「リュー。こっちは任せて、安心して大技を撃つ準備してくれていて構わないよ」
俺は炎を纏った槍を構えて、グリーンスライムに対峙する。
グリーンスライムは明らかに此方を警戒している様子だけど……それでも、やっぱり知能は高くないのか普通に触手を伸ばしてきた。
それを俺は斬り払い、グリーンスライムに向かって踏み込む。
「キョースケさん!」
「大丈夫」
踏み込んだことによって、グリーンスライムの触手が、そこまで速度を出していないところで斬れるから、むしろ戦いやすい。
『飛槍激』を撃って動きを止めようとすると――なんと、『飛槍激』にも炎が付与されている。
これはいいな。単純に攻撃力はアップするし、実質無詠唱で魔法を撃っているのと同じようなことになる。
斬! と触手を斬り飛ばし、そこを突いてグリーンスライムを弾き飛ばす。
さらに、その斬り飛ばした部分をめった刺しにして、もやは再生できないであろうほど粉微塵にする。
この手のプラナリアみたいに再生する系統の魔物は、こうやってすり潰すと相場がきまっている。細胞ごと消さないとね。さっきリューも、再生できないくらい攻撃するって言っていたし。
「さて、いこうか」
さらに斬る。炎を纏った俺の槍は、燃やし尽くすとは言わないまでも、さっきまでとは比べもにならない威力が出ているのが分かる。
突き、いなし……さて、どうやってこれの動きを止めようか。俺にはあくまでも槍の技しかないし、炎の魔法しか上手く使えない。水と風の魔法が使えたら、動きを止めたりできるのかもしれないけど。
「シッ!」
……再生するのには、ある程度エネルギーを消費するはずだ。そうなると、威力はそこまで高くなくても、ある程度の威力で削りまくれば、再生するために動きが止まるかもしれない。まあ、結局手数の話になるんだね……しょうがないけど。
槍だけじゃ手数が足りないので、俺は少し考えて懐から――と見せかけてアイテムボックスから――数本のナイフを取り出し、それらすべてにファイヤーエンチャントをかけて投擲するために構える。
「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、連続する火の玉を撃ちだせ! ショットガンファイヤ』!」
いくつもの小さい火球が、グリーンスライムに向かって飛んでいく。そして――それを追うようにして、手にもった炎を宿したナイフを投げて追撃する。
「加えて……『飛槍激』!」
火球やナイフに続いて着弾する飛槍激。そのおかげか――グリーンスライムは、体中に穴が開いていったん動きを止めた。
――狙い通り。たくさんダメージを負うと、しばらく回復のために動きが止まるみたいだね。
「今だよ、リュー!」
「ヨホホ! ワタシの魔法で一度に削り飛ばしましょうデス! 『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが命令する、この世の理に背き、我が眼前の敵を薙ぎ払い燃やし尽くす、紅蓮の獅子を! ブレイズ・レオ・ファング』!!」
リューが詠唱を終えると同時に、彼女の持つ杖から、巨大な炎の獅子が現れて、グリーンスライムへ飛んでいき……その巨体で飲み込んだ。
そして、爆発。すさまじい衝撃に、俺は思わず顔を庇う。
「……ヨホホ。久しぶりにこんな魔法使いましたデス」
「これは……」
さっきのリューの魔法が着弾した地面が……抉れている。
いやはや、流石はリュー。凄い威力だね。
「これ、俺も出来るようになるかな」
「キョースケさんならすぐデスよ」
そんな軽口を叩きつつ、周囲を警戒する。
……グリーンスライムの再生力は並みじゃない。下手したら、アレでも生きているかもしれない。
アレほどの威力ならたぶん魔魂石を――核を――壊せたと思うから、確実に死んでると思うんだけどね。
しばらく警戒していたけど、魔力が集まっていることは確認できなかったので、倒せたと判断する。
「ふう……なんとかなったね」
「ヨホホ……そう、デスね」
一つ大きく息を吐いて、俺は活力煙を咥える。
そして火をつけようとしたら……リューが火をつけてくれた。
「お、ありがと」
「いえいえ、ワタシがつけるついでデスから」
そう言うと、リューも懐から紙巻を取り出して口に咥えて火をつけた。
……ホント、喫煙率高いんだね、こっちの世界は。
娯楽が少ないのも起因してそうだけど、戦う身としてタバコはいいんだろうかって思っちゃうね。それとも前の世界とは違って体に悪くないタバコなのか。
