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15話 リューとクエストなう②

 子供たちに囲まれて、さらに質問攻めにされる。

「なあなあ! 必殺技とかねえの!?」

「必殺技は無いかな……けど、いくつか『職スキル』は使えるよ」

「すげー!」

 アン○ンマンのヒーローショーに来ている子供たちのように目を輝かせている。

 よくわからないけど……もしかしたら、AGの英雄譚みたいなお話しがあるのかな? それの影響で、AGすげー、みたいになっているとか。

「どんな魔物を倒したんだ!?」

「アックスオークとか、ロアボアかな。一番強かったのはアックスオークだよ」

「すげー!」

 手放しの称賛という、もはや拷問に近いような苦行に耐えていると、パタパタと数人の男女が俺の方に走ってきた。

「ああ、すいませんすいません!」

「こら! お前たち! AGさんが困ってるじゃないか!」

「すいません本当に!」

 そして、子供たちがギャーギャー言いながらも、連れていかれる。

 ……まるで嵐のようだったね。

 そして俺がクレイスライムを探すという目的を一瞬忘れていると、子供たちをどこかへやった――おそらく母親と思われる――女性が、俺の方へやってきた。

 見た目は20代後半……いっていても30代前半くらいの若い女性だ。さっきの子供たちを生んだにしては、少し若すぎる気もする。

 茶髪を一つに束ねていて、たれ目のせいかおっとりとした雰囲気を受ける。しかしどこがとは言わないけれど、大きい。「三毛猫のタンゴ」のリルラのお母さんと同じレベルだ。

 なるほど、美人だね。

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

 思いっきり頭を下げる女性。俺はそれに少し面喰いつつも、苦笑い気味に対応する。

「ん……大丈夫。だけど、AGの中には俺みたいにああいうことされても笑って流してくれる人は少ないからね。出来れば、AGにはああいう風な絡み方をしない方がいいかな」

 AGは、かなりの人数がいる。その中には当然、いい人もいれば、ゴゾムのような人として終わっている人もいる。

 そして、AGというのは、総じて「何かを隠している」人が多い。俺しかり、マルキムしかり、そしてギルドマスターもそうだろう。

 そういう人に質問攻めして、うっかり「触れられたくないこと」を――要するに地雷を――訊いてしまうと、まず間違いなく不機嫌になる。

 そう考えるなら、迂闊に何か訊かない方がいいだろう。

「そうですか……本当にすみません。昨日、私の若いころの話を聞かせたのがまずかったですね」

「若いころ? AGだったとか?」

 見た感じそこまで動ける人とは思えないのでそう問うと、その女性は少し寂しげな顔をして首を振った。

「いえ……うちの子が産まれてすぐ向こうへ逝ってしまった、夫の話を。CランクのAGでしたが、運悪くAランクの魔物に遭遇してしまって……。返ってきたのは、彼がいつも身に着けていたナイフだけでした」

「あー……な、なるほど」

 思いっきり自分が地雷を踏み抜いてしまい、苦笑いする俺。

 そんな俺を見て、女性は慌てて手をパタパタと振った。

「あ、ち、違うんです! 気にしないでください! 昔の話ですから!」

「いや、その……うん、ごめん」

 これまたやってはいけないと言われたことではあるけど、俺は思わず頭を下げていた。他のAGは見ていないし、別にいいでしょ。

 俺が頭を下げたのを見て、さらに慌てる女性。

「そ、そんな! 頭を下げなくても……失礼なのはこちら側だったんですから!」

「ん……嫌なことを思い出させちゃったでしょ。それと、俺はAGだけど名前はある。キョースケ・キヨタ。BランクAGだよ。たぶん、これからもアンタレスにいると思うから、何か困ったことがあったら言ってね。戦闘しかできないけど、魔物のトラブルとかだったら助けられると思うから。勿論、無償じゃなくて、報酬は貰うけどね」

 さりげなく名乗っておく。

「キョースケさん、ですか。というか、そんなにお若く見えるのに、Bランクなんですか……」

「うん、まあ、一応ね。もっとも、まだBランクに上がったばかりだから、あんまりランクのことは気にしないで。ランクだけでAGとしての実力が測れるわけじゃないでしょ?」

