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32話 試練の間なう①

 さてさて、豪奢なドアの前まで付きましたよ、と。

 ってことは、この中に選ばれた人がいるんだろうね……まあ、少なくとも俺じゃないけど。


「さて、じゃあ入るか!」


 天川が号令をかける。え、もう入るの? 準備は?

 普段の天川たちが準備不足で死のうが知ったことじゃないけど、今回は俺もいる。テキトーに進んで死なれたら俺が困る。


「ちょ、天川。何か準備は? 事前に強化系の魔法をかけるとか、せっかく疲労回復系の魔法を使える人がいるんだから、それを皆にかけるとかさ。あと、隊列は?」


「ん? 別にそんなの敵が出てきてからでいいだろう?」


「いや、扉を開けた途端に襲われたらどうするのさ」


「前にこの扉に入ったときは大丈夫だったから大丈夫だろう」


 んなわけないでしょ。え、コイツら本気?


「前と同じっていう保証は無いでしょ。ねぇ、ヘリアラスさん」


「そうねぇ……あ、最初に言っておくけどぉ、あたしは中に入れないわよぉ?」


「え?」


「枝神はねぇ、この試練の間に入れないようになってるのよぉ」


「ふむ……ていうか、そもそも試練の間ってなんなの?」


「?」


「いや、そもそも内部を知らないし」


 番人とやらがいて、天川たちがやられかけたのだけは知ってる。

 けど、それ以外に関しては知らないんだよね。


「えっとねぇ……まず、三つの扉があるわぁ。そしてぇ、その扉を開けるためには、塔を管理している枝神が用意した試練にクリアする必要があるのぉ」


「なるほど、だから試練の間、か」


 実にシンプルなシステムだね。


「アタシの時はぁ、単純な戦闘能力を見たかったからぁ、番人を一体ずつ置いたけどぉ、ここはどうなってるか分からないわよぉ」


「例えばどんなの?」


「本当に多岐に渡るわよぉ。うーん……例えばぁ、真っ暗闇にして、出口を探させる試練とか」


 なるほど、魔物を倒すだけじゃないってことか。


「あとはぁ、倒し方にコツがいる魔物を置くとか。例えばぁ、ゴートスケルトンとか。周りにいる羊の骸骨を倒さなきゃ、本体をどれだけ攻撃しても倒せないっていう、スケルトン系でも上位に位置する魔物よぉ」


 そんなやつもいるのか、本当に面倒だな。


「まあ、だからぁ、タダ単に真っ直ぐ進めばいいってモノでも無いのよぉ。その点で言えば、扉の前で準備をするというのはぁ、いい考えかもねぇ」


 いやいや、そもそも変だろうに。なんの準備もしないで入るなんて。

 そんなのは『自信』じゃない。ただの『慢心』だ。


「やれやれ……心配になってきたね」


 ホントにコイツらは戦い漬けの日々だったの? 全くもって危機感が感じられない。

 というか、そもそも王様たちは誰か指導役なりなんなりを付けなかったの? おかしいでしょ。こんなテキトーなんて。


「…………」


 何故か阿辺がこちらを睨んでいるけど、どうでもいい。それよりも、準備の方が大切だ。


(ん……っ)


 体内で魔力を練り上げる。そして、左手からはウインドウォールを、右手からはエクスプロードファイヤをいつでも撃てるように準備する。突然目の前に敵が現れないとも限らないからね。

 加藤が、みんなに攻撃エンハンス系を、王女様が俺以外に疲労回復の魔法をかけていく。


「ティアー王女、その、清田にも疲労回復の魔法を……」


 俺をあからさまに無視する王女様を見かねたのか、佐野が王女様に少し言いにくそうに声をかけた。

 しかし、王女様は何が気に食わないのか、ふん! とそっぽを向きながら、高飛車に言い放つ。


「こんなの、その辺の草でも食べさせておけばよいのですわ!」


「いやぁ、この塔、疲労回復系の草生えてないからね。それじゃあ回復しないよ?」


 俺が茶々を入れると、王女様は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけてきた。


「そ、そういうことを言ってるんじゃありませんわ!」


 やれやれ、どうしてこうも嫌われているかね。初日の対応がマズかったかな?