「ふぅ~……まあ、取りあえず村まで戻ろうか」
「はいデス。依頼も完遂しましたし、ありがとうございましたデス、キョースケさん。ワタシ一人じゃグリーンスライムにやられていたでしょうデス」
「そんなことないと思うけど。というか逆に、俺の方こそリューがいないときにグリーンスライムに出会っていたら対処のしようがなかっただろうしね」
活力煙の煙を吐き出しながら、俺は肩をすくめる。
……ホント、リューやマルキムと出会えてよかったと思う。ちゃんと研鑽を積んだ実力者が近くにいるから、俺はこの力に溺れることは無いだろうし。
「けど、魔魂石がとれなかったのは残念だよね」
「ヨホホ。キョースケさんの魔魂石採取率がおかしいんデスよ。普通はあんなに取れませんから」
「そうかな」
俺は首を鳴らしつつ、村に向かって足を進める。
リューも後ろからついてきて、他愛もない話をしながら村へ向かう。
煙が伸びて空に溶ける。
クレイスライムは何故グリーンスライムになってたんだろうね。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「おお! 無事だったか!」
「ヨホホ、ギリギリだったデスけどね」
村に帰ると、モクアミさんが血相変えてこちらへ向かってきていた。
リューはそれに苦笑いしながら対応し、俺はその光景を見ながらぼんやりと活力煙を吹かす。
ほわん……と輪になってから空に溶けていくそれを見ていると、何故か村人が数人俺の方へ走ってきた。
「キョースケさん! 先ほどは我が子たちを助けていただいてありがとうございましたっ!」
「「「本当にありがとうございました!」」」
そして全員が一斉に俺に頭を下げる。
……ああ、そういえばあの時子供たちを助けたっけ。その親か。
「ホント、先ほどはあんな無礼を働いたのに、助けていただいて……なんとお礼をしたらよいのか」
「大したことじゃないから、そう気にする必要もないよ」
目の前で死なれるのも夢見が悪そうだったから助けただけだしね。こちらに敵対もしていない、わざわざ救える命を見捨てて罪悪感に駆られる必要もない。
「いえ、それでも御礼をしなくては私たちの気がすみません。何か私たちに出来ることはあるでしょうか」
そう言われても、特にない。欲しいものと言っても……強いて言うなら、謝礼くらいのものだけど、そうお金をせびるのもなんか違う気もする。
だから、当たり障りのない感じで行くことにした。
「ん、ホントに気にしないでいいんだけど……そうだ。じゃあ今晩でもご馳走してくれるとありがたいかな」
「そ、それだけでいいんですか!?」
「いや、むしろそれも心苦しいんだけどね」
少し苦笑い気味になる俺。
国を救えとか、人族を救えとか――そんなスケールの大きな話は受け入れられないけど、目の前で死にかけている人を見かけて見捨てられるほど薄情じゃない。
しかも、助けるのに命がけになるならまだしも片手間で出来ること。相手がドラゴンとかだったら、俺だって逃げていただろうしね。
「では、さっそく今から……」
「んー、いや、今からその辺を見てくるつもりなんだ。グリーンスライムはあれだけとも限らないし」
ついでにホーンゴブリンとかを狩って魔魂石を手に入れておいてもいいかもしれないし。ご飯をご馳走させていただくんだから、周辺警護くらいはしておいてもいいだろう。
「そ、そうですか。では、準備しておきます。ああ、その前にあそこに一度来ていただけませんか?」
彼女が指さす先には、少し大きめの……なんだろう、教会のようなところだった。
「あそこで、この村の子供たちにも一緒にご飯を食べさせているのです。子供たちに礼を言わせたいので、出来れば一度……」
村の子供たちをひとまとめにしてご飯を食べさせている? なんでだろう。
まあ、後で訊こう。
「ん、分かった。それくらいならお安い御用だよ」
俺は頷いて、モクアミさんと未だに話していたリューに声をかけてから、いったん見回りに出かける。
見回り……というか、
「あのグリーンスライムが発生した原因でも分かればと思っただけど……」
「ヨホホ……異常な魔力溜りも見当たりませんし、他に異常成長している魔物もいませんデスね」
俺は活力煙を吹かしながら、あたりに目を向ける。
