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11話 一日の終わりなう

「あ、キョースケさん!」

「やあ、リルラ」

 俺が宿をとっている『三毛猫のタンゴ』の飯屋部分は大繁盛していた。時刻は俺の時計で七時過ぎ、晩飯時だしね。

 殆どのテーブルには酒が運ばれ、幾度となく乾杯を繰り返しながらそれを飲んでいる。皆が楽しそうに飲んでいるからか、見ているこっちまで楽しくなってきた。

 一端部屋に戻り、武器を置くフリをして全部の荷物をアイテムボックスに仕舞った。そして汗をかいた服を着替えてから下の階へ降りる。

「キョースケさん、晩ご飯をお食べになるんですか?」

「ああ、お願い。お酒はいいや」

「はーい」

 空いてる席に座った俺に、リルラが注文をとりにきた(どうやらメニュー自体は決まっているらしい)。

 ……しかし、アレだね。よくもまあ客の名前を覚えているもんだ。今朝一度会ったきりなのに。

 リルラのそんな接客態度に感心しているうちに、ご飯が運ばれてきた。

「ん、美味しそうだ」

 スープと、パン。それに野菜炒めみたいなモノが出てきた。晩飯にしては少しボリュームが足りない気もするけど。主に肉のボリュームが。

「パンのおかわりは無料ですから、いっぱい食べてくださいね」

 パンのおかわりが無料とは、豪気だね。だいぶ儲かっているようだ。

「ん、ありがとう」

 しばらく店の中を見ながら、晩飯を食べる。昼間にマルキムに連れて行かれた店と同じくらい美味しい。マリルには良い店を紹介してもらったもんだね。

 一見肉が足りないと思っていたけど、スープに結構肉が入っていて食べ応えがあった。毎日同じメニューでも飽きないくらい美味しい。

 ……ご飯を評価するボキャブラリー『美味しい』しか無いのかってくらいさっきから美味しいを連呼してるね。なんか情けない気もするけど、まあいいか。

 粗方食べ終えた俺は、活力煙に火を付けて一服。マリルに追加料金を払ってジュースを持ってきてもらった。甘くて……リンゴジュースみたいな味わいだね。

「ふぅ~、今日は濃い一日だったね」

 ここで酒でも飲めたら格好が付くんだろうけど、どうにも酒を飲む気はしない。

 せめて仲間がいたら一緒に飲んでもいいんだけど……酒飲みのオッサンとは飲みたくないね。

「浮かない顔ですけど、どうしたんですか?」

「んー、疲れたな、ってだけだよ。ってマリルさん!?」

 ニコニコと笑うマリルが隣に座っていた。手にはジョッキが握られている。……うん、だいぶ飲んでるね。

「は~い、マリルで~す。ここのご飯美味しいんで食べに来たんですよー」

 なんか間延びしたしゃべり方だ。オフの時はこうなのかな。

「あ、キヨタさんも飲みます~?」

 マリルがジョッキを差し出してくる。おいおい、それじゃあ間接キスになっちゃうよ? 大分判断力が甘くなってるね。それとも、これくらいの距離感が普通の人なのか。

 ……この人に付き合って飲むのもいいかな、とも思うけど(だっておっさんじゃなくて美女だし)どうにも踏み出せない。

(うーん)

 やっぱお酒は、遠慮しとくかな。取りあえず今日は。

 灰皿に活力煙の灰を落としつつ、俺は二杯目のジュースを飲む。

「キヨタさんはAGなのにお酒を飲まないんですね~」

 なんか近寄ってきて肩まで組んできた。

「マリルさん、飲み過ぎ。……俺の故郷では若者が飲む文化は無くてね。あんまり俺も飲む気がしないんだよ」

「じゃあこれから娼婦街に行ったりもしないんですか?」

 ぶっ! とジュースを吹き出しそうになる。……いや、この人何言ってんの。

「……そっち方面にはあんまり興味なくてね」

「やっぱりホモなんですか!? 同性愛なんですか!?」

 俺がそう答えた瞬間、身を乗り出してくるマリル。

 って、やっぱりそういうのが好きな人か!?

