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36話 試練の間なう⑤

空美がそのまま寝てしまったので、回復を待つ間、俺達は休憩することにした。

 座り込み、活力煙を吹かす。


「ふぅ~」


 ウィングラビットの攻撃で壊れた鎧は燃やしてしまった。わざわざとっておいて化けて出られても困るし。

 結構使ったけど……そろそろ寿命だったのかもしれない。アンタレスに戻ったらヘルミナから新しい鎧を買おう。

 ちなみに今は洗い替え用の鎧を着ている。機能的には大差ないけど、メインで使ってる方じゃないから少し落ち着かない。


「次の扉か」


 ウィングラビットを倒してすぐに豪奢な扉は出てきていたけど、今度は流石に誰も何の準備もせずに入ろうとはしなかった。

 さっきので懲りた、っていうより新井と空美が精も魂も尽き果てていたってのが大きい理由だと思うけど。

 ちなみに、俺も地味にキツかった。新しい『職スキル』の反動もあったし、初めて空中戦をしたしね。

 ヒルディと戦った時も飛んだけど、あれは下から風を吹き付けて『浮く』っていう感じだった。一方今回は、空を『駆ける』ようにして飛んだ。

 後者の方が機動性も何もかも上だったけど、一気に飛び上がるには前者の方が良かった。この辺の使い分けは要練習って感じだね。

 炎も使えば、もっと自由に素早く飛び回れる。

 今回の戦いで思ったけど、やはり空を飛べることはとても有利になる。難点は、魔昇華してないと飛ぶにはキツいところかな。浮いたり、落下スピードを抑えたりくらいは出来るけど、足に纏わせて自由に飛んだりは出来ない。


「清田。少し訊きたいことがあるんだが……いいか?」


「どしたの?」


「さっきのスキル、なんだったんだ? 空を飛んでいたみたいだが」


 そういえば、俺は一応火魔法しか使えないことにしてたんだった。

 少し周囲の様子を確認する。隣に座ってきた佐野以外、誰も近くにはいない。


(本当のことを言ってもいいんだけど……)


 塔の中にいる間は誰が聞き耳を立てているか分からないからね、出るまでは内緒にしておこうか。


「アレはね、『天駆』ってスキルだよ。今まで使う機会が無かったんだけど」


「『天駆』か。便利そうなスキルだな。私も覚えたいところだ」


 佐野が風魔法を使えるようになればもしかすると使えるかもしれないけど、今は無理だろうね。


「というか、空中戦なんて初めてやったよ」


「まあ、そうだろうな……そもそも空を飛んだり出来る魔物と遭遇しないし。羽がある魔物なんてどれくらいいるんだろうか。私が見たことがあるのは、キラーバットとか、さっきのウィングラビットくらいなんだが」


「んー……」


 俺はアイテムボックスからガイドブックを取り出し、見てみる。


「えっと、高速で空を飛べる魔物は、『エレメントドラゴン』、『デスサイズマンティス』、『トライホーンペガサス』、『プロミネンスグリフォン』……殆ど、AランクかSランクの魔物だねぇ。まあ、弱い魔物が空を飛んでてもすぐに撃ち落とせるんだけど」


 というか、名前からして恐いやつらばっかりだね。なんだ、エレメントドラゴンって。絶対ヤバいでしょ。

 そう考えると、今回空を飛ぶ手段を編み出せたことは僥倖だったね。

 しかもこのガイドブックには、アラクネマンティスの特徴に合致する魔物や、ウィングラビット(巨大化)の特徴に合致する魔物はいない。

 つまり、このガイドブックに載っていないヤバい奴もいると考えるべきだろう。

 ……絶対に関わらないようにしよう。


「清田が戦った中で一番強かった魔物はやっぱり、ウィングラビットか?」


「うん。そうだね。というか、魔物が魔法を使ってくるのを初めて見た」


 全ての魔物に当てはまるわけではないけど……基本的に、Cランク魔物は、魔法効果のある技というかスキルを持っていて(ロアボアの咆哮や、ポイズンリザードの毒ブレス等がこれにあたる)、Bランク魔物はそれに加えて体質を持っている(アックスオークの赤銅硬化とか、ハンマーオーガの巨体化とか)。