何度かホーンゴブリンを倒したけど、それらも全員普通の個体と変わらなかった。ということは、あのクレイスライムの進化形であるグリーンスライムが異常なんだろうか。
「アンタレスの付近は、基本的にそこまで強い魔物が現れないことで有名なのデス。だからこそ、Aランク以上のAGがいないわけデスし」
「そうだったんだ。……あれ? 俺、既に二回はBランク魔物と戦ってるんだけど」
アックスオークと、今回のグリーンスライム。
どちらもなんとか倒せたけど、もしも倒せていなかったらそうとう被害が出ていたはずだ。
「ヨホホ……キョースケさんが来るすこし前くらいから、でしたデス。Bランクのような強い魔物が見かけるようになったのは」
「……そういえば、マリルもそんなことを言っていたね」
ため息を一つ。やれやれ、しんどい時にアンタレスに来たのかもしれないね。それと同時に――こんな得体のしれない奴を専属AGにしようとしたアンタレスのギルドマスターも、少し切羽詰まってるのかな。
「ふぅ~……さて、どうやらこのくらいにした方がいいみたいだね」
「ヨホホ。そうデスね。そろそろ日も暮れそうデスし」
「日が暮れるとあたりが見えづらくなるからね」
俺とリューは探索を諦めて、村へと戻る。
ホーンゴブリンもそこまで多くはいなかったし、本当にどうなってるんだか、あのグリーンスライムは。
「ヨホホ……確か、晩御飯にご招待されているのデスよね?」
「そうだけど、リューも来る? さすがに追い出されないと思うけど」
リューを誘うけど、彼女は首を振ってから少し苦笑気味の声をあげた。
「お誘いは嬉しいデスが、今夜はモクアミさんと徹夜する所存デスので。なんでも、魔法薬についてワタシの意見を聞きたいとか。謝礼は明日の朝払うとのことデス」
「ん、そう。わかったよ。じゃあ、俺だけでも行ってくるね。……うーん、別にここまでされるようなことをしたとは思えないんだけど」
「そうデスか? 子供たちの命を救ったのですから、むしろもっと感謝されてもよいとも思いますデスが」
「そう、なのかな」
まあ、お礼を断るのも無粋な気がするから、いいんだけどさ。
「……けれども、子供たちと会うんでしたら活力煙は消した方がよいデスよ」
「わ、分かってるよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、俺は教会の前まで来たので、活力煙の火を消してアイテムボックスにしまう。うん、携帯灰皿を作るべきかな。
教会の扉をコンコンとノックすると、扉の向こうから……ばたばたバタバタ! と何人もの足音が聞こえた。
もしかして……と思った瞬間、ドーンと扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。
「すげー! 槍持ってる!」
「わー! AGの兄ちゃんだ!」
そして、この村に来た時とは比べ物にならないくらいの子供たちにもみくちゃにされる。
……うん、なんだろう。何があったんだろう。
さすがに子供に手をあげるわけにはいかず、苦笑しながら困っていると、
「こ、こら! 貴方たち! 早く部屋に戻りなさい!」
と、鋭い声が飛んできた。さっきの女性――アンナさんと言ったっけ――が、子供たちを教会の中へ押し込みながら、俺にペコペコと頭を下げてきた。
「す、すみません! すみません! 私が目を離したばっかりに……!」
「いや、本当に大丈夫だから」
さすがにアンナさんがかわいそうになってきたので、さっと話題を切り替える。
「ところで、あの子供たちは? まさか全員あなたの息子娘ってわけじゃないでしょう?」
「は、はい。ここは村の子供たちを夜まで保護する施設です。基本的に日中は皆仕事で家にいないことが多いので、ここに集めて一緒に世話をしているんです。子供たちが手伝える仕事があれば手伝わせますが、そうでない限りはここで預かってご飯を一緒に食べたりなどをしています」
なるほど、保育園ってわけか。
畑仕事とかは子供も労働力、ってイメージだけど、違うんだろうか。
「えっと……ご存知の通り、ここにいる子供たちはまだ『職』が発現していないので、出来ることが限られるんですよ。農家の『職』や、狩人なんかが出ればすぐに手伝わされるでしょうけど」
「あ、なるほどね」
と、俺はさも分かったかのように流したけど……今、変なことを聞いた気がする。
そう、子供たちの『職』が発現していない、と。
