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10話 初クエストなう②

「冗談じゃねえぞ……」

 マルキムが呻くが、俺の心境も似たようなものだ。……というか、うん。四体っていうのは少しおかしくないかな?

 村長の話を聞いた限りでは、今までは一体ずつしか村に出てきて無かったはずなのに。何故いきなりこんなにたくさん……。

「お、おい、キョースケどうする……?」

 ちらりと俺を見るマルキムに、反射的に応える。

「右の二体は俺が殺るから、左をお願いね」

「な、おい!」

 マルキムに指示を出して、俺は地を駆ける。ロアボアが弱いとは言わないけど……Bランク魔物であるアックスオークを倒した俺だ。Cランク魔物が二体くらいならなんとかなるはずだ。たぶん。

「さて、俺の経験値になってくれよ?」

 俺はロアボアの一体に近づき、思いっきり『三連突き』を放つ。

 身体が淡く光り、高速の突きが三連発でロアボアを襲う。狙いは目、鼻だ。

「シッ!」

 夜の槍がロアボアを捉えたかと思った瞬間、

「ロァァアァァァア!!!!」

 と凄まじい音量で吠えられた。

「っ!?」

 一瞬、俺の動きが止まる。しまった、と思う間もなくロアボアが逃げてしまう。

「チッ」

 舌打ちを一つ。まさか本当に動きが止まるとは思ってなかったので、自分の認識の甘さに若干嫌気がさす。

(油断し過ぎ……というか、調子に乗りすぎてたね)

 自戒しつつ、細く息を吐いて槍を構える。

 この攻防で二体のロアボアは俺を敵と認めたのか、ジロリと睨んでくる。……なんか猪のくせに知性がありそう、だね。厄介な。

「猪って一歩、歩くごとに記憶を失ってそうなイメージなんだけどね」

 鶏が三歩進むと全部忘れるんだったっけ? サ○ホーンは脳みそが死ぬほど小さかったのは覚えてる。

「マルキムの方は……って、俺よりベテランのBランカーに心配は無用か。それよりも俺の方だよ」

 気を取り直して夜の槍をロアボア共に向ける。さて、どうやって倒すか。

 地面を踏みしめ、腰を落として構えた瞬間――「俺達はこの戦い方以外知らねぇ!」と言わんばかりにロアボアが突っ込んできた。

「猪突猛進……なるほど、言い得て妙ってやつか、な!」

 腰の回転を利用して槍を横に振るい、ロアボア一体の鼻を切り裂く。

「ロァッ!?」

「じゃあね」

 そのまま、返す刀で『音速突き』を頭に叩き込む。

 ドッッッ! と、眉間に深々と突き刺さりそのまま尻まで貫通……したところで、自分の失態を悟る。ヤバい、すぐに抜けない。

 俺が槍を引き抜くのに一瞬気をとられた刹那、もう一体のロアボアが先ほどより大きな声で吠えた!

「ロァァァァァァァァアァァァァァ!!!」

「ぐぅっ!」

 槍から手を放し、思わず耳を押さえてしまう。押さえて、しまった。

(マズい!)

 再び槍を掴むが、ロアボアは砂煙を上げてこちらへ突進してきている。顎を蹴飛ばして無理矢理引っこ抜いたが、既にロアボアは寸前まで迫ってきていた。

(ぐっ――!)

 咄嗟に槍を握っていない左手を突き出し、ロアボアの鼻先に当てる。そして相手の速度に合わせて左手を自らの方へ引き……その左手を支点として自らの肉体を回転させ、ロアボアの勢いを全て殺した。

『職スキル』、『流水捌き』を習得しました。

 頭にシステムメッセージ的な何かが響き渡るが、今は気にしない。

 空中で回転しつつ、ロアボアの上へ。その勢いのまま『音速突き』の要領で腰、肩、肘の三点を連動して動かすことで槍を加速させていく。

「それ」

 落下するエネルギーもプラスし、ロアボアを上から縦に真っ二つにする。ズバァン! と景気のいい音と共に鮮血が飛び散った。綺麗に斬れたけど……まあ、魔魂石は取れないだろうね。

『職スキル』、『亜音速斬り』を習得しました。

 おー、今度は亜音速か。残念、音速までは至らなかったみたいだね。

 ふむ、今朝の戦いからさらにスキルが二つも増えたね。これは成長が早い方なのかな?

 俺が二体のロアボアを倒し、ふぅ~、と一息ついた瞬間、

「うわぁぁああ!!」

 と叫び声が。素早くそちらを見ると、なんとロアボアが村人の一人を襲うところだった。くそっ、まだいたのか!?

