「ギッギッギ。威勢がいいのはいいことだが――喧嘩を売る相手を間違えてねェか?」
「そうでもないよ。だって、数の上では二対一――俺たちが有利だからね」
もっとも――周りにある気配的に、実質二対五かな。
「あァ? ギッギッギ。まだ気づいてねェとはなァ。特筆戦力なのに抜けてるじゃねェか」
得意げな声を出したギギギは、パチンと指を鳴らした。
そうして……木々の間から、Bランクはありそうな魔物が、四体ほど出てきた。
「ギッギッギ。お前らはBランク魔物一体や二体じゃすぐに潰しちまうからなァ。こうして四体も連れてきてやったってわけだぜェ。ギッギッギ」
「へぇ……」
「こりゃあ面倒そうだな……」
とはいえ、マルキムにも驚いた様子はない。俺とは別の方法で魔物の姿を察知していたのか、それとも予想の範囲内だったのか……その辺は分からないけど、とにかくマルキムも動じていないようだ。
「ギッギッギ。そしてさらに……」
ギギギがもう一つ指を鳴らすと、上空からさらにもう一体魔物が降ってきた。これも、Bランク級……これはマズいかもね。
完全に囲まれた俺たちが緊張感をにじませていると……ギギギがさらに面白そうに笑みを浮かべた。
「ギッギッギ。お前らの焦った顔が見れてテンション上がるぜェッ!」
「随分いい趣味してんじゃねえか」
「ちょっといい趣味過ぎる気もするけど。というか、そのためだけに出てきたの?」
俺とマルキムが周りを警戒しながら悪態をつくと、ギギギはさらに面白そうに笑う。
「ギッギッギ。んなわけねえだろ。俺サマは用心深いんでなァ。絶対に勝てる状況にしなくちゃいけねェんだよ」
ギギギは、そう言うと……また、パチンと指を鳴らした。
その瞬間、
「ッ!?」
「え?」
その途端、俺とマルキムの間に間欠泉のように水が噴き出してきて、俺とマルキムを分断した。
「マルキム!?」
「こっちは平気だ! そっちはそっちで集中しろ!」
マルキムの方には、Bランク魔物が三体。俺の方にはBランク魔物が二体と、実力が不明のギギギ。
もっとも、実力は不明と言ったけど……確実に、強い。それも生半可じゃなく。
「……うん、これはちょっとね」
「ギッギッギ。なかなか楽しい展開じゃねェか?」
「それはどうだろうね。少なくとも、かなり気合を入れないといけないのは間違いないかな……」
せめて、夜の槍だったらな……デスサイズラクーンと戦った時、かなり戦力の低下を感じたからね。
しょうがないから現在の状況を分析することにする。
目の前にいる二体の魔物は……一体は、ホーンゴブリンに似ている。だけど、大きさが明らかに違う。俺より大きい……最低でも二メートルはある。しかも、右腕がハンマーになっていて、そのハンマーもまた馬鹿みたいに大きい。
もう一体は、キツネのような顔の……端的に言うなら、人狐。尻尾が三本あって、なおかつそれがカッターの刃のようになっている。
二体とも、さっきのデスサイズラクーンのように搦め手で戦うタイプには見えない。どう見ても、単純に強いタイプの魔物だね。
それに加えて、Bランク魔物だという俺の見立てが正しいのなら、アックスオークのようになんらかの特殊能力を備えているかもしれない。
……マルキムの言う通り、知らないっていうのは、そのまま致命傷になるっていうのは、本当だね。
「ギッギッギ。今のお前じゃあ、ハンマーオーガとブレードフォックスヘッドは倒せねェだろ」
「へぇ、ハンマーオーガと、ブレードフォックスヘッドって言うんだ」
あのゴブリンのような見た目をしている魔物はオーガだったらしい。アックスオークの方が大きくて強そうなのはなんでだろうね。
「さて、どうしようかな……」
今にも襲いかかってきそうな二体の魔物だが、何故か微動だにしない。
「ギッギッギ。俺サマは用心深いと言っただろう。なるべく勝率は高めたいんでなァ。こうして様子をうかがっているわけだ。……最も、いくらBランクAGでもなかなかの実力者とされるマルキムと言えど、Bランク魔物三体はキツイだろうがよ。ギッギッギ」
……そういうこと、ね。
向こうが俺のことをどう思ってるかは知らないけど、俺とマルキムで情報量が少ないのは俺の方だろう。だって、俺はこっちの世界に来て日が浅いから。
