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17話 村での一夜なう

 ――よりよってそんな質問か。

 俺は自嘲気味の笑みがこぼれていることを自覚する。

 その質問してきた子の目は、凄く純粋に輝いている。輝いているからこそ――この質問にどう答えていいのか分からなくなる。

(借り物の力、なのにね……)

 そう、確かに俺はホーンゴブリンを瞬殺して、アックスオークを倒し、ロアボアの脅威から村を守って、グリーンスライムを倒すくらいには実力があるのかもしれない。

 それは、世間一般から見たら「強い」のかもしれない。

 だけど――それらは全部、誰がつけたのかわからない異常に高いステータスと、戦闘向きの『職』のおかげだ。

 どちらも俺の力じゃない。俺の才能であればまだいいかもしれないけど、そういうわけでもない。『異世界人だから』という理由だけだ。

 それらを努力して研磨していれば、まだ多少マシかもしれないけど……俺はまだこの世界に来てそんなに日は経っていない。この世界に来てからの努力なんてたかが知れている。

 じゃあ魔法は? この子たちの前で魔法は使ったことが無いし、俺の魔法は実践に耐えられるかと言うとまだまだ不完全だ。努力の結晶というわけじゃない。

 だから、俺はこの質問に即答なんてできない。

 じゃあなんて答えよう。

 才能? ――ダメ。俺のこれが本当に才能だったならいいけど、後付けの才能なんだから、俺の口から言えるはずもない。

 努力? ――もっと言えるはずがない。俺がそれを言うっていうのは、努力しているすべての人間を否定することになる。

 じゃあ、運? ――その通りだろうね、俺の場合。だけど、そんな答えは望まれていないかもしれない。というか、俺が子供だったら聞きたくない。

 こんなところで自己嫌悪になるとは思ってなかった。

 うん、チートっていうのは皆をバカにしている気がするよね。

 だから――だから、俺は、自嘲気味の笑みを浮かべてこう言うしかない。

「それはね……出会うこと、だよ」

「へ?」

「出会うこと?」

「強い『職』になる、じゃなくて?」

 口々に尋ねてくるけど、俺はそれらを半分無視するように滔々と続ける。

「出会うこと、だよ。それはね、守りたい大切な人でもいい、互いに高めあえるライバルでもいい、本当はダメかもしれないけど、殺したいほど憎い相手とか――」

(――チートをくれる神様とか、ね)

 俺の自分へ向ける嘲笑に気づかないのか、子供たちは口々に「すげー!」だの、「そうなんだー!」だの言っている。

「では、キョースケさんも誰かに出会って強くなれたんですか?」

「うん。もっとも、それが俺の望む出会いだったかと聞かれたら首を振りたいところだけどね」

 肩をすくめて、俺は残りの料理を食べる。

 子供たちもなんとなく雰囲気を察したのか、それ以上このことについて質問してくることはなかった。

 ……やれやれ、どうにもこうにもやりづらいね。

 その後はアンナさんが空気を回復してくれたことによって、和やかなままその食事は終了した。

 そして夜……

「今夜は是非泊まっていってください」

 なんと、アンナさんから泊まっていくように言われた。教会に。

「えっと……俺はこのままモクアミさんのところに行こうと思っていたんだけど」

 魔法薬を作るんであれば、それには興味がある。

 幸いにも、俺は異世界に来て体力がついたので一晩徹夜くらいは問題ない。

 だからそっちに行こうと思っていたんだけど……

「いえ、せっかくですので、どうぞどうぞ!」

 ……なんでこんなに推してくるんだろう。

 凄く怪しく思ったけど、ちょうど今日が『三毛猫のタンゴ』の宿泊代の更新日だったことを思い出す。それなら今夜は教会に泊まれば宿代は浮くね。

「ん、分かった」

 教会に泊まるから防犯は微妙かもしれないけど……どうせ荷物は全部アイテムボックスの中だ。

 ご飯代もそうだけど、宿代というのは塵も積もれば山となるという言葉の通り、毎日のことだと結構な額になる。現代日本のように長期宿泊だと安くなるとかいうプランもないし、割と困るんだよね。

