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24話 海の記憶(前編)

「くーちゃんっ!!」

空竜の翼の一部が吹き飛び、ガクンと一瞬落ちかける。

悲痛な鳴き声を上げながら、穴の空いた翼で尚羽ばたき続ける空竜。

グラグラと不安定ながらも進むその先に、ようやく海が広がってくる。

しかし翼からの出血は止まる気配がない。


「空竜さんは泳げますか!?」

苦しげな空竜の鳴き声に、リルが「泳げるって!」と返事をする。

「可能な限り、海へ進んでください!」

久居は自身の迂闊さを呪う。

(空竜と同様でリルも耳がやられていたのに、私がもっと地表を警戒するべきでした!!)

つまり、あの火筒は、撃墜のためのものではなく、連絡用だった。

狙いを定めなかったのは、とにかく撃ち上がればなんでも良かったからだ。

それでも、空竜なら空に逃げ切れると、気を緩めてしまった。

「リルは、着水……海に浸かると同時に炎を一度消してください」

「分かった! けどボク泳げないよ」

「なんとかします」

「あ、また炎が来る!」

今度は大分早いリルの知らせに、久居は聴力の回復を確信しつつ、障壁を張る。

かなりの長距離を豪速で飛来する火球。あの勢いは殺しきれそうにない。

「リル、炎をもっとください、障壁に!」

言われて、リルが障壁に纏わせた炎を厚くしたのと、火球が障壁に当たったのは、同時だった。


火球と障壁が一瞬接触し、お互いに焼けつくような嫌な音を立てて離れる。

久居が斜めに構えた障壁で、火球は大きく脇に逸れて吹き飛んでいった。


「なんか飛んできてる!」


(炎以外の何か……?)

久居がリルの指す方向へ障壁を向けようとした瞬間、空竜が無事だった方の片翼をビクンと大きく跳ね上げた。

「ギャウッッ!!」

「くーちゃんっ!!」

良く見ると、その翼には人の指ほどの針が3本、深々と刺さっている。

それは、久居が先の戦闘で長身の鬼に放ったものとほぼ同じ物だった。


「当ったり〜ぃ」

木の上で長身の男が、橙色の三つ編みを揺らして笑う。

「あれでは落ちんだろう」

地上で次の火球を肩上に構えた大男が、不服そうに返事をする。

「じゃあ、どっちが先に落とすか勝負しようぜ。負けた方が今回の報告な」

橙色の男がニヤリと笑って提案するも、大男は無視して駆け出す。

「海に逃げられると厄介だ。さっさと潰すぞ」

二人の鬼は、空中でもがき失速する竜を目指して走る。



リルの耳には、そんな鬼達の会話が届いてしまった。

「……酷い」

空竜達を包んでいた炎が、ゆらりと揺れる。

温かな炎の光が、冷たく澄んだ水色へと変わってゆく。

「くーちゃんのこと、傷付けて……」


ぞくりーーと寒気を通り越し、恐怖が全員を支配する。

息をするのが、声を出すのが苦しい。


「ーーっリル!」

掠れた声で、久居は必死にリルの名を呼んだ。


「久居……」

リルが久居をゆっくり見る。

瞳にいっぱい溢れた涙。

少し虚な色をしているが、まだ意識はある。


どうすれば、なんと言えば……。

久居が焦りを滲ませる。

リルからは既に相当量の炎が出てしまっている。

これを正しく処理しなくては、全員が溶けて消える。


絶対に間違えてはいけない。


「あの二人を迎え撃ちます。力を貸してください」


慎重に選んだ言葉に、リルの瞳に光が戻る。

「うん!」

感情の入った返事に、久居は内心ホッとする。

炎の色はまだうっすら青みがかっていたが、まとわりつくような重苦しさはすっかり消えて、動きが取れるようになっていた。


久居はリルを空竜の上に立たせると、自身が張っていた障壁をリルに手渡す。

「今出ている炎から、このくらいずつ私の刀に分けてください。飛ばしてみようと思います」

鞠ほどの大きさを手で表すと、リルが「分かった!」と返事した。


良くも悪くも、リルは真っ直ぐだ。

喜びも、悲しみも。怒りや、憎しみも、まっすぐ相手に向けられる。

(それがまだうまく制御できないというのなら、私が、手助け致しましょう)

久居は覚悟とともに、薄水色の炎を受け取った。


海まではもう少し。


「来るよ!」


リルの声。もう久居にも敵は視認できていた。

正眼に構えた刀に、まるで串団子のように、リルが三つもくれた火球。

それを久居は上段から思い切り振り下ろし、放つ。


リルが合わせてくれたのか、火球は刀を振った以上の速度で鬼達に飛びかかった。


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