をォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
「井川! それはやめろ!」
俺がスピードを上げて井川へ駆け寄ろうとしたときには遅かった。
「歪曲する空間、無間へと誘う牢獄、狂い、乱れ、絶望へとこの世界を塗り替えろ! チェンジザワールド!!!!」
井川が唱え終わった瞬間、とんでもないことが起きた。
ズズズ、と空間が震えだし……ゴーレムドラゴンの周りが歪む。そして、ゴーレムドラゴンを中心として収縮していき……空間ごと、まるでブラックホールへと吸い込まれるかのようにゴーレムドラゴンを押しつぶしてしまった。
そう、見えた。
「おお、凄い!」
「は、ははは……ざまあみろ……真奈美を殺した奴が生きていいはずが――ッ!」
「……いや、まだだ!」
「ガオアアアアアアアアアアアアア!!!」
そう、完全に決まっていれば、ゴーレムドラゴンも倒せたかもしれない。
けど……一瞬早く、ゴーレムドラゴンは上空へ飛び上がっていた。翼を広げて。魔法が完全に効果を発揮する前に。
ドラゴンだから、飛べるんだ……
「くそっ、たれめが……」
魔力切れを起こした井川が、意識を失ったように落ちていく。
「井川君!」
新井が井川を受け止めようと走り出そうとした
「新井ダメだ、近づくな――!」
ヒュボッ!
「「「井川っ!」」」
これで、三人目……
「いやぁああああああ!!!」
新井の絶叫が虚しく響く。
(さて、これで逃げだす術は殆どなくなったわけか……)
そもそも、井川が全員を連れて抜け出せるという保証はなかったけど、それでも痛いね。皆の希望がついえたという点で。
そもそも……この空間が、塔の中にあるとは思えない。
特に根拠があるわけではないけど……そう思う。
そうなると、例えば地面をぶち抜いてここから抜け出す……っていう逃げ方もなくなるわけだ。
その可能性が完全に潰えているわけじゃない、と今は思っておこう。
いや、今は思っていたい。
いくら俺でも……片端から希望を潰されると、キツい。
「前衛が二人やられたね……」
一旦佐野のそばに戻ると、そこには後ろへ下がっていた新井と加藤もいた。
難波と天川も俺たちが集まっているのを見て、王女様と空美を伴って退避してくる。
……あれ? 阿辺は?
なんか阿辺が見当たらないけど、とりあえず放っておこう。
すっと全員を見渡すけど、なんか委縮している様子が見えない。
「あの野郎……ぶっ殺してやる!」
「難波君、そんなにいきり立つものじゃないよ? ……けど、腹が立つのは僕も同感かな」
難波と加藤が、かなり好戦的なことを言っている。
……三人も味方がやられているのに、むしろ興奮しているみたいだ。
「どうする? 清田」
佐野がゴーレムドラゴンを睨みつけながら、俺に意見を求めてくる。
そのゴーレムドラゴンはとういうと、上空から俺たちのことを睨みつけている。
……あそこからさっきのブレスとか、光球をぶつけられたらたまったもんじゃないね。
「う~ん……こちらの攻撃が効いてないわけじゃないんだよね」
俺の魔法……ヘルフレイムドラゴンも効いてなかったわけじゃないし、みんなの遠距離系のスキルも効いてないわけじゃない。
だけど、それが致命傷にはなっていないんだよね。
……さて、どうするか。
「ゴガオアァァァァァオオオオァァァアアアア!!!」
「って、くるよ!」
悠長に話してはいられなかった。
ゴーレムドラゴンが、上空から俺たちの方へ滑空してきた!
「くそっ!」
尋常じゃない速さで、推定だけど数トンはありそうなゴーレムドラゴンが落下してくる。
――こんなの、ひとたまりもない!
「全員、全力で離脱!!!」
天川の号令で、皆がその場から一瞬で散る。
なんとか全員が離脱出来た瞬間、ズゥゥゥゥン! と、物凄い音とともに、ゴーレムドラゴンが地面に落っこちた。
「「「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!」」」
尋常じゃない衝撃波。俺は無理やり風で持ちこたえるけど、みんなは吹っ飛ばされてしまっていた。
……こりゃあ、一発貰った瞬間やられるね。
「皆、無事……? って聞いても、誰も返事できないよね」
「ゴァァァァギャアアヤガアアアアア!!!」
「うるさいよ、ゴーレムドラゴン!」
俺は轟! と足から炎を噴射し、一気にゴーレムドラゴンへ近づく。
――まっすぐ進むだけなら、炎の推進力で空を飛ぶのが一番速い!
「ゴァァァァァァ!!」
もの凄い咆哮で吹き飛ばされそうになるけど――腕を顔の前でクロスさせて無理やりその中を突っ切った。
槍を仕舞い、魔力を高める。
そして左手に風、右手に炎を発生させた。
――どうせ誰も聞いちゃいない、詠唱破棄だ!
「風炎混合魔法、プロミネンストルネード」
「ギィィィィガァァァァァァ!!!」
ゴーレムドラゴンも、負けじとブレスを俺に向かってぶつけてくる。
俺の魔法とゴーレムドラゴンのブレス……滅多にないほど高密度のエネルギーが空中でぶつかり合い、爆ぜた。
カッ!