 まさか、Aランク魔物はそれに加えて魔法とはね。恐れ入る。

 ……これで、Sランク魔物になるとどうなるんだろう。まさか、魔法が二種類とかになるのかな。それとも、未知の能力を出してくるのかな。


「……出来れば、Sランク魔物とは戦いたくないね」


 俺はパラパラとガイドブックを見ながら苦笑いする。

 このガイドブック、情報量は少ないけど……それでもしっかり恐ろしさは伝わってくる。

 やれやれ、魔物って怖いね。


「まあ、そうだな」


 空を飛ぶ魔物ってだけでも鬱陶しいのに……うわ、こんなの嫌だね。


「特にこの、デスサイズマンティスは嫌だな」


「そんなにか?」


「うん。ほら、見てよ」


 俺はガイドブックを開いて、佐野に見せる。



デスサイズマンティス

討伐部位:デスサイズマンティスの鎌

Sランク魔物

災害の一つ。

キラーマンティスが、複数の同族を食べ、さらにたくさんの魔物を捕食する内に進化すると言われているが、詳細は不明。

Sランク魔物の中でも、かなり厄介な種として有名。鎌から、魔力糸を生み出し、他の魔物を操る事が出来る。故に、デスサイズマンティスが現れるときは、その他たくさんの魔物の大群も現れる。

今まで、三度しか目撃例が無いため、空を飛ぶ事が出来ること以外、詳しい生態は不明。

人を食べることを好むらしく、集落を襲って人を食べている。



「…………ひ、人食い、か」


「魔物を食べるって書いてあるから、人食いというより肉食なんじゃない?」


 しかも、魔力糸か。魔物を操れるってことは、人も操れるんだろうねぇ。

 というか、その魔力糸をワイヤーみたいに使われたら厄介だね。透明になるかもしれないし。

 けど……


「これを武器にしたらいい武器になりそうだね」


 討伐部位にその魔物の魔魂石を合成すると、その魔物の持っていた特徴を受け継いだ武器が作れるらしい。Bランク以上の魔物は、討伐部位が武器であることが多いしね。

 また討伐部位が無くても、魔魂石だけでも特徴を受け継がせることも出来る。だからこそ、Bランク以上の魔物の魔魂石は高く売れるのだ。

 アックスオークの魔魂石……もう一つくらい欲しいな。あれ、いい防具になるらしいし。

 天川がやっちゃったせいで魔魂石が手に入らなかったのは痛かった。


「そういえば……塔をクリアすると、神器以外は何がもらえるの?」


「特にないな。強いていうなら……そうだな、経験かな」


 カッコいいけど、そういうのじゃないんだよ……財宝とか無いのかなぁ。

 塔を登ってくる時に、大分魔魂石を集めたから稼ぎにはなったけど……危険に見合うかと言われたら微妙なところだね。


「ところでだな、その……」


 佐野が少しモジモジしつつ、俺の瞳を見る。


「お前の、瞳が紅くなっていた件についてはまだ話してくれないのか?」


「うーん……うん、そうだね。塔から出て、だね」


 そう言いながら、俺は活力煙をふかす。

 そして、アイテムボックスから一枚の紙を出し、ペンでさらさらと俺が泊まっていた宿の名前を書く。『幸楽亭』のことだ。


「今のうちに渡しておく。塔から出たら、誰にも言わないでここに来て。大事な話をするから」


「だ、大事な話?」


「うん。――佐野にしか話せないことだから。絶対に来てね」


 俺が言うと、佐野はカッと頬を紅潮させて慌てだした。


「わ、私にしか出来ない話とは、あの、その……」


「……まあ、他の人にはバレないようにね」


「あ、ああ! えっと……『幸楽亭』か。AGギルドから……って、地図上手だな、清田」


 異世界に来て、マッピングは得意になった。方向感覚や地理感覚が無いと撤退する時や護衛依頼を受けた時とかに困っちゃうからね。


「ふむ、AGか……」


「? AGがどうかした?」


「いや、清田はAGなんだよな? ……金は、大丈夫なのか?」


 そういえば、AGって社会的地位が高いわけじゃないんだっけ。

 それも当然ではあるけどね。その日暮らしの日雇い労働者……現代社会で考えると、死ぬほど社会的地位は低くなるだろう。それは異世界でも同じだ。


(って、佐野が考えてるなら、心配するのも分からないでも無いね)