「目を輝かせないで! って、近い近い近い!!!」

 しかも酒臭い! あぁ、やっぱり酔っ払いは美女だろうとオッサンだろうと面倒なのは変わらないらしい。……いや、美女に近づかれて嬉しいなんてないからね。

「まったく、マリルさんはどこで寝泊まりしてるの?」

「夜這いですか? えっと……よ、よろしくお願いします」

「違うよ! って、受け入れるの!?」

 な、なんか凄いボケてくるね……もしかして、これが素なのかな? そうなると俺の中でだいぶイメージが崩れるんだけど。

 コロコロと笑うマリルに嘆息しつつ、俺は隣のテーブルの人が食べていた枝豆のような豆らしきものを追加注文する。

「ちょっと気になっただけだよ。深い意味は無い」

「そうなんですか。……えっと、私はギルドの職員専用の宿舎があるんで、そこですね~。宿舎と言っても、ベッドと簡素な机とかがあるだけの寝に帰る部屋って感じですけど」「へぇ」

「だから夜に忍び込まれても、ちょっと壁が薄いので……」

「……まだそのネタ引っ張ってたの?」

 なんで夜這いネタを推すのかな。

 美人にからかわれるとやっぱり意識はしてしまうので、俺は話を変える。

「……で、なんでここに?」

「さっき言ったじゃないですか~。晩ご飯を食べに」

「晩ご飯を食べに来たお店で偶然俺と出くわした、と?」

「はい。ちょっと会えるかな~、とは思いましたけど、基本は偶然です。あんまり深読みしていると疲れますよ~?」

「……基本的に、そういう生き方だからね。俺」

 少しばつが悪くなって顔を逸らす。本当に偶然だったとはね。

「今日のクエストはどうだったんですか?」

 若干目が据わった感じで聞いてくるマリル。

 ……そこまでにしておかないと、流石にヤバいんじゃないかな? だいぶ飲みすぎでしょ、明日に影響が出そう。

 ……とは思うけど、酔っ払いにまともに注意をしたところで聞いてくれるはずもないので、諦めて質問に答える。

「んー……ロアボア五体も出てきて驚いたけど、まあそのくらいかな。こう言ったら敵を作りそうだけど、正直そこそこ楽しかった」

「……マルキムさんと一緒のクエストだったから心配してませんでしたけど、まさかロアボアがそんなにいるとは思いませんでしたね~」

 やや引き攣った顔になるマリル。そういえば、依頼内容が違うことって言っちゃいけないんだっけ。……酔ってるからいいか。

「最近こういうこと多いんですよー。そこそこ強力な魔物がたくさん出てきたり、それこそアックスオークのようなかなり強力な魔物が出てきたり」

「へぇ、そうなんだ」

「そうなんですよ~。そのせいでこの前も……」

 ブチブチと愚痴り出すマリル。ああ、たぶんなんか嫌なことがあったんだろうな。それでこの飲みっぷりか。

 まあ、今日は世話になったし、愚痴くらい聞いてあげてもいいかな。知り合ったばかりの人から愚痴を聞くことになるとは思わなかったけど。

 俺は苦笑いしつつ、マリルの愚痴を肴にジュースを飲むのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~

「マリルさ~ん……? ありゃりゃ、こりゃあ完全に潰れたね」

 あれから一時間くらい経っただろうか。マリルがくーくーと可愛い寝息を立てながら、寝入ってしまった。

 元々酒に強い方じゃないのか、それともこの店に来る前からだいぶ飲んでいたのか……ともかく、あまり遅い時間じゃないけど完全に酔い潰れていた。

「やれやれ、まさか一日のうちにそんなにセクハラされるとはね」

 苦笑しつつ、肩をすくめる。

 マリルの愚痴の約七割がAGによるセクハラの話だった。むしろ、セクハラを一切しない俺が珍しい方らしい。

 ……俺の想像以上に女に飢えてるみたいだね、AGは。こりゃあ娼婦街、ボロ儲けだろうなぁ……そっちに転職しようかな。もちろん娼婦じゃなくて、経営する側だけど。

