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14話 金と白(後編)

金髪の青年が放った渾身の水流を、クリスの放つ風が木っ端微塵に吹き散らす。

その光景に、青年は顔面蒼白となった。


高い位置で散らされた水達が、場の全員に雨のように降り注ぐ。

クリスは、立て続けの技の使用で肩を揺らしながらも、青年に向かって言った。

「しつこく腕輪を狙ってくるから、てっきりこれが何だか分かっているのかと思ってたけど……。そうじゃなかったみたいね」


少女の言葉に、青年はようやく気付く。

(ど、どういうことだ!? まさか、これではあれに勝てないと言うのか……!?)

動揺を隠し切れない青年へ、クリスが歩を進める。

「その腕輪、返してもらうわよ……」


そんな二人のやりとりを、ハラハラしながら見守っていたリルが、近付く足音に振り返る。

「久居!」

「リル!」

久居はリル達の無事を確認すると、降りしきる雨の中、息を整えながら周囲を見渡す。

(これは……。局地的な夕立……と言うにも、流石に不自然過ぎますか)


その奥でクリスがもう一度、風を振るう。

腕輪を返そうとしない金髪の青年が、壁に叩きつけられた。

「ぐあっ!!」

それを追うように、クリスが壁際へと進む。

青年は体を震わせつつも、何とか上半身を起こした。


「そっちから、わざわざ持って来てくれて助かったわ」

クリスが、まだ腕輪を返す気のなさそうな青年へ、もう一撃入れるべきかと悩む間に、クリスの足元で倒れていたコート男が動いた。


「クリス!!」

それに気づいたリルが声をあげる。

「え」

男はクリスの背後から、右腕で少女の首を締めると、左手で腕輪を掴んだ。

「きゃっ!」

駆け寄る久居とリルに、男の鋭い声が飛ぶ。

「動くなっ!!」

二人は足を止めるしか無かった。

せめてもう少し近くであれば、いや、酒が入っていなければ、と久居が悔やむ。

コートの男は、クリスの首を締め上げる。

険しい表情で顎を引いて抵抗していたクリスだが、男の腕力の前に、次第に苦しげな表情へと変わった。

「クリス!!」

息を詰まらせたクリスの金色の瞳に、じわりと涙が滲む。

「クリスを放せ!!」

リルが必死に叫ぶ。

「おいおい、そんな事言われて素直に放す奴がいるか」

金髪の青年が答える。

いつの間にか、コートの男はもう一人意識を取り戻し、立ち上がろうとする金髪の青年に手を貸した。

「あいつらを縛り上げろ」

「はっ」

命じられ、コートの男が縄を取り出しリルと久居に向かう。

なすすべもなく縛られるリルは、悔しげな表情を浮かべている。

久居は、縛られれば敵の監視が疎かになるだろうと踏み、大人しく縛られた。


(クリス……!!)

リルは、どうすることもできずに、コート男の腕の中でもがくクリスを見つめる。


「腕輪をよこせ!」

ぐいと左腕を引き上げられても、クリスは全力で抵抗を続けていた。

「おい、やめろ、腕が折れるぞ!!」

(そんなの構わないわ!!)

何としてもその腕輪に触れようと、クリスが無理に腕を曲げる。

(これを奪われたら、あの世で皆に合わせる顔が無いんだから!!)

瞬間、白い影がクリスの前に立つコート男へ飛びかかる。

「うわっ!!」

顔面に酷い掻き傷を付けられ仰け反る男を蹴って、白い影はクリスへ向かって跳ぶ。

「牛乳!」

クリスの喜びの声。

牛乳は、クリスの手首を掴む男の手を引き裂いた。

「ぐあっ!!」

クリスがその隙に、男の腕からすり抜ける。

回転しつつ着地しようとする牛乳に、顔を掻かれた男が血の滲む顔で腕を振り上げた。

「牛乳っ!」

リルが思わず叫ぶ。

牛乳の頭上から、組まれた両手が力一杯振り下ろされた。

鈍く何かがぶつかる音と、牛乳の悲鳴は、ほぼ同時に聞こえた。

咄嗟にクリスが振り返る。

その目に、地に伏し痙攣する白猫の姿が映る。

「牛乳!!」

「クリス! 戻っちゃダメだ!!」

逃げ足をゆるめたクリスの腕を、追ってきたコートの男が掴む。

背後から両腕を男の両手に拘束されたクリスが、それでも叫んだ。

「牛乳っ!!」

牛乳はクリスにとって、最後に残った唯一の家族だった。

白猫を殴った男が、地で跳ね転がった牛乳へ大股で近付いてゆく。

「やめて!!!」

少女の悲痛な叫びを聞きながら、男は力を込めてその猫を踏み潰した。

「ぎにゃあああぁぁぁああぁぁっっ」

ゴキべキと細い何かが踏み砕かれる音ともに、牛乳の四肢がビクンと跳ねる。

その後で、細く長い尻尾が、ぱたり。と地に落ちた。


それきり、猫は動かなくなった。


「ーー……あ……」

クリスの顔は真っ青だった。

小さく、震えているようにも見えた。

茫然自失となったクリスの左手から、金髪の青年が腕輪を外す。

「お前もすぐに後を追わせてやろう。四環守護者の生き残り」

勝ち誇ったような笑みを浮かべて、青年は言った。


(四環……守護者? クリスさんが、ですか)

久居は縄抜けに苦戦していた。

(くっ、もう少しで……)

後ろ手で術を使い縄を切ろうとしているが、どうにも酒のせいでコントロールが悪い。

ぷつん。と何かが切れる音がしたのは、久居の隣からだった。


(リル!?)

久居が、飛び退るようにして何とか身を躱す。

その背後でジュッと何かが燃え尽きた音がした。

(縄が……蒸発した音ですか!)


「どうして……」

リルが、言葉を落とすように、ぽつりと呟いた。

その全身をわずかに陽炎が包んでいる事は、よくよく目を凝らさなくては分からない。

「こんな……」

呟きを残しつつ、リルはゆらりと立ち上がった。

「酷い、事……」

リルの声に憎悪が滲んだ時、少年の全身を包む熱気が、妖しく揺らいだ。


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