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34話 愛の形(中編)

クザンが帰った後、久居がようやく、リルが浮かない顔をしている事に気付いた。

「リル……?」


リリーが最後に残っていた敷物を畳んでいる。

そろそろ自宅へ戻るのだろう。

リルは、それをぼんやり見ていた。


「久居君は、この小屋に泊まるの?」

カロッサが何気なく言った言葉にリルがびくりと反応する。

久居は、リルが何を気にしていたのか理解した。


「ええ、私とリルはこちらで寝泊まりします」

リルが、久居の顔を見上げる。期待と戸惑いの滲んだ表情で。

「……いいの?」

「リルさえ良ければ」

久居の返事に、リルは、ぱあっと破顔する。

「うん……うんっ!」

リリーは、そんなリルに罪悪感を感じながらも、笑顔で声をかけた。

「明日は、パンを焼いてくるわね」

「わぁーいっ」

リルがいつもの様子に戻ったのを見て、レイが首を傾げる。


「なんだ? リルは久居と離れるのが嫌だったのか?」

小さな呟きだったが、リルには十分聞こえたようで、くりっと振り返ったリルが苦笑する。

「えへへ」

しかし、その笑いは照れ笑いというよりも、悲しみを隠すような笑顔だった。


リルは、あの村に自分の居場所がない事を知っている。

生まれ育った所だけど、帰るべき所じゃない。

はっきり言われた事は無かったが、自分が村に近付くと、お母さんが困るというのも、なんとなく分かっていた。


久居が、リルの頭を優しく撫でて、レイとカロッサに別の話題を振る。

「カロッサ様、依頼された髪を確保しているのですが、いかがなさいますか?」

「あ。取れたら持ってきてって言ったわね。誰の分?」

久居は懐から布に包まれたそれを取り出す。

洗い落とされた跡はあったが、それは久居と共に血に塗れていたようだ。

「カエンさんと、背の高い鬼の物です」

「うーん……」とカロッサは難しい顔をしてから、尋ねる。

「久居君は、まだ来ると思う?」

カロッサの質問に、久居が謝罪する。

「申し訳ありません。私は彼らの去り際を確認しておらず、判断致しかねます」

「あっ、そうよね。最後はどんな感じだったのか、リル君分かる?」

聞かれて、リルがにっこり微笑む。

「分かんない」

「……うん、いっそ清々しいわね」

カロッサが額にうっすら汗を滲ませる。


「でも、久居がやられた後、腕輪を取りに来ようとはしてたよ」

「手下の鬼が、ですか?」

「ううん。そっちは反対してたけど、カエンが」

「そうですか……。すみません、私が不甲斐ないばかりに」

久居が、リルを残して意識を手放した事で、どんなにリルを心配していたのかは、既に皆分かっていた。

「久居のせいじゃないよ、ボクがぼんやりしてたから……」

今にも目に涙を浮かべそうなリルの頭を久居がまた撫でる。リルが顔を上げると、久居がそんなことはないと言うように優しく首を振った。

「しかし、どうやって、あの二人を退けたのですか?」

「えーと……カロッサに、久居を助けてもらおうと思って、炎を出したの。空に届くように。いっぱい」

「いっぱい、ですか……」

久居の笑顔が、若干引き攣る。

「うん。でも、いっぱい溢れちゃった」

「……二人は、生きていたんですよね?」

久居が、その声にじわりと焦りを滲ませる。


「分かんない」


「……」

一同が沈黙した。


「じゃあ、見てみよっか」

カロッサは「無駄にならなくて良かったじゃない」と、フォローを入れつつ、久居からカエンの髪を受け取る。


「カロッサ、また仕事が終わったら迎えに来るのでいいかしら?」

声に振り返れば、リリーが荷物をまとめて抱えていた。

「往復大変じゃない? 家までリル君に案内してもらおうか?」

「大丈夫よ。暗くなってからになるかも知れないけど、迎えに行くわ」

カロッサの提案をやんわり断って、リリーが微笑む。

リルを村に近付けたくないのだろう。

それに気付いたのは、リルと久居だけだったが。

「分かった、待ってるわね」

笑って答えるカロッサに、リリーがほんの少し眉を寄せて、言い聞かせるように言う。

「カロッサ、あんまり深く見ないのよ。十分気を付けてね?」

「ん……、ありがと」

カロッサが少しだけ気まずそうな、照れ臭そうな顔をする。


その様子に、どうやら、まだカロッサが上手く線引きを出来ないのだと判断したリリーが、久居に一言残す。

「久居君、もしカロッサに何かあったら、リルを精霊石にアクセスさせてくれる?」

「かしこまりました」

久居の真摯な一礼に、リリーはふわりと微笑んだ。

頼んだわよ。と念を押された気がして、久居は気を引き締めた。


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