「そういえば、この店に来たときには既に出来上がってたみたいだしね。……そう考えると、何時間飲んでたのかな、この人」

 よほどセクハラに耐えかねてたんだろうね。特に、ゴゾムとか尻どころか胸まで触ってくるらしいし。あいつ、かなり人として終わってるね。

「……ま、そういう奴がイキがるのも世の常か。さて……さすがに、このまま放っておくわけにもいかないよね」

 完全に酔い潰れてるマリルを見る。……面倒くさいけど、送って行った方がいいかな。

 活力煙の煙と共にため息をつき、まだざわめきの残る店内を通ってリルラの所に行く。

「リルラ、ギルド職員の宿舎ってどこか分かる?」

「えっと……確か、この道を出て右に曲がって……」

 リルラからギルド職員の宿舎の場所を聞き、俺はマリルの肩を揺らす。

「ほら、マリルさ~ん、起きて~。送っていくから帰ろうよ」

「うにゅにゅ……バーロー! AGが、なんだぁー!」

「いいから、ほら。……なんで俺今日会ったばっかの人の介抱してるんだろうね。お人好しなんだろうか」

 うだうだ言うマリルに肩を貸し、俺は店を出る。

「あー、ほら、マリルさん。ちゃんと歩いて」

「ふみゅ~」

 何処の世界でも酔っ払いとは面倒なもので、フラフラと歩くマリルを宿舎まで送っていったらかなりの時間が経っていた。

「ほら、着いたから」

「あー……ありがりござますー」

 ありがとうございます、かな? まあ、なんでもいいや。

 まだフラフラしているマリルを見送った後、宿屋に向かって歩き出す。

「自分のお人好しさに呆れるよ……ん?」

 活力煙をふかし、酔っ払いの相手で疲れた身体を癒やしながら歩いてていると……なんか囲まれた。

 見れば、今朝のゴゾムと……他二人。ゴゾムともう一人は腰に剣を下げていて、もう一人は杖を持っている。

 おそらく、だけど……ゴゾムのパーティーだろうね。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、俺の方へ寄ってきた。

「よう、新人。ちょっと面をかせよ」

「そんな言い方で誘いに乗るとでも? それ以前に、普通に面倒くさいしね」

 俺がにべもない対応をすると、ちょっとイラッときたのかゴゾムの口調が荒くなる。

「いいからこっち来いっつってんだよ!」

「なんで? 俺、アンタに用は無いよ?」

「てめーに無くても俺にあんだよっ! いいから来い!」

 見れば、ゴゾム以外の二人は既に武器を構えている。

 ……時間が遅いから割と人通りは少ない。けど、完全にゼロっていうわけじゃない。

 それなのに俺を襲おうとするなんて……正気を疑うレベルだね。ギルドに報告されたらその時点でヤバいのに。犯罪者は最悪ライセンス剥奪とかじゃなかったっけ。

 というか、そんなところで戦うのは――ゴゾム達はいいのかもしれないけど――俺は嫌だ。くるりと踵を返し、人気の無いところに無言で移動する。

 ゴゾム達が「来い」と言った方向に行くと奴らの仲間が待ってたりしそうなので、それとは反対方向に。

「あぁ? 逃げんのか?」

「それでもいいけど、まあ着いてきたら?」

 その台詞に、俺がやる気になったと思ったのか、ゴゾムらも着いてきた。

 少し歩き、人気の無い路地へ着く。ふむ、ここならすぐに援軍も来ないだろうね。

 コの字型の路地に着き、ゴゾム共に向き直りつつさりげなく夜の槍を取り出す。

「ま、ここらなら人もいないし、いいでしょ。はぁ……頭のおかしい奴には付き合いたくないんだけどね」

「あぁ!?」

 俺がポツリと呟くと、ゴゾムがかなり大きな声を出して威圧してきた。

 普段なら何気なく受け流せる程度。俺だって、たかが怒鳴られたくらいでビビるような、そんな柔なハートを持ち合わせているわけではない。

 だけど、

「っ――!?」

 ゾクリ、と言いようのない悪寒が背を奔る。……なんだ?