「じゃあさ、王女様。そのせいで俺が死んだらどうする?」


 俺は活力煙をはき出しながら、そんなことを訊いてみる。


「そんなの、せいせいしますわっ!」


 睨み付けるように、憎々しげに吐き捨てる王女様。やれやれ。


「本当に?」


「え?」


 俺は、少し目を細めて殺気を出す――端的に言うなら少し凄みつつ、言葉を紡ぐ。


「自分の過失で人を殺してしまったとき、王女様は平気でいられると思う? 目の前で、救えたはずの命が散った瞬間、スカッとすると思う?」


「へ、え? そ、それは……」


「無理だよ。それは、自分が殺してしまったときよりも、後悔が深い。しかも、その時やってあげるべきだったことが、小さければ小さいほど、後悔は深くなる。それはもう、殺してしまったときの比じゃあない。絶望っていう言葉の、本当の意味を味わうことになると思うよ」


「あ、う……」


 ……王女様が軽く震えだした。あれ? 確かに凄んだけど、そんなに恐かったかな。俺としては少し真剣な話をしたから、真剣になってもらうように態度変えただけだったんだけど。


「さ、分かったらやってちょうだい」


 ふっ、と殺気を消して、ニコリと笑いながら王女様に言う。

 俺のそんな変貌ぶり(?)についていけないのか、王女様が目を白黒させる。


「あ、あ、えっと、その」


「さぁ」


 なかなか使わないので、俺が少し催促すると、王女様は慌てたように呪文を唱え始めた。


「っ! こ、『金色の力よ、王女であるティアーが命ずる。この世の理に背き、疲れを癒やす輝きを! グロウキュアー』」


 パアッと俺の体が光り、疲れがとれていく。

 ふむ、この塔に入ってから初めてしてもらったけど……いいね、これ。

 ちなみに今彼女はしっかり詠唱したが、戦闘中は何度か短い詠唱で行うことがあった。これは『詠唱短縮』という『職スキル』を使っているらしい。

『職』が魔法系の人はそういう便利なスキルを持っていて、自身の魔法使用をサポートしているんだそうだ。少しだけ羨ましい。


「清田……やりすぎだ」


 佐野が頭をおさえるような仕草をしながら近づいてきた。顔はやや引きつっている。

 そんな彼女に俺は肩をすくめて反論する。


「何処がやり過ぎなの? 最低限の協力すら出来ない足手まといに対しては、今のじゃ生温いでしょ」


 本来なら、あんな人間が一人パーティーに混じってる時点で全滅する。それがここまでたどり着けているのは、ひとえに勇者たちの異常なスペックがあったからに他ならない。


「個人の感情なんて二の次、とは言わない。けれど、俺は死にたくないからね。万全にしておきたいんだよ」


「それはそうかもしれないが……」


「それにさ」


 俺は目を細め、豪奢な扉を睨みつける。


「とっても、嫌な予感がするんだ」


 最初、ドアを見た時に感じた、地獄へと繋がっているようなイメージ。それは、警戒するのに十分過ぎる程の嫌な予感を俺に与えていた。


「嫌な予感?」


「そ、嫌な予感」


 俺は、活力煙を地面に捨てて、踏みつぶす。


「最悪、誰か死ぬかもね」



~~~~~~~~~~~~~~~~



 冬子は、ゾワリと鳥肌が立つのを感じた。


「誰か、死ぬ……?」


「うん。でも、それは塔に入った時から覚悟してたことでしょ? 今さら臆するようなことじゃないよ」


 そうあっさり言うが、問題はそこじゃ無いのだ。清田が、嫌な予感がする、と言ったことが問題なのだ。

 過去に三度、清田は冬子に「嫌な予感がする」と言ったことがある。

 一度目は、初めて同じクラスになってしばらくした日。授業の準備をしていたら、唐突に清田がこんなことを言い出したのだ。


『あー、なんか嫌な予感がするな。昨日の復習しとこ』


 それは、誰かに聞かせるために呟いたものではなかったのだろう。しかし、冬子はその後、その清田の判断が正しかったことを思い知る。

 なんと、抜き打ち小テストがあったのだ。

 当然冬子は気になったので、そのことについて清田に尋ねると、彼は変に照れるでもなく、淡々と答えた。


『なんとなく、そんな気がしただけ』


『そんなわけないだろう? 見事に小テストがあることを当てたじゃないか』


『別にねぇ。ホントになんとなくなんだ。嫌な予感がしたから、考え得る嫌なことを想像して、それらに対応できるようにしてただけだよ』


 ……思えば、その日の会話から仲良くなったのだが、それはいい。

