四環のうち二本は、天使達に回収された。
天使としては、天界を脅かす可能性のある四環を、できるならば四本とも回収したかったようだ。
しかし、クリスが持っていた『風』と『雲』については、正式な守護者がいるからとリルが断固拒否した。
天使達は、環の正式な守護者を把握しているらしく、久居が、クリスが一度だけ告げたフルネームを答えたところ、意外にあっさりと環を持ち帰る許可は出た。
そうして、『風』と『雲』はリルがクリスの元へ無事に届けられた。
その一方で、『雪』と『陽』は現在、天界にあった。
天界の最奥にある大神殿。
その地下深くに、古い古い研究所がある。
昔から、人に知られてはならないような、表には出せない研究ばかりをしてきた。
そこは、そんな場所だった。
環の力を解明し、可能ならば、それを利用または制御する。そういう意図だろうか。
そこへと運び込まれた環は、二本とも別々のケースに入れられ、誰の手にも触れないよう、幾重にも結界を張られていた。
しかし、今、地下研究所は熱気に包まれており、もはや生身で近付ける者はいない状態になりつつある。
地下研究所から漏れ出した熱気は、じわりじわりと広がって、今や大神殿を包み込もうとしていた。
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キルトールは、レイの両腕両足を術で寝台に固定すると、ケーブルを、これも術で強引に取り付ける。
レイと機器の両方へ手を翳すと、キルトールは目を閉じ意識を集中させた。
「義兄さん! 義兄さんっ! っ嫌だ!! やめてくれ!!」
……が、目の前でじたばたともがき懇願するレイの声に、その集中は途切れる。
苛立ちを堪えながら、キルトールが低く命じる。
「少し黙っていなさい」
「義兄さんっ!! 俺は、忘れたくないんだ!!!」
けれど義弟はその口を閉じる様子がない。
(仕方ない、まずは精神攻撃で意識を落とすか)
術式を切り替えるべく腕を上げ直すと、ポタリと顎から汗の滴が落ちる。
暴れているレイが汗だくなのは分かるが、気付けばキルトールの全身にもじわりと汗が滲んでいた。
(暑い……)
この暑さも、精神の集中を阻害していると、キルトールは気付く。
(しかし、何故……)
その時、研究所の戸がけたたましく叩かれた。
「緊急招集です! キルトールファイント様! 至急大広間へお越しください!!」
その声に、キルトールはこの暑さこそが招集の原因だと気付く。
手前の部屋で待機していた助手が戸を開けたのか、いくつか言葉をやり取りしている気配がある。
キルトールは防音になっている実験室の戸を開けて、二つ隣の部屋まで聞こえるように叫んだ。
「分かった! すぐ向かう!!」
向こうから「お願いします!!」と叫び返す声がして、そのまま走り去る音が聞こえた。
関係者や研究者が呼び集められているのだろう。
まだ伝令は次に急ぐ先があったようだ。
キルトールの研究所は地下研究所からは遠く離れた上階にあった。
最上階の一つ下。
最上階には今でも、あの頃の自分やクオンのように、鎖に繋がれた者達がいた。
キルトールは、義弟に視線を戻す。
レイザーラは汗と涙でぐっしょりと濡れ、不安そうにこちらを見上げていた。
「今の、は……?」
暑い最中に暴れたせいか、息も上がっているようだ。
ここにレイザーラを置いて行けば、この異変が抑えられなかった場合に、余計面倒な事になるだろう。
かといって、この暑さの中では、レイザーラの意識を落としたところで冷静に術を実行するのは難しそうだ。
キルトールは大きくため息をついて、渋々義弟の拘束を解きながら言う。
「仕方がない。お前もついて来なさい」