 そもそも、前の世界で一度もバイトすらしたことのなかった俺が、唐突に今働いているんだ。ミスも多くなるでしょ。

 なのにBランクAGだからといって、期待されちゃたまらない。

 俺はチートが無ければ、ただの高校生なんだから。

 そう自嘲していると、

「謙虚なお方なんですね」

 と言って微笑んだ。

 それになんて返したらいいか一瞬迷った瞬間、向こうの方から「おい! ジェイクとライアンが逃げ出しちまった! アンナ、手伝ってくれ!」という焦った声が聞こえてきて、その女性――アンナと言うらしい――は俺に一度頭を下げてから去っていった。

 その光景を見ていた俺は、新しい活力煙を咥えて火をつけると、苦笑いしながら煙を吐く。

「ふぅ~……さて、少し時間をとられちゃったね。さっさとクレイスライムを見つけに動こうか」

 槍を持ち上げてそう言った途端、

「う、うわああああぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」

 どこからか、そんな悲鳴が聞こえてきた。

 って、今のはモクアミさん!?

「……まさか、とは思うけど」

 早くリューに合流してそちらへ向かわねば――焦りから、俺は舌打ちしたくなるのを抑えて、悲鳴のした方へ走り出す。

(こっちの方だと思うけど……)

 一回の悲鳴じゃ正確な位置が分からないので、少し焦っていると上空にファイヤーバレットが飛んだ。

「リューはもう追いついてるんだね……そして、まさかと思ったけど」

 魔物とモクアミさんが出会ったに違いない。そうなると、壁がいない状況で……いくら身のこなしがいいとはいえ、純粋魔法使いのリューがどこまでもつか。

「早いところ二人のところにいかないとね、って!」

 村の外から一歩出た途端、五体のホーンゴブリンに囲まれている、二人の少年を発見した。さっき見た三人の子供たちのうちの二人――おそらくどちらかがジェイクで、どちらかがライアンなんだろう――だ。

 二人ともがくがく震えながら、今にも泣きそうな顔になっている。

 ……見捨てるのは、さすがに、夢見が悪くなりそうだね。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「あのさ、好奇心旺盛なのはいいことだけど、危ない橋はわたらない方がいいよ」

 五体のホーンゴブリンを順々に突き刺し、斬り飛ばし、全滅させる。全部で一秒もかからなかった。

「え……さ、さっきの兄ちゃん!」

「う、うえええええええええええええ!!」

 なんか泣き出したけど、これ以上彼らに構っている暇はない。

 俺は村の方を指さして、少し威圧するような口調で言う。

「これ以上は守れない。村に速く戻れ」

「へっ……?」

「……今から、ゴブリンなんかより厄介な魔物を倒さなくちゃいけなくてね。すでに味方がそっちに向かっているから、早く合流しなくちゃいけないんだ」

 ……さっきファイヤーバレットが見えてから、そこそこの時間が経ってしまっている。速くリューのところまで行かないと。

 一応周りの気配を探るけど、ホーンゴブリンや、そのほか魔物がいるような気配はしない。大人の数人がかりなら、戦闘向きの『職』持ちがなかったとしても、ホーンゴブリン程度ならなんとかなるだろうから……親と合流さえできれば大丈夫だろう。

