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33話 過ぎた事(中編)

リル達の暮らしていた妖精の集落から、少し山を下った森の中。

三年前、フリーと菰野の凍結姿を隠すため、リル達は凍結した二人を取り囲むように小屋を建てていた。


二人の凍結膜が置かれた部屋の他には一室だけの簡素な作りだったが、修行時代はリリーに会ったり、凍結されている二人の顔を見に来る度、ここに泊まっていた。


あれから三日後の昼前、クザンの都合に合わせ、この小屋の前に全員が集まっていた。


「なっ……」

久々に会ったクザンは、相変わらずラフな格好をしていたが、髪だけは、おそらく会ったついでにヒバナに手を入れられたのだろう、整えられていた。

そのせっかく整った髪を、乱暴にぐしゃぐしゃとかき混ぜるとクザンが叫んだ。

「何で増えてんだよ!!!!」


クザンの前には、凍結された久居が置かれていた。

膜の中の久居をじっと観察しながら、クザンが低く唸る。

「くそっ……。誰にやられた?」

クザンの隠そうとしない怒気に、場の全員が威圧される。

「リル、答えろ」

ギロリと目の据わったクザンに睨まれて、リルが一歩後退りそうになった時、そばの小屋からリリーが出てきた。

「あらあら。クザン、気持ちはわかるけど、ちょっと抑えた方がいいわよ。ほら」

リリーの示す方を見れば、見慣れない天使が一人、怒気による威圧を受けて青い顔をしている。

その向こうでは、変態がなぜかうっとりと頬を染めてこちらを見ていたが、それは見なかった事にする。


「……お前は何者だ」

まだ怒気に包まれたままのクザンに見据えられ、レイの肩が跳ねた。

「レイ君、落ち着いて答えれば大丈夫よ。今はちょっと怒ってるけど、怖い人じゃないから」

顔を寄せてきたカロッサに、そっと小声で囁かれて、レイの顔色はもう何色かわからない有様だ。

それでも、カロッサの手前無様な姿は見せまいと、レイは静かに息を吸い込んで、答える。

「っ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。

 私は、レイザーランドフェルト=ハイネ・カイン=シュリンクスと申します。

 ヨロリ様、カロッサ様の警護を担当しております」

なんとか胸を張りそこまで言うと、レイは頭を一礼し、姿勢を正してもう一度クザンを見返した。

「……ふぅん。挨拶くらいはできるか」

クザンは、そう呟くと怒気を収めて

「俺は玖斬クザン、リルの父親だ」

と応じた。


「で、久居は誰にやられたんだ?

 こいつそんな簡単に隙見せるヤツじゃねえだろ。

 リル、お前サボってたのか?」


「う……」

クザンにジッと見られて、リルが俯く。

それは、遠回しな肯定だった。

「……気を抜いたのか、戦闘中に」

「……っ……」

リルがボロボロ泣き出すのを見て、クザンがため息を吐く。

「……まあ、もう自分で反省できるだろうが、二度とすんなよ」

クザンは、リルの肩に大きなその手を添えると、リルの目を覗き込んで真剣な声で告げる。

「こんな事は、もう二度と。だ。分かるな?」

「っ、ぜったい……もうしない……っ」

涙に震える声のまま、それでも強く、リルが答えた。


「よし、じゃあお前はリリーに慰められとけ」

クザンは、リルの肩をそのまま掴むと、ぽい。とリリーに投げ寄越す。

リルがリリーに受け止められたのを見て、クザンはくるりと久居の方へ向き直った。

雑な手招きで、カロッサが呼ばれる。

「カロッサ、久居の凍結解除はすぐできるのか?」

問われて、腕を緩く組みながら、カロッサが答える。

「できるけど、解除して大丈夫なの?」

「久居は、ここに見えてる以上に出血したのか?」

クザンは、久居と共に包まれている血溜まりを指した。

「うーん。私達も結構血まみれになっちゃったし、まだ周りにも少しは飛び散ってたけど、この足元に溜まってる分で八割は超えてるんじゃないかしら」

カロッサの言葉に、クザンが頷く。

「ならまあ、俺から五百、変態から千入れてやりゃ十分だろ。こいつがどんだけ血を流せば死ぬかは、分かってるからな。傷自体は、胸さえ塞げばあとは簡単なもんだ」

簡単そうに言うクザンに、カロッサがほんの少し苦笑する。

「ふーん? まあ、あんたが大丈夫って言うならいいわ。でも、よく久居君の怪我の理由まで分かったわねぇ」

「ほぼ正面から傷を負ってるからな。こいつにこんな傷が出来るのは、リルを庇う時くらいのもんだ」

膜の中の久居をじっと見つめるクザンの横顔に、カロッサは意外なものを見た様な気がして、思わず口元を緩ませた。

「ふーん」

クザンは、意外と真面目に、ちゃんと師匠をしていたようだ。


「玖斬様? その人間について、随分お詳しいのですね?」

突如、久居の膜とクザンの間に、にゅるりと変態が割り込んだ。かなり強引に。

クザンは、いかにも嫌そうに顔を顰めると、ため息と同時に吐き捨てた。

「なんだ変態、嫉妬か? 相変わらずキモいな」

「ほんと、さすが変態ね」

「ぐふっ」

クザンとカロッサの連続攻撃に、ヒバナが心を砕かれその場に崩折れる。

クザンは、そんな従者の背に苦笑を投げると、真剣な声で言った。

「おい火端、人の治療に使う分の血を、俺に分けてくれないか」

珍しく名前を呼ばれた変態が、変態らしいヌラリとした表情を浮かべて答える。

「玖斬様のお望みとあらば、この火端、一滴残らず差し出す所存です!!」

「よし、よく言った!」

クザンが、満面の笑みで、地に膝をついていた自分より背の高い変態の頭をガシガシと乱暴に撫で回しながら言葉を続ける。

「こいつ治した後、もう一人いるからな、出血多量な奴が!」

「……」

変態の顔色が、ちょっと変わったような気がするが、何も言わないところを見るに、二言はないのだろう。


かくして、久居の治癒は始まった。


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