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第22話

「無事に、第三王子の協力を取り付けられました。これで第二王子が、王太子に選ばれそうですよ」

 ラミロの報告を聞いて、ベロニカもエンリケも、ホッと胸を撫で下ろす。

 ここまでラミロには、かなり奔走してもらった。

 ベロニカは、ロサ王国とマドリガル王国を何度も行き来して、疲れただろうラミロを労う。

「ありがとう、ラミロ。よくやってくれたわ。これでエンリケも、肩の荷が下りたでしょう」

「助かりましたよ、ラミロのおかげです。ずっとデルフィナの境遇が安定しなくて、心配だったのです」

 えへへと照れて笑いながら、ラミロは二人からの手放しの感謝の言葉に、喜びを隠せない。

「お役に立てて嬉しいです。何度か、第一王子の見張りっぽい人ともすれ違ったんですけど、僕は見た目がこれですからね」

 七分丈のズボンを吊ったサスペンダーを、ぱちんと弾いて見せる。

 まるで少年だと言いたいのだろう。

 お使いに走らされている、その辺の平民にしか見えないラミロは、この童顔を活かして諜報活動をしているのだ。

「それだけじゃないわ、素晴らしい記憶力もあるじゃない。ラミロがいなくては、今回の介入は成功しなかったわ」

 ラミロは、ロサ王国とマドリガル王国の法律の違いを利用して、短期間に出入国を繰り返した。

 本来ならば、間諜として怪しまれる行為なのだが、ラミロが見つけた法の抜け道が、それを可能にしたのだ。

 ベロニカの執務室で、ラミロを囲み、作戦の達成を喜びあっていると――。

 コンコンコン!

 誰かが執務室を訪ねてきた。

 ベロニカには覚えがある。

 過去でも、この時期にベロニカの前に現れた。

「初めまして、女王陛下。お忙しいところ、申し訳ありません。この度、婚約者候補となりました、ティト・バレロスです。ご挨拶に参りました」

 雅やかな笑顔と共に入ってきたのは、長身痩躯で姿勢がよく、色気があふれる優男で、ベロニカにとっては見たくもない人物だった。

 ティトはまたしても、ベロニカの婚約者候補となった。

 この提案があったときに、ベロニカは激しく反対したが、サルセド公爵が押し切ったのだ。

 すでにエンリケがいると言っても、まだ候補なのだから、他に何人いてもいいはずだ、と難癖をつけられた。

 婚約者にしてしまうと、ほぼそのまま王配になるため、エンリケの身分を候補に留めていた点を突かれてしまう。

 エンリケに助けを求めると、次の目論見を用意してあるから、受け入れても大丈夫だと言われたベロニカは、嫌々と了承したのだった。

 そうして強引に決まった婚約者候補ティトの登場に、セベリノはしかめっ面をしてみせる。

「執務中に突然訪問して、許可もなく挨拶とは、礼儀がなっていない」

 呟かれたセベリノの評価は、過去と一言一句、変わらない。

 それに同意する顔をしているのは、エンリケだけでなくラミロもだった。

 しかしティトが、そんな鼻白む空気を物ともしない性質だと知っているベロニカは、言葉ではっきりと拒絶する。

「無礼ですよ。私は執務中に、個人的な接見をするつもりはありません。出直しなさい」

 取り付く島もないとは、このことだ。

 分かりやすくベロニカに跳ね除けられて、ティトは一瞬、呆けた顔をする。

 しかし、すぐに気を取り直し、頭を下げると、申し訳ありませんでしたと謝罪して出て行った。

 思っていたよりもすんなり引き下がったティトに、逆にベロニカも呆気に取られる。

 毅然とした態度を取っていれば、ティトにまとわりつかれずに済みそうだ、とベロニカは安堵したが、実はそうではなかったと後で知る。

「エンリケ、これからもこうして、ティトが来るたびに断ります。そうすれば、おかしなことにはなりませんよね?」

 ベロニカが濁した『おかしなこと』とは、恋に溺れることだ。

 過去のベロニカは、エンリケの不在時に、ティトに対して恋心を育ててしまった。

 一方通行だったベロニカの想いは、やがてティトとクララによって、粉々に砕かれる。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。

