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第8話覚醒、そしてラッキースケベ

 右手で支えるエコの肩は長身に反して意外に華奢だった。同じモデル体型でも相応に鍛えられていたスーリよりも小さく、左手の前腕に伝わる大きなお尻の感触は布地が薄いキュロットパンツ越しでも適度な柔らかさを持っている。


(って、俺は何を考えているんだ非常時に!)


 ワシントンで出会った頃から触りたくて仕方ない魅力的な体は、命の危険が迫っているときでも剣也を魅了してしまっていた。


「ウソ、能力が使えないのにどうやって抜け出したの」


 ふと、何気なく端末に目をやったフレムは、映し出されている表示に目を見開く。


「赤いマーク、オリジンですって。精密検査のときは黄色だったのに」


 何を驚いているのか、どういう意味なのか剣也には検討もつかなかったが、少なくとも今の自分の状態が彼女にとって予想外であることだけは確からしい。

 それは剣也も同じだ。今の自分に何が起こっているのかわからない。ただ今までよりも体に充実感がある。つっかえて引き出せなかった力が開放されて全能感でいっぱいだ。どうやらこれがオリジンの力らしい。何で自分の体に入っているのかは何となく検討が付くが、今はどうでもいい。


「エコ、フレムを攻撃しなかったってことは、彼女に危害を加えずに逃げる算段があったんだよね。どのくらい時間を稼げばいい?」


 耳元にボソリと呟く。戦場で戦う戦士とは思えない柔らかく甘い香りを放つ長髪が綺麗でずっと見ていたくなる。


「あ、ああ。後5分もすれば私の装甲車が迎えに来てくれるはずだけど」

「わかった。それまでなんとか耐えるからじっとしていて」


 比較的平らな部分にエコを優しく下ろす。エコからの普段よりも柔らかい目つきで向けられる熱い視線を背中で受けながら改めてフレムと向き合う。


「フレム、エコに危害を加えないでくれ。それでオシリスの不利益が発生するなら俺が命をかけて償う。それでも聞き入れないなら」


 明確な敵対を顕にする最後通告、フレムの顔がゆがむ。


「バカ言ってんじゃないわよ。アンタこそ動いた以上は覚悟できてるんでしょうね」


 フレムの周囲の景色が歪み、黄白色の炎が体にまとわりつくように現れる。見るものを圧倒する温度と威圧感だが、炎の動きは彼女の精神状態を反映させている今日に不安定で今にも消えてしまいそうなゆらぎとなっている。

 リミッターが発動したブレイヴスーツの活動時間が網膜に投影される。残り100秒。この間に決着をつけないとオリジンの活動に体が耐えきれない。


(やってやるよ!)


 不純物の影響がセイヴィアの能力にも影響を及ぼしているなら、今の自分でも勝機はある。

 先に動いたのはフレムだ。絡みつく炎が分裂し、サッカーボール大の火球となって空中に浮く。

 火球が高速で迫る。剣也は地面から爆音を上げながら横へと動いて避けるが、火球は関係ないとばかりに追いすがってくる。

 続けてフレムが逃げる方向に合わせてデザートイーグルを乱射。剣也はサンダーボルトで弾丸を切り捨てながら、火球同様に追いかけるフレムを見据える。


「こいつっ、何でこんなに動けるの!?」


 追いすがろうとするフレムだが、そのスピードは剣也には届かない。

 これはオリジンの能力であると、剣也は感覚で理解した。通常のセイヴィアは宿主が自壊しないように身体能力への働きかけを最低限にするが、オリジンがその働きを抑制し、常に人間を超えた動きを可能とする。

 もちろん普通ならそんな動きをしようものなら数秒でガタがくる。これをブレイヴスーツが人間を超えた身体能力をアシストしているからこそ可能なのだ。


「手加減して勝てるとは思ってない、こっちも容赦しないぞ」

「喋る隙があるならさっさと死ね!」


 追尾を続ける火球をサンダーボルトで切り払うと、デザートイーグルへの応酬とばかりにXM14Aを発射。だが小口径弾は直撃する直前、ボンッという破裂音と共にフレムの目の前で消滅する。

 周囲のセイヴィアが自分の体を限界以上に加熱して爆発し、宿主に危害を加える攻撃を防いでいる。初速に優れる小口径弾の連射にも対応できるとは。


(やっぱり、セイヴィアをどうにかしないといけないか)


 オリジンの恩恵を受けているとはいえ、ナノヒューマンとしての経験は相手のほうが何枚も上手だ。

 能力を使えばその分セイヴィアを消費する。体内で能力を使えるレベルまで増殖するにはそれなりの時間がかかるが、フレムは自身の火炎能力を無駄使いすることなく的確に扱い、消費することによるスキを最低限に収めている。

 既にデザートイーグルの弾丸は枯渇寸前だが、元々ナノヒューマンの彼女にとっては選択肢の幅が狭まるだけで継戦能力そのものが落ちることはない。


(あのオート防御を使わせまくってセイヴィアを減らすか? いや小口径弾のマシンガンをいくらぶつけても限界がある)


