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4話 出発なう

 翌朝。俺は眠い目を擦りながら朝靄のかかる王城の玄関に来ていた。

「ふぁ~、眠い。今何時くらいだろう」

 俺は御者のおっさんに声をかけてみる。

「日の出から三十分くらい経ちましたよ」

 ふむ、気温からして春頃って感じだから、日本の時間に合わせるなら、大五時時半くらいだろうか。

 俺はおっさんに「ありがとう」と声をかけ、自分の腕時計を五時半に設定する。

 この腕時計は太陽光で動くタイプだから、この世界でも使えるだろう。壊れたら直せないけどね。

「ってか、やっぱ太陽があるんだよね……異世界なのに」

 ――さて、昨日までの会話で分かったことがいくつかある。

 まず、単位が日本の物と同じという点。時間の単位も、数の単位もだ。これは偶然ではないだろう。

 たぶん……俺がこの世界の言葉を理解出来てる謎の力が、相手の話してる言葉のニュアンスを自動的に読み取り、俺の知ってる概念や言葉で伝えてくれてるんだろう。じゃなきゃ、説明が付かない。

「いつ頃出発するの?」

「あと十分ほどしたら陛下がいらっしゃるので、その後です」

「ん、了解」

 じゃあ十分くらいがあるんなら、持ち物の整理でもするか。

 まず、昨日貰ったガイドブックと地図。これはアイテムボックスにいれてある。そして、金袋。中身は三万円ほど。残りはこれもアイテムボックスの中だ。ちなみに、昨日貰った金は全部で百万円ほどだった。重くて持ち歩けるわけないよね。

 あと、昨日王様が帰った後に渡された革の鎧。柄の部分が黒で、刃の部分が鈍く銀色に光る槍――特に銘はないらしいので、勝手に夜の槍と呼んでる――などの武器類。これらはキチンと装備している。ちゃんと普段着も数着もらった。

 そして、日本から持ってきた物……基本役に立たない物ばかりだけど、まずは電波の繋がらないスマホ(写真機能とメモ機能が使えるだけよしとしよう。使うか分からないけど)や、太陽光充電器。そして使えない日本円に、それの入った財布。家の鍵に自転車の鍵、あとは腕時計と制服だ。

