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56話 白い世界(後編)

久居は、真っ白い空間に、一人で蹲っていた。

時折、酷い疲労感に意識が途絶えそうになる。


今も、ふわりと夢の中へ連れ込まれるように遠のく意識を、菰野の言葉を思い返す事で、必死に繋ぎ止めていた。


そもそも、ここが既に夢の中なのかも知れない。

意識を離してしまえば、逆に目が覚めるのかも知れない。

頭ではそう思いつつも、途切れ途切れに心に響く菰野の声は、なぜか久居に意識を手放さぬよう諭し、励ましていた。

たとえこれが夢の中だとしても、久居は、菰野の期待には応えたいと思う。


久居は、無意味かも知れないと知りながら、未だ孤独な戦いを続けていた。


(……いつまで、続くのでしょうか……)


極度の疲弊からか、感情が乱れそうになる。

しかし、少々気を狂わせたところで、久居にはもう暴走するような力もない。

わずかに気を抜けば溢れてしまうほどにあった闇の力も、今ではまるで空っぽだった。


不意に、胸元に温かさを感じる。

そこから何かが流れ込んできた。


じわりと全身に染み渡ってゆくそれは、久居が失っていた力そのものに近かった。

でもほんの少し違う。

その違いは、久居に痛みを与えた。


「……っ」


久居は一瞬息を止め、眉を寄せる。

ビリビリと痺れるような感覚が、力と共に身体中を駆け巡る。


だとしても、少しでも力が取り戻せる事を、久居は心の底から有り難く思った。


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クオンが一瞬息を呑んだのを、リルは聞き逃さなかった。

スプーンを咥えたまま、ハッとした目でリルが久居を振り返る。

その仕草で、菰野も異常に気付いた。


「……何かありましたか?」

動揺で声を揺らさないよう、慎重に菰野が尋ねる。

「あ、その……力の放出が止まったようです」

クオンの言葉にリルが身を固くする。

「それって、久居、死んじゃったって事……?」

リルの小さな声。小屋に静かな緊張が走る。


「あ、いえいえ、そうではなくて、ええと、久居から力を吸い取ってた物が、動きを、止めたようです」

クオンが、リルの誤解にあわあわと説明を足す。

「そっかーーー。良かったーーーっ」

リルが声と共に長い息を吐く。

菰野も、安堵を浮かべて表情を崩した。

「久居……」


「はぁー……。やっとか。あの天使、やる事が遅ぇんだよ」

部屋の隅からはクザンの声。

言葉の割には満足そうな顔をして、クザンはにやりと口端を上げた。

「よし。まあこれで、このまま死ぬこたぁなくなったな」

座り込んでいた体をほぐすように、大きく伸びをする。

「久居の親父は、まだ力が注げるか?」

「あ。はいっ」

不意に声をかけられて、クオンがビクッとしながら答える。


「クオンってお名前なんだよー」とリルが言えば、「へぇ。リル覚えたのか」とクザンが返す。

「えへへ」とリルが照れた。


そこへ「それ略称だぞ、俺もフルは知らねぇけどな」とラスが言う。

リルは「ふーん?」と分かって無さそうな返事をした。


「意識が戻せるくらい入ったら、みんなで久居を起こすぞ」

クザンが小屋の中を見回して、それぞれの顔を見る。

「……起こすの?」

首を傾げるリル。

「ああ、なんとしても叩き起こす」

クザンは、強い意志の籠もった目で言った。


ここで起こせなければ、久居はもう起きない。

そんなクザンの言い振りに、菰野は気を引き締め「はい」と答える。


「この調子だと、朝までかかんだろ。クオン以外はひとまずみんな寝るぞー」

と、言ったクザンがサラに目を止める。

「お前は、奥の部屋使うか?」


「そのおねーさん、サラってお名前だよー」

リルがえへんと胸を張って言う。

「だから紹介する時くらい略さず呼べよ。サーラリアモンってんだよ」

ラスが突っ込んだ。

「あの天使の妹ってやつだな」

サラがコクリと頷いた。

「私は、ここにいる……」

「そうか。じゃあ俺が奥使うか。リル、一緒に寝るか?」

「えー、お父さんとー? ボク久居と一緒がいい」

「おいおい、たまにしか会えねぇのにつれない事言うなよ。そっちの部屋人多いだろ?」

「ええー」

リルになおも拒否されて、クザンがグッと詰まる。

「じゃあラス! お前ももう寝るだろ!?」

ラスが半眼でため息をついた。

「……わかったから。クザン兄はもう寝てろよ。ここ片付けたら行ってやっから」

ラスはどうやら食事の後片付けまでやるつもりのようだ。

クザンとラス自身は既に食事を済ませていたが、このメンバーには任せられないと思ったのだろうか。


「ボクおかわりーっ。安心したらお腹すいちゃった」

リルにニッコリと空いた器を差し出されて、ラスが「俺かよ」と呻く。

「別にいいけどよ……」と言いながらラスがおかわりを注いで差し出すと、リルが笑顔で言った。


「ありがとー、赤い人!」


「って、俺だけ名前覚えてねぇのかよ!」

ラスは律儀に突っ込んだ。


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