目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
29話 塔なう④

 あれから十分ほど天川達は清田を探していたが、いっこうに見つからなかった。


 阿辺の結界にも引っかからないし、加藤の検索にもかからない。まさに神隠しにあったとしか言えないような状況だ。




「清田……」




 佐野が意気消沈して呟く。




(仲が良かったのは知っているが……ここまでとはな)




 普段クールな佐野があれほど取り乱すとは思っていなかった。というか、初めて見たかもしれない。




「おーい、天川。こっちにはいなかったぜ」




「こ、こっちにもいませんでした……」




 少し遠くまで探しに行ってくれていた白鷺たちと新井たちが帰ってきた。




「こっちにもいなかった」




 難波も帰ってきた。……本当に八方ふさがりだな。打てる手が無い。




「なぁ、本当に探す必要があるのか?」




 難波が、言外に「時間の無駄だ」と感じさせながら言った。




「どういうことだ? ちゃんと探す、そして清田が俺達について来れないようなら井川にいったん頼んで清田を帰らせて、そうじゃないなら一緒に攻略する。そう決めただろ?」




「だがなぁ……これだけ探してもいないんだ。もう死んだんじゃ……」




「言うなっ!」




 難波の声を、佐野の怒声が遮る。




「清田が死ぬはずない! 第一、さっきアックスオークと戦っていたのを見ただろう!」




「だからアイツ弱いから天川の攻撃で死んじまったんだろ!? それかアックスオークに既に殺されちまっていたか」




「そんなわけあるかっ! なんでさっきからそう、死んだ死んだ言うんだ!」




 とうとう佐野が難波の胸ぐらを掴んだので、明綺羅は慌てて二人を引きはがす。




「落ち着け! 難波、言い過ぎだ! 佐野も、一度落ち着け。今は仲間割れしている場合じゃ無い」




「ぐっ……」




「チッ……」




 二人は渋々といった顔だが、一応引き下がった。


 とはいえ塔に入って初日にこんなトラブルに見舞われると思っていなかったからか、皆かなり疲れている。


 それこそ無神経な発言をして、それに激昂してしまうほどに。




「……加藤、やっぱり見つからないか?」




「魔力を探してるんだけど、どうにも。本当に彼がいたのかすら怪しく思えてくるよ」




「そうか……」




 明綺羅がため息をつき、肩を落としたその時だった。




「――――ッ!」




 轟! と、尋常じゃ無いレベルの魔力が吹き荒れた。




(これは……ッ!?)




 どこからかは分からない。しかし、確実に自分たちの側から感じられる。


 ゾワリと全身に鳥肌が立ち、否応なしに戦闘態勢に入らされる。




「全員、戦闘態勢!」




 明綺羅は叫ぶと、腰に提げていた神器を抜き放つ。




(この感覚――ベガの塔で戦った番人と同じかそれ以上だ!)




 だとしたら、最初から全力で戦うべきだろう。




「……神器解放――砕け散れ『ロック・バスター』」




 真言を唱えて神器を解放する。これで、どんな相手が来たとしても負けはしない。


 明綺羅が神器を構えた瞬間、ピシリ、と空間にヒビが入った。




「「「「!?」」」」




 意味不明な事態に一同が唖然とする中、更にその亀裂がガシャーンという音ともに砕け、中から何かが飛んできた。




「きゃぁーっ!」




 もの凄い速度で壁にぶつかるそれ。よく見ると人の形をしている。


 しかも――




(っ!?)




 ――さっき感じた尋常じゃ無い魔力はこいつらしい。全身から真っ黒なオーラが立ち上っている。頭には二本の角が生えており、禍々しさをより一層際立てていた。


 天川たちが困惑して動けないでいると、その亀裂を破りながら槍を持った人物が歩いて出てきた。


 ――その吹っ飛ばされたもの以上の魔力を纏って。




(なん……?)




 その人物はとんでもない圧力を放ち、その場に佇んでいる。


 そして天川達をゆっくりと見渡した後、さっき吹っ飛ばされたそれを指さすと、ヘラヘラと笑いながらこう言った。




「やれやれ……あー、天川、それに皆。ちょうどいいところに。こいつ魔族なんだ――俺、虐められてるから仕返ししてよ❤」




「清田っ!」




 佐野が感極まった声で叫んだ瞬間、清田から放たれていた圧力が消える。まるで夢だったかのように。


 見間違いだったのだろうか。




(……あと、気のせいとは思うけど、今清田の頭に角が生えていなかったか?)