「しかし……アイテムボックス、マジでなんでも入るね、これ」

 約百万円ぶんの重そうな(実際尋常じゃないくらいに重い)硬貨が全部入ったし。

 ちなみにこちらの世界では九種類の硬貨を通貨として使っているらしい。それをガイドブックの情報を照らし合わせてみると、

・小銅貨→約一円

・中銅貨→約五円

・大銅貨→約十円

・小銀貨→約五十円

・中銀貨→約百円

・大銀貨→約五百円

・小金貨→約千円

・中金貨→約五千円

・大金貨→約一万円

 ……となる。つまり約百万円分の金貨っていうのは、大金貨が百枚もあるんだよね。もう少し細かくくれたらよかったのに。

 なんてことを考えながらアイテムボックスの中を整理していると、遠くの方から誰か歩いてきた。

「ああ、王様。おはようございます」

「うむ、お早う。準備はいいのか?」

「ばっちりですよ」

 そう言いながらくるりと回り、装備を見せる。我ながら似合わない仕草だけどね。

「そうか……すまぬな、こんな仕打ちで」

「別に構いませんよ。まあ、他の連中のことよろしくおねがいします」

「言われるまでもない」

 王様から手を差し出されたので握手する(一国の王が、平民相手に簡単に握手していいのかはさておいて)。

 別に今生の別れでもないし、そもそも今生の別れになっても別に構わないんだけど、なんとなくしんみりする。

「結局、俺を追い出す本当の理由は話してくれないんですね」

「ふん、自分で考えろと言っただろう」

 握手を話すと、王様がかなり真剣な面持ちで俺の目をまっすぐ見てきた。

「外は危険も多い――死ぬなよ」

 その言葉に、俺は虚を突かれる。そんな言葉が出てくるとは想定外だったからね。

 だから、とりあえず俺はニヤリと笑って、さっきの王様の台詞を返しておいた。

「言われるまでもありません」

「そうか、ならば安心だ」

 王様は口元にフッと笑みを浮かべると、俺に背を向けた。

「御者、彼を連れ出せ」

「はっ! では救世主様、こちらへ」

 御者のおっちゃんが馬車の扉を開けてくれるけど、俺はおっちゃんの呼び方に苦笑いを返す。

「救世主様とか堅苦しい、京助でいいよ」

 というか本来は俺が敬語を使うべきなんだろうけど、それは固辞された。

「では、キョースケ様で」

 様はつくのね。まあいいか。

 馬が嘶き、馬車が走り出した。ふと後ろを見ると、王城がドンドン遠くなっていっている。

(さて……)

 ――とりあえず、これ以上王様たちに縛られることはないと判断していいだろう。

 王城にいては、救世主としての働きを期待されて何にも出来ない、たぶん。

 俺はそんなのは御免だ。自由があってこそ、人間だと思うしね。

 残っている奴らが心配かと言われると首肯せざるをえないけど、それでも天川のあのステータスがある限り、そうそう負けることはないだろうと思う。

 それよりも、俺は自分のことを考えないと。一人で生きていかなきゃいけないんだから。

「あんな啖呵切った手前、もう戻れないしね」

 やれやれ、前途多難過ぎる。後悔はしてないし、安全と自由を天秤にかけるなら、俺は自由をとるんだけど、ね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 天川の朝食は、きっちりと部屋に運び込まれていた。食堂のようなものがあるのかと思っていた天川は少し驚きつつも、丁寧に配膳してくれたティアーに礼を言った。

 王城には当然食堂のような場所があり、職員はそこでご飯を食べるようだが……天川たちはあくまで客人と扱われるようで、部屋に運ばれるんだそうだ。

 ティアーの分も一緒に運んできたようで、二人で食卓を囲うことになった。

「……アキラ様、心を落ち着かせて聞いてください。……キヨタさんという方が王城を逃げ出したようですわ」

「なっ……!? き、清田が……逃げた?」

 食べ始めてすぐティアーが言ったセリフに、天川は唖然とする。

 そんな天川に、苛立ちを隠そうともせずにティアーが吐き捨てる。

「ええ。父上から聞きましたわ。……まさかそこまで腑抜けだったなんて」

 憤るティアー。天川はしばし呆然と天井を眺める。

(……そうか。大丈夫なんだろうか)

 まさか一人で出ていくとは思っていなかった。そこまで考え無しか。もう少し冷静に判断出来るものだと思っていた天川は、少しだけガッカリする。

 いや、冷静なように思えていた清田ですらそうして軽はずみな判断をするのだから、他の皆はもっとかもしれない。やはり、自分が皆を守らねば。

 それが強者の義務だ。

「アキラ様は……逃げ出したり、しませんよね?」

「無論だ。俺は、逃げない」

 首肯すると、ティアーはホッと息をついた。

 そしてすぐさま眉間にしわを寄せると、ギュッと拳を握りしめる。

「救世主であるにも関わらず逃げ出すなんて……許せませんわ。世界から助けを必要とされているのに、それに立ち向かおうとせず逃げ出そうなんて……! 人族の風上にもおけませんわ!」

 ヒートアップするティアー。どうも、感情の揺れ動きが激しい女性のようだ。

 天川は苦笑しつつ、飲み物を一口飲む。

 そしてその水面に映る自分の顔を見ながら……ポツリと呟いた。

「そう、それが当然なんだ。逃げないのが……」

「ええ、流石はアキラ様ですわ。救世主様方からも慕われているようですし」

「いや……それは向こうで学級委員……ああいや、まとめ役をやっていたから何となくだろう」

 特に温水先生はあまりリーダーシップをとる方じゃないからなおさらだろう。人間性が嫌いなわけじゃないし、皆からも好かれているだろうが……。

「それでもアキラ様は凄いですわ。まるで勇者様のよう」

「勇者?」

 その単語を知らないわけじゃない。ただ創作物の中にしか出てこないような言葉だったがために、つい聞き返した。もしや実際にいたのだろうか。

 ティアーは「ええ!」と少し嬉しそうに頷いた後、語りだした。

「おとぎ話の中に出てくる強者ですわ。向かってくる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。それだけでなく、色んな人から慕われて……完璧超人ですわ」

