淡い空色の炎が、深い闇を焦がす。
黒炎と衝突し弾け合う薄蒼炎。
バヂバヂと苛烈な音が耳に刺さる。
弾け合う炎のカケラが、尾を引いて辺りに飛び散った。
ラスが注いだだけクザンも力を注ぎ、それを更に上回るよう、またラスが闇を込める。
それが二分も続いた頃には、どちらもが肩で息をしていた。
「なかなかやるじゃねーか」
顎から滴る汗をそのままに、クザンは楽しげにニヤリと笑った。
闇の混ざった炎は、普通の鬼火とは違い、接触した箇所から炎そのものを喰ってくる。
クザンは、放出した炎のほとんどを体内に戻せていない。
(ちっ……、そろそろ底をつくか……)
しかし、それはラスも同じなのか、闇の色が薄れてきたように見える。赤い瞳が疲労に染まり、眉はグッと顰められている。
「……っ!」
立っていられなくなったのか、ラスの膝がカクンと崩れた。
その一瞬で、クザンの炎が闇を飲み込みラスに迫る。
「ぅ、ああああああああああああ!!!」
ラスの声は、怯えと絶望の混じった物だった。
クザンは、ゾクリと背筋に冷たいものを感じて、気付く。
(そーいや、闇ってやつぁ、恐怖だとかで増幅すんじゃねーか!?)
ラスの周囲で闇が大きく盛り上がり、蠢いた。
「火煓、来い!!」
クザンが大きく叫ぶ。
次の瞬間にはクザンの背後に人影があった。
「炎を寄越せ、ありったけだ」
「御意」
クザンは背から力が流れ込むのを感じつつ、ラスを見据える。
ラスを包む闇は、何本もの闇を腕のように広げている。
「おい、ラス聞こえるか!」
クザン問いに、闇の塊はゆらゆらと不気味に揺れるだけだった。
「ラス! おい、ラス生きてるか!?」
闇に近付こうとするクザンを、闇の腕が振り払う。
「チッ」
炎で何本かの腕を焼き落とすも、次々と生えてくるそれを見るに、効果は薄そうだ。
「しゃーねぇな、全部焼くか」
クザンの呟きに、火端がビクリと震える。
「おい変態、死ぬなよ」
「……善処します」
「チッ! こーゆー時は、とにかくハイって答えんだよ!!」
クザンは腹立たしげなフリをしつつも、心底楽しそうな顔で叫ぶと、ありったけの炎をかき集めて闇にぶち撒けた。
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「ちょ、ちょっと待ってね!?」
リルが、久居の陰からヨイショと出てくると、久居とクオンの間に入った。
「リル!?」
慌てる久居に、リルが言う。
「久居は、ひとまずそれを引っ込めてくれる?」
リルにピッと指差されて、危ないとばかりに久居は刀を手元に引き寄せたが、消すつもりは無いようだ。
「久居のお父さん…………えっと、なんだっけ? あれ、さっき覚えたのにぃぃぃ」
リルが、聞いたばかりの名をすっかり忘れて頭を抱える。
「ク、クオンです……」
クオンが申し訳なさそうに伝えた。
あ。そっか。とリルが小さく呟く。
「クオンは、久居と戦うつもりは無いんだよね?」
「あ……はい。ありません……」
問われて、おずおずとクオンが答える。
「ほら、久居。クオンは久居の事心配してたんだよ。だから、武器はもうしまって?」
「……と、言われましても……」
まだ戸惑っている久居が、疑わしげにクオンを見れば、ぱち。と目が合って、クオンが恥ずかしそうに目を伏せた。
(どういう反応なんですか……?)
久居が半眼になりつつ、ひとまず切っ先を下ろす。
リルが少しホッとする。
「赤い髪の鬼と、黒い翼の天使は、貴方の仲間ですか?」
久居が静かに尋ねる。
「は、はい……。ラスさんにはほとんど会っていませんが、どちらも私と志を同じくしています……」
クオンが目を伏せたまま、素直に答えた。
「何が目的ですか?」
久居は声こそ強くはないが、その目は厳しくクオンの一挙一動を監視している。
「そ、それは……」
クオンが初めて言い淀む。
伏せた目を、ウロウロと所在なさげに彷徨わせている。
(流石にそこまでは話していただけませんか)
久居が当然の結果に納得していると、クオンはポツリポツリと続きを話し出した。
「天界を……落とそうと……思っていて……」
「そのために、四環を集めていたのですね」
天界がそう簡単に落ちるかは分からないが、四つの環の力を合わせれば巨大な竜巻を作る事も、それをさらに強大にしつつ、永遠に維持する事も可能かも知れない。
そうなれば、カロッサの言うとおり、被害は天界だけでは済まないだろう。
「は、早く天界を壊さないと……子ども達が覚醒してしまう。と。思って……」
クオンはまだ話し続けている。
久居は『子ども達』という単語に胸を抉られたが、表面上はほんの僅かに眉を顰めただけだった。
「子ども達を……私のような目に……遭わせたく、なかったんです……」
クオンの声は、深い悲しみと絶望に沈んでいる。
「どうしても……何をしても……。あなた達を守りたかった……」
ずっと俯いていたクオンが、ゆっくり顔を上げる。
悲壮なまでの決意の宿った瞳で、クオンは久居にぎこちなく微笑んだ。
久居は、返す言葉を完全に失っていた。