 俺とロアボアにはかなり距離があり――『飛槍激』では届かない。使うなら『投槍突』しか無さそうだが、アレは要するに槍を投げるわけで……走ってるロアボアに当てられるだろうか。ロアボアは結構速いぞ。

 迷っている暇は無い。覚悟を決めて『投槍突』を使おうとした瞬間、薄く黄色く光る斬撃のようなものがロアボアの足を切り裂いた。

「!?」

 一体何が――と周囲を見渡したくなる気持ちを抑え込む。動きが止まった、チャンスだ。

「『投槍突』!」

 槍を振りかぶり、風切り音を鳴らしながらスキルを発動する。

 槍は真っ直ぐ飛び、ロアボアの真横から綺麗に刺さった。よし!

「今だ、マルキム!」

「おう! 『一刀切り』!」

 マルキムがスキルを発動させ、ロアボアを唐竹割りに両断する。

「ふぅ……マルキム、ナイスだね」

「……ああ」

 辺りを見渡すが、他にロアボアがいそうな気配は無い。ふぅ、とりあえずこれで依頼達成かな。

 俺は最初に倒したロアボアから魔魂石を回収し、討伐部位を集める。

 ロアボアの討伐部位は鼻、みたいだね。

「にしても……あんな一瞬でロアボアを殺っちまうとは、お前凄ぇな」

「マルキムだって、一刀両断じゃない」

 俺はテキトーにマルキムに返事し、活力煙を咥えて火をつける。

 ふぅ~、と煙を吐き出ししみじみと呟いた。

「Cランク魔物……アックスオークに比べればたいしたことなかったね」

 スキルも2つ増えたしね。なんだろうね『流水捌き』って。流水みたいに捌くのかな。いや、流水みたいってなんだよ。

「Cランク魔物を大したことないって言えるのはお前くらいのモンだと思うぜ?」

 マルキムが呆れたように言う。

「つーか、お前の話が本当なら……朝はアックスオーク、午後にロアボアを倒したってことか。……化け物か?」

「化け物とは酷いね。至って普通のはぐれなんだけど」

「はぐれ?」

「そ、はぐれ者」

 正確には、はぐれ救世主なんだけど……まあ、そこまでは言わなくていいか。

 深く煙を吸い込み、身体が回復していくのを感じる。あー、この甘さ……割と本気で癖になりそうだね。

 マルキムも葉巻を取り出して吸っている。ふむ、やっぱり薄いピンク色の煙より葉巻の煙の方が格好はいいな……オシャレのために吸ってるんじゃないけどさ。

「まさか五体のロアボアを一瞬で倒すとは……キョースケ、先ほどの非礼はどうか許してくれ」

 村長がこちらへと歩いてきて、急に頭を下げた。

「別に良いよ。気にしてないし」

「そうか……これからも頼ることは多くなると思う。その時はよろしく頼む」

「うん。ただ、今度からキチンと敵の数は依頼内容に載せようね」

 俺がニッコリ笑って言うと、村長の顔が少し引き攣った。

「そうだな……五体のロアボアなんて、本来であれば中規模な討伐態を組まなきゃいけないような相手だ。こんなことはこれっきりにしてくれよ?」

「う、うむ……すまぬ」

「ロアボアが五体もいたら、討伐隊を組むレベルなの? マルキム一人で対処出来てたと思うけど」

「……んなわけねぇだろ。村民の被害を考えないなら話は別かもしれないが……まあいい。そもそも、ロアボアと一対一で勝てる奴も少ねえんだから。中規模な討伐隊……まあ、チーム三つか四つ、十二~十六人くらいだな」

 へぇ、ロアボアを倒すために必要な中規模な討伐隊ってそんくらいの人数なんだ。

「いや、そうじゃなくて。マルキムの隠してる力を使えば、一人で全滅出来たでしょ?」

 ヘラっと笑い、マルキムの方を見てみる。すると、マルキムの眉間にしわがより、俺をジロリと睨み付けてきた。

 やばっ、怒らせたか?