 アンナさんに「裏の井戸で汗を流してきてはいかがですか?」と言われたので、俺はさっそく汗を流しに裏の井戸へ行く。

「ふぅん……普通の井戸だね」

 ついでなので、俺は練習している生活魔法を使うことにする。

「えっと……『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、清らかな水を。ウォーター』」

 井戸の横にあった桶に水の生活魔法で水を張る。

 ……これくらいなら、普通に井戸から汲んだ方が早いね。

 宿では大きな桶にこうして地道に溜めてから水浴びをしているんだけど、こういう風に井戸があるなら使った方がいいのか。

 もしも向こうの世界に帰るめどが立たなかったら……こっちの世界でお風呂屋さんを作ったら儲かるかもね。

「ふう……やっぱり、湯船に浸かりたいもんだね」

 ないものねだりをしてもしょうがない。

 俺はさっさと体をタオルで吹いて、覚えたての風魔法で髪の毛を乾かす。

 そうして寝る準備をしていると……

「あれ? もう汗を流し終わったんですか? 男性は早いとは聞いていましたが、烏の行水というものでしょうか」

 そんなことをのたまいながら、アンナさんがやってきた。

 って、アンナさんがやってきた!?

「……えっと、なんでここに来たか聞いてもいい?」

「ええ。お礼にお背中をお流ししようかと」

「そ、そう。だけど、さっきアンナさんが言った通り烏の行水というやつでね。もう終わったんだ。アンナさんが使っていいよ」

「あら、そうですか」

 いくらなんでも、目の前に女性がいる状態で堂々と前も隠さず立ち上がれるほど俺も精神が成熟――というか枯れるというか――しているわけじゃない。

 俺はさっさとタオルを腰に巻いて、その場を去ろうとして……アンナさんを見る。

 なぜか、半裸のアンナさんを。

「……で、では」

 俺が立ち去る速度を上げようとすると、なんとアンナさんから声がかかった。

「キョースケさん」

「なに? さすがにさっさと服を着たいんだけど」

 少しつっけんどんな言い方になってしまう。いやまあ、服を着ないと寒いし。

「いえ、お時間はとらせませんので。……キョースケさんは、心に決めたお方がいるんですか?」

 心に決めた人――そういう聞き方をするということは、まあ、好きな人がいるかどうか聞かれているんだろう。

 大切に思う人がいないわけじゃないけど、恋愛感情があるかといわれたら別だ。

 そんなわけで、俺は適当に答えておくことにする。

「んー……さあ、どうだろうね。もしかしたらいるかもしれないけど、俺は恋心っていうものを自覚しているわけじゃない」

 空美のことは『いいな』とは思っていたけど、それは憧れのようなもので恋愛感情とかそういうものじゃない。仮に『失いたくない』っていうことなら断然、佐野に軍配が上がるしね。

「俺も故郷に戻れば大切な異性はいるよ。向こうが俺のことをどう思っているかは知らないけどね」

 肩をすくめながら言う。

 正直、もうアイテムボックスから服を取り出して着たいレベルで居心地が悪い。何が悲しくて未亡人と一緒の空間に半裸でいないといけないのか。

「そう、ですか……」

 何やら残念なような、ホッとしたような声を出したアンナさんは、それきり何も言わなくなる。

 それを確認した俺はその場をかなりの速度で離れる。

 ……うん、俺も年齢的には元気な男子高校生なんだね。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 割り当てられた部屋に入って、俺は装備をすべてアイテムボックスから出す。もしも部屋の中に入られた時に服とかが無いと怪しまれるからね。

 カムフラージュ用に、荷物入れとかを持っておくべきかもしれない。今まではなんとか誤魔化していたけど、こうして宿屋以外のところに泊まると誤魔化しがきかないからね。

 簡単に眠る準備をして、部屋の明かりを消した。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……

(静かなもんだね)

