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クランズカロライナの交差点
社鼠現
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年07月23日
公開日
8,829文字
連載中
クランズカロライナ、発展した都市。
魔術の存在する都市。
その交差点には喋る黒い犬と、おちゃらけた男が一人。
犬一匹と男一人は、街中でドラッグを捌いている売人を探し回っていた。
その目的は――

これは――この街で起きる、異常者達の群像劇。
救いのない魔術師達と魂の物語。

【人物】
犬…ヘル。ヘルグレッサ。男と契約をしている。元人間の流動体。
男…***。魔術師。”調合師”を探している。

食人男…***。義眼の魔術師。指名手配犯。

捜査官①…国立魔術犯罪捜査官。魔術師。やつれている。上官。
捜査官②…国立魔術犯罪捜査官。魔術師。乳がデカい。「ㇲよ」が口癖。

第1話「犬と男」

 私は少し慌てて(と言ってもわざとであるが)店外に踊り出た。

 ”クランズカロライナ”、中央都市だけあって流石の賑わいだ。

 夜になっても人は減らないばかりか、店々にぶら下がる橙色ランプの明かりによって昼間より華やかに見える。

「あっ、すいませ~ん」

 私は街路樹の前で屯していた男らに声をかけ、樹に括り付けていた犬用リードを取り外す。

「おっ、すまねえな、旦那、ありゃあそこに犬なんていたのか」

 全く気づかなかった、申し訳ねえと続ける男に私は苦笑する。

「ウチの犬は気配を消すのが得意なんですよ」

 私が外したリードの先には黒い犬が嵌っている。

 犬は、男らを威嚇するように一瞬牙を剥いて唸った。私は愛想笑いをしながらリードを掴んで細い路地に入る。

 ――刹那、リードは軽くなり、犬は融解する。

 私は「っはー」と溜息をつく。

『相変わらず買い物が遅いじゃないか。豆腐を買ってくるだけだというのに。男らの足元で影と同化するのも非常に疲れた』

「いやぁ、ごめんよ~。ほら、私って人の話はじっくり聞いちゃうタイプじゃん? それに外面が良いし? おばちゃんに話しかけられまくりでさぁ」

『そんなことはどうでもいい。腹が減っている』

 犬が融けて現れるのは半流動体。私の相棒だ。

 はいはいと答えながら、買ってきた豆腐を取り出すと、相棒”ヘルグレッザ”がそれを攫うように取り込んだ。

「ほんっとさぁ、いつも豆腐で飽きない?」

『体が融けてからは味覚が消え失せたんだ。何を食おうと変わらん。しかし、別段豆腐こいつは色が変わらないからな、若干のエネルギーだけ搾り取れれば満足よ』

 ヘルグレッザもといヘルは、取り込んだ物質によって時々色が変わることがあった。蛍光ピンクなぞになった時は悪目立ちして困ったことがある。

「少しずつ灰色になっていきそうだけどなぁー」

『馬鹿にするな、そんな簡単に見かけの色で変わってくるわけじゃない。何らかの法則があるんだ。俺達には理解出来ないどこか向こうの法則でな』

 蛍光色になった原因、それがみりんであったことを思い出して私は少し笑う。

『見かけで判断しない方がいいってのは、あんたを見てるとよぉく分かる』

 ヘルは最後の一丁を飲み込んだ。

「それを人型じゃないヘルに言われるとは世も末だ」

ヘルに豆腐を渡し終えると、私も夕食用にまんじゅうを取り出す。それをほうばりながら、二人は歩き出す。

「どこにいるだろうね」

『薬売りなんざお前お得意のトーク術とやらですぐ分かりそうだが』

「んやぁ……何しろイリーガルだからね、そう簡単に旅人にゃ売ってくれんだろ」

 路地の隙間から大通りの明かりが漏れている。

「ヘルの嗅覚で調べられないの?」

『たわけ。今の私には鼻がないということを忘れたか』

 そーでした、と私は苦笑する。

『が』