「……キョースケ、テメェもまだ隠してることあんだろ。お互い様だ。詮索はよそうぜ」

「そーだね」

 村長が置いてかれてる感はあるが、気にしない。俺とマルキムは同時に視線を外し、肩をすくめた。

(さっきの技――)

 ロアボアの動きを止めた技、アレはスキルじゃないっぽかったんだよねぇ……色も黄色だったし。まあ、秘密にしたいことなんていくらでもあるでしょう、うん。

「でも、まじめな話……ロアボアが五、六体いたとしてもアックスオークには勝てないと思うんだよ。そんなにCランクとBランクって差があるの?」

「……まあ、そうだな。BランクとCランクってのはかなり差が激しい。それはAGにしても一緒だ。魔物の場合、Bランクになると固有性質っつー……まあ、特技だな。それを使えるようになる。アックスオークだと『赤銅硬化』って呼ばれてる、硬くなる技のことだ。アレが剣士殺しと呼ばれる所以だな」

「ロアボアだって咆哮で動きを止めてきたけど?」

「アレはまた魔法にカテゴライズされる別モンなんだとよ。俺は魔法使えないから詳しくは知らんが」

 へぇ、アレも鬱陶しそうだけどね。実際鬱陶しかったし。

「それに比べると、AGのBランクとCランクの壁は強いか弱いかだけだから、シンプルだがな」

「確かにシンプルだね……魔物を倒す以外にランクが上がる方法はないの?」

「ギルド員立ち会いの下、自分よりランクの高いAGを倒せばランクが上がるぞ……って、それはAGノートに書いてあっただろう」

「そうだっけ」

 まだ読んでないんだよね、アレ。まあ今晩でも読むか。

 気を取り直して、俺はぐるりと周りを見渡す。ふむ、家は多少壊れたりしたみたいだけど、死傷者はいないみたいだね。

 これなら、俺達は仕事を果たしたとみていいだろう。

 というわけで、

「村長さん、報酬をくれるとありがたいんだけど?」

「うむ。では、これが報酬の大金貨二十枚じゃ」

 村長さんが、袋を二つくれたので俺とマルキムで一袋ずつ受け取る。うん、中にはちゃんと十枚入ってるね。

「ありがとうよ、ただ、やっぱ割に合わんなぁ……」

 仏頂面のマルキム。まあそうだよね。

「……今度この村に来たらいい酒でも振る舞うから許してくれ」

「しょうがねぇな」

 うお、一瞬で笑顔になった。こいつ酒好きなんだね。

「お酒かぁ……」

 美味いのかな。飲んだことないし、こっちの世界で一度飲んでみようか。フランスでは十六才から飲酒解禁だったはずだし、十七才の俺が飲んでも問題ないだろうし。

 俺のそんな呟きを聞いたからか、村長がニッと笑って俺の方を向いた。

「もちろん、キョースケも飲むといい」

 こうやって勧めてくるってことは、お酒を飲むことに年齢制限は無さそうだね。それとも俺は成人しているように見えてるか。どっちでもいいけど。

「機会があればね。じゃ、村を復興するのは頑張って」

 ヒラヒラと手を振って踵を返す。正直、この手のオッサンとかと飲むのはキツいと思う。初めて飲むのは、一人の時がいいな。……悪酔いして誰かに絡むかもしれないし。

「マルキム、俺は帰るけどどうする?」

 空を見ると、もう大分日は傾いている。今から帰ったとして、かなり急いでも日没までに街にたどり着けるか怪しいところだ。

「あー……俺はこの村で一泊させてもらうよ。復興も手伝いたいし」

「魔魂石はどうする?」

「俺が狩った分は俺のモン。キョースケが狩った分はキョースケのモン。それでいいだろ」

「そっか。マルキムがいないと夜道が暗くなった時に照らせないんだけど……じゃ、俺は行くね」

「だから俺の頭は発光しねぇよ! ったく……まあ、またクエスト行こうぜ」

「もちろん」

 そう言って、俺は街に向かって歩き出す。

 あー、今日は大分疲れたよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 ギルドにクエスト達成の報告をした後、魔魂石を売り、そしてマリルと軽く喋ってからギルドを出ると……もう日は沈んでいた。

「今日は長い一日だったなぁ……宿に戻る前に、買い物でもしていこうかな」

 こっちの世界には、本はあっても漫画やゲームは無い。つまりヲタクに必要な娯楽が少ないからクエストから帰った後暇になっちゃうんだよね。

 他のAGに訊いてみたところ、大概のAGは仲間と酒を浴びるほど飲み、飯をたらふく食って偶に娼館で女を抱く。それが夜の――仕事終わりの楽しみなんだそうだ。

 ただ、飯はまだしも酒を飲むつもりは(今のところ)無いし、女なんて論外だ。

 いや決して俺がDTだから勇気がないということではなく単純にそういうことは翌日に差し支えるかもしれないからであってそもそも行ったら敗けな気がするし素人DTとかなんか普通のDTよりも悲しい気がするしごにょごにょ。