 とはいえAGの社会的地位が高くない理由は彼らが日雇い労働者だからではない。控えめに言っても野蛮人みたいな連中がばかりだからだ。

 AGと盗賊の違いって、魔物を襲って金にするか、善良な市民を襲って金にするかの違いでしか無いと言ってる人もいたくらいだ(全員が全員そうだというわけじゃないけど)。

 加えて、普通の人から比べると貯蓄も少ない。これも社会的地位があまり高くならない理由の一つだろう。

 しかし小遣い稼ぎ程度にしかならないFランク、EランクAGならまだしも、Dランク以上ならば贅沢さえしなければ貯蓄が出来るだけの金は貰えるのだ、本来は。命を張って街を守っているのだから、それなりの金額は貰えている。

 それなのにその日暮らしになっている最大の理由は、金が重くて持ち歩くのが困難だからだ。

 宿に置いていたら宿屋の主人に盗られるかもしれない、だから家を買いたい。けど家を買うにはお金を貯めなきゃいけない、お金を貯めるにはお金を使わないでいなきゃいけない。お金を使わないでいると、かさばって仕事にならない。仕事にならないと金が貰えない……完全なる悪循環。

 よって大半の人が「その日暮らし」に落ち着いていく。家を買う金があるなら武器を新調する、それがAGだ。

 一応、完全に社会的地位が低い・・わけじゃ無い。だって、BランクAGはそれなりに尊敬されるし(ソースは俺とかマルキム)、DランクAGでも尊敬されてる人もいる。

 結局、社会的地位が低いと文句を言っている人は、本人の人間のレベルが低い場合が多い。


「だから、そんなに困ってないよ。俺の場合、アイテムボックスがあるから保管場所にも困らないし」


「いくらくらいあるんだ?」


「金貨……忘れたな。三百枚までは数えてたんだけど」


「さ、さささ、三百!?」


 二ヵ月とかそこらで、約三百万円以上。もっとも、王様からもらった金貨とか、アックスオークの魔魂石とかも含めてだけど。

 というか、この反応だとお金の価値は知ってるのかな? 佐野たちも。


「どうしたらそんなに稼げるんだ!?」


「俺、あんまりお金も使わないからねー。防具もあんまりお金をかけてないし」


 夜の槍もそろそろもっと良いのにしたいんだけど、近くには売って無くて。ヘルミナ製品がやっぱりいいんだろうね。


「……凄いな。それなのに、まだお金が欲しいのか?」


「勿論。将来、どうなるか分からないからね。怪我したら戦えないし、元のせ――」


 そこで俺はハッとして口をつぐむ。

 しまった、口を滑らせそうになった。元の世界に戻れないかもしれないし、と言いそうになった。

 ……佐野たちは、まだ魔王と覇王を倒したら元の世界に帰れると信じてるかもしれないのに。


「清田?」


「……な、なんでもない」


 ふぅ、と深呼吸。落ち着け、セーフのはずだ。

 話を逸らそう。


「あのね――」


 俺が口を開いた瞬間、ふと、近くに誰かが立っていることに気づいた。

 そちらを見てみると、そこに立っていたのは新井だった。


「おお、新井! もう立てるのか!」


 佐野が立ち上がり、嬉しそうに新井の肩を叩く。


「は、はい。ごめんなさい、心配かけてしまいまして」


「俺は特に心配してなかったけどね。空美がなんとかしてたし」


「またお前はそういうことを……」


「あはは……き、気にしてませんから。冬子ちゃん」


 苦笑いしている新井。とはいえ、実際に心配していないんだからしょうがない。

 傷が塞がったんだし、立ち上がれなかったのはただの体力切れなんだ。その程度で何か心配することもあるまい。

 俺が気にせず活力煙を吹かしていると……スッと新井が目の前に正座した。


「ん?」


 そして、ぺこり、と俺に土下座――ああいや、座礼してきた。


「助けてくれてありがとうございます、清田君」


「へ?」


 助けた? 俺が? 何かしたっけ。

 ……頭を捻って考えてみるが、何かした覚えが無い。ふむ、なんか勘違いしてるのかな、新井は。


「俺、何もしてないと思うけど」


「いいえ。呼心ちゃんに新しい魔法の使い方を教えて、私を助けてくれたんですよね。それのおかげで助かったんですから」


「アレは空美が凄かったからでしょ。俺は特に何もしてないよ」


 俺は『魔法』というものの基本を教えただけ。言い方は変だがアレは空美が『勝手に』覚醒して、『勝手に』スゴイ魔法に目覚めたというだけのこと。


「あと、私の仇をとってくれたらしいしですし」