 どうやら夜には子供たちを家に帰すらしい。そして、アンナさんはこの教会に住んでいるんだとか。

 今はアンナさんの子供はおらず、村の子供たちの世話をするこの教会は村の人たちの募金で運営しているらしい。

 教会はそこそこ広いので、手入れだけでも大変だろうに。よくやるものだね。

 そして夜も更けてフクロウ――に似た何か――の鳴き声しか聞こえなくなってきた頃、部屋の扉が開いた。

 そして人影が入ってきて、ベッドに近づいて――

「それで? こんな夜中に何の用かな? アンナさん」

「ひっ!」

 ビクッと肩を震わせるアンナさんらしき人影。それを見て俺は魔法で明かりをつける。

 そしてランタンで顔を確認すると……やっぱりアンナさんだ。

「はてさて、凶器の類はもっていないみたいだけど……うん、ずいぶん扇情的な格好だね。もう一度訊くけど、なんの用かな?」

 アンナさんの恰好は……いわゆる、なんだろう、ネグリジェ? というようなやつだね。本当に衣服を着ている意味があるのか分からないスケスケの服だ。

 俺はパジャマ派なんだよねー、って佐野に言ったら「私はこう見えて家ではパジャマだぞ!」って言われたことがあるけど、あのアピールは何だったんだろう。

「い、いや、これはその……」

 しどろもどろになるアンナさん。

 それを見てなんとなくの察しを付けた俺は、アンナさんに近づきながら活力煙に火をつける。

「んー……大方、村での役割が子供の世話しかなく、子供たちが成長してしまったら次の子供が生まれるまで別の仕事を探さなくちゃいけなくなる。そうなると大変だからどうしようかと思っていたら、近くの街でAGをやっている若者が来た。しかもBランクでなかなかの高ランク。チャンスだと思ったのかな? 俺は若いから体の関係をたてに結婚でも迫って、これからの生活の安定のために使おうと思った……そんな感じ?」

 自分でいうのもなんだけど、俺はそこそこ高ランクのAG。俺のことを捕まえれば、俺が死ぬまでは生活に困ることは無い。家さえあればお金をためておくことは容易だから、こっち側にとってもそこまで不利益があるわけじゃない。

 しかも、この村によく帰ってくることになれば村の防御はばっちり。

 せいぜいホーンゴブリンとかその辺のFランク魔物しか近くには現れないし、稀にそこそこ強い魔物が現れてもBランクのAGが苦戦するような魔物が頻繁に現れるわけでもなく、俺一人いれば本当に防衛は十分だろう。

「そ、そんなことは……!」

「それに、確かこういう閉鎖的な村では未亡人は立場が弱いって聞くしね。なんかものの本によると未亡人ってだけでほぼ村八分にされることもあるとか。この村の様子を見る限りそんなことはなさそうだけど……」

「違うんです!」

 割と強い口調で俺の言葉が遮られたので、少し驚いてアンナさんを見る。

 というか、それに驚いてしまって活力煙を落としてしまった。

「えっと……?」

「違うんです。そんな打算なんてないんです。もっと純粋な気持ちなんです……!」

 少し瞳に涙すら浮かべ、頬を上気させて……なんというか、色っぽい感じで俺の方へ歩いてくる。

「あ、アンナさん?」

「違うんです、そんな打算じゃなくて、もっと純粋に……」

「純粋に?」

「純粋に、性欲なんです!」

「予想の斜め上過ぎる」

 あまりに突然のことで少し頬をひくつかせる俺に、せきが切れたようにアンナさんはまくし立てる。

「この村は若い男性が少ないんですよ! 子供たちに手を出すのは考えられませんし、他の人の旦那に手を出したら、こんな狭い村ではすぐにばれます! そうなったらそれこそ村八分です! 男の人はアンタレスまで行って娼館に行くみたいですけれど、女の私はそうもいきません! そんな時に若い男性がこの村に来たんです……我慢できるはずがないでしょう!」

 いや、開き直られても。

「だ、旦那さんに操をたてるとかは……」

「あの人はCランクAGでしたからね。当時はアンタレスで指折りのAGでした。私以外にもライバルはたくさんいたものですよ」

 浮気していたわけね、なるほど。

 じゃなくて……

「そんなこと言われてもね……」

「一晩、一晩だけでいいんです……」

 まさかこんなことで縋りつかれるとは思っていなかった。

 というか、本気でどうしよう。数ある異世界ものラノベ等々読んできたけど、こんな展開になっている作品を読んだことが無い。

 俺は縋りついてくるアンナさんをやんわりほどいて、少し距離を開けてから軽く臨戦態勢に入る。

「というか、それこそ街にでも行って若い男を捕まえてくればいいんじゃない? アンナさんは美人の部類だと思うから、すぐに釣れると思うけど」

「昼間は子供たちの世話があって村の外には出られません。夜は暗くてアンタレスまではいけませんし、向こうで泊まることもできません」

 正論過ぎて何も言えない。

 だけど、俺に出来ることは何もない。しょうがないから教会からは出て行こうか。

「……まあ、それはかわいそうだとは思うけど、俺はそんなことは出来ない。悪いけど他を当たって」

「ぐっ……」

 俺はそれだけ言って荷物をまとめにかかる。この時間だと行ける場所がないから、リューのところに行くしかない。

 徹夜になるのはいいけど……今から行って変に勘繰られないかな。

「しょうがないです……我慢します。ああ、そういえば。唐突ですけど、キョースケさん。貴方、何歳なんですか?」

 唐突な質問に少し不思議に思うけど、俺は素直に答える。

「17だよ」

「……凄いですね。だけど、なんとなく納得しました」

「納得?」

 少し落ち着いてきた様子のアンナさんがそう言うので聞き返すと、アンナさんはにっこりと笑った。

「はい。実力っていうのは、精神にも作用するって昔夫が言っていました。実力は自信につながり、自信はその人の格につながる、って。だけど、キョースケさんはBランクAGだと言っていらしたのに、その自信が感じられませんでした。それはおそらく、若いからなのでしょう。若いから、自分の実力に精神が追い付いてないんですね」