 俺が一瞬身を竦ませたのが、一人になって急にビビったからだと思ったようで、ゴゾム達はゲハハと嗤い、嘲る目を俺に向けた。

「よう、こえーのか?」

 ……ウザい。勝ち誇った顔をしているのが、さらにウザい。

「もう帰っていい?」

 心底ウザかったのでそう言ったんだけど、どうもゴゾムは誤解したようで更に笑みを深める。

「はんっ、今更ノコノコ着いてきたことに後悔してもおせーんだよ!」

 そしてまた周りの奴らと嗤う。……かなりウザくなってきた。

「……悲鳴を上げても誰も助けに来ないぜ! っていうおきまりの台詞は吐かないの?」

「あぁ!?」

「何も言わないなら、それが最後の台詞になるけど……いいの?」

「調子に乗んなよガキが……っ!」

 ゴゾムがプルプル震えながら、絞り出すように言い……またもさっきの悪寒が俺の背筋を奔る。

 それのせいで震えそうになる身体を意思の力でねじ伏せ、気怠げに言う。

「お前らのごたくに興味は無いんだよね。――来なよ」

 俺が咥えていた活力煙をバッと上に放り投げると、それが合図となりゴゾムらが雄叫びを上げる。

「死ねぇぇぇぇ!!」

 前衛二人が剣を振り上げ、後ろの魔法使いっぽい奴が杖を構えて詠唱を始めた……んだろう。魔法使いは見たことがないからよく分からないけど。

 ――こいつらに出し惜しみするつもりはない。いや、出し惜しみする必要がない。

「……『亜音速斬り』」

 ポツリとスキル名を呟いた瞬間、身体が淡く光って自動的に動き出す。足首、膝、腰、肩、肘を全て同時に動かし、槍の穂先を亜音速まで加速させる。

 ザシュッ! と鈍い音が響き渡り、ゴゾムともう一人の首から血があふれ出す。……完全に致命傷だね。

「なっ……!」

 その光景に怯んだ魔法使いの詠唱が、一瞬止まる。その隙を見逃さず、俺は『飛槍激』を発動させ喉を一突きにする。

「ゴフッ……」

 シン、と静まりかえる路地裏。俺は落ちてきた活力煙をキャッチして咥えなおし、深々と煙を吸い込み、吐き出す。

「ふぅ~……あー、人殺ししたく無いって言って叫んで出てきたのに、たぶん一番先に人殺ししたの、俺だろうなぁ」

 三つの骸を見て、改めてため息を一つ。けど、そこに後悔の念も罪悪感もなかった。

「さっきのは……」

 ――今回、俺がこいつらの相手をした理由の一つに、『殺気』というものがある。

 この『殺気』もしくは『殺す気』というのは前の世界とこちらの世界とで、果てしなく意味の異なるものの一つなんだと思う。

 前の世界での「殺す気で攻撃する」とは、「死んでしまうほど痛めつけてやる」というような意味で実際に殺す分けでは無い。何故なら、殺したら罪に問われるからだ。

 ……しかし、こちらの世界での「殺す気で攻撃する」というのは、もっと単純に「殺す」という意味だ。何故なら、そうしないとこちらが殺される、もしくは不利益を被り続けるからだ。

「この点、前の世界の方が過ごしやすかったね」

 前の世界が如何にぬるかったか。いや、いかにぬるい生活をしていたかがよくわかる。こちらの世界では、文字通り「自分の身は自分で守らなくてはならない」んだ。

 だから、俺は今ゴゾム達を殺した。何故なら、こいつらがさっき向けてきたのは『殺気』だ。ここでこいつらを逃したら、いつか必ず俺を殺すために、もしくは死ぬほどの打撃を与えるために現れるだろう。ここはそういう世界だ。法や国が俺達の身を保証するわけじゃない。「自分の身は自分で守らなくてはならない」んだ。

 真っ正面から喧嘩したら、俺はこいつらに何度やっても負けないだろう。でも、殺すための手段はいくつもある。毒殺してもいいし、他人を雇うでもいい。

 マルキムやギルドのマスターのような奴に来られたら、五体満足で帰る自信はあんまり無い。

「こういう世界では、後顧の憂いっていうのは……断たなきゃいけないんだろうね」

 そう考えると、俺の行動もあながち間違っては無いんだろう。というか、ステータスが高くてよかった、と心底安堵するしかない。 

 ……と、まあ、結局何が言いたいかというと、

「俺、人を殺しておいてなんも思ってないなぁ……」

 むしろ、俺が死ななくてよかったとしか思ってない。これでいいんだろうか。

「……うん、たぶんこっちに来たときに、神様からなんかチート貰ったんだろ。こう、心が強くなる系のチートを」

 うんうん、と頷き、俺は歩き出す。

 ふぅ、と吐き出した煙が、夜空へと溶けていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~

「……今日は疲れたし、日記だけ書いて寝るかな」

 俺は自分の部屋の机に座って、ペンを握っていた。

 書くことは決まっている。日記なんだから、今日起きたことを書けばいい。

 でも……ちょっと今日は濃すぎて、全部書き切れる自信が無い。いっそ小説仕立てにしようか。うん、そうしよう。

「まあ、いいか。とりあえず書こう。……やっぱパソコンが無いと不便だね」

 しかも、ボールペンやシャーペンですらない。昔懐かしい、ハリー・ポ○ターの世界でしか見ないような羽ペンだ。

「これはこれで貴重な体験、かな」

 今日起きた様々なことを紙に綴っていく。逐一ペンにインクをつけながら、羽ペンの使い方ってこれで合ってるんだろうか。

 アックスオークに殺されかけるわ、Cランク魔物の群れと戦うハメになるわ、人から命を狙われた挙句返り討ちで殺してしまうわ散々だったね。

 その分一日しか経ってない割には尋常じゃなくお金を稼げたけど……全体的に見てプラスかマイナスで言えばマイナスな気がする。今日は厄日だったんだろうね、じゃなきゃこんな波乱な一日を送るわけがない。

 さて、明日は何が起きるのかな。

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