「じゃあ、気を付けてね」

 その場を離脱して、さっきファイヤーバレットが見えたところまで今度こそ立ち止まらずに走ろうとして――

「あ、ありだとう! 兄ちゃん!」

「すげえカッコよかった!」

 ――と、何の根拠もない称賛ではない、感謝の言葉が飛んできた。

 ……いくら借り物の力を使ったとはいえ、感謝されると嬉しいものだね。

 俺は活力煙を思いっきり吸い込んで、吐き出す。

「さて、行こうかな」

 少年たちがちゃんと村の方へ走り出したのを見届けてから、踵を返して走り出す。脇目も振らず、一目散に。

 木の間を駆け抜けていくと……いた。リューと、モクアミさんだ。

 リューがモクアミさんを庇うように前に立ち、その前には……さっきモクアミさんが言っていた特徴に合致する、緑色のドロドロとしたスライムのような魔物が蠢いていた。

 ……これは、気持ち悪いね。

「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、火の玉を打ち出せ! ファイヤーバレット!』」

 思いっきりファイヤーバレットを撃ちだし、緑色のスライム――グリーンスライムとでも名付けようか――に攻撃する。

 それに一瞬グリーンスライムが怯んだように下がるが……またうねうねと蠢きだした。

 ……ダメージは無いみたいだね。

「リュー、モクアミさん、大丈夫?」

「ヨホホ……ワタシは平気デス。とはいえ、助かりましたデス。ワタシ一人ではモクアミさんを逃がせなかったデスから」

「ひ、ひぃ……」

 モクアミさんはガタガタと震えている。よく見ると、彼がさっき持っていたはずの樽が転がっている。中身は当然無くなっており、乱暴にこじ開けられたのか断面がボロボロだ。

 それに気づいて更に観察すると、先ほどの失敗した魔法薬とグリーンスライムの色が一緒だ。加えて魔法に弱いはずなのにファイヤーバレットがあまり効いていないみたい。

「リュー……アレは、何かな?」

「おそらく……クレイスライムの変異種であると思われるデス。稀にではありますが、スライムは取り込んだモノによって進化することがあるらしいのデス」

「なる、ほどね……ってことは、アレは炎耐性を獲得したクレイスライム――アンチフレイムスライムってところかな。言いづらいから、グリーンスライムでいいか」

 活力煙を吐き出して、踏みつけて炎を消す。

 その瞬間、グリーンスライムから無数の触手が俺に向かって飛び出してきた。

「ッ!」

 斬! っと、それらすべてを切り伏せるけど、そんなもんじゃ止まらない。立て続けに、二度三度と触手が飛んでくる。

「ふぅ……しょうがない。『三連突き』!」

 やむなく『職スキル』を発動し、それらを押し返して俺はいったんグリーンスライムから距離をとる。

「モクアミさん、今のうちに逃げて。ここは俺とリューでなんとかするから」

「わ、分かりました!」

「ヨホホ。すぐに応援はいりませんデス。そうですね……日没までにワタシたちが戻らなかった場合、アンタレスのAGギルドまで討伐隊を要請してくださいデス。Cランク魔物であるクレイスライムの変異種が出た。炎が効きづらい特徴を持つ、とお願いしますデス」

「は、はい!」

 脱兎のごとく、モクアミさんが駆けだす。それを追いかけるようにグリーンスライムが動くけど、それは俺が槍で弾いた。

「さて、リュー。どうする? お互い、えらく相性の悪い敵みたいだけど」

 グリーンスライムのもととなったクレイスライムはそもそも斬るや突くなどの物理攻撃に強い。その物理無効に加えて魔法薬を取り込んだことによる炎耐性。無論どちらも全く効かないわけじゃなく――特に炎で攻撃されたところは回復が遅くなっている。

 とはいえいくら回復が遅くなっていても、魔法の手数よりは早い。

 俺は槍と炎の魔法しか手札が無いし、リューに至っては炎魔法だけだ。

 あまりにも、相性が悪すぎる。

「ヨホホ……まったく炎が効いていないわけではないのが救いデスね」

「そうだね……それでも厄介だけどっ!」

 触手を伸ばしてきたので、それをまた斬り飛ばして防ぐ。

 しかし、斬り飛ばした端から元に戻るので――厄介なことこの上ない。

 魔物である以上魔魂石はあるはずで、それを潰しさえすれば倒せるんだけど……

「魔魂石、どこにあるか分かる? リュー」

「魔力を『視』てはいるんデスが……魔法薬の効果なのか、クレイスライムがもともと持つ効果なのかとても見づらいデス」

「だよね。俺も」

 そう言っている間にも、触手は俺とリューに向かって何本も殺到してくる。『飛槍激』や『三連突き』なんかでなんとか押し返すけど、なかなか決定打にはならない。

「炎しか効かないはずの相手が、炎への耐性を獲得するって本当に厄介だよね……!」

「というか……そもそも、普通のクレイスライムの大きさじゃないデス。おそらく、そもそもがBランククラスの変異種。魔法薬を取り込んだから変異種になったのではなくて、変異種が魔法薬を取り込んだ、と考えるのが自然デス!」

 リューがいくつもの火球を殺到させるが、それも効いている様子はない。

 というか壁役であるはずの俺が押され始めてきた。ただでさえ物理攻撃は効かないし、触手の数がどんどん増えてきている……ように感じる。このままじゃ、手数で押し切られるかもしれない。

