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36話 覚醒と失神(2/7)

リル達のいる場所から、海を越え、遠く離れた森の奥。

丸一日かかっても、人里にたどり着く事すらできそうにない、そんな森の奥に、朽ちかけた城のようなものが残っている。

その朽ちかけた城の天辺で、一人の少女とも女性とも言えそうな微妙な年頃の少女が、月夜を背景にじっと佇み、地上を眺めていた。


その晩、城へ戻ってきたのは、ラスと呼ばれる赤髪の少年一人だった。

いつもの膝下まであるローブに、フードを目深に被ったまま、ラスはトボトボと結界を抜け、門をくぐる。

環を持ったままでは通れないはずの結界を、するりと抜けた小鬼。

先日、私達に協力まで頼んで環を取りに行った時には『留守だった』と帰ってきた。

今度は、何日も出て行ったまま帰らなかったくせに。また手ぶらで帰ってきたと言うのだろうか。

黒髪の少女サラは、僅かに眉を顰めると、城の天辺から飛び降りた。


闇夜に溶ける漆黒の翼をばさりと羽ばたかせて、少女はラスの前へと降り立つ。

「……」

サラの、黒髪の合間から覗く黒い瞳に、じっと咎めるように睨まれて、ラスはそっと目を逸らして告げた。

「悪ぃ。もう、無かった……」

「……」

サラの視線が鋭くなる。

「いや、天使かどうかは……。人かどうかも、どんな奴が持ってったのかも分からなかった……」

言って、ラスは拳を握り込む。

あの場所へは、ヨロリもカロッサも空竜も、何日待っても戻って来なかった。

けれど、ラスの調べた限りでは、獄界にも来た様子は無い。

藁にも縋る思いで訪ねた獄界の屋敷も、そこへ辿り着くよりも早く、あのやたら足の早い鬼に追い払われた。

困った時はいつでも頼れと言った癖に。

あの男はあれから一度も、俺に顔すら見せてくれない。

あんなに、俺を心配している風に言っていた癖に。

全部嘘だったのか、それとも、俺の事はもう、どうでも良くなったのか。

ラスは、怒りと悔しさと悲しみが入り混じる心を、握り潰しながら立ち尽くす。


じいちゃん達が、無事でいてくれればいい。

とにかく、無事でいてくれさえすれば……。


ラスには、そう祈る他に出来る事がなかった。


それきり黙ってしまった少年を見下ろして、サラは、計画をもう一度やり直すしかないのだと理解する。

しかし、それを父さんに伝えなくてはならないのかと思うと、サラは憂鬱で仕方ない気分になった。

きっとガッカリさせてしまうだろう。

……父さんは、この計画を急いでいるから……。


それと同時に、次に環を手にした時には、二度とこの小鬼には任すまい。と、サラは心の内でそっと決意する。


やはり、この世に頼れる者は、自分と父さんだけしかいないのだから。



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「ええー? カロッサ、クリスのいるとこ分かんないのー?」

カロッサの答えに、リルはガックリと肩を落とした。

リルは、カエンの件が片付いたので、クリスに会いに行こうと思ったようだったが、彼女が現在どこにいるかは、誰にも分からなかった。


「久居、一緒に探しに行こ?」

言われて、久居が困った顔をする。

「えー、久居、お仕事終わったら一緒に行ってくれるって言ったよ?」

リルがぷうと頬を膨らますので、久居は屈んでリルと視線を合わせると、手首の環を見せながら丁寧に話す。

「この環が、私の手を離れ、あるべき所に収まった時、この仕事は完了となるのだと、私は思っています。

 それに、クリスさんが環を二つ所持している以上、環を持つ私が迂闊に近付くのは得策ではありません」

言われて、リルがどこか信じられないような顔で久居を見上げる。

その小さな口元がじわじわと弛むのを、久居はくすぐったい気持ちで見ている。

「お仕事、まだ終わってないの?」

「はい」

「それって、ボクと、久居でやるお仕事?」

「はい。レイも一緒ですね」

「そっか……それじゃあ、まだ、そのお仕事が終わるまで、ボクは久居とレイと一緒に居られるって、こと?」

リルの瞳が輝く。キラキラと、嬉しそうに。

「はい」

久居も、緩やかに微笑む。


そんな二人のやり取りを見守っていたカロッサも、幸せそうな二人の様子にホッとした。

それと同時に、リルと久居にとってこの指令が唯一の繋がりになりつつある事を、どこか不安にも思う。


「それじゃあ、お仕事が終わったら、一緒にクリスに会いに行こうね!」

「はい」

にっこりとリルが笑って、スキップで修練に戻っていく後ろ姿を、久居は見送った。


久居としては、有事の際に菰野の側を離れることになるのは痛手だったが、もうこの世に彼の命を狙う者は居ないはずだ。

となれば、既に菰野には自分の身くらいは守れる腕がある。あとは、生活に必要な知恵さえ身に付けてもらえば、自立は難しくないだろう。


……それでも、できればそんな日が訪れない事を、再び別れる日が来ない事を。

その前に、まずは菰野の復活を、久居は願わずにはいられなかった。


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