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1話 王城なう

 おっさんは手を広げて瞳に若干涙を浮かべている……。かなり不気味な光景だが、それ以上に言っていることが気になる。救世主?

 取り敢えずいつでも逃げ出せるように逃走経路を確認する。甲冑の人たちがどう動くか分からないのが怖いけど……後ろのドアからなら出られそうだ。

「失礼ですが……いきなり、何を? そしてここはどこですか?」

 動揺して動けていない皆に代わり、温水先生がおっさんに声をかける。

 改めてそのおっさんを観察する。白髪混じりの髪をオールバックにしており、身体は締まっていて目つきは鋭い。しかし、俺たちを安心させようとしているのか口元には優しげな笑みが浮かんでいる。

「失礼、少し興奮しすぎたようじゃ。儂の名前はグロリアス・アトモスフィア。このアトモスフィア王国の王をしております」

 王様……ってことは、ここは王城か何かの王座の間ってところかな? そう言われて周りを見ると、確かにそれっぽく見えてくる。

 俺はひょいと手を挙げて王様に質問をする。

「じゃあ、ここは異世界ってことでいいんですか? それともドッキリですか?」

 一国の王に対する口の利き方じゃなかったからか、周囲にいる甲冑がピクリと動く。しかし王様が片手で制すと再び微動だにしなくなる。

「ドッキリが何かは分かりませぬが……そうですな。救世主様方からすればここは異世界でしょう。もっとも、儂らからすると救世主様方が異世界人なわけですが」

 また救世主と言われた。

 俺がそこに引っ掛かりを覚えていると――似たようなことを思ったのか、今度は白鷺がひょいと手を挙げた。

「その救世主様ってのはなんッスか?」

「ふむ……まずはそこからですな。ただ少々話が長くなるので、いったん皆様が全員座れる場所に移動しましょう。おい! 救世主様方を広間にお連れしろ!」

「はっ!」

 傍らにいた甲冑の人が返事をして扉に駆け寄り、優雅な動作で開いた。

「皆様こちらです。どうぞ」

 その向こうは普通に廊下となっているようだが無表情のメイドさんがずらっと並んでおり、不気味な雰囲気だ。

「……なんかよく分からないが、とりあえず逆らわない方が良さそうだな」

「……ん、そうだね」

 天川の言葉に俺は頷き、ぞろぞろと歩き出す。

「おう、皆離れるなよ」

「はい」

 温水先生を先頭にして、俺たちは王座の間から出るのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 天川あまかわ明綺羅あきらは優等生だ。自分で言うようなことじゃないが、その自信がある。

 背が少し低いことを除けば、自信を持てない分野は無い。クラスでも学級委員をやっているし野球部だって部長だ。

 今日はいつも通り学校に行き、いつも通り授業を受けていた。部活を終えて家に帰ったら、まずは明後日までに終わらせなくてはならない課題に手を付けるつもりだった。

 だから――全く予想していなかった。まさかこんなことになるなんて。

 天川はアニメや漫画といったものにはあまり触れる方では無いが、小さい頃は日曜朝の変身ヒーローに目を輝かせていたし、ポケットにモンスターを入れて戦わせるゲームに興じたことはある。

 SFやミステリー系統の小説を嗜むし、一時有名になった眼鏡の魔法使いが出てくる小説は映画も全部見た。

 何が言いたいかというと、別段「フィクション」という存在に全く触れてこなかったという分けじゃないということだ。

 しかし……それでもこの状況にはついていけない。授業中にいきなり別世界に飛ばされる? どういうことだ、意味が分からない。

(周りの人たちは……)

 温水先生を始め、誰も彼もが状況を把握できていないように思える。平然としているのは……普段から夢現に生きている雰囲気の清田と、ボクサーとして荒事に慣れているだろう白鷺くらいか。

 さりげなく周囲を観察しながら歩を進める清田は随分落ち着いている。普段からこういう小説やアニメに慣れているからなのだろうか。

(俺がしっかりしないと)

 志を新たに、前を向くと……横から空美が話しかけてきた。

「ね、ねぇ……天川君。これ、どういう状況だと思う?」

 やはり事態についてこれていないのだろう。そわそわと視線を周囲に飛ばし、居心地が悪そうにしている。

 彼女の名前は空美からみ呼心こころ。空美っていう珍しい名字を除けば、まあ普通の女子高生だと思う。たれ目の童顔で短い髪を二つにまとめている。そんな髪型にしている上に背が150センチくらいとあまり高く無いために小学生に間違われることもしばしばらしい。

