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22話 夜空(後編)

空竜はリルの予想通り、嫌がる事なくウィルを乗せ、夜空に飛び立った。

今回は三人で乗るからか、馬車より一回り大きいくらいのサイズだ。


ウィルは最初こそ大いに恐怖し戸惑っていたが、乗ってしまえばもう騒ぐことはなかった。

馬に乗れるらしいウィルは、案内のため空竜の首の付け根に跨り、リルと久居は胴体に、前からリル、久居の順で乗った。


「久居、少しだけでも休んでて。ボク支えとくから」

「そう、ですか? では少し休ませてもらいますね。申し訳ありませんが、耳での警戒をお願いします」

久居はリルの申し出を、ありがたく、少しくすぐったいような気持ちで受ける。

空竜はウィルの指示通りに動けているし、目的地まで馬で二時間……一刻ほどはかかるらしい。

空竜ならその半分ほどもあれば着くだろうが、それでも半刻ほどは休めそうだった。

横になるわけではないが、久居は少しだけ前に座るリルの背にもたれる。

「もっと、体重全部かけていいよ」

とリルに言われて久居は小さく苦笑した。

「では、お言葉に甘えて」

リルの背中側から、久居は両手をリルのお腹に回して体を預ける。ぐらつく様子は微塵もない。

リルの柔らかい髪は、夜でもふわりとお日様の匂いがした。

久居はそっと目を閉じ、体から少しずつ力を抜く。


しばらく、リルは久居を気遣ってか黙っていた。

だが、そのうちつまらなくなってきたのか、リルはウィルに話しかけた。

「ねえねえ、おじさんの子どもは何歳なのー?」

風を切ってぐんぐん飛ぶ空竜に進路を示していたウィルが、風の音で声が聞き取り辛いのか、こちらを振り返る。

「子どもと言っても、君よりは大きいぞ。今年で十六になるレディだ」

ウィルはここまでずっと悲壮な表情ばかりだったが、ようやく少し落ち着いたのか、笑顔とまではいかないが、少し緊張の残った横顔で返す。

「えー、ボク十七歳だもん、ボクの方が大きいよ」

「十七!?」

ウィルは、ぷんすこ。という風に憤慨した小さな少年に思わず驚く。が、そうだ、この子は鬼なんだ。と思い直してその姿をもう一度眺める。

ツノは帽子で隠されているのだろうか。耳も地上ではほとんど布に隠れていたが、今は風に煽られて、人より長く尖ったそれがよく見えていた。

リルも視線を感じたのか「あっ、耳。……見えると怖い?」と慌てて両手で耳を隠しーー。

ゴウッ。と突風に煽られて、両手を離したリルがぐらりと傾く。


「危ないっ!」


ウィルにできたのは叫ぶ事だけだった。


ひょい。と久居が傾いたリルを戻す。

「気を付けてくださいね」

とだけ告げると、久居はまた元の姿勢に戻って目を閉じた。


リルが「えへへ、失敗失敗」と恥ずかしそうに苦笑している。

空竜も、気を付けろとでも言うように短く一声鳴いた。


ウィルは、まだ心臓がバクバクしていた。胸を押さえて、小さく呻く。

「二人揃って、落ちたかと、思った……」

ウィルにとってはひとりごとだったが、リルには聞こえていたらしい。

「おじさん、ごめんね、びっくりさせちゃって」

リルが心配そうにウィルを見上げる。

落ちそうになった本人に心配されて、ウィルは思わず笑みを漏らした。

「ぷっ、あはは! いや、二人が無事でよかったよ」

こんな風に笑ったのは、いつぶりだったのか。

ウィルの目尻にほんの少しの涙が滲む。


まだ心配そうに、そしてちょっと困ったようにこちらを伺っているリルに、ウィルがわずかに目を細めて言う。

「私が勝手にびっくりしただけだ、気にしないでくれ」

言われたリルは、嬉しそうに

「うん!」

と大きく頷いて「おじさんが良い人で良かった」と笑った。


ウィルは思いもよらない言葉に目を見開く。

(……この、私が。………………良い人……?)

ウィルは自分の手首……腕輪のあった部分を見て思う。

(自分可愛さに、罪の無い人々を……、日々を一生懸命生きていただけの人達を殺した。

 ちょっとやそっとじゃない、大勢だ。老若男女問わず、皆……皆死んだ。

 そんな私が、良い人と……、しかも、こんな小さな、鬼から言われるなんて……)


「どうしたの? おじさん」

しばし固まってしまったウィルに、リルが不思議そうに尋ねる。

「いやその……何と言ったら良いか……」

ウィルは、ふいに涙が溢れそうになって、前を向く。

ウィルがずっと許せなかった自分が、今、この少年に許されたような気がした。

「ほら、そろそろ見えてきた。あそこが私の村だ」

まるで今気付いたように、ウィルは行く手を指して言う。

(少し声が震えてしまったが、この風の音が誤魔化してくれる事を祈ろう)

ウィルの指した先には、雑木林に半分ほど囲まれた、民家が中心の落ち着いた集落があった。

その奥に一軒だけ塀に囲まれた立派な屋敷が建っている。そこが、ウィルの家だった。


「寂れた村だからな。庭の広さと何も無さには自信があるぞ」

とウィルが冗談めかして言った通り、ウィルの邸宅は思ったより広かった。

特に裏庭は邸宅に隠れて他の民家からの視線も届かず、空竜の着陸に十分過ぎるほどの面積があった。

「あそこに降りておくれ」

とウィルに言われた空竜が、クオンと小さく鳴いた。


(着地前に久居君を起こさなくては)とウィルが振り返ると、いつの間にか姿勢を正した久居に、逆にリルが寄りかかっていた。

久居は休んでいただけで、一度も寝てはいなかったのだろう。

「えへへ、ボクお役立ちだった?」

久居の胸元に寄りかかるリルが、甘えるように尋ねる。

「ええ、今日は本当に助けられてばかりです」

久居が目を細めて答える。

ウィルは『今日は』の部分が微妙に気になったが、当のリルはニコニコと嬉しそうだ。

「着地するぞ!」

ウィルが二人に声をかける。

「はーい」

「ありがとうございます」

と二人の返事が来た。

ウィルには、空を飛ぶ竜というのがどんな風に着地をするのか分からなかったが、衝撃に備えるべく毛束に足をかけて中腰の姿勢を取る。

が、空色の竜は意外にも軽やかに、ふわりと弧を描くように着陸した。


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