液体の滴る音だけが部屋の中に響いていた。
不行儀に皿に口をつけスープを飲むかのような汚らしい音。
それに時折少女の呻き声が混ざり合う。
部屋は暗い。窓がないのだ。光が差し込まないのは当たり前と言えば当たり前だ。ここは地下に設けられた一室なのだ。
唯一の光は部屋の央にあった。
オイルを継ぎ足す旧式の手提げランプの暖かな光。それは、ゆらゆらとまどろみながら男の口元を照らしていた。
ふ、と男は少女から口を離し、上半身を起こす。男の口から少女の体液がつうっと垂れて床に点を打った。
「ああ、……ああサリス」
男は少女の名前を呼ぶ。横たわる少女の返答はない。ただ荒い呼吸をするのみだ。しかし、それを男は特に気にしてはいないようだった。名前を呼ぶのは『呼びかけ』ではなくただの男の『癖』なのだ。古くからの、癖だった。
顎を伝う液体を、身に纏った重苦しい黒のコートで拭うと男は再び少女の裂け目に指を這わせる。男の指は少女の皮下に潜りこむと、その『中身』を外気に晒すかのように、ゆっくりと押し広げた。少女は少し呻いたが、そこまで抵抗はなかった。
なにしろ彼女は既に散々嬲られていた。新鮮な反応を示していたのは数時間前のこと。ゆっくりと服を剥かれ、手足に杭を打たれ、舌を這わせられ、無垢な体を抉じ開けられる過程において、少女は衰弱していった。まだ今も生きているのが不思議なくらいだった。
男の目は黒曜石に魔力を混ぜ込んだ北部地方特有の義眼。男が少女を見据えて微笑む度に、義眼が梔子色の光を放っていることから治療系統の中級魔法を付していることが伺えた。それによって、少女は多少首を絞められたとして死にいたることはなかった。
「……っ」
少女は唇を噛む。彼女は漆黒の男にその中身を弄られていた。
絡み付く肉壁を掻き分けて、手馴れた様子で『それ』を見つけると男は優しく微笑んだ。
「『今日の』サリスも本当に可愛いよ」
「っあ"あ"あ"!あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!!」
使い古された作業台が、打ち付けられた杭が、少女の体が軋む。
小柄な少女に覆いかぶさる男の様は飢えた獣だ。
痙攣し、跳ねる体を押さえつけ、男は右手で引きずり出した少女の一部を舐め上げる。ランプの暖色が一瞬梔子色に染まる。それだけに少女の体はギリギリだった。拍動するそれに、男の舌が這う。味わうように。
少女の瞳からは思い出したかのように涙が零れた。先ほどまで干からびていたというのに、だ。
顔が、歪む。
悲鳴が、上がる。
しかし、それは男以外の何人にも届かない。
男は高揚した顔で、暖かい液体に濡れる己の手の力を強めた。
「い"っ!、あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!」
「ああ……可愛い私のサリス……」
少女は弓なりに体を反って、闇に叫ぶ。
男はそれを気に止めずに力を強めていく。
「大好きなんだ。愛してるんだ」
「あ"あ"あ"あ"っ、いや!!!もう……っう、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
「ずっと見ていたいんだ」
ランプががたんと倒れた。火種が尽きたようで、今まで部屋を照らしていた暖色がふっと消失する。
「でも残念だな……、やっぱり今日もあともう少しで駄目みたいなんだ」
「っあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
しかし、完全な闇は訪れなかった。
ランプの火が消えた部屋には、梔子色の光がきらきらと舞っていた。
「だから、」
「……っ!」
少女はそこで気がついたはずだ。
男の義眼の光が、次第に弱くなってきていることに。
数時間嬲られても鮮明だった思考が、ぼかしが入ったかのように鈍くなっていることに。
そのときの少女はどう思ったのだろう。
恐怖か。
或いは。
『食べてもいいよね?』
安堵か。
「―――っ」
少女の瞳はやや収縮し、
最後の呼吸は男が少女を噛み千切った音で掻き消された。
男は少女の心臓を幸せそうに咀嚼していた。
目の前に転がった少女を今このときまで動かしていた弾力ある筋肉は、『会って数時間足らずの、名も知らぬ男』によって噛みしだかれていた。
「今日のサリスも、おいしいよ」
男は少女の名前を呼ぶ。
それは、愛しき妹の名前。
作業台の上で動かなくなった少女は、やはり何も答えない。
彼女はサリスではないからだ。
「でも、――やっぱり最初のサリスが一番おいしいね」
暫くして男は少女を嚥下すると、闇の中で微笑んだ。
「しかし、どうしてだろう」
男は少女の白い髪に手を伸ばす。
「私は最近君の顔が思い出せないんだ」