だからマルキムを確実に始末して、俺は始末が仮にできなかったとしてもギギギ本人が戦いを見ることで情報収集するのが目的、ってことか。
あわよくば、先にマルキムを始末した魔物を合流させて俺を始末させたりとか……
(ホント、舐められたものだね)
俺は、分からない。
だけど――マルキムが、Bランク魔物数体にやられるとは思えない。その程度でやられるような男が、こんな歳まで現役でいられるはずがないからだ。何せ、三十五なんて戦う者としては大分ロートルだからね。
だから、マルキムがやられるとは思わない。思わないが、助けは期待せずこっちはきっちり俺が倒しておこう。
冷静に一体ずつ倒して……そして、ギギギに話を聞かなくちゃならない。
なんで俺たちを襲ったのか。根掘り葉掘り詳しく、ね。
「……さて、やろうかな。『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、火の玉を撃ちだせ。ファイヤーバレット』!」
俺はファイイヤーバレットをハンマーオーガに向けて撃つと、ハンマーオーガは横へ躱して、俺の方へ突っ込んできた。
「グオオオォォォォ!」
「ハッ!」
その突っ込んできたハンマーオーガに対し、俺は槍で応戦する。
ギンッ! と激しい金属音が響く。……かなり重いね。
だけど、アックスオークほどじゃない。俺はそれを地面に受け流し、追撃の突きを食らわせようとして――
「ッ!」
――後ろから突然襲いかかってきた刃を躱した。
……そういえば、もう一体ブレードフォックスヘッド――長いからブレードフォックスでいいや――がいたことを忘れていたよ。やれやれ、我ながら不注意だね。
「ふぅ……」
俺は二体と一人がなるべく同じ視界の中に入るように位置をとる。というか、最初はそういう位置にいたはずなのにいつの間にブレードフォックスは俺の死角に入っていたんだろう……
「まあ、考えていてもしょうがないかもね……ッ!」
再び突進してきたハンマーオーガに、今度は俺が先制しようと『三連突き』を発動させる。
三連続で迫る突きをハンマーオーガはどうするかと思えば――ハンマーで普通に受け止めた。
よし――と思ったところで、再び後ろから斬撃が降ってくる。
今度はそれを読んでいたので、ハンマーオーガへの追撃を取りやめて、ブレードフォックスの攻撃をかわす。うん、この二体は連携がうまく取れてるね……
ちらりとギギギを見る。さっき見た位置から微動だにしていない。もしかしたら、魔物を操って戦闘している間は戦えないのかもしれない。
俺は試しにハンマーオーガとブレードフォックスの二体から距離をとり、ギギギに向かって『飛槍撃』を撃ってみた。
すると、慌てたようにハンマーオーガがギギギの前に立ちふさがって『飛槍撃』を叩き落した。
「ギッギッギ。なかなか考えるじゃねェか……」
「むしろ、誰でも思いつくと思うけど?」
俺の仮説は正しいのかもしれない。ギギギのことは頭に入れつつも、注意は基本的に目の前の二体の魔物に向けていよう。
さて――と思って二体の魔物を見ると、また前方にハンマーオーガしかいなかった。
……けど、
「さすがに二回同じ方向から同じ攻撃を受けたら、三回目は慌てないんだよね」
一度目、二度目と全く同じ方向からの斬撃を、俺は槍で受け止めつつ、『流水捌き』でいなす。
「キェッ!?」
……これは推測の範囲を出ないけど、もしかしたらブレードフォックスの能力は『気配を消す』能力なのかもしれない。一度目見失ってからは魔力を『視』る目を発動していたのに、見失ったからね。視覚的に見えなくなるわけじゃなくて、認識から外れる能力って可能性もある。
この能力は面倒だから、先に潰した方がいいかもね。
「お返しだよ。『飛槍撃』」
至近距離での、『飛槍撃』。アックスオークの片腕を吹き飛ばした俺の最大の攻撃は――ギリギリのところで躱されてしまった。
それは想定内としても、さらに三連擊の斬撃が俺を襲う。
三本の尻尾から繰り出される斬撃はかなり面倒で、いなすのは少し大変だ。
「……『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、爆発する火の玉を撃ちだせ! エクスプロードファイヤ』!」
