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33話 試練の間なう②

 やれやれ。まったく……突入前に王女様に言った台詞が俺に降りかかるとはね。もう少し魔昇華は取っておきたかった。

 とはいえあそこで手を抜いて元クラスメイトたちが死んだら後味が悪いし、そもそも佐野を殺すわけにはいかない。

 だから使ったのはいいんだけど……炎と風、両方見せる必要は無かったかな。


(咄嗟だったし、しょうがないか)


 誤魔化す方法は後で考えよう。最悪、半魔族であることがバレても、コイツらはどうせ俺のことは殺せないしね。

 ……ヘリアラスさんはどうかわかんないけど。


「あの人は敵に回したら逃げるのに苦労しそうだからね……まあ、いいや。さて、やりますか。『ファイヤーエンチャント』」


 ボッ、と夜の槍に炎が灯る。こうやってエンチャントすると、スキルに全て炎が追加される。だから、勝手にファイヤーエンチャント後のスキルには「えん」とつけることにした。

 アイツら――アラクネマンティス――はどう見ても炎に弱いみたいだしね。虫だし。


「にしても……おかしいね」


 俺は目の前のアラクネマンティスを『飛斬撃・炎』で斬り払いつつ、後ろをチラリと見る。


(この程度の魔物で怯む程なら、道中でパニックを起こしててもおかしくないのに、それはなかった……)


 さらに左手から極大の火球を生み出し、二つ、三つと爆発させる。エクスプロードファイヤにいつも以上の魔力を籠めただけだけど、威力が尋常じゃないことになっている。

 エクスプロードファイヤは威力、範囲共に優秀で非常に使いやすいね。しかも魔力の燃費もいいし。籠めた魔力以上の殲滅力を発揮してくれる。


(……特に、天川の狼狽えぶりが普通じゃない。だって、一言もさっきから発せてないもん)


 ガタガタ震えながら、剣を構えている天川。ご自慢の神器すら使っていない。構えてるだけ――というか、持ってるだけだ。

 佐野たちの方へ行きそうになったアラクネマンティスを『飛槍撃・炎』で消し飛ばし、一度全方位に爆破を起こして、体勢を立て直す。


(さて、ここで考えられるのは二つ。一つは、あのアラクネマンティスがトラウマを刺激するような化け物だったこと。けど、これじゃあ全員がビビりまくってることに説明がつかない)


 魔力が切れるとマズいので、槍メインの戦闘に切り替える。


(もう一つは、アラクネマンティスのなんらかの能力で、RPGとかでいうなら状態異常:恐慌にでもさせられたか)


 アラクネマンティスの魔力量はCランクってところだ。それなら、なんらかの魔法的要素があってもおかしくはない。


(ただ、それだと俺だけ普通に動けてることの説明がつかないんだよねぇ……)


 槍を使い、いつものように首を切り落とす。やれやれ、魔魂石を取り出せないのは悲しいね。


(って……アレ?)


 燃やしたわけでもないのに、殺したアラクネマンティスが消えてしまった。

 ……どうなってるのかな。今までの塔内はそんなことなかったんだけど。

 気になるが、今はそんなことを考えている暇はない。目の前にアラクネマンティスの軍勢が迫ってきているのだから。

 頭を突き、斬り、『職スキル』で消し飛ばし――と、自分で言うのもなんだけどかなり獅子奮迅の活躍をしてるのに……数が一向に減らない。

 まさかとは思うけど……これ、倒された分だけ補充されるとかじゃないよね?


(だとしたらちょっと……いや、かなりヤバいんだけどなぁ……)


 そもそも俺のスキルも技も、面で制圧するようなモノでは無い。つまり、数で押されることに弱い。

 魔術を使えば面での制圧は出来なくもないが、今度は魔力切れという危険性リスクがある。頼り切るわけにはいかない。


「ったく、そもそも俺は槍使い。タイマン専門なんだけどねえ」


 小声で呟く。半魔族になった時に増えた魔力量で無茶すれば、もっとデカい魔術は撃てるだろうけど……ここまだドア一つ目だからね。ここで魔力使い切るとかアホの所行だ。

 だからなんとか俺以外の奴にデカい魔法使わせてこの状況切り開きたいところなんだけど……


(しょうがない)