 しかし優しくて人当たりがいい、天川と同じく学級委員をやっている責任感のある人だ。

「分からないが……逆らってもいいことは無いだろうからな。今は言う通りにしよう」

「そう……だね」

 不安げな空美。

 天川は彼女を落ち着かせようと微笑んで見せる。

「大丈夫だ。いざとなれば皆を逃がす方法くらいは考えるさ」

 一瞬呆けた顔をする空美だが、すぐに破顔する。あはは、と小さく声を上げて笑ってくれた。

「ありがとう、頼りにしてるね」

 どきっ、と少しだけ心臓が跳ねる。モテる自負はあるが女性との交際経験は無い。どうすればいいか分からないからだ。そしてこういう風に笑顔を見せられると……やはり、どうすればいいのか分からなくなる。

 取り敢えず「ああ」とだけ返事をすると……甲冑を着た兵士のような人に広間に通された。

「こちらです。皆様、そちらから詰めてお座りください」

 広間というのは教室三つ分くらいをぶち抜きで部屋に使っているような広さの場所だった。三十人は座れそうな細長いテーブルに白いクロスが引いてあり、豪華な燭台にろうそくの炎が揺らめいている。

 すん、と鼻を少しだけひくつかせる。甘い香りが漂ってきた。花……ではないだろうが、なんだろうか。果物を煮詰めて溶けた時のような匂い。

 なんだろうかと思っている内にテーブルに全員座り……最後に王様がお誕生日席に着くと早速語り出した。

「この度はご迷惑をおかけして申し訳ない。しかし、どうか儂らの願いを聞いていただけないものだろうか」

「願い、ですか?」

 天川が聞き返すと、王様は頷いてこう続けた。

「今、我ら人族は壊滅の危機に陥っているのです!」

 ドン! と机を叩いて叫ぶ王様。いきなり穏やかではない単語を聞かされ、天川の心が少しざわつく。

「コホン、少々取り乱しましたな」

 天川たちがドン引いてることに気づいたのか、王様は咳払いをすると声のトーンを少しだけ落とした。

「単刀直入に言いましょう。救世主様方――どうか我々人族のために戦ってはいただけないだろうか」

 王様の放った『戦う』という単語に皆がざわつく。

 しかし王様は俺たちのざわつきをスルーして背景について語りだした。

「この世界には三つの種族がいます。一種族目は我々人族。平和を望んでいる種族です。恐らくは救世主様方も同じ種族だと思われます」

 確かに王様は我々と特に変わったところがあるようには思えない。全く同じ人間のように見える。

「我々は基本的には他種族とは争わず、平和を望んでいます。しかし……残る二つの種族が問題なのです」

 そこで話を切ると、王様がどこからともなくパネルのようなものを取り出した。一つには獣のような耳が生えた人間。もう一つには耳が極端に尖っている人間が描かれていた。

 王様は獣の方を指さすと説明を始めた。

「こちらが亜人族です。詳細は省きますが、猫耳族や犬頭族などが集まった種族です。身体能力や五感に優れる野蛮な種族です」

 そして今度は耳の尖っている方を。

「そしてもう一つは魔族。これもまた詳細は省きますが……強力な魔力を持った凶悪な連中です」

 亜人族に魔族。口ぶりからして、どちらも人族に敵対する悪い種族のようだ。

「人族、亜人族、そして魔族。この三つの種族は長い歴史の中で何度も戦争を起こしましたが、その度に決着はつかず無く長い間睨みあってきました」

 少し離れたところの清田が「……人族、亜人族、魔族、ねぇ……」と意味深に呟く。

「数ヶ月前のことです。突如魔族に『魔王』と呼ばれる強力な個体と、その血族が出現しました」

 魔王、という単語に数人が反応する。

「我々はそれに驚いたものの、慌ててはいませんでした。いくら魔王が強力といえど、絶対数の少ない魔族はいきなり仕掛けて来ないだろうと判断したからです」

 そこで王様は声を潜めて、沈痛な面持ちを作った。

「しかし、ちょうど今から一月ほど前に……今度は『覇王』と呼ばれる強力な力を持った亜人族が動き出したのです」

 王様の顔が恐怖の色に染まる。

「我々は恐れました。魔王も覇王も我々人族ではとても太刀打ち出来るような存在ではなかったのです。このままでは魔王か覇王、もしくはその両方に人族は滅ぼされてしまう……そう思い、誰もが一度は未来を諦めました」