と空中で太陽が生まれる。その光に乗じて俺は地面すれすれまで下がり、さらにゴーレムドラゴンに接近する。
(……魔法の効果は薄い。いや、炎と風に強いのかもしれない。そうなると、槍で攻撃するしかないね)
さっきの木原と違って、俺は空中で動ける。
そう簡単に隙を見せることはないはず!
懐に飛び込んだ俺は、取りあえず『音速突き』を放つ。新しい方だと自損しちゃうからね。
ガチィ!
「ありゃりゃ……っと!」
魔法以上に効かない。というか、この手応え……なんか、鉱物を突いてるみたいだ。当たり前か、ゴーレムだし。
ギリッと歯噛みしていると、下から水晶のようなものが飛び出てきた。
この距離じゃ、避けられない――けど、
「効かないよ」
俺は炎で水晶を消し飛ばす。この水晶がそんなに固いものじゃないことは、分かっていたからね。不意でもつかれない限り怖くはない。
さらに、俺は『亜音速斬り』でゴーレムドラゴンを斬りつけるが……やはり効いていない。これ、どんだけ固いんだよ……アックスオークなんて目じゃないね、ホントに。
「さすがはSランク魔物ってところかな……っ!」
「ゴガァァァァァァァァ!」
長い爪で、俺を貫こうとするゴーレムドラゴン。
――やっぱり速い!
受け止めることなど一切考えず、ただただ回避のために空を駆けた。
ブオン!
ゴーレムドラゴンの爪が空を切る。何とか一発は躱せた……が、もう一度攻撃されたらマズい!
俺はゴーレムドラゴンの方を向き、風と炎のクッションを生み出す。
(その爆発で自傷する可能性はあるけど……仕方無いね。受け止めるなんてまず無理だ!)
……そう考えて覚悟した瞬間、ゴーレムドラゴンが突然俺以外の方向を向いた。
(まさか!?)
「清田君に手は出させません!」
新井が、杖を構えて、ゴーレムドラゴンに向かっていくつもの氷の魔法をぶつけていた。
って、それはダメだ!
突出するな!
「ああああああああああああああああ!!!!!」
まるで吹雪。そう形容できる程の勢い、数の氷。
「僕も忘れないでほしいな~」
さらに、逆方向から加藤の魔法がぶち当たる。
――異世界チートどもが連携してる!
「ギャオオオオオオオ!!!」
少し感激するが……そんなことはさておき、ゴーレムドラゴンが二人に気を取られている隙に一気に離脱する。
置き土産にエクスプロードファイヤだけ置いて。
「助かった、ありがとう新井」
新井のそばに着地し、一応礼を言う。
「いえ、大丈夫です、このくらい」
「清田! 無事だったか!」
佐野も新井のそばにいた。そして、水晶をぶった切っている。
……なるほど、新井を水晶から守ってたんだね。
「みんなは?」
「加藤がいるのは確認できたけど……他はどうしてるのかわからないね。けど、死んでないと信じよう」
俺も水晶を斬り飛ばす。
そして、かなり遠距離の攻撃になるけど、炎をゴーレムドラゴンに向かって撃っておく。
「……やっぱり、大技を撃たなきゃ無理だろうね。みんなと合流しよう。加藤の位置はさっき確認してるから、取りあえず加藤と合流しよう」
「わかった」
「わかりました」
俺は二人を抱えて、空へと駆け上がる。
「す、凄い! 空を飛んでますよ私たち!」
「こ、これは変な感覚だな」
「二人とも、迎撃の準備はしといて」
ゴーレムドラゴンは加藤の方にいくつも火球を吐き出している。あれが効いてないってことは……たぶん、近くに難波がいるね。
難波のスキルなら、あの威力でもなんとか躱せるでしょ。
(……けど、さっきのバカ威力の光球は撃ってないね)
難波がアレも逸らせるんなら問題ないんだけど……そうじゃないなら怖いから、さっさと合流した方がよさそうだ。
「新井、大きいの一つ撃って」
「はい」
ゴッ、と新井が大きい氷塊を撃ち、ゴーレムドラゴンの注意が一瞬こちらへ向く。
その瞬間を見計らって俺は自分の周りに霧を出し、姿を隠してから加藤のところへ近づく。
「加藤、平気?」
「あ、清田君。……僕は平気だけど」
見れば、難波の息がかなり上がっていた。
どうやら、ずっと逸らし続けていたらしい。
「難波、大丈夫?」
飛んできた火球をエクスプロードファイヤで打消し、難波に声をかける。
「あ、ああ……けど、決定打がな」
「そうだね……っ」
俺たちが一塊になった瞬間、ゴーレムドラゴンが接近してきた。
……やれやれ、人間が一塊になると厄介だってことを知ってるみたいだね。
「……天川達とも合流したかったけどしょうがない。勝負をかけるよ」
冷や汗を流しながら、俺はみんなに言う。
「……どうするんだ?」
俺は懐から活力煙を取り出して、火をつける。
「総攻撃だよ」