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36話 覚醒と失神(3/7)

怪我の後、クザンに休息を言い渡されていた久居も、十日ほどで簡単な修練を始めた。

リルも、もう少しで小さな火の玉なら飛ばせそうで、指先から中々離れない火の玉をぶんぶん振り回しつつも、毎日炎を操る練習に励んでいる。


そんな折、リル達の寝泊りしている小屋に、リリーがひと抱えほどの大きな水晶球状の物を持ってきた。

「こんな感じでどうかしら」

リリーが、カロッサの前で包みを開く。

「あ、良いわね。試してみましょ」

カロッサが、ウキウキとその丸い物を持ち上げたり覗き込んだりしている。


「あら? 肝心のレイ君は?」

カロッサの質問に久居が答える。

「今、水を汲みに行っています」


カロッサは、毎日夕方にはリリーの家に戻っていたが、リリー自身が朝仕事に出ると夜まで帰らない毎日のため、カロッサは日中のほとんどの時間をリル達の居る小屋側で過ごしていた。

「一人で留守番しててもねー」

と言うカロッサに、レイは喜んでいたが、久居は彼女の地下の埃まみれの部屋を思った。

リルから聞く限り、リルの家は二階建てで屋根裏まであるそこそこの広さの邸宅で、庭も畑もあるらしい。

掃除でも、草むしりでも、家事はいくらでもあると思うのだが、彼女にさせるつもりはないのか、リリーはカロッサの行動について、何も言わなかった。


水を汲んで戻ってきたレイが、カロッサに早く早くと急かされて、真っ赤になっている。

言われるままに、レイは水晶球へと手を翳した。

「光よ、今ここに永久の輝きを留めよ。アレストレイ」


レイの出した光が、水晶球に灯る。

光は、中でしばらくの間じっとしていたが、十五分ほどでそわそわと揺れだし、さらに十五分も経つと球の中でくるくると渦を巻くように延々動いていた。

しかし、光は衰えることも、球から外に出る事も無かった。


「うん、これなら良いんじゃない?」

腕を組んだカロッサが満足そうに頷いている。

リリーは時間が無いとのことで、結果を待たずに村へ帰ってしまったが、どうやら実験は成功したようだ。


「これがあと三つもあれば、大丈夫じゃないかしら? ねえ、レイ君?」

「えっ、あっ。はい! ……?」

カロッサの急な振りに、反射的に答えたもののよく分かっていない様子のレイがそっと首を傾げている。


そのどことなく不憫な様子に、久居は今まで気になっていた事を、尋ねる事にした。

彼が、これ以上、そうと知らずに進まないうちに。


「レイ、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

久居の言葉に、レイとリルが振り返る。

「レイは、こちらの土地で、夜を過ごすと……」

言葉を選んでいる久居の横から、単刀直入にリルが訊ねた。

「死んじゃうの?」

どうやら、リルも同じ事を疑問に思っていたようだ。


「あ……、あー。……そう言うことか」

レイは額を片手で覆うと、困ったような苦笑を見せる。

「死にはしない。……が、心が闇に呑まれ、戻れなくなった者は多い」

ニイっと引きつるような大きな笑みを口元に、そして冷汗を額に浮かべると、レイは続けた。

「お前達は、俺に、越夜に挑めって言いたいわけだな?」


久居とカロッサが視線を交わす。久居に促され、カロッサが口を開いた。

「ええと、そうなの、レイ君が夜も側に居てくれたら、安心だと思って……」


ぐっ。とレイが息の詰まるような音と共に赤くなる。


いや、カロッサは夜はリリーの家に帰るので、側ではない。側ではないが、レイには十分効いているようだ。


そんなこんなで、さらに十日後には光を詰め込んだ水晶球が四つになり、レイはリル達と共に小屋に寝泊りする事となった。


カロッサ達は、天界から外泊許可を取るのが難しいかと心配していたのだが、そこは天啓を出さずとも、警護を担当するカロッサの要望で、という形で通せたらしい。


越夜初日は「危なくなったら凍結してあげるから」とカロッサが親切心から布団を三枚敷いたらもう床いっぱいになってしまう小屋に来たため、

「カ、カ、カ、カロッサさんと同じ、部屋で、寝る!?」

と、レイは寝るどころではなくなってしまった。