 ズズズ、とヘルの形が変化する。

『そうだな、物質の識別程度なら――造作ない』

 そして、一気にざぁっとヘルは床に引き伸ばされていく。ただの一面、うすっぺらの紙みたいになったヘルは『分かったぞ』と呟くと、またすぅっと一つの塊に集まっていく。

「おおうえ? 分かったの?」

『粉末が落ちていた。”デイドリーム”だけじゃない。昔話題になった合成薬物の粉末も沢山だ。おそらくジャンキーがそこでパーティーでもしているんだろう』

「すごいなぁ……ヘル、本当私はヘルと知り合いで良かったよ。じゃなきゃこうして一緒に旅をすることにならなかったろう」

『けっ、馬鹿言いやがって、俺がこんなになったのはお前のせいだろうが。じゃなきゃ旅をすることもなかった。お前のせいなんだよ』

「……」

 ヘルはナメクジのように地を這って行く。

 私はそれを追いかける。化物になったヘルを――

 大通りの一本道違いの所にジャンキーはいた。若者で、二人いる。

 一人はすでに打っていて、もう片方はこれから打つところだった。

 彼らの手元で存在を訴えかけてくる粉末が、不気味な程に白いのを見て、私はいつの間にか微笑んでいた。

「すっごいな、純製じゃないか」

『片方が打つ前に問い詰めるべきだ。トランスに入っちまうとこっちの話が通じなくなる』

 と、ヘルはズズ……と道のタイルに同化していく。

「ああ……分かっているさ、上手くやりたいもんだね」

 私は男らの元に足を進めた。

「えーっと、あんちゃんさぁ」

 私は頭をかきながら男の前に姿を表した。

「もしよかったらそれ、私にも分けてくれないかな」

「あ……? ……なんだ、あんた旅人か、びっくりしたじゃねえか」

 トレンチコートを羽織った私は、確かに見間違えれば警察に見えるかもしれない。私は両手をひらひらと上げて、ただの一般人であることをアピールする。

「一服付けたいんだけど薬が切れちゃってさ、今分けてくれなくてもいい、どこか良い売人でもおしえてくれないかなぁ」

 ニコニコと笑う私に警戒心を解いたのか、男は手元の粉末以外にも複数の袋を取り出してきた。

「ああ、あんたはいつも何を吸ってんだ? それとも打つ方か? 色々あるよ」

 どうやら分けてくれるらしい。

 私は適当に有名な名前を上げていく。時折破格な物を上げると、男は関心したように「ほう」と声を上げた。

「あんたって普通な見た目して中身がヤバイのな。びっくりだぜ」

「はは、よく言われる」

 私は笑顔を浮かべつつ、男の所持している品々を舐め回すように確認していく。純度の高い物はあるものの、私の目的の物はそこになかった。

「にーちゃん……”ツヴェル”て知ってるか? んや、――”デイドリーム”のが有名かな」

 男が少し肩を震わせたのが分かった。

「もしかして、あんた……そいつを打ったことがあるのか……? あれは、すごいやつだったよ……今まで使った中で一番だった……」

 男はそれを思い出したのか、うっとりとした表情を浮かべる。

「まだ、そいつは残ってる?」

「……いいや、数日前に全部打っちまったよ」

 おそらくその時にこぼれた粉末を、ヘルが見つけたのだろう。しかし、それで十分な収穫だった。

「どこでそれを買ったんだ?」

 つい、声が大きくなってしまった。

 男は怯えた表情になる。

 声のトーンを変えてはならない、威圧感を与えてしまう――しかしそれは難しかった。

「誰から買ったんだ?」

「な、なぁ待て、悪いがそれは旅人にゃ教えらんねぇ――」

「どこで買った」

 すっと男の周囲に黒い影が伸びた。

 キン、と鋭く尖った刃が男の首元で止まる。――ヘルだ。

「な、なんだこれ……」

「ツヴェルについての情報を全て吐け」

 私は笑みを浮かべたままそう言った。

「なんなんだお前は……っ」

 ぐ、と刃が首に触れたところで男は息を飲む。