「そうか……」

 やはりお話の中のことだと聞いて、少し微笑ましく思う。彼女は美しく、大人びているが……妙に擦れていない。それを子供っぽいと取るか、純粋さを失っていないと取るかは人によるだろうが、天川はそれに好感が持てた。

「だが、勇者か。いい響きだ」

「ええ!」

 なんて会話を交わしていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。

「はい」

 天川が扉を開けると、そこに立っていたのは空美だった。

「空美。どうした?」

「いや、朝ごはんを一緒に食べようかなと思ったんだけど……いいかな」

 頬をやや朱に染めてはにかむ空美。

 天川は笑顔で快諾して中に迎え入れる。

「構わないぞ。……ああ、紹介しよう。この人はティアー王女だ」

 そう言って彼女を紹介すると、やや空気が冷えた。

 おや? と思っていると……空美がニッコリと完璧な作り笑いを浮かべ、居住まいをただして頭を下げた。

「初めまして、私はから呼心こころと言います。以降、お見知り置きを」

 対するティアーの方も、しっかりとある意味芸術的なまでの作り笑顔を浮かべて優雅に挨拶をした。

「これはどうもご丁寧に。わたくしはティアー・アトモスフィア。アトモスフィア王国の第一王女でございます。よろしくお願いしますわね、ココロさん」

「ええ、よろしくお願いします。ティアー王女」

 和やかなはずなのに、何故か空気がどんどん冷えていく。

 その光景に汗をかきながらも、天川は一つ咳払いをしてから二人に椅子をすすめた。

「さ、さぁ。食べよう。その……空美はなんでこ――」

「呼心」

「――に、って、え?」

 天川の台詞を遮り、空美がニッコリとほほ笑む。

「天川君、ううん。明綺羅君。私も明綺羅君って呼ぶから、呼心って呼んでくれない?」

「……か、構わないが」

 明綺羅がもう一度咳払いをして、空美――否、呼心に尋ねる。

「それで、どうして朝から?」

「別に深い意味は無いよ。ただ……昨日の夜、明綺羅君の部屋から女の人が出てきたって話を聞いたから」

「……そうか。いや、昨夜は――」

「わたくしですわ。……わたくしが彼のお世話係になったことをお伝えしに来ましたの」

 澄ました顔で言うティアーに、空美がさらに笑みを深める。

 天川はその光景にやや身震いするものの、何とか笑顔を作り呼心に説明する。

「ああいや、それはその通りなんだが……」

「なら私もやる」

「え?」

 くるっと振り向いた呼心は、それはそれは爽やかな笑顔を向けて宣言した。

「今日から私も明綺羅君のお世話係やるね」

「い、いやその……」

「アキラ様の世話係は二人もいりませんわ。……ココロさんはどうぞ、お引きとりください」

 こちらもまた素晴らしい笑顔を浮かべて、ハッキリと呼心を拒絶する。

「いえいえ、まさか王女様にそんなことさせられませんよ。ねぇ、明綺羅君?」

「ん? あ、いやそれはその……」

「あら? 何を仰ってるのですか。こちらの常識も何もかも一切知らない貴方に本当にお世話出来まして?」

「……王女様が下女の真似事をなさるんですか?」

「……古来より、世話係とは礼節、血筋、教養、全てが揃った者のみが就く職業ですわ。さて、貴方に務まるのかしら」

 ふふん、と勝ち誇るティアー。対して空美も笑顔のままピクピクと眉を動かす。

「……こうなったら明綺羅君に選んでもらおうか。ね? 明綺羅君」

「そうですわね。まあ、アキラ様は当然わたくしを選んでくださるでしょうが……」

 二人の女性につめられ、天川は心の中でため息をつく。

 ―――これから、毎日大変そうだ、と。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 俺はなんともなしに口を開いて、御者のおっさんに声をかける。