 仇……ウィングラビットか。


「仇も何も、試練の間なんだから敵は倒すでしょ」


 それに、新井は死んでないしね。


「清田……素直に礼を受け取ったらどうだ? 新井が困り顔になっているじゃないか」


 そんなこと言われても。新井に礼を言われるようなことをした覚えが無い。

 ウィングラビットを殺すのを邪魔されたから、それに関して謝られたら素直に謝罪を受け取るんだけどね。


「いいですよ、冬子ちゃん。私がお礼を言いたいだけですから。……そうだ、せめて何かお返しが出来ませんか?」


 お返しといわれても、特に何かしてもらうこともない(そもそもお返しをされるようなこともしていない)。強いて言うなら……そうだね。


「あ、じゃあ。昨日? は、新井のおかげでアラクネマンティスは倒せたからね。それと相殺ってことで」


「へ?」


「氷が無いと、もっと面倒だっただろうからね。コレでチャラってことで」


 実際は、俺以外のみんなで戦ってほしかったんだけどね、あそこは。


「そ、そんなことでいいんですか? ……って、そんなことじゃお返しになりません!」


 えー……面倒くさい。

 ホントに、なんでこんなことになっているんだろうか。正直、理由が全然分からない。


「あのさ、新井。俺、なんにもしてないんだよ? 確かに、空美に魔法の効率のよい使い方を教えたのは俺だ。……だけど、実際に治したのは空美だから、空美にお礼はしなさい」


 俺が肩をすくめながら言うと、新井は少し瞳に涙を溜めて俺を見た。

 って、え!?


「だって! その……」


 や、ヤバい。泣き出しそうだ。

 誰が泣こうとどうでもいいが、俺の前で泣かれるのは困る。女子が泣くと、確実に近くにいる男子――この場合は俺――のせいにされるからね。

 かといって、俺に人の気持ちは分からない。女ならば尚更だ。

 というわけでチラリと佐野を見るけど……ダメだ、佐野もオロオロしてる。

 うーん……泣くんならイケメンの、天川のそばで泣いてくれないかなぁ。


「えっと……その、落ち着いて? 新井。別に俺は責めてるわけじゃないから」


 とりあえず落ち着くように言ってみる。


「新井、深呼吸するんだ。大丈夫、ちゃんと話は聞くから」


 佐野もおろおろしつつも、なんとか宥めようとしている。


「だって、だって……」


 新井がチラリと空美の方を見る。


「……私を、助けるために、呼心ちゃんが……」


「空美が?」


「呼心ちゃんが……あんな風になって……私は、何も出来ていないんですよ!? 私よりも呼心ちゃんの方が大切なのに! 呼心ちゃんの方が皆にとって大事なのに! 私なんかのために! それで、それで!」


 唐突に涙を流しながら叫ぶ新井。

 それに俺はきょとんとしつつも……言っている内容を考える。


「それに、私のせいで清田君も危険な目にあったっていうし……それで、だから……っ!」


(……もしかして、罪悪感かな?)


 自分のせいで空美は寝込んでいるし、俺は大怪我した(といっても一瞬で治ったけどね)。

 それの罪悪感を減らすために、俺に何かお返しを……ってことなのかな。


「うーん……俺は試練の間をクリアして外に出たいから戦っただけだし、空美は仲間を救いたかったから頑張っただけだと思うよ? だから、特に気にする必要ないと思うけど……」


 俺がなだめようと月並みなことを言うけど、中々新井は収まってくれない。むしろ、ヒートアップしているようにみえる。

 うーん、なんでだろう。


「でも! もしこれで呼心ちゃんが目覚めなかったら! 私のせいで目覚めなかったらどうするんですか!? 私は、どう責任とればいいんですか!?」


「別に、責任とる必要無いんじゃない? だって、お前が頼んだ分けでもないんだし」


「清田! だからなんでそんな無神経なことを言うんだ!」


 佐野に責められるけど、いやいや、だって、ねぇ? 恩に感じるのは勝手だけど、責任をとるのはなんか変だと思うんだよね……


「というか……責任とりたいなら、魔物を倒すのを頑張ればいいじゃん。せっかく力があるんだし」


 悪いとは思いつつも、どうして俺がヒステリーをぶつけられなきゃいけないのかが分からず、テキトーなことを言うと……


「それが出来ないんです! 私の能力じゃ、皆のお役に立てないんです!」


 ――なるほど、ね。


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