「なん……」
クザンの言葉はそこで途切れた。
「――っと、おい待て待てラス!」
急旋回で振り落とされそうになったラスの腕を、なんとか掴んで引き寄せる。
「今の、光の攻撃だったろ!?」
冷や汗を拭いつつ、クザンが言う。
「何の音もしなかったよ!?」
リルの珍しく焦った声に
「結界でも張ってたんだろ、待ち伏せしてたんだからな」
とクザンが答える。
「レイが居るの、分かんなかったのかなー?」
リルは、久居の小脇に抱えられたまま首を傾げる。
どうやらこちらも、急旋回に耐え切れなかった様だ。
前に空竜から振り落とされた経験のあるレイは、今回はなんとか、自身の指示というのもあってか、その背にしがみ付いていた。
顔を顰めつつ、荒い息の合間にレイが言う。
「いや……多分、狙いは俺だ……」
深い傷は殆ど治されていたが、動く度に、浅い傷が身体のあちこちを赤く染めている。
「え……?」
「はぁ!? ……これだから天使っつーやつぁ!!」
苛立つクザンの姿に、久居はカロッサを思い出す。
彼女も天使には嫌悪感を抱いていた。
今、久居の腕には四本の腕輪がはめられている。
天使と接触すれば、少なくとも二本は取られるだろう。
久居は、リルを離すと腕輪に手を添え集中する。
「あ、来るよ!」
リルの鋭い声。
空竜の進行方向へ、行手を阻むように何発かの光が流れる。
「クォォォン!」
減速した空竜を囲むように、さらに幾筋かの光が打ち上がる。
しかし、最初の一発のように、掠めるような物は無い。
向こうも当てるつもりは無いようだ。
「……しゃーねぇ。くー、降りるぞ。ラスのこと頼めるか」
「クォン!」
「ああ、お前仲良かったもんな」
クザンが苦々しい顔の口元に笑みを浮かべる。
空竜が降下し終わるより早く、天使達がバサバサと空竜を取り囲んだ。
その数は五人。中には見覚えのある顔もあった。
レイの友達に、先日久居が傷を治してやった天使もいる。
「突然の無礼、ご容赦いただきたい」
口髭をたっぷり蓄えた、槍を携えた厳めしい男が話しかけてきた。
所属とその名をつらつらと名乗り、丁寧に一礼する男を、クザンは半眼で眺める。
「用件はなんだ」
クザンは名乗る気も無いようで、苛ついた態度を隠す事なく言った。
「そちらの天使、レイザーランドフェルトに話があります」
「話……だな?」
「はい」
「こいつはまだ傷だらけだ。下で手当てしてからでもいいな?」
「……分かりました」
空竜は、周囲を五人の天使に囲まれたまま、天使を振り切らない程度の速さで、少し先の開けた丘まで移動する。
久居は、クザンの作ってくれた時間を有難く思う。
リルが振り返ると、レイはじっと俯いていた。
「レイ、大丈夫……?」
「ああ……」
のそりと顔をあげたレイが、リルと目を合わせる。
「リル……」
「うん?」
くりくりっとした大きな淡い茶色の瞳に、レイの姿が映っていた。
横髪が片側だけ短くなっているのは、レイの付けたマーキングを落としたためだろう。
「髪、短くさせて、すまなかった……」
「うん……いいよ。また伸びるから」
ニコッと笑うリルの、その信頼を裏切ってしまった事が、レイには心苦しかった。
「……リルも、久居も、今までありがとう」
言われて、リルは一瞬息を詰める。
「レイ、死ぬの?」
リルには覚えがあった。
ドキドキしてて、体にも力が入ってて、なのに、こんな風に静かに話す。
カロッサが、ちょうどこんな感じだった。
「いや、俺も死にたくは、ないんだけどな」
レイは苦笑したが、その顔は泣き顔のようにも見えた。
リルは、空竜の後方を飛んでいるレイの友達とやらを見る。
彼は、不安そうにレイの背を見ていた。
風の音がゴウゴウと響いているので、会話は他の天使達には聞こえないが、話をしている事だけは分かるだろう。
「お友達も、レイの事殺しに来たの?」
「不本意ながらな。……けど、まあ、全然知らないやつに殺されるよりは、友達の方がまだマシだよな」
自嘲気味に呟いたレイに、リルが眉をしかめて言う。
「それは良くないよ。お友達が苦しくなっちゃうよ」
リルにきっぱり却下され、レイは衝撃を受けた。
言われてみれば、その通りだ。
(俺はまた……俺の事しか、考えてなかったって事か……)
「…………そう、だな……。リルの言う通りだ……」
相変わらず進歩のない自分を、レイは深く恥じる。
「レイが死ななくて済むように、ボクにできる事は何かない?」
レイが顔を上げると、リルはまっすぐレイを見ていた。
暖かい色をした薄茶色の瞳に、どこか癒される。
そこへクザンが口を挟んできた。
「つかお前は何やらかしたんだ。まさか妹がああだからってんじゃねぇだろうな?」
「おそらく、それです……」
「はぁ!?」
レイはチラリと下を見る。
目的地である丘が近付いて来ている。
「いや、それより、久居はカロッサさんを殺した犯人って事になっ……」
「はぁあ!?」
クザンの叫びがレイの声を掻き消した。
「と、とにかく、久居とリルは気を付けた方がいいぞ」
「はい」
「うん」
「どーゆー事だ!」
大人しく頷く二人に、クザンだけが「説明しろ!」と叫びを上げていたが、空竜は人気のない丘へとゆるゆる降下を始めた。