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38話 主従(5/5)

「どこから、どこまで……話した……?

 いや、話してない。はずだ。話さないと、俺は言った。

 じゃあどうして、義兄は環の事を……」

片手で顔を覆って、呻くようにレイは自問する。

「レイ、もう十分です!」

その姿を見ていられなくなったらしい久居が、菰野をカロッサに預けて駆け寄る。

こうなってしまった以上、天使には全てを知られたと思って動く他ない。聞き出せる情報なんて、きっともう無い。

久居はそう判断する。

それはカロッサにも伝わった。

「レイ君ありがとう、もう分かったわ!」

カロッサが自分の軽率な発言を取り消そうとするも、その言葉はもうレイには届きそうにない。

久居がレイの側まで行くと、彼が真っ青な顔で、冷や汗のようなものを浮かべ、小さく震えているのがよく分かった。

「レイ……、もう考えるのをやめてください」

レイは、駆け寄った久居の心配そうな顔を見て微かに口端を上げると

「なんか、俺、おかしいよな……?」

と、小さく同意を求めた。

途端、レイの頭に強烈な痛みが降り注ぐ。

自身の思考へ疑問を持つ事は、おそらく許されていなかったのだろう。

「ぅあっ……ぐっ……っ!」

痛みに体を強張らせるレイが、次々と襲う痛みの波に、敢えなく膝を付く。

「レイ!」

久居が肩を支えるも、治癒の効かないこの状態には、なすすべがなかった。


レイは、痛みの中で、先ほどの流れをもう一度思い返していた。

義兄の姿に驚く俺に、義兄は久しぶりだと声をかけ、抱きしめて、いつものように頭を撫でた。

しばらくそのまま、長い間、頭を撫でられていたように思う。

会話は確か、俺が越夜できるようになったという噂が大神殿にも届いたという話や、今年の祭りの会場ではどんな催しがあったとか、こんな見たことのない屋台が出ていたとか、二人が揃って家を空けていたために庭がすごい事になっていたとか、そんな話ばかりで、俺は、カロッサや久居のことはひとつも言わなかったはずだ。


それなのに、俺から手を離した義兄は、何て、言っ……。

「っ! あああっ!」

ズキンズキンと繰り返していた痛みが、急激に鋭さを増し、レイは堪え切れず声を上げた。

「レイ!」

眩い光が、思考の全てを奪うように頭の中へと降り注ぐ。

どこか遠くで、久居の心配そうな声が聞こえた気がする。

レイは、自分が目を閉じているのか開いているのかも分からないまま、視界を白く染め上げられ、敢えなく意識を手放した。


力を失ったレイの身体が揺らぐ。

久居は、それが地につく前に支え直した。

見た目よりは軽く感じるその身体は、甲冑と翼を合わせれば、久居より20キロほど重いようだった。

一回り大きなレイの身体を、久居は肩に担ぐように抱え上げると、小屋へ向かう。


カロッサは、自分が追い詰めてしまった青年と、そうしたくなかっただろう青年の、後ろ姿を黙って見送る。

かける言葉はどこにも見つからなかった。

ごめんなさいと伝える事すらおこがましく思えて、カロッサはただ黙って見送る事しかできなかった。



久居が小屋に入ってしまうと、状況が分からないままの菰野が、皆の後ろでどうしたものかと小さく肩をすくめた。

カロッサにはとても声を掛けづらい雰囲気だったので、菰野は聞いてもよいものかと様子をうかがいつつ、リルに声をかけた。

「さっきの人は、大丈夫なのかな」

「うん多分。ちょっと寝たら元気になると思うよ」

カロッサや久居が重い空気を纏っているのに対して、リルはあまり気にする様子もなく、ケロリとしている。


(コモノサマもレイのこと心配してるのかな? 会ったばっかりの、よく知らない人まで心配するなんて、コモノサマはやっぱり優しい人だなぁ……)

リルがじっと菰野を見続けているので、菰野は遠慮しつつも尋ねてみる。

「事情を聞いても、良いのかな?」

「うん!」

と元気に答えたリルが「……うん?」と首を傾げる。

俺の聞くべき事ではなかっただろうか、と菰野が退くべく距離をはかるも、リルの口から出た言葉は

「えへへ、ボクもよく分かんない!」

だった。

照れ笑いのリルに、そのままにっこり微笑まれて、菰野もつられて半笑いになる。

「そ、そっか」

「でもね、レイには内緒なんだ。レイが頭痛くなっちゃう理由はね、レイにはきっとすごく悲しい事だから」

リルが自分の分かることだけを伝えると、菰野は真摯に礼を言った。

「そうか。教えてくれてありがとう」


菰野が、やはり自分はあまり首を突っ込むべきではないな。と内心で線引きをしながら、チラと小屋の方を見る。

しかし、自分と違って、久居はどうやら渦中にいるようだ。


カロッサという妖精が庇おうとしていたのは、久居で間違いないのだろう。


菰野は、師範の元へは久居と共に行くものだと思い込んでいた。

けれど、それは間違いだったのかも知れない。

城を離れても、たとえ自分が何者でも無くなっても、久居は自分について来るのだと。疑いもなく思っていたなんて、自分は、いかに浅はかだったのだろう。


久居があまりに自然に、今まで通り接してくれたので、それで良いのだと、それこそが久居の望みなのだと思ってしまった。

菰野は己の驕りを自省しつつ、久居のこれからを思う。


今まで懸命に仕えてくれた久居のため、自分が久居にしてやれることは何だろうか。

まだ菰野は詳しい状況を知るに至っていなかったが、久居の選択肢を自分が狭めてしまうことが無いようにしたいと願う。

そのためにはやはり、一刻も早い自立を目指すべきなのだろう。

少なくとも今後、自分の事を考える場合には、久居と自分を切り離して考えよう。


菰野は、静かな山の中で、一人密やかに、そう決めた。


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