 なら、とXM14Aの銃身下部に固定されているレール状の板に視線をやる。輸送ヘリでスーリから説明を受けた。一発限りの奥の手。


(当てる自信はある。だけどそんなことをすればいくらオート防御があってもフレムはどうなる)


 容赦しないなどとカッコつけても、やはり躊躇してしまう。

 彼女はオシリスの大事な仲間、どんなに正当な理由があってもレモンとスーリは彼女が死ぬことを許すはずがない、何もよりも剣也個人も彼女を殺めたくない。だが自分1人ではどれだけ頭を使ってもこの奥の手を使わないまま勝てる自信はない。


(1人では無理だけど、なら)


 ちらりと、今も剣也の戦いを見守るエコを見やる。視線に気づいたエコは表情から剣也が何かを考えていることを察したらしいが、それだけで試すわけにはいかない。

 逃げから一転、踵を返してXM14Aを連射しながらフレムへと突っ込み、セイヴィアのオート防御を発動させている彼女にサンダーボルトを振るう。フレムはデザートイーグルを持ったまま手の甲側のリストブレードを展開して受ける。肉厚のマチェーテと細身のブレードが切り結び、小さな火花を炸裂させる。


「フレム! わかってると思うけど俺は君も死なせたくないんだ! だから素直に引いてくれ!」


 切り結んでいる相手に向かって声を張り上げる。弾丸の発砲音にも負けないくらい大きな声で。


「いつまでほざいてんのよエロ男爵が、あの女の側に付いてる時点で何もかも遅いのよ!」

「エコは君のことも気遣ってた! じゃなかったら彼女が攻撃をしなかった理由がないだろ!」

「知るか! あの女がいる限りホワイトアントの脅威はなくならないのよ!」


 感情が爆発しすぎていつの間にかエコとホワイトアントの関係が疑惑からイコールに変わってしまっている。普段の聡明な彼女ならこんな短絡的な思考になるなんてありえない。

 ブレードで弾くと同時にデザートイーグルの弾丸が叩き込まれ、紙一重で避けるが、そこからさらにブレードによる斬撃の応酬。この距離でも拳銃を巧みに操る技量には感服するしかないが、マガジンもない状態でそんなに使えばどうなるか。


「そんなことはない! 今でも彼女はどっちにも傷ついてほしくないと考えてるんだ!」

「問答なら地獄で勝手にやってこい!」


 フレムから再び吹き出した炎が細長いムチのようにしなる。まずいと直感で判断して距離を取るよりも早く炎は剣也の体を絡め取る。

 炎のムチはいくつにも増え、幾重にも絡まっていく。ブレイヴスーツの対火性能を持ってしても強烈な熱に苦悶の声を上げる。剣也にフレムはデザートイーグルのトリガーを引くが、ガチと乾いた音だけが虚しく聞こえる。


「っち!」


 二丁とも弾切れ。予備のマガジンも使い切った。左右のリストブレードは何度も切り結んだせいでボロボロ。あれでは顔を狙っても突き刺さらないだろう。


「もういいわ。遺体くらい残してやろうと思ったけど」


 距離を取ったフレムは大きく息を吸い、カッと目を見開く。体内のセイヴィアが彼女の意思に呼応してどんどん熱量が増していき、ついには両手を覆う炎の塊が出来上がる。

 火球では仕留めきれないと考えて大きなスキが伴う代わりに強大な一撃でケリをつける算段か。


「っつ、うぅ……」


 だがセイヴィアを使うほど彼女の精神は不安定になっていき、反応するように炎の形も不安定になっていく。それでも止まる気配なく、フレムは炎を纏った両手を正面でガッチリと組み、剣也へと狙いを定め。


「ヌータウッ!!」


 彼女の部族が信仰する炎の名を叫び、腕という砲身から黄白色の炎が飛び出す。戦車の正面装甲すら焼き貫く物理的な破壊力を秘めた巨大な爆炎が直撃する直前。


「今、だ!」


 不安定な状態で大きな技を発動させた代償は、拘束技の弱体化につながった。体に巻き付いた炎のムチは力を入れると簡単に霧散し、迫る極大の炎を紙一重で躱す。


「っ!?」


 気づいたフレムが大きく地面を蹴り上げて宙を舞う。焦りからか、それともオート防御への過信か、どっちにしろ自由の効かない空中へと逃げてくれたのは好都合だった。自然落下し、予測着地地点に向けて剣也はXM14Aを構える。

 XM14Aの2枚のレールの間が激しくスパークする。放電は内蔵バッテリーのすべてを食い尽くす勢いで電力が増していき、次第に青白い光球へと変わっていく。


「エコッ!!」


 あとは信じるだけ、力いっぱい叫ぶと同時に引き金を引いた。レールから放たれた光球は凄まじい反動を発生させながら飛び出す。

 歩兵に戦車の正面装甲を貫通する破壊力を付与させる。などという机上の空論を実現させるために生み出された。粒子兵器『トール』は、地面に降り立ったばかりで自由に動けないフレムへと直進する。