「私はただの旅人、それで十分。そんなことよりツヴェルについてだ」

「ツ……ツヴェル、ツヴェルって……お前もアレの虜なのか?」

「虜? ああ、――確かに虜なのかもね」

「は、はは、そりゃそうか、あれだけ最高な気分になれるんだ」

 男は錯乱したのか急にべらべらと喋り出す。

「頭が溶けて目の前が真っ白になっていた。生と死の快感が綺麗に混ざり合って俺のなかで粒子になっていく、そんな気分だったよ、気づいたら薬はなくなっていた」

 ジャンキー特有の言い回しにうんざりする。

「そらそうさ、最高に決まってるよ。私の妹なんだから、最高以外にないだろう?」

「は――?」

 鈍い音が響いた。ヘルが近くにいた男の連れの頭を破壊した音だった。早く聞き出して終わらせろということらしい。

 恍惚とした男の表情は消え、青ざめた顔に変わる。

「なあ、早く答えてくれ。どこで買ったんだ?」

 言わねば次はお前だぞと、そう思わせる。

 言ったところで救いはないのだが。

「妙な……」

「妙な男だった……帽子を深くかぶって、顔はほとんど見えなかった……そいつが上物がある、と出してきたんだ」

 思い当たる人物がいた。ぎり、と歯を噛みしめて再び男に問う。

「そいつはどこにいた? どこから来た?」

「どこから来たのかは分からない。お前と同じ旅人で、……俺はただそこの交差点で声をかけられたんだ。……それまで気配すら感じなかった」

 男が視線で示す場所をちらを見た。

 当然、もうそこに”あの男”はいない。

「いつの話だ?」

 早く逃がしてくれとばかりに男は返答する。

「三日前だ」

 これだけ聞き出せれば十分だった。

「ふん、なるほど、となれはそこまで遠くには行ってないということか……」

「お、お前、どうしてそんなことを聞くんだ、何かあったのか……?」

 緩んだヘルの刃に安堵したのか、逆に男が問いかける。

 少し、勘付いたようだった。

「――あんちゃんが打ったそのツヴェルってのはね、私の住んでいた国で作られたもんだよ」

「あ……あんたの国?」

「北の国だ。魔術の国だよ」

 男はヘルの肉体に視線をやり、納得したらしい。

 そして、もう一つのことにも気づいたようだ。

 魔術の国で作られた薬……そんなものが一般的な製法で作られているわけがない。

「私の国――北の国でも薬物っていうのは流行っているわけなんだけどね、これさ、どうやって作ってるか知ってる?」

「…………まさか、あんたさっき妹って」

「もちろんそんなことは私の国でもおおっぴらにされちゃいないんだよ。都市伝説みたいなもんなんだ。なんでも”調合師”ってのがいるみたいでさ、そいつが薬を作ってる」

「な、なあ……もう、もう俺に用はないよな……? いい加減こいつをどけてくれないか」

「どける? なんでだ?」

「何って……あんたは俺からツヴェルに関して聞きたくてこうしてたわけだろ? ……俺はもうこれ以上……」

「あ”あ”?」

 私はギロリと男を睨みつける。

「にいちゃん……あんた、私の妹を打ったんだろ? そりゃあ、生かしておけるわけがないだろうが」

「……っが!?」

 ヘルが男の肩を貫いた。どぼぁ……と血が溢れだす。

「頼むよヘル。こいつの血で組成主の印を書いてやって」

『ったく、そうやってすぐ人を使うんだ』

「ぐぁ……ッ!? な、何を――」

 ヘルの腕は男の傷口から血液を絡めとる。

「折角だ。見せてやるよ」

「……ぐ!? ……ぁ、…う、お……まえはッ……!?」

「実演ショーってやつさ。てめえを実際に”精製”してやる」

 私は小刀を取り出し、ヘルが書き上げてくれた印の上へ自らの血液を滴らせる。

「安心してくれや、私もちゃんとした”調合師”なんでね。血・肉・骨・魂、全てお前らクズが快楽の粉とか言ってる物体に変えてやる。まぁ……あーたの行いじゃあ、上物は出来ないだろうけどね」