俺はその三本の尻尾から繰り出される斬撃の対処を槍で行いつつ、魔法の攻撃でブレードフォックスを吹っ飛ばす。
「キィェッ!?」
ブレードフォックスはそれを一本の尻尾で受けたが……ぶつかった瞬間爆発する火の玉は案の定、その尻尾ごと吹き飛してくれた。やはり、かなりの威力があるね。
そのことに心の中でガッツポーズした瞬間――今度は、ハンマーオーガが俺に不意打ちをかましてきた。
振り上げられたハンマーが、右上から振り下ろされるけど――ブレードフォックスの時と違って、ハンマーオーガの姿はしっかり確認していたので、冷静にその攻撃をかわす。
ズンッ! と地面にめり込むハンマー。なんとなくだけど、さっきよりも威力が上がっているような気がする。
ふぅ、と一呼吸ついてから、俺はハンマーオーガに向かって『ファイヤーバレット』と放つ。
「グオゥッ」
しかし、それはハンマーの一撃で殴り飛ばされてしまう。
……うん、やっぱりパワーが上がっているように感じるね。さっきまではアックスオークの下位互換くらいにしか思ってなかったけど、これはこれでマズいかもしれない。
尻尾を一本失ったブレードフォックスは下がって俺の様子をうかがっている。尻尾をやられて警戒しているのか、それともギギギがいったん下がらせたのか……。
どちらかはわからないけど、取りあえず俺は二体の魔物の観察に入る。
……あれ? ハンマーオーガ、体が少し大きくなってない?
「まさかとは思うけど……そのハンマーオーガの固有性質は、肉体の巨大化とか言わないよね……」
小声で口の中だけで呟く、だとしたら、非常に厄介なコンビということになる。
「グオオオ!」
ハンマーオーガが雄叫びをあげて再びこちらへ突っ込んでくる。
それを俺は槍の腹で受けて、『流水捌き』でハンマーオーガと体を入れ替える。
そしてバランスを崩したところに追撃の一撃をくわえようとするが、ハンマーオーガの背の筋肉が盛り上がって俺の槍を弾いた。
「ッ!?」
そして槍が弾かれてしまったせいで、俺に致命的な隙ができてしまい……そこに、ハンマーオーガのハンマーが下から振り上げられ、さらに右からブレードフォックスの斬撃が襲う。
なんとかブレードフォックスの攻撃は躱したが……ハンマーオーガの攻撃を、腹にもろに喰らってしまい、宙へ吹っ飛ばされる。
「ゲホッ!」
久しく感じていなかった「痛み」に、俺は顔をゆがめる。
……そういえば、こっちの世界に来て初めて攻撃を受けたような気がする。ガキの頃の喧嘩とは比較にならないような衝撃、威力。当然と言えば当然だけどね。
しかし……俺の身体も向こうの時の比じゃないほどに頑丈になっているらしい。これほどの衝撃を受けていても、ダメージ自体は動けなくなるほどではない。……だとしても、痛いものは痛いんだけどね。
「ぐほっ、ゲハッ、カッ、ガハッ……」
地面にうずくまり、せき込むふりをしながら、俺は小声で魔法の詠唱を唱える。
……正直、Bランク魔物をなめてたね。今まで、そこまで苦戦しないで倒せてきたから、自分の実力を見誤っていたのかもしれない。
出し惜しみしていて勝てる相手じゃない。
全力でいかないと……ッ!
「ギッギッギ。おいおい、期待外れもいいとこだなァ、キョースケ。お前この程度の攻撃で動けなくなっちまうのかァ?」
「……お、俺は、まだ若いからね……こんなにたくさんの魔物と戦ったこともないんだよ」
そして、詠唱が完成した。
後はいつでも魔法を発動できるってところで、わざとふらつきながら立ち上がる。
槍を杖代わりにして、足をガクガクさせながら。
「はー、はー……わ、悪いんだけど、見逃してくれない?」
「いいや、ダメだね。強くなりそうなやつは弱いうちに殺す。これが鉄則よォ!」
ごもっとも。
「それに、会話して体力を稼ごうって腹なんだろうが甘ェよ。いけ!」
ギギギが、パチンと指を鳴らした瞬間、再び襲いかかってくるハンマーオーガと、ブレードフォックス。ハンマーオーガに至っては、もう確認の余地もないくらいに大きくなっている。アックスオークと同じくらいの大きさだろうか。それでいて、パワーはおそらくアックスオークよりもありそうだね……ッ!
