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39話 役割(中編)

レイ宛ての手紙に書かれていたのは、レイの義兄であり、天界でも数少ない神官であるキルトールからの直々の指令だった。

その指令は、レイの今までの任を解き、特務とも言うべき新たな役割を与えている。

つまり、レイが大事に抱えていた義兄からの手紙は辞令書だった。



「それでは、今日からレイは……」

小屋の前でレイに呼び止められた久居は、レイと二人きり向き合っていた。

レイは、居心地悪そうに視線を逸らし、それでも気力を振り絞ってか、俯き気味に、じわりと下から申し訳なさそうに久居を見る。

「……久居に、付くことになった」

よろしく、たのむ。と消え入りそうな声でレイが続ける。


レイの話に、思わず久居はレイを上から下まで眺めた。

柔らかで鮮やかな金色の髪。それがサラサラとした手触りであることを、久居は知っている。

真っ白な翼と白い布は天使らしく神々しいほどの眩しい白で、その下には金色に縁取られた瑠璃色の甲冑がその身を軽く覆っている。

あちこちから見える肌色。

瞳の色は、鮮やかな露草色をしていた。

こんなに、いや、ここまで、と言うべきだろうか。

ここまで、この地域に相応しくない見た目の者もそういないだろうと久居は思う。


結果的に上目遣いのようになってしまったレイを、久居は悠然と見下ろした。

「監視ということですか」

「あ、いや、その……」

「監視ということですね?」

「…………っ、すまない……」

酷く縮こまっているレイに、久居はひとつ大袈裟にため息をついて見せる。

が、久居は内心、最悪の事態を避けられたことを大いに安堵していた。


久居の思った通り、キルトールにはレイの知り得る情報は、全て伝わったのだろう。

全てが、正確に。

それはつまり、今後来るであろう世界を巻き込む大災害の事も、それを避けるためには、久居が必要不可欠だという事も、彼には正しく伝わったらしい。


下手に端的な情報を抜き取られるよりも、結果としては良かったのだろう。


その結果、レイは義兄の命により、闇の者である久居が不審な行動を取る事がないかを常に監視するという、厄介な任務に就く事となった。


久居は、まだ目の前でしょんぼりと、自分より大きな体を縮こまらせているレイを、ほんの少しだけ不憫に思いながら尋ねた。

「では、カロッサ様の警護は今後どうなさるのですか?」

「う。それは、別の者が担当する事になった。じきに引き継ぎを行う……」

元からしょんぼりしていたレイが、さらに悲しげな雰囲気に包まれる。

カロッサの警護は、レイにとって何より大事な仕事だっただろうに。

久居は、ぎゅっと縮められた白い翼が小さく震える様子に、不憫な思いを強めた。

「そうですか……」

久居は、余計なお世話と知りつつも、せめてもの励ましに、レイの耳元へ顔を寄せると、そっと囁いた。

「カロッサ様は、もう後ひと月足らずで帰ってしまいます。伝えたい事があるのでしたら、お早めにどうぞ」

途端、ボワッと音がしそうなほどに真っ赤になったレイが、腕で赤面を隠しながら数歩後退る。

「なっ、おまっ。えっ!? ええっ!??」

これでどうして誰にも気付かれていないと思えるのか。

久居は不思議で仕方がなかったが、ひとまず話も済んだようなので、夕飯の支度に取り掛かる事にする。


「それでは、これからよろしくお願いしますね、監視役さん」

レイの肩をトンと叩いて、通り過ぎようとした久居が、足を止め、もう一言付け足した。

「明日は朝から菰野様と里に下りますので、もし付き添うおつもりでしたら、その見た目をなんとかしてくださいね」


「え……?」

久居は今度こそ、振り返らずに行ってしまった。

後に一人残されたレイは、自分の格好を見回して、どう変装したものかと悩む事になる。


明日の、しかも朝からとなれば、変装用の服を用意している時間などないだろう。

久居はおそらく分かって言ったのだろうな、と思いながら、レイは方角を確認しつつ両腕を伸ばした。

口の中で小さく呪文を唱える。

空から見る限り、この周辺に住む人間はほとんど皆、黒い髪をしていた。

時折年老いて白髪になっているものがいるくらいで、色の濃さの差こそあれ、ほとんどが黒から茶色だ。まずはこの金の髪をなんとかするべきなのだろう。


そこへ、後ろを通りかかったリルが声をかけた。

「わー、なにそれ、おっきい鏡?」

声に振り返ったレイが、律儀に答える。

「いや、鏡じゃないが、今は鏡がわりに使っている。指定した対象の現在の姿を見る術だな」

「へー?」

リルが興味津々に覗き込むが、確かに自分の姿は映らない。

「リルは修練終わったのか?」

「うんー……。終わった……かな……」

歯切れの悪い返事に、レイが首を傾げていると、カロッサが背後から驚きの声をあげた。

「レイ君どうしたの!? その髪!」

言われて、リルがレイを見上げると、確かにレイはいつもの金髪を黒にほど近い茶色に染めていた。

「いや、その、明日久居達が山を降りるらしいので、人里で目立たない装いにしようかと……」

はからずもカロッサに注目されて、レイが「似合わない、ですよね」と赤面する。


一方カロッサは、先に報告を受けてはいたものの、レイが本当に久居に張り付こうとしていることに、どこかショックを受けていた。

そのせいか、返事は

「うーん。似合う似合わないとかじゃなくて、もう別人ね」

と、どう取れば良いのかわからないものだった。


「そう、ですか……」

言われたレイが、困ったように前髪を弄りながら鏡状のものを覗き込む。

そのしょんぼりした様子に、カロッサは、レイも不服なのだろうか。とほんの少しホッとする。

カロッサは、さっきよりも明るい声で尋ねた。

「ね、レイ君、この探査画面リル君にも出してもらえるかしら」

「? はい、出しますね」

レイはちょっと不思議そうな顔をしてから、両腕を大きく伸ばすと、呪文とともにもう一つ、全身が映る大きさのものを用意する。

誰でも映せるというものではないが、リルはレイに以前マーキングされていたため、それが可能だった。

「手前が南、奥が北に映るようになってるから、リルはここに立て」

と、レイがリルの肩を持って自分と同じ位置に連れてくる。

すると、映像の中のリルが横向きから正面になった。

レイと同じようにリルが隣に並ぶのを見て、カロッサが「よし、リル君、練習再開よ!」と元気に言った。


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