ベロニカは報告を聞くため、何度かティトと庭園で待ち合わせた。
そのたびにティトは嬉しそうな顔をして、少しでもベロニカに近づこうとするが、セベリノに牽制されて渋々引き下がるのを繰り返す。
「この駄犬、学びませんね」
苦々しくセベリノが吐き捨てるのも、恒例になった。
今日は、サルセド公爵と取り引きをしている怪しい商会の名前が分かったというので、こうしてティトと会っている。
「ティト、どうやって商会の名前を調べたの?」
「今までの情報と同じく、出所はクララです。その商会との取り引きに、クララは同席させてもらえなくて、商会の使いの者が屋敷に出入りする際に、名前だけ教えてもらったのだそうです」
「その商会が怪しいという根拠は?」
「商会という割に、あまり商品を持ってこないのです。いつも小さな鞄だけで、何をサルセド公爵が購入しているのか、クララも知らないと言っていました」
サルセド公爵は、その商会から毒を購入しているのではないか、とベロニカは睨んでいた。
ベロニカは実際に毒が入った瓶を見てはいないが、過去でクララが瓶を持ち歩いていたと考えると、そう大きなものではないだろうと見当がつく。
「おそらく、小さな瓶だと思うの。そして……中身は毒の粉よ」
ベロニカの断定的な言葉に、ティトは何も反論しない。
唯々諾々と、ベロニカの紡ぐ言葉を受け止めている。
まるでそうするのが当然というように。
「できればその毒を手に入れてもらいたいけど、さすがにそれは危険すぎるから、せめて毒の名前だけでも分からないかしら?」
ベロニカ側には解毒のための薬草がある。
サルセド公爵が所持する毒に対して、その薬草が効力を発したら、その毒が先代国王を殺めた毒であると立証できる。
先代国王の身辺に近づくことが出来る人物など、限られている。
その限られた人物が、先代国王の死因となった毒を持っていれば、限りなく犯人として黒と言える。
「女王陛下のご命令とあらば、謹んでお受けします」
心なしか、ティトの瞳がきらきらしている。
過去のティトと比べて、ベロニカには違和感しかなかった。
報告を聞き終えたので、ベロニカは座っていたベンチから立ち上がる。
ティトと一緒にいる場面を、誰かに見られてはまずいのだ。
念のため、見通しの悪い庭園を選んではいるが、長居するのは良くない。
ベロニカは颯爽と歩きだし、何事もなかったように、セベリノを連れて王城の回廊へと戻った。
ベロニカが立ち去った庭園では、まだベロニカの温もりが残るベンチに、ティトが嬉しそうに頬ずりをしていた。
だがそんなことは、ベロニカは知らない方がいいだろう。
◇◆◇
「ようやく取っ掛かりが見つかりましたね。さっそく、その商会について調べましょう」
ベロニカから報告内容を伝え聞いたエンリケが、ラミロに調査をお願いする。
仕事を任され、張り切って執務室から出て行ったラミロが、持ち帰ってくる情報を待つだけとなり、ベロニカたちは執務へと戻る。
今はルーベンに提案された、水路の整備に関する政策をまとめている。
運河が流れる領地であれば、新参貴族や古参貴族に関係なく、協力してもらう考えだ。
いくつかの政策を一緒にこなす内に、新参貴族と古参貴族の間で相互理解が深まり、以前より反発も少なくなってきていた。
今回の運河一連の整備にも、そうした狙いがある。
運河を使って武器を運ぶなど想像もしたくないが、それが出来ない為政者では民を護れないと、ルーベンに諫められた。
ベロニカの望む国造りのためを思って、ルーベンが発した忠告を、ベロニカは大切にしている。
そして、できれば早く二人で力を合わせて、国を盛り上げていきたいと願っていた。
『俺と恋人になりたいか、ベロニカ?』
ルーベンのことを考えていると、そう問いかけてきたルーベンを唐突に思い出してしまい、ベロニカは赤面する。