 全員が、その王様の悲痛な声にシンと静まり返る。

「しかし、三週間前のことです。儂の枕元に主神であるゼウティヌス様が現れこう仰ったのです」

『魔王、覇王の行いには目に余る。故に力を授けよう。今から私の言う通りに、異世界から救世主を召喚するのだ』

 突然王様の目が希望の色に塗り替えられる。いや、希望というよりも期待かもしれない。それはきっと神様にも向けられているのかもしれないが……救世主と天川たちのことを呼ぶ以上、きっとその期待は自分たちに向けられているのだろう。

「さらにその救世主様方の補助として、塔を各地に何本も出現させられたのです!」

「塔?」

 聞き慣れない単語にオウム返しに尋ねる。言葉自体の意味が分からなかったわけじゃないが、自分たちの補佐と言われても意味が分からない。

「塔とはその名の通り天までそびえ立つ建造物です。選ばれし者のみ最上階まで到達出来ると主神様から伺っております。そして最上階までたどり着くと、とてつもない力が手に入るのだとか」

 とてつもない力。いきなりパワーアップするのか、それとも武器でももらえるのか。どちらかは分からないが、神様が直接作ったのであればきっと素晴らしい力なのだろう。

「救世主様方の召喚に成功するまで、誰も最上階まで――神器を手に入れる場所までたどり着く者はいませんでした。しかし! 救世主様方ならば踏破し、力を手に入れることが出来るはずです!」

 拳を握って力説する王様。段々、天川の心も踊ってくる。

「……そう言われても、俺にそんな大層な力なんて無いんですけど……期待されても困るというか」

 清田が冷や水を浴びせるようなことを言う。確かにテンションに乗せられそうにはなったが……その通りかもしれない。その思いは皆一緒なのか、全員うんうんと頷いている。

「そうなのですか? 主神様は『異世界人には強力な力が宿っている』と仰っていたので、てっきり皆様のステータスはとても高いのだと……」

「ステータス? ゲームみたいで御座るな」

 志村の呟きに、キョトンとした表情になる王様。

「おや? 救世主様方はステータスを知らないのですか?」

「初耳だね。テレビゲームの中とかではよく聞くけど。少なくとも俺達がいた世界にはそんな概念はフィクションの中だけだったかな」

 清田が少しだけわくわくしたような表情でそう言った。天川にとってはステータスなんて状態という意味をあらわす英単語でしかない。

 そんな天川たちの雰囲気を察してか、王様は一つ頷くと説明を始めた。

「なるほど……では、ステータスプレートの説明からいたしましょう。本人の身体能力や使用可能魔法などが書かれた、身分証明にもなるこの世界では必須のアイテムです」

 マイナンバーのようなものだろうか。

「そのステータスとは身体能力を数値化したようなものなのです。鍛えることによって多少の増減はしますが基本的にはそこまで変動しません。特殊な条件が揃うと、大幅にステータスが上がることはありますが」

 違った。本人の身体能力の数値化……凄いな。

 清田がスッと手を挙げて王様に質問する。

「ステータスって、基本的にどれくらいなんですか?」

「何も鍛えていない平均男性を50とすると、戦闘職にいる人の平均ステータスは250程ですかね。稀に1000を超える化け物がいますが……王室騎士で最も強い者のステータスは350くらいだったはずです」

 戦闘職にいる人と普通の人には五倍ほども差があると。

「ちなみに鍛えている亜人族の平均ステータスは500程で、その代わりに魔力はないと言われています。逆に魔族は平均200程ですが、魔力量の平均は1000を超えます」

 つまり純粋な身体能力で言うと亜人族>人族>魔族で、逆に魔力量は魔族>人族>亜人族になるということか。

「ステータスについて、他に何か質問はありますかな?」

 王様が見渡すけれど、誰も何も言わない。

 むしろ……早く自分のステータスを確認してみたい。天川の想いは皆とそう間違っていないようで、皆そわそわとしている。

「……では、皆様にステータスプレートをお配りしましょう。これ、皆様にステータスプレートを配れ!」

 王様がそう言って少し経つと……なにやら銀色でパスポートくらいの大きさの金属板みたいなものが配られた。

(これが……ステータスプレート)