「しまっ……」


 直撃の寸前、巨大な水壁が展開された。避けることを知らない光球は水壁にぶつかり、せっかくのエネルギーを削られながらも水の中をくぐり抜け。

 オート防御の爆発すら抜けながらフレムに直撃した。


「あああっ!」


 次の瞬間、フレムの周りから無数の火花が飛び散り、部族の衣装を模したブレイヴスーツは主のダメージを肩代わりするようにビリビリと破けていき、布切れのように舞い上がる。

 本来なら人間なんて血霧に変えてしまう破壊力を秘めたトール。だが寸前でエコが水壁を展開したことで大幅に威力を抑え、最小限のダメージで済ませることができた。少なくともこれ以上の抵抗は不可能のはず。

 同時に、ピーっという音が剣也のブレイヴスーツから鳴る。オリジンによって高められた体の負担を軽減する機構が限界を迎えた音だ。ゴフッと小さく吐血する。機械の力で無理をしていた反動がすべて返ってきたのだ。


「やっべ、これは想像以上にキツイな」


 一気に伸し掛かる苦痛で飛びそうになる意識を寸前で維持し、呆然と立ちすくむフレムへと近づく。


「……私が、負け、た?」


 生気の宿らない目で虚空を見つめ、ゆっくりと倒れようとするフレムの体を剣也は支えた。


「エロ男爵」

「無理しないで、もうちょっとしたらスーリさんも来てくれるはずだから」


 笑顔で諭すが、当の剣也も既にボロボロであった。

 突然活性化したオリジンと体の酷使。

 慣れない対人戦闘にぶっつけ本番のトールの反動。

 大の字になって倒れないのはいいカッコしたい男のプライドに過ぎない。実際トールの直撃を受けたフレムは声こそ疲労の色が見えるが、体内のセイヴィアが一気に消費されてその分繁殖しようと養分を奪われているのが理由の大半である。


「フレム、君が怒る理由もわかるよ。レモンちゃんの夢を邪魔する可能性がある人間を許容しろなんて辛いと思うし、スーリさんを傷つけられて何もするなってのは我慢出来ないと思う」

「何よ、いまさら言ったって」

「でも俺が知ってる君は俺なんかよりもずっと頭が良くて、そういった個人的な感情を飲み込める人間なのを知ってる。さっきまでは病気のせいで抑えられなくなっただけで、本当はレモンちゃんたちを悲しませることだってわかってるんだろ?」


 核心に切り込まれ、バツが悪そうに舌打ちするフレム。他人に弱いところを見せられない難儀な性格をしているが、これも他人に強く出られないレモンの代わりに憎まれ役を買って出ている彼女の優しさなのだろう。


「それでどうするのよ。アンタがいくら言ったって、あの女の疑惑は残ったままなのよ」

「とりあえず一度あの子についていくことにするよ。どうも俺のオリジンはエコの目的のために必要そうだし、君を助けた女の子なら信用できるだろ……」


 改めて顔を見ようと両肩を掴んで距離を撮ろう取ったが。


「お、おぉっ」

「ちょっと、どうしたの?」


 剣也は忘れていた。

 トールによる一撃でフレムはブレイヴスーツは焼き切れ、ほぼ下着姿だということに。

 慎ましく形の良い胸を覆うブラはフリルがついていて、彼女が憧れているスーリの鮮やかな髪色を模した暗緑色のカラーが色気を醸し出している。

 何よりも、小ぶりのお尻にぴったりと張り付いているパンティは、剣也が隠し持っている秘蔵の雑誌でしかお目にかかれない緑と白のストライプ。ヒップのラインをこれでもかと強調するカラーリングは、不健全極まりない青少年の心を魅了するには十分過ぎる破壊力を秘めていた。


「……っ!!?」


 ようやく今の自分のあられもない姿に気づいたフレムは言葉を失った。しかし剣也のデリカシーのない緩みきった顔にすこしずつ羞恥心が現れはじめ。


「ご、ごちそうさまです」

「いやああああああっ!!!」


 さっきまでの態度がウソのように軽快な右アッポーカットが炸裂。


「うごぁ!?」


 顎を抑え込み、脳震盪によって目を回しながらもなんとか立ち上がって身の潔白を証明しようとするが。


「ち、違うんだフレム。これにはわけが」

「下着姿に鼻の下を伸ばすワケって何よこのエロキングッ!!」


 仰向けになって無防備になった腹部に全体重を乗せた蹴りおろし。小柄な体に見合った体重しかないが、二度三度と繰り出すことでダメージは蓄積していく。


「くたばれ! 土に還れ! 数万年後に石油になって人類に還元されろ変態男! こんな男を、ほんのちょっとでも見直した私がアホだったわ!」


 好き勝手に罵りながら踏みつけるフレムから逃れようと芋虫のように這い回る剣也。すると重々しいエンジン音が遠方から聞こえ、目を凝らすと既存の戦闘車を遥かに上回る全長を持つた六輪装甲車の輪郭が見えた。


「掴まれ!」


 上部ハッチから顔を出したエコに引っ張られる形で事なきを得た。


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