 まあ、こちらは完全に見間違いだろう。そう思った天川は思考を切り替える。


 ――今はその清田よりも優先しなくてはならないモノがある。




「魔族……だと!?」




「ああ。ヒルディとかって名乗ってたかな。もー、ホント強くてさぁ。俺虐められてたんだよねぇ」




 どう見ても吹っ飛ばされたのは魔族の女のほうだったように見えたが、今そこは気にしない。




「おのれ……勇者共め! 邪魔をするなっ!」




 魔族の女が叫んだ瞬間、轟々と魔力が吹き荒れる。そして、それに乗って尋常じゃ無い圧力も。




「ッ!?」




 その圧力に押され――皆、無意識のうちに一歩後ずさってしまう。ヘリアラスさんと清田を除いて。


 ヘリアラスさんは気怠げな様子のまま魔族に背を向け、清田は肩をすくめるとタバコをくゆらせながら喋り出す。




「あー、ヒルディ。俺はどーしようもなく弱いけどさ、こいつらはまた別なんだ。万に一つも勝ち目はないよ?」




「こ、のっ……人族、如きがぁぁぁぁぁあ!!!!」




「ブチ切れたフリしてビビらせようったって無駄だよ。さて、これでチェックメイトだ」




 清田が言い終わった瞬間、何やら黒い物体が清田に殺到する。




「ッ!? 清田っ!」




 佐野が慌てて叫ぶが、間に合わない。清田にその攻撃が降り注ぎ――




 斬々々々々々々々々々々々々々々々々!!




 ――その全てを槍で撃ち落とした。




「――残念、効かないよ」




「くっ……!」




「さぁいけ勇者共。人族の敵たる魔族を討ち滅ぼすのだ! ってね」




 芝居がかった口調で清田が叫ぶと、明綺羅の身体の硬直が溶ける。




「っ! 皆、行くぞ! 倒すぞ!」




「「「おおっ!」」」




 全員が叫び、ボロボロの魔族に向かって駆け出した。




「くっ!」




 魔族の女が逃げ出そうとする。しかし、無駄だ。




「阿辺!」




「おお! 『求めるは、全てのモノを閉じ込める檻。選ばれし救世主たる我が命じる、不可視の牢獄よ、顕現せよ! アブソリュート・ジェイル』」




 阿辺が得意の『アブソリュート・ジェイル』を唱える。これは敵対する相手だけを決められた範囲に閉じ込める魔法で、逃げ足の速い敵や戦う気のない敵と戦う時に重宝する。


 逃げだそうとした魔族は、不可視の牢獄に遮られ、弾かれる。




「……どうやらここで全員を殺さなきゃいけないようね」




「行くぞ! 『飛龍一閃』!」




 佐野が必殺スキルを発動すると同時に、背から青白いオーラを纏った龍が現れて彼女の周囲を渦のように巻く。


 そのまま身を低くし、神速の足捌きで距離を詰める佐野。そのまま剣を下から上へ振り抜くと――剣の軌道上を龍が同時に駆けて行く。


 仮に剣を躱しても龍が相手を砕き、龍を躱せば剣を避けられない。もちろん同時に当たれば確実に死ぬ。その威力は明綺羅を除けば異世界人の中では一番だ。




「くっ……ああああああ!」




 黒い渦が生まれ、龍を相殺する。しかし威力は殺しきれなかったようで、後ろに吹っ飛ぶ。


 流石は魔族――それも人族の国にくるような実力者。そう簡単に決めさせてはくれない。




「おおおおおお!!! 『激豪腕』! そんで、『拳々轟々』!」




 白鷺が肉体強化のスキルを使い、間髪入れずにスキルを放つ。拳が何十個にも分身しているかのように見える程の連打が、流星のように拳が魔族の女へと降り注ぐ!


 ドドドドドドドド!!!! と、もの凄い音が響き渡る。これは……




「やったか!?」




 白鷺が拳を構え直して叫ぶ。


 しかし……




「そんなわけないでしょ。その台詞、フラグだよ」




 そう清田が呟いた瞬間、黒い風が吹き荒れた。




「舐めないでほしいわね!」




 魔族の女の周りを、黒い風と炎が乱舞している。なんて魔力だ。ここまでビリビリと伝わってくる。




「ほ、炎には氷です! 『凍える風よ、大海をも飲み込む凍てつく牙よ――』」




 新井が詠唱を初め、その周りに霜が降りていく。これは彼女が大技を放つときに起こる現象で、ドンドン周囲の気温が下がっていくのだ。




「悠長に詠唱なんてさせると思うの? ――はっ!」




 魔族の女が力を籠めると、新井に向けて直径二メートルはありそうな巨大な炎が飛ぶ!