「戦争って、行ったことある?」

「ええ、一度。酷いもんでしたよ……あんなん、子供が行くような場所じゃない。正直、いくら救世主様とはいえ、子供を戦場に行かせるなんて考えられませんよ」

 なるほど、そういう考えの人か。だから俺を外に送り出す係に選ばれたんだな。

「なら、俺は正解ってわけだね」

「そうですね。ただ、外の世界も大変ですよ?」

「ま、そこらへんはどうにかなるでしょ」

 俺はパラパラとガイドブックをめくりながら話す。

「とりあえずこのAGっていうのになってみようかな」

「AGですか。それはまた大変な職業ですよ? キョースケ様のステータスがあれば、食っていくだけなら平気でしょうが……」

「でしょ? これである程度稼いで、なんか店でも開くよ」

 ――AG。正式名称は分からない。一説によると、大昔の英雄の頭文字をとったようだが、詳しくは分かっていないらしい。というか、AGギルドが公開していないんだそうな。

 ガイドブックによると、どうやら異世界モノで言うところの冒険者のようなモノみたいで、武器を持ってる何でも屋って感じらしい。

 さて、ここからはガイドブックを引用。

『AGギルドにAGとして登録することで依頼を受けられる。依頼内容は多岐に渡り、掃除や護衛、運び屋から魔物退治まで様々。

 上からS、A、B、C、D、Eの六つのランクに分けられており、依頼をこなすとランクが上がる。

 しかし、Dランクより上は戦闘能力が無いとなれず、逆に戦闘能力がある者はDランクからスタートとなる。

 Dランクの条件は、平均ステータスが200以上であること。そこからはこなした依頼の数、もしくは質によって決まる。

 自分よりランクが上の魔物やランクをつけられた賞金首を討伐した場合、そのランクによって一足飛びに昇格出来る。例えば、CランクAGがAランク賞金首を討伐した場合、そのAGはAランクAGになれる』

 なんというか、まあ分かりやすいシステムだね。つまり強ければランクが上がるってことか。

 ただ、この仕事は実入りがいいかは分からないんだよね。

「危険な分、金もたくさんも貰えるといいんだけど」

 国から認められた職業の人以外は武装することが禁じられているらしく、民間人はAGにならない限り武装できないんだそうな。

 つまり俺はこの格好のままでいると、衛兵的なのに捕まる。すぐにAGにならなくては。ちなみに一般人には魔法及び魔道具にも制限がかかる。

 そんな制限がかかる中で武装できるんだから、当然AGが一般人に暴力を振るうと、重い罰――最悪の場合はライセンス永久剥奪――を課せられるんだと。

「異世界も大変だねぇ……まあ俺は今のところAGになるしか道がないんだけどさ」

「キョースケ様のステータスならSランクにもすぐになれますよ」

「さあ、それはどうかなぁ。俺って、案外ヘタレだしね」

 外の景色を見ながら、俺は御者さんと会話する。

「何を仰いますか。陛下の前であれほど饒舌に喋れる人なんてそうはいませんよ」

「それ、無神経ってことだよね? いや、それなら俺って案外肝が据わってるのかな?」

 ハハハ、と笑いながら和やかに談笑する。うん、何事もないといいんだけど。

 なんて俺が思った瞬間、キキーッ!! と馬車が急停止した。

「ブルォォン」

 馬が嘶く。俺は急停止したせいでぶつけた頭をさすりながら、御者のおっちゃんに尋ねる。

「つつ……まあ、そう簡単にいかないか。何が起きたの?」

「ああ、いえ。馬車の前にゴブリンが現れまして」

「何匹?」

「四……いや、五匹ですね。すみません、今すぐ倒します」

 そう言って御者のおっさんが馬車を降りようとするので、俺はそれを押しとどめる。

「いや、俺がやるよ」

「そんな、キョースケ様にこの程度のことでお手を煩わせるわけには」

「こんなこと、だからだよ。俺全然戦闘経験ないんだからさ。初戦の相手はあのくらいの雑魚がちょうどいい」

 そう言って、俺は夜の槍を握りしめると、馬車から降りる。

「さて、俺の経験値になってくれよ?」

 ニヤリと笑いながら、俺はゴブリン達の前に躍り出た。

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