 ……と、とまあ要するに、長い夜を寝て過ごすくらいしか出来なそうだということだ。パーティーも組んで無いし、知り合いもマルキムとマリルしかいない。

「えーと、こっちだったかな」

 そこで思い立ったのが楽器の練習と小説の執筆。楽器は結構長く続けられそうな趣味だし、上手くなったら日本に戻っても役に立つし(別に楽器が弾ける奴はモテるとかいう都市伝説を信じたわけでは無い。断じて無い)、帰れなくてこっちの世界で店を構えることになった時に軽く演奏して客寄せが出来るかもしれない。

 執筆は元々の趣味だし、紙代とインク代しかかからないからそう金もかかるまい。

「あった、ここか」

 ……そんなわけで、楽器屋に来たわけだけど……はてさて、何がいいかな。

 こっちの世界のオリジナル楽器でもあれば面白そうだけど、元の世界に帰れた時に練習が無駄になる。

 そうなると……ギターとか? でも、ああいうのって格好いいけど楽器の手入れが大変なんだろうなぁ……

 楽器が並ぶ店内を見て回る。……あ、これいいね。

「マンドリンか、な?」

 あやふやな知識を脳内から手繰り寄せながら、楽器を手に取ってみる。弦楽器だし、縦から半分に切った卵みたいな形状をしてるし……たぶんマンドリンで合ってるだろう。

 マンドリンを構えてみる。うーん、ギターとかと違ってロックな格好良さはないなぁ……弾くのも難しそうだし。

 でも、なんとなく気になるのでしげしげと眺めていると、店員さんに声をかけられた。

「よぉ、兄ちゃん。マリトンを買うんか?」

 店名の入った前掛けをつけ、若干色黒でキラリと笑顔を光らせる店員。しかし俺はその爽やかな笑顔ではなく、彼の頭部に目を吸い寄せられてしまった。

 そう――アフロな彼の頭部を。

 なんかキャラが凄いね。

「これ、マリトンっていうの?」

 俺はアフロの件に関しては触れず、店員に尋ねる。

「せや。って、そんなことも知らへんの? これはマリトンっちゅう楽器や。まあ色々特徴はあるけど、ここらへんじゃあ吟遊詩人とかの人気も結構あるんやで。無論、女受けもええし」

「へぇ」

 って、なんでこのアフロ関西弁風なの? キャラが濃くない? ギルドマスターも関西弁だったけど、同郷なのかな?

 まあ、このアフロの出自はどうでもいい。俺はそんなことよりも、とマリトンを持ち上げてからアフロに値段を聞いてみる。

「いくら?」

「大金貨三枚や。初心者用の弾き方の冊子と楽譜も合わせると、大金貨三枚と中金貨一枚やな」

 えっと……全部で、約三万五千円か。まあ、これくらいなら買いかな? って、アックスオークや今日の昼のロアボアの魔魂石とかのせいで大分金に余裕があるから麻痺しちゃってるね……けど、向こうの世界よりは安いだろう。

「ちなみに、ここの店暇でなぁ。分からんことあったら俺が教えてやるで? もちろん無料で、や」

「本当? じゃあ、せっかくだし買おうかな」

 そう言って、俺は懐から金を出す。うーん、セールストークに引っかかった感はあるけど、いいか。どうせ暇つぶしの道具は買わなきゃいけなかったし。

「毎度! ああ、言い忘れとったわ。俺の名前はカリフ・ロッコリー。よろしくな」

「俺はキョースケ・キヨタ。よろしくね、ブロッコリー」

「誰がブロッコリーやねん! カリフ・ロッコリーや!」

「いや、主に頭がね。もうブロッコリーでいいでしょ。それが嫌ならカリフラワーか」

「どっちも嫌や!」

「じゃあカリッコリーで」

「なんかカリコリしてて美味しそうやな、その名前。……まあ、ええわ」

 いいんだ。

「ほんなら、最初から簡単に教えたろか? どうせ今日はもう客も来んやろうし」

「ありがとう。じゃあ頼むね」

 俺はその後カリッコリーに簡単な弾き方とか手入れの仕方を教えて貰って店を出た。

 カリッコリーは割と良い奴だったね。うん、大分教えて貰ったし。

 早速今晩から練習していこうかな……って、練習場所どうしよう。流石に夜に弾きまくる分けにはいかないよね。

 音小さくなら、いいかな? ……いいわけないか。日が暮れる前にやろう。それならまだマシでしょ。

「……って、忘れてた」

 俺は雑貨屋に立ち寄り紙とペン、そしてインクを買った。さらに執筆する用だけど、日記をつけるのもいいかもしれない。この体験を基にすれば面白い小説を書けるかもしれないし。

 ほんの少しだけ口もとに笑みを浮かべながら、俺は活力煙に火をつけた。

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