「ッ! 難波っ!」




「任せろ! ――『剣魂逸的』!」




 難波が炎に剣を振り下ろすと、それが当たる直前で炎の軌道が変わる。空気の膜に弾かれるように迂回した炎は誰に当たることもなく背後の壁にぶつかった。


 これが難波の必殺スキル。どんな攻撃だろうが一切の干渉を許さず剣で逸らすことが出来る。つまり発動中はほぼ無敵だ。地味ながらかなり強力なスキルと言える。


 この『職スキル』が目覚めた当初、難波は「なんで俺だけこんな地味なんだ……」と嘆いていたが、最近は嬉々として使っているので案外気に入っているのかもしれない。地味だが。




「……天川、なんか失礼なことを考えてるだろ」




 考えてない。




「『――我が命に従い、此の世に永遠の氷結を顕現させよ! エターナルフォースブリザード』」




 そうこうしているうちに、新井が詠唱を終えて魔法を発動した。


 魔族の足下に巨大な魔方陣が生まれ――そこから莫大な冷気が吹きすさび、魔族の女を完全なる氷漬けにした。凄い氷柱が出来たな。




「完璧に決まりました!」




「だーかーらー、それフラグだってば。っていうか戦い方、もう少しどうにかならないの? 誰かが指揮を執るとか、そうでないならせめてお互い声をかけあって――」




「ああああああああああああああ!!!!!!! キョースケェェェェェェェェェ!!!!」




 清田が何かブツブツと呟いたかと思った次の瞬間、尋常じゃない怒声とともに氷柱の中から黒炎が吹き上がる。


 そしてドッッッッッッ! ととんでもない衝撃波を発生させながら氷柱を完全に粉々にした。




「そんなっ!」




「驚いてる暇があるなら次の行動に移りなよ……言っても聞いてないだろうけど」




「だったらコレでどうだ? 『神速分身』」




 井川が呟いた瞬間、魔族の周りに無数の井川の分身が現れる。




「これはっ!?」




 瞬間移動を連続に行うことによって、分身することが出来る井川の必殺スキルだ。


 分身が一斉に杖を構え、魔力を充填していく。




「くらえ――」




 全ての分身が同時に風の弾丸を放つ。


 無数の井川から放たれる、無数の風弾。一撃一撃の威力は大したこと無いかもしれないが、これだけの数を防ぐことは能わないだろう。そして、防げなければダメージは蓄積されていく。




「あっ! くっ! こ、の……っ!」




 黒い塊を鞭のように振るい迎撃していく魔族。しかし魔族の操れる黒い塊は精々二つ。それだけで何百という風弾を撃ち落としきれるはずもない。魔族からは徐々に余裕が失われていき、鬼の形相となっていく。




「さて――じゃあ、木原。頼むぞ」




「任せな」




 魔族が風の弾丸を防ぐのに手一杯になっている隙に、井川が魔族の懐――顔と顔がくっつきそうな位置に木原を転移させた。




「さぁて、覚悟しな。『鬼気塊戒』!」




 木原がギラリと眼を輝かせて獰猛に笑い双剣を振るう。鬼のように真っ赤なオーラが全身から立ち上り、まるで弾丸のように突進していく。




「うおおおおおおおおおりゃぁぁぁあ!!!」




 ……淑女らしからぬ雄叫びを上げて、木原は魔族に迫る。しかし、魔族も一筋縄ではいかない。直撃する寸前で両腕に黒い塊を纏い、木原の剣を弾いていく。




(……あの魔族、接近戦も出来るのか)




