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34話 愛の形(前編)

皆でわいわい昼食をすませて、リリーと久居が片付けを、カロッサとレイが三枚に増えた敷物のうち二枚を畳んだりと簡単な手伝いをしていた。


久居は休んでおくよう言われていたが、そのマメな性格上じっとしておくのは難しいのか、リリーの洗った皿を拭いている。


「カロッサは、いったん戻るか?」

クザンが訊ねる。

「あ。やっぱり今日はやらないのね。どうしようかしら」

カロッサは考えるように首を傾げつつ続ける。その瞳は楽しげにきらめいていた。

「家は天使達が建ててくれるって話だけど、まだしばらくはかかるし……。もし、リリーがいいなら……」

「もちろん、いいわよ」

待ってましたと言わんばかりの、被せ気味のリリーの言葉。

「そう? じゃあ甘えちゃおうかな」

カロッサの応えに、二人が顔を見合わせ、笑い合う。

リリーは美しい金の髪をサラサラとなびかせて、カロッサも紫の髪と羽根を揺らして、楽しそうに笑っていた。


クザンが、そんな二人の姿に目を細める。

その後ろで、久居は激しくショックを受けていた。

「……っ、では、菰野様はまだ……」

久居の呻くような呟きに、クザンがほんの少し眉尻を下げる。

「そんな顔すんな。仕方ねぇだろ、俺もお前も変態も、血が足りねぇからな」

「……」

黙ったままの久居を見ながら、クザンが自身の顎を指で撫でつつ考える。

「俺達はひと月もありゃ回復するが、人間なら……半年くらいか……?」

焦りを隠しきれない顔で、久居が顔を上げる。

クザンは分かってるとでもいうように、苦笑を浮かべて言い直した。

「お前なら三月ありゃいいだろ」

「いえ、二月あれば……」

久居の縋るような視線に、クザンがやれやれとため息をひとつこぼす。

「久居、最優先はなんだ?」

言われ、黒髪の従者はその髪とともに項垂れる。

「万全に、確実に救うって決めたんだろ? 今は我慢するとこじゃねぇのか?」

「……おっしゃる、通りです……」

猛省した久居が、あからさまにシュンとなる。

「それでいい。時々肉獲って寄ってやるから、ゆっくりとしけよ」

クザンは、励ますように、軽く久居の肩を叩いた。


ちなみに、変態は居るだけでウザいからという理由で、昼食前にはクザンの手によって無理矢理地中に埋め戻されている。

実のところ、変態がリリーの料理を食べるはずがない事を分かっていたクザンが、場の空気が悪くならないうちに強制帰還させたと言うのもあったが……、まあ、それも含めて、とにかくウザかったのは間違いない。


「じゃあ、私もあと三ヶ月くらいここでのんびりさせてもらっちゃおうかしらっ」

カロッサの弾む声に、リリーもふわりと微笑む。

「あらあら、それは私も嬉しいわ。もうすぐ夏祭りもあるのよ、カロッサと一緒にお祭りなんて、いつぶりかしら」


キャッキャとお祭りの話で盛り上がる二人とは対照的に、リルと久居は地を見つめていた。

レイは、理由の明確な久居はそっとしておく事にして、近くにいたリルに声をかけてみる。

「リルも、凍結解除が延びて凹んでるのか?」

「あ、うん、……そうだよね。お祭りの前に解除できたら、フリーもお祭り行けたのにね……」

どうにも不自然な、今思い至ったという感じの返事に、レイが首を傾げる。


「リリーは今年もアレ着るのか?」

クザンに尋ねられて、リリーがちょっと困ったような、恥ずかしそうな顔になる。

「今年も……私が着るのかしら……もういい歳なのだけれど……」

「フリーがいねぇもんな。しゃーねーな」

と言いながら、クザンがサラサラと弄んでいたリリーの髪に口付ける。

三年前に石の代償として短くなったリリーの髪も、もう肩下でゆるく結えるほどには伸びている。

「ちょっと。ベタベタするのは二人だけの時にしてくれる?」

カロッサの非難の声に、クザンが半眼になる。

「それな。ほんっっと二人きりになれねぇんだよなぁ……」

ぶちぶち言いながらも、クザンはリリーを背中から抱きすくめる。どうやらカロッサに遠慮をする気はないらしい。

「祭りはいつもと同じ日なんだろ? 行けたら行く……が、正直厳しいな……」

耳元で悔しそうにこぼすクザンの髪を、リリーが撫でて返す。

「無理しないで。また三月後には会えるでしょう? それに、今年はカロッサがいてくれるもの」

にっこりと、いつもより嬉しそうに笑うリリーを、今度は正面から抱き直して、

「ああ、そうだな……」とクザンは言った。


ただ、そばに居たくて、あの日全てを捨てて逃げ出したはずの二人は、結局、その子供達の安全な生活と引き換えに、お互いの家より大量のノルマを課されていた。


日々の仕事に忙殺され、年に数度しか顔を見る事も出来ない。こんな状態が、一体いつまで続くのか。リリーはクザンよりずっと寿命の短い種だと言うのに。


腕に込められた力に焦りを感じたのか、リリーが気遣わしげに大きな背中を撫でる。

二人は自然に見つめ合い、口付けを交わした。


そんな二人に、青い瞳の天使だけが顔を赤くしていた。

カロッサはやれやれといった様子だし、リルは見慣れていたし、久居はまだ凹み気味だったが、こちらもそろそろ慣れていた。


「じゃあ俺も帰るわ。次会う時まで、お前ら皆、元気にしてろよ」

クザンが全員を見回して、声をかける。


「リルは、毎日修練欠かすなよ」

「うんっ」

「久居は、ちゃんと休め。今は休むのが仕事だ」

「はい」

「そこの天使も、カロッサの事頼むぞ」

「は、はいっ!」

レイが、声をかけられると思ってなかったのか、慌てて背筋を伸ばす。

「カロッサ、リリーをよろしくな」

「ふふっ。律儀ねぇ」

カロッサは苦笑している。

「リリー、……愛してる」

リリーは、返事の代わりに微笑んだ。

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