 あんまりとりたい手じゃなかったけれど、このまま消耗戦になったら勝てるモンも勝てなくなってしまう。

 俺はとりあえず『飛斬撃・炎』を数発放ち、さらに足から炎の刃を撃つ。


「レッグ○イフ!」


「そ、それは版権的にダメなやつだ!」


 中々余裕があるね、佐野。

 今の攻撃のおかげでいったんアラクネマンティスの数が減ったので、魔力を籠めて上からも侵入できないように、炎のドームを作る。


「えーっと……『プロミネンスドーム』!!」


 そろそろネーミングがネタ切れになりかかりつつある。とりあえず接頭に「プロミネンス」か「ブレイズ」か「バーニング」辺りを付けておけばいいかな。


「さて、と……見てたらわかると思うけど、今かなりヤバい」


「ど、どういう、ことだ……?」


 天川がガクガク膝を震わせながら、こちらへ歩いてきた。


「数が減らない。皆で一斉にかかれたら話は別なんだろうけど……」


 ちらりと皆の方を見る。個人差はあるようだが、全員震えている。


「やっぱアラクネマンティスのせいなのかね」


「お、俺は戦えるぞ!」


「無理でしょ、天川」


「お、俺もぉ!? い、イケるイケるぅ!!」


「だから無理でしょ。白鷺。ってか足震えすぎ」


 うん、面白すぎるから。腰とか引けまくっててガックガク言ってるから。


「お、俺のナックルパンチをお見舞いしてやるゾ☆」


「なんでそのネタ知ってるのか知らないけど、いいから。そもそもお前ら前衛じゃこの場合役にたたないから」


 今欲しいのは面で制圧出来る火力であって、お前らみたいな近接特化の奴じゃ無いんだもの。

 というわけで――そろそろ炎のドームの維持もキツくなってきたし――俺は『氷結者』新井と『大賢者』加藤の方へ近づく。


「そんなわけでお二人さん、出番だよ」


「え……わ、私ですかぁ……?」


「僕も?」


「君らしか大規模に攻撃できる魔法が無いからね」


 いや、天川もあるのかもしれないけれど。あの、終焉とかいう魔法。アレ、なんかヤバげだし。


「他に大規模な魔法使える人いる?」


「俺も使えるが……使うと魔力切れになるぞ」


 天川が手を挙げてそう言う。


「今ここで魔力切れ起こしたらダメでしょ。というか、そろそろ俺も本気でヤバいから……」


 慌ててアイテムボックスから魔力回復薬の大瓶を取り出し、一気に煽る。

 これは飲むといきなり魔力が回復するわけじゃない。回復速度を速めるだけだ。飲むといきなり回復する薬もあるけど、高価だし……デメリットも大きいからよほど追い詰められない限り使いたくない。肉体を消費して魔力に変換するとかで、尋常じゃない痛みが伴う魔法薬だからね。

 というか、そもそも魔昇華のおかげで魔力効率が上がっていて、さらに半魔族になって魔力量が増えてるからここまで保っただけだ。もしも俺が強化されてなかったら誰か死んでる。


「じゃあ、どっちか水は出せない? 大量の水」


「わ、私は……氷なら」


 まあ氷結者だもんね。このさい氷でもいいか。


「じゃあ加藤! 大量の酸水素ガスを作って!」


「えっ、なにそれ。……うん、無理みたいだ。ごめん」


 さすがの異世界人チートでもそんな細かく気体を作り出すのは無理か。仕方ない、水だけで我慢しよう。


「その代わり僕も水を出すよ」


 ……多芸多才だね、加藤。さすがは賢者……ってところなのかな。


「ん、ありがとう。じゃあ十秒後にブレイズドームを解くから、そしたら目を瞑って目一杯の水を頼むよ。あ、阿辺は結界強化しといてね」


「? プロミネンスドームじゃなかったのか? 清田」


 細かいことに気づくね、佐野は。


「そうとも言うね! じゃ、行くよ~。1、2、3、4……」


 俺も言いながら、魔力を指先に集めていく。

 魔昇華しているから魔術の威力は高くなっている。更に魔力を練り上げて……指先にためていく。体内で高めた魔力を外に放出するときは、なるべく細いところから出した方が威力は上がる。水鉄砲の原理と一緒だ。

 ……その代わり、タメに時間がかかるけど。


「……9、10! 行け!」


「『凍える風よ、大海をも飲み込む凍てつく牙よ! 我が命に従い、此の世に永遠の氷結を顕現させよ! エターナルフォースブリザード』!」


「『流れ落ちるは神の涙! 全てを飲み込む大瀑布は太陽すら消し去る轟流となれ! イグアスフォール』!」


 轟音と共に、莫大な質量の水が顕現する。うわぁお、なにこの威力。

 そしてそれを俺は一瞬で蒸発させるためだけに、貯めていた力を吐き出す!