 木原がいるせいで井川も風弾で攻撃出来ない。ひとまず彼女らの攻防を見守るしかないか。




「あああああ!!!」




「りゃぁぁぁぁあ!!!」




 ガキキキキン! と、剣と拳が打ち合う音が響く。仲間の中で一、二を争う程のスピードの木原についていくとは……流石は魔族と言ったところか。


 しかしこと近接戦においてはやはり木原の方が上だったようで、とうとう魔族がバランスを崩した。




「く……っ!」




「いけ! 木原!」




「たぁぁぁぁあ!」




 木原の剣が魔族に届くかと思われた瞬間――魔族が、爆発した。




「「「「な!?」」」」




「自爆か!?」




「そんなわけない、後ろっ!」




 清田が叫ぶのとほぼ同時に、後ろから夥しい数の炎弾が襲ってきた。




「!」




 天川は皆を守ろうと咄嗟に剣を振り上げたが、それよりも速く轟風が現れ、全ての炎弾を吹き飛ばした。




「キョースケ! 貴方はやはり邪魔を……っ!」




「そりゃするよ。ったく、ほら天川、行って」














 どうやったのかは分からないが、あの風は清田が起こしたものらしい。


 天川は風についての疑問は一度横に置き、『修羅化』を発動させた。全身の身体能力を爆発的に引き上げるスキルだ。




「加藤!」




 指示を出しつつ、剣を構えて魔族に向かって走りだす。




「うん――『求めるは静止。空虚なる空間が、何物をも包み込む意思となり得る。スロウダウンワールド』!」




 加藤の必殺スキルの効果によって、魔族の女の動きが停止したかのように遅くなった。


 これによって魔族が撃ち出してきた黒い塊や炎弾を全て完璧に躱し、一気に距離を詰めることが出来る!




「な――」




「くらえ! 『エクスカリバー』!」




 天川が叫ぶと、神々しい光が『ロック・バスター』の刀身から耀く。これが天川の必殺スキル『エクスカリバー』だ。


 小難しい効果などは無い、ただ威力の高い斬撃。それだけだが、そこに秘められた威力はクラスメイト達の追随を許さない。




「うおおおおお!」




 剣を振りかぶり、魔族に肉迫する。




(あまりこの戦いが長引くと、まだ塔の序盤なのに激しく消耗してしまうことになる。だから――この一撃で仕留める!)




 対する魔族はまだスロウダウンワールドの効果が続いているのか、碌に身動きもとれていない。これなら行ける。


 袈裟斬りに剣を振り抜こうとした瞬間――




「待って! あたしには故郷に残してきた妹がいるの!」




 ――ピタリ、と。


 その言葉を聞いて、天川の動きが止まった。


 それと同時に、ある思いが頭の中を駆け巡る。




(今、俺は――何をしようとしていた?)




 何を――? 魔族を、殺そうとしていた。


 改めて、目の前の魔族を見る。名前は、ヒルディと清田が言っていたか。衣服は所々破れ、頭には角が生えていて、耳は尖っている。


 しかし、さっきの魔族――いや、ヒルディの言葉を思い出してみる。




『故郷に残してきた妹がいるの!』




 この魔族には、故郷が、ある。そして、妹がいる。ということは、当然親がいて、もしかしたら恋人もいるかもしれない。




(この魔族を殺したら――はたして、何人の魔族が悲しむことになる?)




 呆然としている天川に、なおもヒルディは続ける。




「お願い、あたしが帰らないと、あの子は死んでしまう。それに、この仕事だって本当は嫌だったのに無理矢理……」




 そう、こちらに懇願するかのように言うヒルディの頬には、一筋の涙がつたっていた。


 そしてその姿を見た瞬間――何故だか、天川の頭にモヤがかかったような気がした。ふわりと思考が宙に浮く。


 でも、そんなことは関係ない。




(俺は――そんな、人を殺そうとしていたのか?)




 天川は三度みたび、目の前の魔族を見る。腕も細い、胸もある、ただの女にしか見えない魔族を。その姿を見ていると……だんだん、愛しくさえ思えてくる。


 今こうして戦っているのも、無理矢理やらされていたという。なんということか。




「……ッ!」




 既に耀きを失っている剣を、天川は鞘にしまった。




「……分かった。殺さない」




「本当に!?」




 とても綺麗な、まるで作り物みたいな笑顔を浮かべるヒルディ。それを見て、ああ、やはり殺さないのが正解だと、そう思える。


 だから、次の提案はするっと口から出てきた。




「ああ。その代わり……一緒に、来ないか?」




「え?」




 キョトンとした顔になるヒルディを無視して、天川は続ける。




「無理矢理、従っているんだろう? 魔王に。それなら、一緒に行こう。妹さんも、必ず助けるから」




「そんな……」




「さぁ」




 すっ、と天川は手を差し出す。共に行こうという意思を見せるために。




 そして、ヒルディは笑顔になり、天川の手を取ろうとし――口元に、笑みを浮かべた。




「ああ、本当に――」




 そして、天川の方に一歩、また一歩と近づいてきた彼女が何かを言おうとした刹那――




「甘いよね、天川は」




 ――ズブリ。


 彼女の胸から一本の槍が突き出た。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?