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12話 交差する視線(2/3)

ドンッ!! と、激しく何かがぶつかる様な音に、リルは音のした方を振り返った。

リルの目には、夜空に舞う粉塵が見えた。


「……何……? 今の音……」

クリスの耳にも、その音はかすかに届いたらしく、不安げに顔を上げる。


(久居……)

リルは、久居が戦闘に入ったことを知った。

「ねえ、今の久居さんが向かって行った方向じゃない?」

「うん……」

リルは、耳にかかる布を、耳を包むようにした両手でほんの少し広げながら、集中して音を拾う。

「久居さん、何かあったんじゃない!?」

クリスに問われて、リルは答えた。

「うん……。誰かと戦ってるみたい……」

「え……?」

クリスの脳裏に、フードとローブの少年の姿が過ぎる。

(まさか……あいつが……)


ドンッ! ドンッ! と続けて二度の衝撃音に、クリスが駆け出す。

「私達も行かないと……!!」

「だ、ダメだよっ!」

クリスの手を、リルは必死で捕まえた。

クリスが驚きの表情で振り返る。

「ここに居ろって言われたときは、そこから動いちゃダメなんだ……」

リルの胸を、あの日の後悔が埋め尽くす。


あの日、フリーの声が聞こえて、つい、城に向かってしまった……。

ここにいると、約束したのに。

そのせいで、ボクは石を落としてしまった。

あの石がなければ、あの人は上まで来れなかったのに……。

フリーも、コモノサマも、あんな事にはならなかったのに……。


……あの時、ボクが約束を守っていたら……。



後悔に沈むリルの様子に、何か訳があることだけは感じつつも、クリスが叫ぶ。

「ーーっでも! その久居さんが危ないのよ!?」

クリスの声に、リルは不安を押し込めて答える。

「……大丈夫だよ。ボクは、久居のこと信じてる」

「久居さんが強いのは、私も分かってるけど……」

クリスは、遠い日の炎を、その熱を思い出しながら続ける。

「あいつは、違うの……」

あの日、クリスは母の背に庇われて、火の海の中にいた。

母が対峙していた相手は、ローブを纏いフードを目深に被っていた。

炎は、その手から際限なく生まれ、全てを焼き尽くした。

「あんなの……あんなのっ、人間じゃないもの!!」

クリスの、涙まじりの鋭い言葉に、リルがハッとする。


三人で修行をしていた頃、いつまでも術が使えるようにならないリルに、クザンは言った。

『いいか、リル。久居は強い』

『うんっ』

『けどな、それは「人間にしては強い」って事だぞ?』

『うん?』

『俺や、お前みたいな化け物が出てきてみろ。あいつじゃ太刀打ちできなくなる』

『ボク化け物じゃないよー?』

首を傾げるリルの頭を、クザンが撫でながら言う。

『その時のために、お前はちゃんと修行しないといけないんだぞ? 分かってんのか?』

『うんっ。ボク頑張るよっ』



リルは、先ほどまで激しい音が続いていた、今は静かになってしまったその方向を見る。

薄茶色の瞳には、堪えきれない不安が溢れている。

(久居……)

音を聞く限り、久居は劣勢のようだった。


----------


瓦解した住宅の、瓦礫の中に、久居は倒れていた。

赤い血が服のあちこちに滲み、服が吸いきれなかった鮮血が、手を伝い指先からポタポタと零れ落ちる。

顔の左半分にも浅い傷が大きく入っており、左眼は開きづらそうにしている。

左腕は動かないのか、久居は右腕だけで、なんとか体を起こした。

「人間にしちゃ頑丈だな」

ぽつりと零された言葉に、久居は思う。

(……やはり、この男は人間ではないのですね……)

左腕から少しでも血を逃さぬよう、久居は右手の平で左腕の傷口を押さえつける。

「安心しろ、最後くらい楽に死なせてやるよ」

そう言って、少年は手の内に炎を生んだ。

(あれは鬼火!?)

久居は、その炎に見覚えがあった。

(彼は、鬼ですか!!)


炎は大きく膨れ上がると、激しい熱気を撒いて久居へ飛びかかる。

「くっ」

久居は歯を食いしばり、右手を伸ばして障壁を張った。

手の平から、円を描くように広がった輪が、瞬時に盾となる。


「へぇ、障壁まで張れるとは器用な奴だ」

ローブの少年が、感心するように、そして憐れむように呟いた。

「ま、そんな薄い壁じゃ、到底防げねぇけどな」

久居の障壁は、見る間に炎に焼かれ、燃え尽きようとしている。


ローブの少年は、その障壁の術式を、どこかで見た事がある気がした。

しかし、それを確かめる間も無く、薄く広がる盾は消滅する。


圧倒的な炎の波が、久居を押し流した。


----------


ドン! という音は、腹の底に響くような音だった。

クリスの手を掴んだままのリルと、掴まれたままのクリスが、同時にそちらを見る。

家々の向こうから、黒い煙が夜空へのぼってゆく。


リルは聞き覚えのある音に、青ざめる。

(今の……、確かに炎の音だった。お父さんが炎で攻撃するときの音……)


「行くわよ!!」

クリスが駆け出そうとする。

しかし、リルはクリスの手を掴んだまま、その場から動こうとしない。

「どうして!? 久居さんは、リルにとって大切な人なんでしょ!?」

ほんの数日共にしただけのクリスにだって分かるほど、二人はいつも互いを大事にしていた。

「それはもちろん、そうだけど……」

リルは、自分が行ったところで、何の役にも立たないだろう事を知っていた。

むしろ、足手まといになるだけだろう。リルは、自分が久居の迷惑になってしまうことが、一番怖かった。

「もういいわ! 私だけ行くから!!」

クリスは黙ってしまったリルの手を、思い切り振り払った。

(腕輪のせいで人が死ぬのは、もうたくさんよ! 私が絶対止めてみせる!!)

少女は、決意を胸に走り出す。


「クリス!!」

取り残され、少女の後ろ姿に手を伸ばすリルは、その光景にあの日のフリーの背を見る。

届かなくて、止められなくて、姉は走って行ってしまった。


あの日、届かなかったリルの手は、今もまだ、フリーに届かないままだ。


「待って、クリス! ボクも行くよ!!」

泣きながら叫ぶリルの声に、クリスは足を止める。

『あんな奴置いて行こうぜ、足手まといになるだけだ』

牛乳が足元でうったえるが、クリスは躊躇わずに振り返った。

「うんっ! 一緒に行きましょ!」

あたたかく差し出されたその手を、リルはぎゅっと握って、二人は一緒に走り出す。


(久居……今行くからね……)

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