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第40話

「上手だぞ、ティト! もう少し右を狙え!」

 港の指揮を任されたバレロス公爵が、嬉しそうに声を上げている。

 要塞砲の角度を調整しているのは、バレロス公爵家の次男ティトだ。

 さすがに長男は跡継ぎなので、戦場には連れてこないだけの常識が、バレロス公爵にもあったようだ。

「試し打ちのときとは、的の大きさが違うから、難しいなあ。けっこう風を受けて、動くんだね」

 これくらいかな? と呟き、次の砲弾を撃つ。

 照準に天賦の才を見せるティトは、見事に二投目を、レオポルドの乗った中型軍船に命中させる。

 うわあああああっ!

 的確に飛んでくる砲弾が次々とめり込み、船尾を木っ端微塵に砕くと、傾いて沈みかけた船から、多くの兵が海へ投げ出された。

「よし! 敵兵の回収に向かえ! ティトはそのまま待機!」

 バレロス公爵の号令によって、多くの小型船が溺れる兵を引き上げ、レオポルドもまた、捕虜として助けられる。

 その頃には、ルーベンの乗った中型軍船は、海国ハーランの小型軍船を駆逐し終えて、燃える小型軍船の火消しをしていた。

 ◇◆◇

 ロサ王国が捕えた兵およそ二百名は、そのまま海国ハーランとの交渉材料として利用される。

 中でも、指揮を執っていたレオポルドは、立場のある人物だろうと思われたが、どうやらそうではなかった。

「大臣になりたての20歳、ヤーナゥ女王に気に入られたくて、ロサ王国の王配の強奪を目論む。大型軍船に乗り込むのは初めてで、こんなにあっさり敗けるとは思わなかった、と」