「リュー! クレイスライムの、炎を使う以外の対処法は無いの?」

「基本的には、数で囲んで再生するよりも速く削り切ることデス! デスが、そのグリーンスライムは本来のクレイスライムの再生速度を圧倒的に上回っていますデス! 並大抵のことじゃ削り切れませんデス!」

「やれやれ……『亜音速切り』!」

 俺が使える連続攻撃系の『職スキル』は少ない。しかも俺自身まだ槍の扱いにそこまで慣れているわけじゃないから、これほどの攻撃ともなると捌くだけでも相当難しい。

 まして削りきるとなると……現状、槍の攻撃が微塵も効いていないだけあってほぼ無理だ。せめて槍に炎を付与するみたいなことが出来れば、槍の攻撃でも敵を削ることが出来るのに。

「『飛槍激』!」

「『大いなる恵みの力よ、魔法使いリリリュリーが命令する、この世の理に背き、我が眼前の敵を焼き払う紅蓮の弓矢を! フレイムアロー!』」

 リューが詠唱すると同時に、凄い数の炎の矢が――紅蓮の矢が、敵に殺到する。

 それらのすべてはグリーンスライムに直撃するが……しかし、いかんせんグリーンスライムは大きすぎて、全部を燃やし尽くすことはできない。

 というか、むしろまだ大きくなっているような……

「い、今のはワタシの魔法の中でも、かなりの高威力の魔法なんデスけどねえ……!」

「今のが突破口になってくれたらよかったんだけどね……それよりも、リュー。あのグリーンスライム、まだ大きくなってない……?」

 よく見ると、モクアミさんが持っていた樽と同じようなものが、グリーンスライムの足元にたくさん転がっているのが見える。

 たぶん、モクアミさんが捨てに来ていた薬は、樽一つではすまなかったんだろう。そしてそれを、あのスライムが未だに吸い続けている……

「……一か八かになるけど、しょうがないね。リュー、もしよかったらだけど、炎を付与する魔法みたいなの、ない?」

 俺が、大きさを増してさらに大きくなったグリーンスライムの攻撃をさばきながら尋ねると、リューはファイヤーバレットを撃ちながら答えてくれた。

「た、確か! ファイヤーエンチャントという魔法があったはずデス! ワタシは使えませんデスが!」

「そう。それじゃあ、リュー。俺がグリーンスライムのことを足止めしている間に、一番強力な魔法を撃って。グリーンスライムを丸ごと包めば、中の魔魂石もたぶん壊せるでしょ。それでだめだったら、いったん逃げよう」

「……りょ、了解デス」

 俺は頭の中でイメージをくみ上げる。炎を付与する……炎を、こう纏わらせて、注入するようなイメージ……

(よし、いけそうだね……)

 集中して、魔力を集める。

 頭の中でイメージに合った呪文を組み上げて……そして、魔力の放出と共に、魔法を発動する。

「『紫色の力よ、はぐれのキョースケが命令する。この世の理に背き、集約し、槍に炎を宿せ! ファイヤーエンチャント』!」

 夜の槍を人差し指でなでながら唱えると、ボウっ……と炎が渦を巻いて槍に巻き付いた。

 ふう、よかった、成功したね。

「ヨホホ……まさか一度で成功させてしまうとはデス」

 俺はその炎を付与した夜の槍を掲げ、グリーンスライムに向かって突進する。

 グリーンスライムはたくさんの触手を出して俺に攻撃を加えてくるが――それらのすべてを、炎の槍で薙ぎ払う。

 さっきまで戦っていて思ったのが――このグリーンスライムが出してくる触手は無数にあるように見えて、攻撃してくるのはせいぜい五本程度。それを尋常ならざる回復力で叩き落される端から回復していたにすぎない。

 そして、いくら炎への耐性がついたとはいえ――それらはあくまで、耐性。無効化なわけじゃない。結局苦手なことに変わりはないから、炎で攻撃されると回復は遅い。

 遅くなった回復じゃ――俺の槍の速度にはついてこれない。

「遅いよ、グリーンスライム」

 斬斬斬斬斬々! とすべての触手を斬り落とし、さらに『職スキル』を連打してグリーンスライムを後退させる。

「さて、グリーンスライム。俺はこういう粘液系の敵と戦うのは初めてなんだ。だからさ――」

 リューにグリーンスライムの攻撃が当たらない様に注意しながら、俺は槍をグリーンスライムに向ける。

「――俺の、経験値になってくれよ?」

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