(……てっきり『職』っていうのは最初から神が決めているものだとばかり思っていたけど、実はそうじゃないのかもしれない)
けれど、ここでそんなことを聞いたら、怪しまれるだろうし、ここは分かったフリをしておくのが正解かな。
調べることが増えるね……一般常識であればあるほど、人に訊きづらいし本とかにも載っていない。
しかも「こういうもの」って思われていると、説明すらしてもらえない。俺たちが呼吸の仕方を説明できないように、当り前のことは当たり前でしかないんだよね。
「で、では、キョースケさん。向こうにお食事を用意しておりますので……」
「ん、分かった。……となると、もしかして子供たちと一緒に食事ってことかな」
「いえ、別室を用意しています。……というか、お連れ様と一緒に来られるとばかり思っていたんですが、あの人は来られないんですか?」
「ああ、リューならモクアミさんのところで今日は徹夜だってさ。だから俺だけご馳走になりに来たんだけど……」
もしかすると、別室で一人ご飯になるのかな。本来ならばリューと一緒に来るものだと思われていたみたいだし。
「まあ、俺は煙も吸うから、そっちの方が気楽でいいんだけど」
そう俺が言うと、アンナさんは物凄く申し訳なさそうな顔をしながら、おずおずと言った様子で俺に尋ねてきた。
「えっと……その、では、大変恐縮なんですが。本当に、本当によろしければ、でいいので! ……子供たちと一緒にご飯を食べていただけませんか?」
「え? なんで?」
「その……どうやら、昼間の出来事を他の子たちにも話したみたいで、みんなが『そんなに強い人がいるなら話したい!』と言って聞かなくて……」
どうやら、よほどここは娯楽に飢えているらしい。
一晩のご飯代が浮くんだし、そのくらいはしてもいいかもしれない。実は、ご飯代ってばかにならないんだよね。
「ん、まあ俺でいいのなら」
「あ、ありがとうございます!」
アンナさんは嬉しそうな声をあげて、頭を下げると中へと走って行った。子供たちに伝えにいったのかもしれない。
……それにしても、いろいろな要求をのまされたものだね。
最初はお礼を言われて終わるはずだったのに、いつの間にか子供たちの相手まで任されている。あの人は、それなりに修羅場をくぐっているのかもしれない。
「もしかして、俺ってお人よしなのかもね」
そう言った後、活力煙を癖で咥えてしまってからハッとなる。
保育園で喫煙するわけにもいかないよね。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「では、主神ゼウティヌス様に、今日の恵みに感謝を」
「「「感謝を」」」
「こうして今日、皆がそろってこの場にいられることに感謝を」
「「「感謝を」」」
「最後に、私たちの血となり肉となる、食材に感謝を」
「「「感謝を」」」
そして全員が、自分の顔の前で指を組んで――キリスト教とかでお祈りするときのあの手にして――最後に頭を下げた。
俺はお祈りなんて知らないから、見様見真似でなんとか合わせた。
やっぱり教会っぽいから何かお祈りがあるのかと思ったら案の定だったね。
「じゃあ俺も、いただきます、と」
小さく口の中でだけ言って手を合わせる。なんとなくだけど、やはりこうしないと落ち着かない。
「なー! 兄ちゃん、今のなんだ?」
目ざとく俺のそれを見ていた子供が、指をさしてきた。
お行儀が悪いぞ、という言葉を飲み込んで説明る。
「俺の故郷のお祈り。神様に祈るんじゃなくてこの料理を作ってくれた人と、食材に感謝するんだよ。簡単なやつだけど……まずかったかな?」
ちらりとアンナさんを見ると、アンナさんは優し気な笑みを浮かべて、
「いえ、問題ありませんよ。むしろ、他の方の習慣にケチをつける方がゼウティヌス様はお許しにならないでしょう」
「ん、それならよかった」
寛大な神様で助かったよ。俺たちを勝手に呼び出したことに関してはまだ許す気はないけど。
さて、子供たち数人と一緒に食べることになったわけだけど、意外にも食事マナーはしっかりとしていて、食事中に食べ物で遊びだしたりすることはなかった。アンナさんや親のしつけがしっかりしているんだろう。
とはいえさすがに子供だからか、お喋りはたくさんする。専ら、俺への質問だけど。
今日倒した魔物の話をしてあげた後、唐突に一人の子が物凄くキラキラした目で、一番聞かれたくなかったことを訊いてきた。
「ねえねえ! 兄ちゃんはどうやって強くなったんだ!?」