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40話 生きる理由(3/6)

「ボクは勉強しようっと。レイ、先生やってくれる?」

リルが大テーブルに勉強道具を広げ始める。

「ああ、どこからだっけな」

レイも、すっかり慣れた様子で付き添う。

「えへへ、ありがとー。ここからー」

リルの指すページを覗き込もうと、レイが椅子を隣に引き寄せて座る。

レイは、前回の終わりを確認してから、パラパラとページをめくって今から教える内容を頭に入れた。

「ここはな……って、リル聞いてるか?」

顔を上げると、リルはぼんやり遠くを見ている。

「どうした。久居達が心配か?」

聞かれて、リルが首を振る。

「あ。ううん、今日はフリーと修練しないんだなって思って」

「ああ、なんだっけ、学校の余暇活動かなんかだったか? カロッサさんは、それで今日を選んだんだろうな」

「うん……。フリーは学校忙しそうだから、きっとボクは、家でひとりぼっちになるんだろうな……」

寂しそうに目を伏せて呟いたリルが、パッとレイを見上げる。

「ねえ、久居のお引越しって、やっぱりレイも一緒に行くの?」

「いや、ほんと、それな……。どうするのが良いんだろうな」

レイが、教科書を握ったままの手で頭を抱え、ため息と共に机に突っ伏した。


「……じゃあさ、この小屋で、ボクと一緒に暮らす?」

リルの言葉に、レイが教科書をわずかに持ち上げて、片目だけでリルを見る。

リルの顔は、まるで助けを求めているかのようだ。

「お前、本当に村に帰りたくないんだな」

「うーん……、ボクが嫌なんじゃなくて、村の皆が、ボクが居るのが嫌なんだよ。……まあ、だから、ボクもやっぱり嫌なんだけど……」

ごにょごにょと言い訳をするリルに、レイが頭を悩ませる。

自分の仕事を考えれば、久居のそばにいるのが最良だろう。

カロッサの時のように上から見張っていて、結果、間に合わずにあんな思いをするのだけは避けたい。

だが、リルはまだ一人で暮らすにはいささか幼すぎる。

「親父さんに相談してみたらどうだ?」

「うぇぇ。おとーさんと二人暮らしはやだよう……」

「そうなのか?」

「うん……久居無しであの生活はね……うん……辛過ぎるよ……?」

リルが、思い浮かべかけた何かを振り払うように首を振る。

「あーあ。ボクも久居達について行けたらいいのになぁ」

リルが伸びをして、大きく空を仰ぐ。

秋の空は、どこまでも高く涼やかに広がっていた。

「それ、久居には言ってないのか?」

「……言ってもいいと思う?」

レイが心底驚いた顔でリルを見る。

(あの、リルが、遠慮してるのか!?)

「……レイ、なんか失礼な事考えてるでしょ?」

リルがじとっとした目で見つめ返す。

「いや、その、……まあ、ちょっと驚いただけだ」

レイが誤魔化すように目を逸らした。

「言ってもいいんじゃないか? あの二人なら、なんとか都合付けてくれるだろう」

「だからだよ。レイが付いてくるだけでも、きっと大変なのに、ボクまで行きたいって言ったら、久居もコモノサマもすごく大変になるんじゃないかな」

リルに言われて、レイがぐっと詰まる。

(確かに、少し、図々しいかなとは思っていた。思っては、いたが……いや、本当に図々しいな俺……)

ずううううんと沈んでしまったレイを見て、リルが苦笑する。


「ボク、早く大人になりたいなぁ」

リルが、空の向こうを眺めるように、目を細める。

「一人で、誰にも迷惑かけないで生活できるようになったら、クリスに会いに行って、それで、ボクのこと知ってる人がいないところで、暮らしたいな……」


「……」

レイは机に突っ伏していた顔をそのまま横に向けると、リルの透き通るような横顔を見た。

まだ、見た目ほんの十くらいの少年の、将来の夢が、それでいいのだろうか。

「……大人になったって、誰にも迷惑かけずに生きるのは難しいぞ」

レイのどこか不満げな呟きに、リルがキョトンとレイを見て、笑った。

「そうだね。レイは、いっつも久居に迷惑かけてばっかりだもんね」

途端、レイが顔色を変える。

「リ、リルは、俺のこと、そんな風に思ってたのか!?」

「えっ。違うの?」

くりっと小首を傾げて、リルが不思議そうにレイを見つめ返してくる。

その瞳があまりに真っ直ぐで、カケラも疑いがなさそうで、レイはガックリと肩を落とした。

「……いや……。違わない……」


「久居、昨日も言ってたよ『レイには困ったものです』って」

「…………リルにそう言ったのか?」

「ううん。えっと、お茶の整理してた時かな、ひとりごとだったけど、聞こえちゃった」

「うぐ……」

お茶と言われれば、レイには確かに心当たりがあった。

一昨々日、闇に呑まれ、久居に強制入眠させられたレイだったが、実はその翌日にも同様に久居の手を煩わせていた。

一昨日、頭痛で倒れたレイは、昼食も夕食も食べそびれたまま寝続け、最悪な事に、夜中に目覚めてしまった。

闇の濃い時間に覚醒し、急激に闇に呑まれたところを、気付いた久居に強制入眠させられたのだが「まさか、二日連続とは……」と言う久居のぼやきだけは、意識の薄れたレイの耳にも届いていた。


「ああ……俺も、もっと大人にならないとな……」

何やら深く反省している様子のレイに、リルが苦笑しながらも優しく声をかける。

「でも、レイはボクよりずっと、久居達の役に立てるよね」

そして、微笑みを僅かに崩して続ける。

「ボクにも何か、久居達にしてあげられる事ってないのかなぁ……」

レイは、すぐに答えた。

「リルは力仕事もできるし、炎も出せるだろう? 十分役に立つんじゃないか?」

「そうかなぁ……」

「ああ。もしリルが役割を見つけられないなら、俺も一緒に探す。見つかるまで一緒に考えてやる。だから心配いらない」

レイが露草色の瞳を細めてふんわり笑うと、金色の髪がサラサラ流れて輝いた。

リルは驚いたような顔をして、レイを見た。

「ボク、今ちょっとだけレイが天使に見えたよ?」

「……いや、俺は元から天使だからな?」

二人は少しだけ笑い合う。

「ほら、勉強の時間がなくなるぞ」

「うん!」

リルが立ち直ったのを確認すると、レイは、開いたまま握っていた教科書をリルの前に出し、途切れていた解説をもう一度始めた。


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