 実力が精神に追いついてない――確かにそうかもしれない。だけど。

「ど、どうしてそんなことを突然……?」

「いえ。ずっと違和感があったんです。夫の職業柄、AGさんはたくさん見てきました。そしてその殆どが、自分を過小評価されることや無神経な質問をされることを嫌っていました。女子や子供相手だと特にです。普通は子供にあんなことをされたら怒り出します」

 なるほど、だからあの時あんなに謝っていたのか。

 少し俺が納得すると、アンナさんはなおも続けてきた。

「だけど、キョースケさんは子供たちにぶしつけな質問をされた時もまったく怒りませんでしたし、自分の活躍を話すチャンスだったとしても、淡々と事実を話すだけのように語っていました。まるで、自分が凄いことをしているということを分かっていないかのように」

「そ、それは……」

「それが悪いこととは言いません。ですが、納得したというだけです」

 それだけ言ったアンナさんは、「もう大丈夫ですから、今夜はここに泊まってください」とだけ俺に伝えて、出て行ってしまった。

「……なん、だったんだ?」

 よくわからないまま、俺は取りあえず落ち着くためにもう一本活力煙を咥えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 翌朝――俺は目が覚めると、アンナさんが朝食を用意してくれていた。

「あ、起きられたんですね。おはようございます」

「ん、おはよう。というか、悪いね。昨日のことがあったのに朝ご飯まで作ってもらっちゃって。……ありがと」

「いえいえ。これもお礼の一環ですから」

 そうは言っても気まずいことに変わりはない。

 俺が無言で用意された朝食を食べていると、アンナさんがポツリと喋りだした。

「昨日の夜はすいませんでした……」

「いいよ、気にしてない」

「それならよかったです……」

 それ以来会話も無く黙々と食べる。

 彼女の作るご飯は美味しい。だからか、箸だけは止まらず動き続けた。

 そして食べ終わったあたりで、アンナさんがお茶を用意してくれた。

 ……なんか妙に甘い匂いがするんだけど。

「昨日出してくれたお茶と香りが違うみたいだけど?」

「はい、媚薬が入っています。モクアミさんから貰ったものですね」

 もはや隠すこともせずニコリと笑うアンナさん。

 ……うん、怖いね。

「じゃあ、このお茶は遠慮しておくよ」

「あら、そうですか。残念です」

 残念ですじゃないよ……

 俺は頭痛がしそうになるのを抑えながら、活力煙に火をつけて立ち上がる。

「ふぅ~……さて、ご馳走様。じゃあ、俺は行くね。朝ご飯まで出してくれてありがとう」

「いえいえ。お礼ですから。もしも私にお礼したくなったら、いつでも襲いかかっていただいて構いませんよ?」

「……そうじゃない形でお礼させてくれると嬉しいかな」

 最後にアンナさんにお礼を言って、俺は教会から出た。

 やれやれ、やっぱり異世界は凄いね。

「夜這いされるとは思わなかったよ」

 活力煙を吹かしつつ――そろそろストックが切れそうだね――モクアミさんのところで待っているであろうリューのところまで歩いていく。

「ヨホホ! キョースケさん! こっちデス!」

 モクアミさんの家の近くまで行くと、リューがこちらへ向かって手を振っていた。

「やあ、リュー。それとモクアミさん」

「これはこれはキョースケ様。昨日は本当にありがとうございました。こちら、約束のものでございます」

 モクアミさんから金貨袋を渡される。中身を数えると……あれ? 何枚か多い。

「モクアミさん、元の枚数よりも多いみたいだけど?」

「私の認識不足でBランク魔物と対峙することになってしまったんでしょう? それは少ないですがお詫びです」

「……ああ、そういうこと」

 ちらりとリューの方を見ると、リューもにっこりと笑って金貨袋を見せてくれた。

「ヨホホ! この通り、ワタシもちゃんともらっているデスよ!」

「じゃあ、いいか。ありがとね、モクアミさん」

「いえ。お礼を言うのはこちらですから」

 ニコニコと笑いながら礼を言うモクアミさんに別れを告げてから、俺とリューは村を後にするのであった。

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