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55話 幻(中編)

大神殿の前では、話し合いがまとまり……は、していないが、ともかく、環の研究責任者と、その部下二人が地下に潜る事が決まったようだ。


それに、気温を調節する結界を扱えるという術師が二人。

環の回収に携わった、あの槍使いの髭の男も警護役として付き添うようだ。


そこへ、レイは同行を申し出た。


少し離れたところにいたキルトールが、レイの動きに気付くがもう遅い。

義兄が必死で目で制そうとするのを、気付かないフリでやり過ごす。


「レイザーランドフェルト……」

レイの申し出に、一瞬戸惑いを見せた髭の男が、キルトールを振り返り、そっと何かを耳打ちする。

キルトールはレイに聞こえるようにか、はっきりと「処理は完了しています」と伝えた。

死にたくなければ、話を合わせろと言う事だろう。


レイは、こちらを振り返る髭の男に、まるで何の事だか分からないという風に小さく首を傾げて見せる。


「いや、失礼。君の話は聞いている。同行は大歓迎だ、とても心強い」

髭の男が、努めて穏やかに声をかけてくるので、レイは丁寧に謙遜した。


地下階段を降りてゆけば、上とは比べ物にならないほど暑くなる。

結界に入っておいてこの状態なら、外ではおそらく息をすることすら難しいだろう。

腕の籠手が熱を吸収して酷く熱くなったので、足のものと合わせて全部外しておく。

髭の男は、ほぼ全部金属で出来ている槍をどうしたものか悩んでいたようで、途中まで布を巻いて持っていたが、それでも熱くなりすぎたらしく渋々手放した。


最下層への階段まで来ると、階段を一段降りるごとに結界内の温度も上がってゆくようで、じりじりと肌に焼けつくほどの熱を感じる。


(こんな量の力、あいつ一人で賄えるのか……?)

レイの脳裏に、すぐ一人で無茶をする、黒髪の後ろ姿が浮かぶ。


ここまでの、暴走とも言えるような力の放出は、とてもじゃないが、涼しい顔でできるような事じゃ無い。


気付けばレイは、音が鳴るほど奥歯を噛み締めていた。


「大丈夫か? 私も、未だかつてこんな激しい熱気を感じたのは初めてだ」

髭の男の気遣いに、レイは礼を伝え、ふと、あの時の事を思い返す。

この男は、天啓が来る前から、久居を捕らえようとも殺そうともしなかった。

久居が時の魔術師を殺したという情報は、彼らに届いていなかったのだろうか?


レイの視線に、男が不意に視線を合わせる。

「おや、なんだね?」

にこやかに尋ねられて、レイは口ごもった。

「い、いえ。何でもありません……」

「……」

髭の男は、しばし考えた後、口を開いた。

「君は、あの闇の者と、鬼の子と三人でチームを組んでいるらしいな」

これは天啓の内容だ。知らないフリをする必要は無いと判断して、レイは頷く。

「はい。彼らと共に過ごしています」

「ふむ……」

髭の男は、その髭をひと撫ですると、チラと後ろを振り返る。


レイ達二人は危機に備え、先頭を進んでいた。

その後ろには、結界の術を維持する二人。

研究者達はそのさらに後方にいた。

敵がいるわけではないので、後方の警護はない。


術者と研究者達は暑さにバテたのか、少し距離ができていた。

レイ達は立ち止まり合流を待つ。

「あの闇の者は、少し前に二人の天使の命を救っていてな。救われた者のうち一人が、私の息子だったんだ」

髭の男は、よろよろとこちらに向かってくる研究者達から視線を外さずに、そう告げた。

「そうだったんですか」

レイは少し驚いたように、内心では納得しながら答える。

この男が久居に手を出そうとしなかった理由は、そういう事だったのか。

「我々に命を狙われているというのに、それを分かった上で、身を切って助けるなど、よほどの慈愛の心があるのだろうな……」

どうやら、この髭の男は、そのように受け止めたらしい。

久居自身はそれほど他人に興味はない。大方、リルか菰野の為にした事なのだろう。

いや、もしかしたらこういった打算的なものを期待してかも知れないが。

心底感嘆した様子の男に、レイは苦笑を堪えて答えた。

「そうですね……。私も、彼にはいつも助けられています」

「……しかし、そのような者が、なぜ時の魔術師を……」

髭の男の声が暗くなる。

「……」

レイは、それに関して何も言う事が出来なかった。


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