 とはいえ、その時はまだ「そんなこともあるのか」くらいにしか思っていなかったのだが……二年に上がってすぐに、清田はこんなことを言った。


『なんか嫌な予感がするなぁ。大したことないと思うけど』


 ――その日の午後、地震が起きた。

 さすがに、これは偶然ではないのだろう。そう思っていたところの、三度目。異世界転移してしまった日の嫌な予感だ。


(その清田が……嫌な予感、だと? しかも死まであるという)


 そんなの、最悪じゃないか。

 冬子が死を一切覚悟していないかと言われると、否だ。また、仲間が死ぬ可能性も考慮している。

 だが、それにしても急すぎる。


「そ、そのことは、皆には言わないのか?」


「言って信じてくれるとでも?」


「う……」


 確かに。たぶん誰も信じない。


「仮に俺の嫌な予感が確実に的中するとしても、アイツらは目を逸らすだろうけどね」


「目を?」


「うん。誰だって、自分たちが死ぬかもしれないなんて考えたくないだろうから」


 それじゃあダメなんだけど、と清田は言うと、新しいタバコを出して火を付けた。


「ふぅ~……ま、そういうわけだから、準備は念入りに。何があっても油断しちゃダメだよ」


 そして、かなり真剣な目で冬子を射すくめる。


「死にたくなければね」


 再び、ゾッと背中に冷や汗が伝う。

 そんな冬子を見て満足したのか、清田は自分の槍の手入れをしだした。

 ゴクリと喉を鳴らし、冬子は自分の剣を慌てて手入れする。万が一、折れでもしたら大変だからだ。ついでに予備の剣も手入れしておく。


「さて、じゃあそろそろいいか?」


 天川が皆を見渡して言う。

 それに、白鷺が「バッチリだぜ!」と言い、他の皆も頷きを返す。

 最後にヘリアラスさんが「じゃあ、気をつけるのよぉ」と笑顔を見せ――

 冬子たちは、ドアを潜っていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「ここは……」


 ドアを潜った向こうは、真っ暗だった。


「加藤」


「うん。『光よ、一寸先の闇を照らせ。ビッグライト』」


 加藤が呪文を唱えると、大きな光球が弾け辺りが光に包まれる。

 急激に闇から光へと変わったため目が慣れるまで少し要したが……すぐに辺りが見えてくる。

 目の前にいたのは……


「……なんだこりゃ」


 冬子の横にいた清田が呟き、槍を構える。


「上半身がカマキリで、下半身が蜘蛛……? しかも、一匹一匹が二メートルはあるじゃん。何コレ。不気味過ぎるでしょ。んー、便宜的にアラクネマンティスとでも名付けるかね」


 そう、目の前に広がっていたのは、上半身がカマキリで、下半身が蜘蛛の化け物――清田が名付けるにはアラクネマンティス――が、無数にいる光景。

 そう、見渡す限りに。


 化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物――


「ひ、ひぃぃぃぃいぃ!!!!」


 後ろで、新井が――いや、木原かも知れない、とにかく女が――悲鳴をあげた。それが引き金となったのか、一斉にアラクネマンティスたちがこちらへと迫ってくる!


(ひ……っ!)


 その光景に、冬子は思わず足が竦み、叫び出したくなる。しかしそれをグッと堪えて剣を振るった。

 その途端ザシュっ! と肉が切り裂かれる音が鳴り、確かな手ごたえを感じる。よし――


(弱くはないが、戦えないわけじゃない!)


 そう思い、さぁ次の敵を――と他のアラクネマンティスの目を見据えた瞬間だった。

 ゾクリ、と、言いようのない悪寒が背を奔る。

 例えるなら巨大な津波が自分に迫ってきているような、唐突に高層ビルが自分の方に崩れ落ちてくるような、飛行機から投げ出されたような、そんな……怖気。

 つまり、


(う、うわぁ、うぁぁぁぁぁあ!?!?!?)


 一瞬で頭が空転する。もはや、何も考えられなくなる。ただひたすら思う。

 ――恐い。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 来るなっ、来るなっ、来るなぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」


 恐怖を振り払うかのように、剣をやたらめったら振り回す。父に習った型や刃筋のたて方、『侍』という『職』の補正すら忘れ、ただひたすらに恐怖を振り払うために――いや、恐怖から逃避するために剣を動かす。