 ゴクリと生唾を飲み込む。これで自分の能力が分かるのか。

 口元がにやける。一体、自分はどんな力を持っているのだろうか。

「それを持って、心の中でご自分のお名前を念じてください」

 言われるままに念じる。するとステータスプレートが光り、凄まじい勢いで文字が刻まれていった。

  -------------------

名 前:天川 明綺羅

『職』:剣士

職 業:異世界人

攻 撃:1200

防 御:1200

敏 捷:1200

体 力:1200

魔 力:2000

職スキル:一閃斬り,飛燕斬

使用魔法:光魔法ライト,終焉

  -------------------

 先程の平均ステータスの話を思い出す。

 そして改めて自分のステータスを確認すると……

(なんて力だ。これが……俺の持つ力)

 気分が高揚する。なんでも出来るんじゃないかという万能感に包まれる。

 周囲の皆が口々に自分のステータスを喜んでいる中で……ひょいと清田がステータスを覗き込んできた。

「……え!?」

 清田の口から驚きの声が漏れる。それを聞きつけ、皆が一気に天川のステータスを覗きに来て……誰もが絶句する。

「おぉ……なんということだ。神よ……」

 王様が手を組んで祈っている。尋常じゃない喜びようだ。

 ひとしきり喜んだあと、王様は咳払いして話し出す。

「コホン。すみません、救世主様方。いったん席に戻っていただいて儂の話の続きを聞いていただけますかな?」

 その言葉に皆がハッと冷静になり席に戻った。

「やはり主神様の仰っていたことは本当だったのですな……しかしこれ程とは」

 どうやら天川のステータスは、王様の期待を遙かに凌駕するものだったらしい。確かにさっきの話を聞く限りでは亜人族の身体能力を上回り、魔族の平均的な魔力量にダブルスコアをつける程の能力値なのだから当然かもしれない。王様は俺達を見渡し、目の端に涙を浮かべて語り出した。

「もしも戦争となれば、罪無き女子供まで殺されたり、陵辱されたりすることでしょう……しかし! 主神様は我らを見捨てなかった! 救世主様方を遣わしてくださるとは! お願いです、救世主様方! 古来より蹂躙されてきた我らの誇りを取り戻すため! そして我らが支配されぬため! 奴らの殲滅のために! 我らの安寧のために! どうか、どうか共に戦ってください!」

 その涙に心を打たれる。

 確かに……自分の力で人族を救うことが出来るのならば、戦わない理由なんてない。力ある者は力無き者のために戦うものなのだから。

 周囲の皆も興奮した様子で、王様の話に聞き入っている。

「もちろん無理強いはしません。確かに非戦闘職の人もいますからな。もしも戦争に参加したくない場合は言ってくだされ。我らでアドバイスした後支援はいたしますので、城を出て好きなようにしていただいて結構です。留まって出来ることをしてくださっても構いません。……いくら非戦闘職の方々とはいえど仲間である人々とは離れづらいでしょう。城下に行かれたら滅多に会えなくなるでしょうし……全員が戦っている時に自分だけのんびりなどしたくないでしょうからな」

 そして王様の目が「答えを聞かせてくれ」とでも言いたげに天川に向けられる。クラスメイト達の目も天川に集まっている。

(人族を救う使命……)

 やれるのが天川たちしかいないのであれば、やるしかないだろう。というか、こんな力があるのであれば全く不安など無い。

 それでも一応は数十秒黙考し……重々しく口を開いた。

「……やりましょう。人族のために!」

「おお!」

 王様が嬉しそうに立ち上がり、クラスメイト達も口々に「やってやる!」だの「やるか!」だの叫び、天川の背を叩いてきた。

 心が跳ねる、未知の世界にドキドキする。学級委員としてリーダーになるべきだろう。

 しかし一人でまとめるのには無理があるかもしれない。今、この状況についてこれているのは……清田だ。

 そう考えた天川は、何故か少し離れたところで冷めた目をしている清田に話しかける。

「清田! お前も参加するんだよな!」

「え? いや、断るけど」

 清田の返答に、その場にいた全員が固まった。

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