ブレードフォックスの気配が消えた瞬間、俺は詠唱しておいた魔法を発動する。
「『ショットガンファイヤ』!」
途端、かなりの数の火球が前方に向かって発射される。
それはハンマーを振り上げているハンマーオーガだけでなく、気配を消しているブレードフォックスにも当たったようで、それの悲鳴も聞こえる。
よし――俺は不意打ちが上手くいったことに少し安堵を覚えつつも、次の攻撃に備えて、杖代わりにしていた槍を構え直す。
ヒュンと一つ回し、ハンマーオーガに向かって『飛槍撃』を撃つが……今度は躱される。残念、さすがに真っ直ぐしか飛ばない攻撃なんて効かないか。
しょうがないので、俺は接近戦のためにハンマーオーガに向かって駆けだす。勿論、小声でエクスプロードファイヤの詠唱は忘れずに。
正直、アックスオークよりもパワーのある相手に接近戦なんて挑みたくないけど、事ここに至ってはしょうがない。槍で攻撃しながら詠唱して戦うっていう方向で行こう。
俺は槍をブレードフォックスに振るおうとするが、ハンマーオーガに阻まれる。舌打ちして距離を取ろうとすると、今度はハンマーオーガが隙を作ってブレードフォックスが俺に死角からの攻撃を加えてくる。面倒な……非常に厄介極まりない。
ブレードフォックスを先に倒したいところだけど、なかなか隙が作れない。だからここは逆にハンマーオーガから倒そう。
そう考えて俺はハンマーオーガに向き直る。最初とは大きさが全然違う。この大きさのハンマーで殴られたら、一撃でどうこうなることは無いだろうけど、二発三発と喰らえば流石に厳しい。
「グオオオオオ!」
――もっとも、こんな大ぶりの攻撃が当たるほど俺も間抜けじゃないんだけど。
ズン、と振り下ろされたハンマーを紙一重で躱し、さらに一歩踏み込む。
しかし、その踏み込んだハンマーオーガの足元から、ブレードフォックスの攻撃が飛んでくる。どうやら、ここに踏み込んでくるのを読んでいたらしい。
だけど――
「何度も見せすぎだね。さすがに、もう飽きたよ」
俺は何の技も発動させずに、そのままブレードフォックスに体当たりをぶちかます。
「キィェッ!?」
それは想定外だったのか、ブレードフォックスがバランスを崩した。
そしてその隙を逃さず、俺は顔面に直接『エクスプロードファイヤ』を発動、顔面ごと爆発させてしまう。
そして胸に至近距離で『飛槍撃』を叩きこみ――確実に魔魂石を破壊した。
やれやれ、魔魂石が手に入らないと完全にタダ働きなんだけどしょうがないね。
そのまま股の間を抜け、ハンマーオーガのバックをとる。至近距離で『飛槍撃』を撃てば打ち抜ける――
「ギッギッギ。させねえよ!」
――ドッ! と地面から現れた三本の爪が、俺の足を貫いた。
「ぐっ!?」
突然の攻撃に、俺はつい『飛槍撃』の発動を止めてしまう。
(……地面から攻撃って、嘘でしょ)
それに慌てている場合じゃない、俺は攻撃を食らっていない方の足に力を入れて、その場から飛びのく。
……そして地面から出てきた魔物は、なんだかモグラのような感じの魔物だった。
ただし、その爪はかなりデカい。一メートルはある。
「……ねぇ、増援システムがあるなんて聞いてないんだけど?」
「ギッギッギ。俺サマは用心深いって言っただろォ?」
足は……動くは動く。だけど、鈍い痛みがして、今までのように素早くは動けない。
しかも……どうやら、血も出ているみたいだ。
もはや見られてもしょうがないから、俺はアイテムボックスから怪我回復薬を取り出し、傷の部分にかける。これで、多少は痛みもマシになるはず。
「……まさか地中とはね」
俺の魔力を『視』る目は万能というわけじゃない。だから気づかなかったわけだけど……これは厳しいね。
「ギッギッギ。さて死んでもらおうか」
「うーん、俺はまだ死にたくないんだよね。だから……『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、集約し、槍に炎を宿せ! ファイヤーエンチャント』」
俺の槍から、ごうごうと炎が燃え上がる。煌々と輝くそれは反撃開始の狼煙だ。
「本気でいくよ」
「ギッギッギ。やってみなァ!」
モグラがまた土の中に潜り、ハンマーオーガが俺へと肉迫してくる。
さて、ここからが本番だ。