過去も含めて、おそらくベロニカはちゃんとした恋を経験していない。
騙されて始まったティトとの関係は、一方的なベロニカの思慕で終わり、双方向で気持ちをやり取りする恋がどんなものなのか、ベロニカには想像も出来ない。
でも、お互いを思い合っていた両親の姿が、ベロニカのお手本だ。
ずっと胸へ下げているロケットに手をやる。
いつか――ルーベンにも、真実を話さなくてはいけないだろう。
(私はたまたま、エンリケから教えてもらえたけれど、死は不意に訪れる場合もあるわ。そうなったとき、このロケットを正しい後継者へ渡すのが、困難になってしまう。だから私の胸の内に秘めるのではなく、王配となるルーベンとも共有しておきたい)
結果的に、ベロニカがすでにこのロケットを使って、死に戻りを経験していると、ルーベンには知られてしまう。
国や民をおざなりにして、恋に現を抜かした過去のベロニカを、果たしてルーベンはどう思うのか。
(きっと私は軽蔑されるわ――それでも、次代へこのロケットを伝承するほうが、大事よ)
女王としてのベロニカの過去に失望しても、きっとルーベンなら、王配としてロサ王国と民を護ってくれる。
それだけの度量が、ルーベンにはある。
だからベロニカは、次にルーベンに会ったら、すぐに話そうと心に決めた。
◇◆◇
今日、ルーベンが王城へ戻ってくる。
その知らせを受け取って、ベロニカはもう何度も、執務室の窓から外を見た。
そこから王城の出入り口が見える訳ではないが、なんらかの動きがうかがえるのではないかと、そわそわする心を持て余しているのだ。
「落ち着かないですね、陛下」
笑いながらエンリケに言われて、ベロニカは慌てて手元の書類に向き直る。
ラミロが調べてくれた怪しい商会に関する情報が、そこには書かれていた。
その商会の名前は、どこにも公的に登録されておらず、裏社会で贔屓にされている商会であると分かった。
実態の掴めない商会を、ラミロは足を使って調べてくれたのだ。
サルセド公爵家に出入りしている商会の使いの者の後をつけ、それがとある新参貴族の家にも出入りしているのを発見。
そして使用人たちに紛れ込み、その新参貴族が、怪しい商会の親玉であると突き止めた。
「お手柄だわ、ラミロ。本当に頼りになるわね」
ベロニカから褒められて、ラミロは嬉しそうだ。
くしゃりと茶色の髪をかきあげ、照れたように肩をすくめる。
「二枚目の書類には、怪しい商会をやっている新興貴族と仲の良い、他の新興貴族たちの名簿も付けておきました。どうせなら悪い奴は芋づる式に、みんな摘発したら楽だと思って」
しかも気が利く。
こちらが言わずとも、先んじてくれるラミロに、ベロニカは感心した。
「ラミロには特別手当を支給しないとね。こんなに頑張ってくれたのだから」
「もうすでに、たくさんもらっていますよ。おかげで母も、すごいお医者さんに診てもらえて、もしかしたら退院できるかもしれないんです」
ラミロの母は、ベロニカの薦めで、王城の近くの王立病院に入院している。
二度目の人生では、サルセド公爵とラミロの間に、諜報活動による繋がりは発生していないが、ラミロの弱点とも言える母を、ベロニカは庇護下に置きたかった。
サルセド公爵への復讐が完遂しても、ラミロには秘書官として働いてもらいたい。
何かあっても、すぐに駆け付けられる距離への転院は、ラミロの心配事を減らすための、ベロニカなりの配慮だった。
話している内に、時間が経ったようだ。
ベロニカのもとに、ルーベン到着の報が届く。
マドリガル王国での手続きを終え、これで両国において、ベロニカたちは正式な婚約者となった。
今後は、国外へも周知されていくだろう。
(いよいよね、私も覚悟を決めないと――)
ベロニカは、ルーベンを出迎えるため、席を立つ。
そして、まずは旅の疲れを労おうと、ルーベンの待つ謁見の間へと急ぐのだった。