久居は、真っ白い空間に、一人で蹲っていた。
時折、酷い疲労感に意識が途絶えそうになる。
今も、ふわりと夢の中へ連れ込まれるように遠のく意識を、菰野の言葉を思い返す事で、必死に繋ぎ止めていた。
そもそも、ここが既に夢の中なのかも知れない。
意識を離してしまえば、逆に目が覚めるのかも知れない。
頭ではそう思いつつも、途切れ途切れに心に響く菰野の声は、なぜか久居に意識を手放さぬよう諭し、励ましていた。
たとえこれが夢の中だとしても、久居は、菰野の期待には応えたいと思う。
久居は、無意味かも知れないと知りながら、未だ孤独な戦いを続けていた。
(……いつまで、続くのでしょうか……)
極度の疲弊からか、感情が乱れそうになる。
しかし、少々気を狂わせたところで、久居にはもう暴走するような力もない。
わずかに気を抜けば溢れてしまうほどにあった闇の力も、今ではまるで空っぽだった。
不意に、胸元に温かさを感じる。
そこから何かが流れ込んできた。
じわりと全身に染み渡ってゆくそれは、久居が失っていた力そのものに近かった。
でもほんの少し違う。
その違いは、久居に痛みを与えた。
「……っ」
久居は一瞬息を止め、眉を寄せる。
ビリビリと痺れるような感覚が、力と共に身体中を駆け巡る。
だとしても、少しでも力が取り戻せる事を、久居は心の底から有り難く思った。
----------
クオンが一瞬息を呑んだのを、リルは聞き逃さなかった。
スプーンを咥えたまま、ハッとした目でリルが久居を振り返る。
その仕草で、菰野も異常に気付いた。
「……何かありましたか?」
動揺で声を揺らさないよう、慎重に菰野が尋ねる。
「あ、その……力の放出が止まったようです」
クオンの言葉にリルが身を固くする。
「それって、久居、死んじゃったって事……?」
リルの小さな声。小屋に静かな緊張が走る。
「あ、いえいえ、そうではなくて、ええと、久居から力を吸い取ってた物が、動きを、止めたようです」
クオンが、リルの誤解にあわあわと説明を足す。
「そっかーーー。良かったーーーっ」
リルが声と共に長い息を吐く。
菰野も、安堵を浮かべて表情を崩した。
「久居……」
「はぁー……。やっとか。あの天使、やる事が遅ぇんだよ」
部屋の隅からはクザンの声。
言葉の割には満足そうな顔をして、クザンはにやりと口端を上げた。
「よし。まあこれで、このまま死ぬこたぁなくなったな」
座り込んでいた体をほぐすように、大きく伸びをする。
「久居の親父は、まだ力が注げるか?」
「あ。はいっ」
不意に声をかけられて、クオンがビクッとしながら答える。
「クオンってお名前なんだよー」とリルが言えば、「へぇ。リル覚えたのか」とクザンが返す。
「えへへ」とリルが照れた。
そこへ「それ略称だぞ、俺もフルは知らねぇけどな」とラスが言う。
リルは「ふーん?」と分かって無さそうな返事をした。
「意識が戻せるくらい入ったら、みんなで久居を起こすぞ」
クザンが小屋の中を見回して、それぞれの顔を見る。
「……起こすの?」
首を傾げるリル。
「ああ、なんとしても叩き起こす」
クザンは、強い意志の籠もった目で言った。
ここで起こせなければ、久居はもう起きない。
そんなクザンの言い振りに、菰野は気を引き締め「はい」と答える。
「この調子だと、朝までかかんだろ。クオン以外はひとまずみんな寝るぞー」
と、言ったクザンがサラに目を止める。
「お前は、奥の部屋使うか?」
「そのおねーさん、サラってお名前だよー」
リルがえへんと胸を張って言う。
「だから紹介する時くらい略さず呼べよ。サーラリアモンってんだよ」
ラスが突っ込んだ。
「あの天使の妹ってやつだな」
サラがコクリと頷いた。
「私は、ここにいる……」
「そうか。じゃあ俺が奥使うか。リル、一緒に寝るか?」
「えー、お父さんとー? ボク久居と一緒がいい」
「おいおい、たまにしか会えねぇのにつれない事言うなよ。そっちの部屋人多いだろ?」
「ええー」
リルになおも拒否されて、クザンがグッと詰まる。
「じゃあラス! お前ももう寝るだろ!?」
ラスが半眼でため息をついた。
「……わかったから。クザン兄はもう寝てろよ。ここ片付けたら行ってやっから」
ラスはどうやら食事の後片付けまでやるつもりのようだ。
クザンとラス自身は既に食事を済ませていたが、このメンバーには任せられないと思ったのだろうか。
「ボクおかわりーっ。安心したらお腹すいちゃった」
リルにニッコリと空いた器を差し出されて、ラスが「俺かよ」と呻く。
「別にいいけどよ……」と言いながらラスがおかわりを注いで差し出すと、リルが笑顔で言った。
「ありがとー、赤い人!」
「って、俺だけ名前覚えてねぇのかよ!」
ラスは律儀に突っ込んだ。