 暗い道に、橙の粒子がぽつぽつと浮かび上がる。私は交信の為に意識を研ぎ澄ましていく。

 やがてその光は橙から白色に変わっていく――

「や、……めろよ、なんなんだよこれ……っ」

 その男の声も、徐々に届かなくなる。

 気づけば目の前に不気味な白い影が在った。

『組成主……』

 圧倒的な存在感。

 それは私の脳内へいくつもの声帯を持ってざわめいている。

――では、こいつの全ては私の物でいいんだな?――――取り分は?取り分?半分くれるのぉ――

 男のような声、女子供のような声、どれも好き勝手に喋っている。

「いえいえ、それは困ります。この男全てを置換して頂きたいのですよ」

――変わった者だなお前は?――――相変わらず――――取り分はぁ?――

「いつも通りで良いのですよ」

――お前の魂か――

 白い影が揺らいた。笑ったようだった。

 ふ、と私が男に目をやると、早速分解が始まっていた。男の体は所々が白くなり、私の属性である橙色の光を反射している。悪趣味に顔を残して端から分解されて行くものだから、しばらく汚い声が聞こえた。

 何時も通りで特に何もない。

 私はただぼんやりと妹のことを考えていた。

『おい、おいってば』

「ん、……ああ、ごーめん」

 目の前の男はすっかりいなくなっていた。

 男から抽出した粉末を回収してくれたらしい。ヘルが私に小包を差し出す。

『色こそ白色だが、やはりそれなりの奴はそれなりだな。これしか取れなかった』

「はは、どんな味だろうな、今打ってみる?」

『馬鹿なことして酔うなよ? 倒れても連れて帰らないからな』

「ひっどいなぁ」

 男の絞り粕は適当に売り払おう。私に薬を打つ趣味はない。

 ヘルと適当な会話をしながら表通りに出る。

 深夜の交差点には車が行き交っている。

『また、自分の魂を削ったのか』

「……」

『俺の時だって大分削っていただろうが。そう簡単に支払いとして使っていいもんじゃない。どれだけ残っているのかも分からない通貨を』

「いや、これでいいんだ。……こうしなければあの男と同じになってしまう」

 足を踏み出す度、体のどこかが軋む感覚がある――

 それが、自分がした行為の重さを繋ぎ止めていた。この感覚がなくなれば、自分のした行いを全て忘れてしまうような気がするのだ。そうすれば、私は――

『だからって良いわけじゃない。お前がやってることの根本はあいつと同じだ。どこかで憎しみの連鎖となる』

「……私が、こうして調合師になったようにか……」

『そうだ』

 カロライナの交差点は、夜だというのに人々が行き交っている。ヘルは犬の格好で私の一歩手前を歩いている。

 三日前に男が歩いていたであろう場所を私たちは通過する。

『俺はあんたについて行くが、あんたの思想全てに賛成しているわけじゃない』

『あくまでもお前の自己満足に付き合ってやってるだけだ』

「自己満足」

 言葉が刺さる。

『あの男は大勢の者を不幸にしている。しかし、お前があいつを殺したところで誰かが元の状態に浄化されることは有り得ない。抽出された者は帰ってこない。事が良い方に進むわけじゃない』

 私は何も言えずに足を進めている。

『何をしても不幸になる者が出る世界だ。それを知っていて、自分の命を削る理由があるか? 俺には分からないね』

「分かってる」

 その理由が、ではない。

 自分のやっていることが馬鹿なことであると。

「そんなことは、分かっているんだ」

 二人はクランズカロライナの交差点を通り過ぎる。

 頭上には月。

 靄がかかっている。


これは――


――この街で起きる、異常者達の群像劇。

救いのない魔術師と魂の物語。

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