「それについてですが――」

 エンリケはここから、ベロニカが思いもつかなかった、次の一手を話し出す。

 悪の女王を目指すベロニカだったが、エンリケの悪知恵には、永遠に敵いそうにないと思うのだった。

 ◇◆◇

「予想外だったな……もっと狼狽えるかと思っていた」

 ベロニカの執務室から追い出されたティトは、王城の回廊を歩きながら独り言つ。

 サルセド公爵からは、恋も知らない女を落とすなど簡単だろう、とベロニカに色仕掛けするよう唆された。

 将来の義父だと思っているサルセド公爵に、恋人クララとの結婚を匂わされて、引き受けないわけにはいかない。

 ティトは、自分の顔が女性にどんな影響を与えるか知っているから、ベロニカ相手にも、微笑めば何とかなるだろうと思っていた。

 しかし予想に反してベロニカは、ティトの眩しい笑顔を見ても頬を染めず、むしろ汚物を見るように顔をしかめた。

 それがティトには新鮮で、なぜか印象に残った。

 ティトが執務室に顔を出すまで、執務室には明るい声が満ちていた。

 良いことがあったのか、この雰囲気なら、受け入れてもらえると、ティトは踏み込んだのだが。

 そこで向けられたベロニカの冷たい眼差しに、ティトだけがこの輪から外れていると知った。

「なんとか、あの輪の中に入らないと。女王陛下は、『出直せ』と言った。『二度と来るな』とは言わなかった。つまり、執務中でなければ、会ってもらえるということか」

 ベロニカの言葉尻を曲解したティトは、めげなかった。

 ベロニカのとったつれない態度に、なぜか志気を漲らせる。

 こうしてベロニカは、大嫌いなティトに、執拗に追いかけられるようになるのだった。

 ◇◆◇

「マドリガル王国の第一王子ルーベン殿下がお見えになりました」

 ベロニカの正面にある、謁見の間の大きな扉が開く。

 仄暗い部屋に差し込む陽光のように、現れたルーベンの金髪は眩しかった。

 ベロニカは、ひたと合わせられた視線の奥の、紅の瞳の美しさに驚く。

 たくましい体躯に合わせて縫われた正装は見事で、マドリガル王国の豊かさを表していた。

 隣には側付きだけを連れ、ルーベンは部屋の中央に置かれたテーブルの前まで進み出ると、不躾にベロニカを睥睨した。

「……やってくれたな、女王。オラシオに手を貸したのは、ロサ王国だろう」

 ルーベンの第一声は、威圧的だった。

 どこかの段階で、ベロニカたちの政治的介入に気がついたのだ。

 燃えるような瞳がギラついているのは、立腹しているせいだったか。

 エンリケから、ルーベンに詰られる可能性もあると言われていたベロニカは、なんとか落ち着いて返事をする。

「どうぞ、おかけください。話し合いをしに来たのでしょう?」

「ったく、肝が据わってやがる」

 怒りをぶつけても、顔色も変えないベロニカに、やや乱暴にルーベンが椅子に座る。

 ベロニカは分かりやすい挑発には乗らず、ルーベンの胸の内を探る。

「いつ、気がつかれましたか?」

「ロサ王国に行ってくると、オラシオに伝えたときだ。あいつは誤魔化すって術を知らない。俺の言葉に、分かりやすく目を泳がせた」

「……でしょうね」

 ベロニカの隣の席にいたエンリケが溜め息をつき、義弟の失態にやれやれと首をふる。

 漏れるならここだろうと、エンリケが予想していたのが当たってしまった。

 ベロニカは慎重にルーベンとの会話を続ける。

「第二王子と私たちの繋がりに気がついても、こうしてロサ王国に来られたのですね」

「この招待状に、書かれていた一文が気になった。俺の抱える問題について解決策を提示できるとあったが、どういうことか説明してもらおう」

 後ろでカイザが恭しく捧げ持っていた招待状を、ルーベンがテーブルの上にポイと投げる。

 それを手に取ったのは、エンリケだった。

「ロサ王国の宰相を任されています、エンリケ・シルベストレです。私から説明させていただきます」

 ルーベンは椅子の背もたれに体を預け、エンリケに頷いてみせる。

 許可をもらったエンリケは、妹の身の上を心配する兄の顔で、今回のマドリガル王国への政治的介入について釈明していった。

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