 しかし相手の位置や自分の位置、その他諸々……戦闘の基本を忘れ、ただ感情のままに振り回す剣など当たるはずもなく――


「落ち着いてよ、佐野。この程度で取り乱すなんてらしくない」


 ――目前まで迫っていたはずの、アラクネマンティスが突如炎に包まれた。


「え? ……え?」


「っていうか、他の皆もビビりすぎ。――そんなに恐い? アレ。どちらかと言うとキモいし、俺にはただの害虫にしか見えないんだけど……まあいいか」


 そう清田が呟いた瞬間、ゴウン! と炎が周囲を焼く。見れば、全員を守るように炎の壁が周りを囲んでいた。


「ああ……誰も死んでないみたいだねぇ。よかったよかった。けどさ、ホントなんであんなに取り乱したの?」


 清田は、懐からタバコを取り出すと、その炎の壁で火を付けた。

 その動作はとても自然で、まるで戦いの最中であることを忘れそうになるほどだった。

 ――と、ここまできて、冬子はあることに気づいた。いや、今までの動作が自然すぎて気づかなかっただけなのか、とんでもない違いに。


「きよ、た……? その、頭の……? っていうか、眼……」


「んー? ああ、これ?」


 清田はトントン、とその頭に生えている角をつつくと肩をすくめた。


「今は話してる暇はないかな。そろそろ、アイツらが……ほら」


 そう言って清田が首を上に向ける。

 それにつられて冬子たちも上を向くと――


「ひっ!」


 ――天上に、アラクネマンティスがたくさん張り付いていた。


「カマキリってことは羽もあるよね。……これなら、視界を封じるだけの炎壁はいらないか。阿辺、皆の周りに結界出しといて」


「はぁ!? 俺に指図すんじゃねえ!」


「死にたいなら話は別だけど? 今炎壁をやめるから」


「!? いや、ちょ、ちょっと待て!」


 阿辺は驚いた声を出しつつ、冬子たちの周りに防御結界を張る。


「じゃ、炎壁とくねー」


 清田がそう宣言した途端、炎の壁が消え去る。すると、そこから現れるのは化け物たち。


「ま、恐くないよ。大丈夫。――『ブレイズトルネード』!」


 赤紫色のオーラを纏った清田が低く呟くと、眼前に巨大な炎のタツマキが現れ――轟!! と迫ってきていたアラクネマンティスどもを焼き尽くす。


「これは……」


「凄い……」


 全力の新井が放つ氷魔法や、加藤の魔法にも匹敵する――いや、上回るかと思える程の威力。


(清田に、こんな力が!?)


 清田は今まで力を隠していたんだろうか? だとしたら、何故それをこのタイミングで使った?

 空転していた思考が少しずつ固まってくると同時に……誰かに聞かせるつもりはなかったであろう呟きが、冬子の耳に聞こえてきた。


「……れ、こ……を使……もりはなかっ……だけどねぇ……まあ、突入前王女……言った言葉が俺に……りか……と……ね」


 さらにタツマキが二本、三本と増える。それでいて、清田はいっさいの疲れを見せていない。

 そんなまるで地獄のような光景の中でも、清田のつぶやきは続く。


「ま、でも……が……いよねぇ。俺がい……のに、佐野を死なせるわけにはいかないし」


 何故か、最後の言葉だけは明瞭に聞こえた。炎が渦巻いているのにもかかわらず、だ。


「……え?」


 そのセリフに、思わず驚きの声が出る。

 足は未だに恐怖に竦んでいる。しかし、清田の戦いからは目が離せなかった。


「アラクネマンティス。言っとくけどね。俺の目が黒いうちに――佐野はやらせない」


「え!?」


 その言葉に、冬子の胸がドキンと跳ねる。そう、今までの恐怖を打ち消すかのような、火照りが体中を巡る。



 ――それ、どういう意味だ、清田!!!



 心からそう叫びたいが、そうするわけにもいかない。さっきまでとは別の意味で混乱している間にも状況はさらに進む。

 清田が火球の数を増やし、周囲にばらまいた。ドドドッ! と爆発音が響き、アラクネマンティスが何体も消し飛ぶ。

 いったんすべての竜巻が消え、清田が槍を構える。


「さて、行くよ? アラクネマンティス。実は俺、このモードでの戦闘経験が少ないんだ。だから――」


 そして清田は槍をくるりと回し、全身に炎を纏う。


「――俺の、経験値になってくれよ?」


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