「Eternal B○aze!」


「それも版権的に――」


 佐野が何かを言いかけたが、そんなことお構いなしに俺は火力を上げる。俺の出した業火が大量の水と氷に絡みつき……そして、一瞬で蒸発させていく。


(――さて、ここで初歩的な化学の話をしよう)


 水というものに限らず、物体には融点、沸点というものが存在する。その温度になると、固体は液体になり、液体は気体になるわけだ。

 中学の理科で習ったから、水が沸騰して気体になった時に体積がどれほどの大きさに膨れ上がるかは知っていると思う。

 そう、一七〇〇倍だ。

 時間をかけて少量ずつ変化するならば問題はない。けれど、それが一度に大量に起きるとどうなるか?

 その瞬間、水は人を殺すだけでなく、山を破壊しうる程の強力なエネルギーを持つことになる。水がただ沸騰するだけで、だ。

 この現象の名前は……


「ねぇ、アラクネマンティス。水蒸気爆発って、知ってる?」


 カッ! という閃光の後に、轟音が迸る。

 それはもう、シャレにならないレベルで。


「「「「うわぁぁぁぁぁあ!!!」」」」


 後ろで悲鳴が聞こえたような気がしたけど、そんなの気にしてられない。俺も、風の結界を全力で張らなきゃ耐えられそうにも無いからね。

 そして風がおさまり――俺が辺りを見渡すと、


「ふぅん……今のはさすがに耐えられなかったか」


 殆どのアラクネマンティスは消し飛んでいた。というか、一匹もいない。

 俺がふぅ、と一息つくと……奥にあるドアが、ひとりでに開いた。あんなところにドアなんてあったっけ。


(クリア、ってことかな……)


 だとしたら休憩しても罰は当たらないだろう。俺は魔昇華を解き、地べたに座り込む。

 そして俺は活力煙の煙を思いっきり吸い込むと、上へ向かってはき出した。


「ふぅ~……」


 お、輪っかが出来た。ああ、活力煙が疲れた体に染み渡る。けど、これまだドア一つ目なんだよなぁ……。

 あと二つも実質俺一人で戦う、とかになったら無理だよ。半魔族になって強化されている俺でも、体力も魔力ももたない。


(というか、本来こういう役目は天川のはずなんだよ)


 俺が内心愚痴っていると、ガヤガヤとみんなが近づいてきた。


「おー! やったなぁ!」


「と、言うか……清田! お前は私たちを殺す気なのか!? さ、さっきはやらせないとかカッコいいことを言っゴニョゴニョ……」


「水蒸気爆発って凄いんですねぇ……」


 新井が少し引き気味に、苦笑しつつ俺に声をかけてくる。

 それに俺も苦笑しながら、肩をすくめる。


「俺もあんなにまでヤバいとは思ってなくてね」


 せいぜい軽く爆発する程度だと思ってたよ。エクスプロードファイヤの大規模版が魔力少なめで使えたらいいな、ってくらいだったのに。


(とんでもなかったねぇ……いやはや、これは外でやってたら景色が変わってたね)


 あと、佐野はなんで勝手に怒鳴ったかと思ったら急に黙り込んで真っ赤になってるんだろう。暑いのかな? 確かに俺が炎をばらまいたせいで割と温度は上がってるけど。


「……それで、清田」


「どうしたの? 天川」


 天川が真剣な顔をして近づいてきた。ふむ、どうしたのかな。


「さっきの姿は、なんだ」


 さっきの姿……ああ、魔昇華のことか。


「そ、そうだ! なんで魔法が詠唱なしで使えてたんだ?」


 阿辺が言うけど、それは今さらな気がする。異世界チート達だって『詠唱短縮』とかの『職スキル』を使って短い詠唱で魔法を撃ったりしてたし……半魔族になってからは既に俺、詠唱はテキトーだったし。