 カイザが読み上げるレオポルドの供述内容に、ルーベンは頭痛がしていた。

「まるで子どもを相手にしているようだ」

「間違ってないでしょうね。このレオポルドは、ヤーナゥ女王と同じ匂いがします」

 後先を考えないのは、子どもの特権ですよね、とカイザが付け加える。

「子どもの尻拭いは大人の仕事だが、果たしてあの国に、話が通じる大人はいるのか?」

「レオポルド以外の大臣は、もっと年齢が上だそうですよ」

「そう言えば、ヤーナゥ女王が初めて入国したときに、付いて来ていた人物は、まだまともだった」

 だが、ルーベンが思い出しているビクトルは、すでに大臣を解任されている。

「終戦や停戦を促す文書を、取りあえずは宰相さんが作るみたいですよ。それが海国ハーランに届くまでに、次の大型軍船が、やって来ないといいんですけどねえ」

 カイザが面倒臭そうに、海を見て溜め息をついた。

 王城と港の連絡のやり取りに、奔走しているのはラミロだ。

 運河沿いの街道を馬で走れば、一日もかからず王都へ着く。

 ベロニカに会いたいルーベンは、ラミロがうらやましくて仕方がないが、まだ戦が終わっていない以上、南の海から離れられない。

「座礁させた大型軍船を浅瀬から引っ張り出して、それに乗って、こちらから海国ハーランへ攻め込むのはどうだろう? 幸い船底に、たいした破損はないみたいだぞ」

「発想が物騒になってますねえ、殿下」

「俺はベロニカが出産する時には、手を握ってやると約束したからな。それまでには、戦に片をつけたいんだ」

「そんな約束をしてるんですか。ちょっと驚きです」

 仲良し主従が繰り広げる会話に、ティトが割り込む。

「ねえねえ! あそこ、何か見えない?」

 ルーベンとカイザが、作戦会議室のように使っている港の一室には、海に面した大きな窓がある。

 ここは誰もが出入り自由なので、暇なときにはティトも遊びに来る。

 難しい話をしているルーベンとカイザを余所に、広大な海を眺めてニコニコしていたティトだったが、その紺色の瞳が白い船影を捉えたのだ。

「黒ではないな……つまり大型軍船ではない」

「でも大きいですね。どこかの商船でしょうか?」

 取り出した双眼鏡で、ルーベンとカイザとティトが、代わる代わる船を確認する。

 そうしていると、同じ船を発見したのだろう、望遠鏡のある見張り台から、ルーベンへ報告が届いた。

 どうも、大々的に白旗を掲げた大型船のようだ、と。

 ◇◆◇

「どうやらレオポルドは、大敗したようです」

 その一言を、早くヤーナゥへ報告しなくてはいけないのに、大臣たちは額を突き合わせて唸っている。

 みなが辛酸をなめたような顔をしているのは、誰がそれを奏上しに行くか、ずっと決まらないからだ。

 本来、その役目を担うはずの大臣レオポルドは、ロサ王国に捕まってしまっている。

「レオポルドは役に立たなかったな」

「まだビクトルの方が良かった」

「誰だ、レオポルドを推したのは」

「そいつが責任を取れ」

 先ほどから擦り付け合いばかりで、時間だけが過ぎてゆく。

 そもそも、レオポルドが敗けたことは、商人たちが知らせにきた。

 港の決戦を見ていたロサ王国の売り子たちが、おもしろおかしく話しているのを、海国ハーランの商人が耳に挟んだのだ。

 火器や武具を大量に用意した商人たちには、にわかには信じられない。

 海国ハーランが誇る大型軍船に、山ほどの武器を積んで出航したレオポルドが、わずか数刻の水上戦の末、無傷で捕虜になったなど。

 だが、どの売り子に聞いても、あっという間に捕まえられていた、という話ばかりだ。

 海国ハーランは、ロサ王国の軍事力を、大きく見誤っていたとしか思えない。

 あまりにも力量に差があったことに驚き、商人たちは顔面蒼白になって、急ぎ大臣たちへ報告に走った。

 そして大臣たちが頭を抱え、今に至っているのだ。

「あの……こうしている間にも、ロサ王国が反撃してくる可能性が、あるんじゃないでしょうか?」

 大臣たちへ報告後、これからの動向が気になって、まだその場に残っていた商人が、恐る恐る口をはさんだ。

 それを聞いて、大臣たちはバッと互いの顔を見る。

 大型軍船をいともたやすく撃退したロサ王国が本島に攻め込んできたら、海国ハーランは瓦解する未来しかない。

 弾き出された結論に、大臣たちは慌て出した。

「まずは降伏せねば」

「歯向かう意志がないと示すのだ」

「ヤーナゥさまへの報告は後回しじゃ」

「急げ! 急げ!」

 レオポルドが軍の指揮権を持ったままいなくなったので、ヤーナゥが指名しないかぎり、次の軍事行動は誰にも起こせない。

「今の内だ」

「ビクトルを呼び戻せ」

「白旗を振るのだ」

「急げ! 急げ!」

 ヤーナゥに敗戦の事実が伝わると、また癇癪を起して、ロサ王国へ侵攻の指示を新たに出してしまうかもしれない。

 その前に穏便に、終戦か停戦の交渉をするしか、海国ハーランの生き残る道はない。

 大臣を解任され、やっと胃薬を手放し、恋人となったコンスェレと、ゆっくり過ごしていたビクトルにとっては、ただの災難でしかなかった。

 ◇◆◇

「申し訳ありませんでした」

 ルーベンに頭を下げている茶髪の男に、見覚えがある。

 ルーベンは、その男が乗ってきた白旗だらけの船を見上げ、尋ねた。

「今日は、ヤーナゥ女王は不在か」

 その言葉にビクリと肩を震わせ、ますます頭を下げた男は、必死に謝罪を繰り返した。

「本来であれば、ヤーナゥ女王が頭を下げる場面ではありますが、ただいま本島において身柄を軟禁しております。これ以上の戦を避けるために、必須な処遇でした。何卒ご容赦ください」

「それを聞いて安心した」

 海国ハーランの全大臣の信任を得て臨時の外交官となり、ロサ王国との交渉役として派遣されたビクトルは、柔らかな声にハッとして顔を上げる。

 そこには、戦の終わりを喜ぶ、ルーベンの顔があった。

 理想的な為政者の風格を感じて、ビクトルは胸を打たれる。

「王城へ招こう。戦の賠償と補償について、うちの宰相と話し合ってもらう。すぐ出発するぞ」

 セカセカと歩き出したルーベンに、ビクトルは立ち上がって慌ててついて行く。

 仕事が早いと感心しているビクトルだったが、単にベロニカ会いたさに、足早になっているだけのルーベンだった。

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