「何かあったら起こしてね」と気軽に言い残し、窓際……といっても闇が入らないよう窓はビッチリ塞いであったが、そこでサクッと寝てしまうカロッサと、

「ボクも一緒に起きてるからね!」と言いつつ、やはりあっという間に寝てしまうリル。


そんな二人の寝顔があまりに至近距離で、視線のやり場に困りながらも、なるべく平静を装っていたレイの言葉数が、時間とともに減ってくる。


更けてゆく夜の闇に、じわりじわりと心を侵されてゆくのか、こんなにも明るい真昼のような室内でも、レイは小さく震えていた。

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。こんなに明るいし……大丈夫だ」

青い顔でそう答えるレイがあまり大丈夫そうには見えず、その夜は結局、日が昇るまで、久居が他愛のない話でレイの気を闇から逸らし続けてやった。


翌朝、すっきり目覚めたカロッサが、心労でグッタリしている二人に明るく声をかけた。

「おはよー。レイ君、越夜おめでとーっ!」

「……あ、ありがとうございます」

「カロッサ様、おはようございます……」

「うーん、レイ君も久居君も、なんだか疲れた顔になっちゃってるわねぇ」

カロッサの言葉に、二人は力なく笑って返すしかなかった。



けれど次の夜には、無事に男三人部屋となり「私もしっかり休んで体力を回復しないといけませんので」という久居が用意した『ぐっすり眠れるお茶』とやらでレイは本格的な闇の到来より先に、半ば昏倒するように寝かしつけられた。



「――朝だ!?」

レイの驚愕の声が、早朝の小屋に響く。


リルはその大音量に耳をパタパタさせたあと「れぇ、うゆちゃぃぃ」と舌ったらずに呟いて、目を閉じたまま布団に頭を引っ込めた。まだ起きるつもりはないらしい。


レイの声に、外で朝食の仕込みをしていた久居が、小屋に入ってくる。

「おはようございます」

「おは……いや、俺、いつ寝たんだ……」

信じられない。とでも言いたげなレイに、久居がさらりと答える。

「寝付きが良くてよかったですね」

「いやいや、違うだろ。寝付いたんじゃない、寝かされたんだ」

「体調はいかがですか?」

「いや、別にどこも……」

言われて、全身の感覚を確認するレイ。

「むしろ、体は軽いくらいだ。目覚めもすっきりしている……」

ちょっと不服そうに、それでも正直に報告するレイに、久居は笑いを堪えつつ

「それは何よりです。今夜も同量でご用意しますね」

と答えた。

「いや、だから、あのお茶? おかしいだろ!?」

「何がですか?」

「いやあの、強制的に寝かされる感じがっっ!!」

「前日の睡眠不足のせいでは?」

「っ、じゃあ、今夜はお前達も一緒に飲めよ!?」

レイが必死で食い下がるのを、素知らぬ風で受け流していた久居が、その言葉にピクリと反応する。

あの薬は、量を変えても見た目や匂いでは分かり辛い。天使にも効くとなれば、何かの時に予備があるのは悪くない。

「よろしいのですか?」

「あ、ああ。……?」

にこやかな表情の久居に、何かマズイ事を言ったのかも知れない、とレイが気付くが遅かった。

「ではお言葉に甘えて、私達の分も、レイの経費に計上させていただきますね」

「!?」

きゅっと、レイの翼が縮こまる。

しばらく翼を出したままのレイと生活していると、久居は翼の様子でもレイの感情が読めるようになってきた。

まあ、レイの場合は顔だけでも十分だったが。

「……あれ、高いのか?」

「それなりに」

「そっ、それなりって、どのくらいだ……」

「いくらだと思います?」

久居がさらりと聞き返す。

レイは、はぐらかされてなるものかと慌てて翼を膨らませる。

「いや、はっきり教えろよ!!」

布団の中からリルが「……ふたいとも、うるちゃい……」と呻いていた。



そんなこんなで、ひと月も経たないうちに、レイは夜なんとか自力で寝られるようになった。

お守り代わりに、寝る前のお茶はまだ続けていたが、処方量はかなり減らされている。


「越夜できる天使は希少だからな、もしかしたら大神殿の義兄の耳にも俺の噂が入るかも知れないなっ」


と浮かれたレイが口にするのを聞いて、カロッサと久居は心配もしたのだが、今のところレイに義兄からの接触は無いようだ。


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