「んー、今から説明するからもう少し休憩させて。流石に疲れたよ」


 魔昇華を使っている間は体力も魔力も減っていることに気づかなかったが、解くとそれがドッとくる。つまり、超キツイ。

 しかし……あれほど動き回って魔力も消費したのに、疲れる、くらいで済むというのはステータスの恩恵だろうか。

 俺が活力煙をくゆらせていると、パァッ、と体が光り、疲労がかなり回復した。

 ちらりと見ると、どうやら王女様が俺に疲労回復の魔法をかけてくれたみたいだ。あんなに俺に魔法を使うことを嫌がっていたのに、どういう心境の変化なのか。


「まあ簡単な話――俺もピンチに覚醒したって分けでね。塔に入った初日、魔族に襲われたでしょ? その時に、目覚めたんだよ」


「……隠してたのか」


「言う必要性を感じなかったしね」


 天川が不機嫌そうに言うので、俺は肩をすくめる。


「俺たちは仲間だろう?」


「この塔ではそうだね。でも、同時に――一応とはいえ――神器を狙うライバル同士だ。隠せる手札が多いに越したことはないでしょ」


「む……」


 というかよほどじゃない限り、手の内全てを話すとか無いでしょ。

 連携に使えることや、得意技なんかは話すべきだろうけど、奥の手は隠すから奥の手なんであってやたらと喋るもんじゃない。

 だから俺も内容に関してはぼかす感じでいこうと思っていたら、井川が訊いてきた。


「……それで、その『職スキル』の能力はなんなんだ? 強化系なんだろ?」


 ……え、嘘。アレのこと『職スキル』だと思ってるの?

 俺がキョトンとしていると、さらに阿辺が――とても忌々しげに、だが――たたみかけてきた。


「……っつーか、あんなの使えるってことは、『職』も進化したんだろ? なんて『職』だよ」


 そこでやっと気づく。なるほど、コイツらは俺の角とヒルディの角が同質のものであると気づいていないようだね。

 てっきり変に勘繰られるかと思って身構えていたけど、『職』ということで理解することにしたらしい。

 まあ『魔族の仲間になった』と考えるよりはよほど自然な考えともいえるか。

 ……というか、他の連中からすればアレは単なる魔族による襲撃でしかない。俺が勧誘されたことなんて知らないのだから、仲間になったとかは考えに無いのだろう。

 そうやって納得しつつ――同時に相手を納得させるためのテキトーな『能力』を考えてから語る。


「んっとね……まず、『職』は『炎槍鬼』。で、さっきの『職スキル』は『炎鬼化』。能力は多少の身体能力強化と、炎魔法の超強化。そして炎魔法限定での詠唱破棄。元から炎魔法と槍を駆使した戦闘スタイルだからね。それを更に強力にしてくれる優秀な『職スキル』に目覚めたよ」


 我ながら会心の出来だね。炎魔法に槍という、こと戦闘に置いては相当万能な『職』を手に入れたことになってしまったけど。


「凄いじゃないか! 清田! なんでもっと早く言ってくれなかったんだ! そうすれば祝えたのに!」


 佐野が、飛び上がらんばかりに喜びを表す。え? なんで佐野がそんなに喜ぶの? というか、祝うの? やめよう、時間の無駄だから。

 ただ、喜ぶ――というか、祝福してくれるのは佐野だけでは無いみたいで、天川や白鷺なども、口々に「よかったじゃないか!」だの「やったな!」だの「演奏器って楽器?」とか言ってくる。……って、待て。最後のはなんだ。明らかに字が違うんだけど。


「清田も二段階進化か……というか、私の侍よりも使い勝手がいいんじゃないか?」


「そっちのは攻撃特化でしょ。そもそも、俺は中近距離両用のオールラウンダータイプだからね。比べるだけ野暮だよ」


「比べるなら俺だな」


「……やめてよ天川。さすがに神器には勝てない」


 単純な石つぶてってね、実はえげつないんだよ? 天川の神器って地味だけど強すぎるからね?


「つーかお前なんか能力ズルくね?」


「そうでもないよ。さっきも見ただろうけど、使用後の倦怠感は半端じゃないし、体力や魔力の関係で長くても五分くらいしか使えないから」


 実際の時間より少し短く言っておく。本当のことを言う必要はないからね。

 とまあ、そんな感じで割と好感触だった。

 ただ二人、阿辺と難波を除いては。


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