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45話 空の青(1/4)

「俺も全力でサポートする!」

と、レイに誠心誠意言われても、リルはあまり頼もしく思えなかった。

でも、目の前の闇に呑み込まれそうな久居は、なんとかしなきゃと思う。

(どうしよう……。久居を焼かないように、闇だけ焼くなんて、ボクに出来るかな……)

久居の呼吸は苦しそうな音だけど、整えようとしてるのか、少しずつ少しずつ、ゆっくり落ち着いてきてる。

これなら、待ってれば、久居が自分でなんとかできるんじゃないのかな……?


ほんの少し首を傾げたリルに、レイが提案してくる。

「まずは、あのはみ出てる、久居から遠い部分から火球で焼いてみるか?」


「久居! ボクの声聞こえる?」

レイを無視したリルの言葉に、闇の塊がゆらりと揺れる。

「……リル……っ」

小さな小さな声が、リルの耳にだけ届いた。

「ボクが闇を焼いた方がいい? このまま待っとくほうがいい?」


「……焼いて、くださ……っ」

途切れ途切れに、それでも久居から手助けを求められたのが、リルには分かった。


久居に助けてって言われた。

その事実が、リルに力を与える。

「分かった。ボク頑張るね!!」

にっこり笑って元気に答えて、リルは指をまっすぐ久居に向けると、いつものように、ふわりと柔らかく炎で包んだ。


「リル! 久居まで焼く気か!!」

レイが焦って叫ぶので、リルは煩そうにレイ側の耳をパタパタさせながら答える。

「これは、久居を守る炎だから大丈夫だよ。あと、レイ声が大きすぎるよぅ……」

「そ、そうか、すまない……」

レイがしゅんとする。

非常識な程の音量では無かったつもりのレイだが、リルの耳には煩すぎたのだろうと素直に反省している様だ。


炎は、闇をも優しく包み込んでいる。

(この炎では、闇も一緒に包んでしまうけど。

 闇だけ。闇だけ溶かしたい……。

 久居は溶かさないように、闇だけ、そうっと溶かす……)

リルが炎に集中する。

白っぽかった炎が、徐々に水色に近付いてくる。


久居は、全身を暗い闇に重く絡み付かれていた感覚だったが、その外から、何かふわりと温かいものに包まれたような感じを受ける。

(これは、リルの炎ですね)

炎のおかげでか、闇の締め付けが弱まる。

その隙に、久居は呼吸を整える。

菰野の姿を、ひたすらに眼裏に映しながら。


一瞬でも気を抜くと、自分への怒りで我を忘れてしまいそうだった。


冷静である事すら出来ない。

己の不甲斐なさ、情けなさに、またじわりと怒りが湧く。

それをまた、必死で封じ込める。

こんな事を、もう何度繰り返しただろうか。

久居は、どうしようもない徒労感に苛まれる。

こんな無様な自分を許す事など、到底出来そうにもない。

だとすれば、この状況はどうすれば良いと言うのか。


じりじりと、しかし確実に、気力も体力も削られてゆく。

足元から這い寄る絶望は、既に久居の足首を掴んでいた。



リルの耳に、呼吸を落ち着かせかけては、また激しく乱される、久居の絶え間ない苦しみの音が届く。


「ねぇレイ、久居はもしかして、怒ってるの?」

リルに尋ねられて、レイが努めて静かに答える。

「あ、ああ。久居は、自分が母親と弟を殺したと言っていた。

 おそらく、守れなかった自分が許せないんじゃないか?」

「そうなんだ……」

(久居にも、どうにもならなかった事があるんだ……)

リルは、つられて悲しくならないよう、慎重に、心を調え炎に込めてゆく。


炎は、うっすらとした水色から、秋の空よりも深く美しい澄みきった青へと、輝きながら少しずつ色を変える。


「何してるんだ?」

尋ねるレイに「ちょっと黙っててね」とリルが答える。

いつの間にかリルの額に浮かぶ汗を見て、レイが、集中を邪魔してしまった事を反省してまたしゅんとなった。


(久居、ボクは……)

リルが目を閉じる。

(久居が居てくれたから、ボクはここにいるよ)

ついに、久居を包む炎の全てが、空よりもずっと鮮やかな青に染まる。

(いつだって、久居が助けてくれた)

限りなく力を注ぎ続けるリルの指先が、冷え切って震えだす。

指先から、全てが消えていきそうで、怯えそうな自分を励ました。

きっと、自分よりもずっと、久居の方が今は苦しい。

ボクも返したい。久居にもらった温かい物を。

(……ボクの心も命も、ずっと、全部、久居が守ってくれてたよ)


リルはそっと目を開く。

涙が一粒、零れて落ちた。


(久居、届いてる……?)

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