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12話 交差する視線(1/3)

住民が寝静まった静かな夜の街に、男達の呻き声と、打撃音が響く。

久居は、最後の一人となったコートの男が逃げ出そうとするのを、回り込んで止めた。

男は一瞬躊躇ったが、覚悟を決めたのか、久居へと殴りかかる。

久居は、男の繰り出した渾身の右をかわすと、強く蹴り上げた。

一撃で、男は立ち上がれなくなる。

久居は、倒れた男の襟を掴むと、ぐいと引き上げた。

「あなた方は、たった一人の女の子を相手に、この人数で寝込みを襲おうだなんて、恥ずかしくないんですか?」

『たった一人』という久居の言葉に、リルは思う。

(ボクにはいつも、フリーや久居がいてくれたけど、クリスは今まで一人だったんだ……)

リルはクリスの顔をチラリと盗み見る。

その視線に気づいた白猫の牛乳が、クリスの肩から苛立たしげに睨む。

『俺様が居るだろーがっ!』


コートの男は襟を掴み上げられたまま、ハハッと笑ってみせた。

「お前、あれをただの小娘だと思ってんのか?」

「……どう言う事ですか?」

久居の問いに、男は暗く笑う。

「ま、雇われのお前らに言うはずもねぇな」


久居の後ろでは、久居が倒した男達を、クリスが蹴り転がしている。

「な、何するの?」とおろおろするリルに、クリスは「うん、ちょっとね」と答えた。


「くそっ……いい加減離せよ!」

男は、まだ一人も仲間が殺されていない事から、久居は人を殺すつもりがないと思っているのか、襟を掴む手を引き剥がそうと手を伸ばす。

「い゛っ!」

男の手は、久居の手刀を受けてビリリと痺れた。

「そうはいきません。あなた達の本拠地へ連れて行っていただかねばなりませんからね」

(あなた方が持っているはずの、腕輪を取り戻すために……)

久居はここ数日、クリスの様子を見ていたが、彼ら以外に彼女を狙う敵は現れなかった。


考えを巡らせる久居の後ろでは、のびている男の懐から、クリスが財布を取り出している。

「お。これは結構入ってるぞーっ」と嬉しそうなクリスに、リルがどうしたら良いのか分からない様子で「あーー……」と困った声をあげている。

牛乳は男の上に乗って『俺様が押さえとくぜっ』と協力しているつもりのようだ。


久居はそんなクリスをチラと見ながら思う。

彼女は意図的に街中を転々としていた。

これを見張り無しに追うのは難しいだろう。

となれば、やはり彼女を狙っているのはこの集団のみ……。


久居は、先ほどからずっと感じていた視線を辿る。

教会と呼ばれていた建物の上、大きな鐘が下がっている辺りから視線は届いていた。


久居に見上げられ、たじろいだのはフードの少年だった。

(気付かれた!? この暗闇で……!?)

少年は、舌打ちを残すとそこから飛び降りた。


(気配が消えましたね……)

こちらを終始監視し続ける視線。

それは、久居の視力を遥かに超える距離から感じることがあった。

遠眼鏡を用いている可能性は確かにあるが、久居は、そんな物がなくとも人間よりよく見える目を持った種がいる事を知っていた。


コートの男の手足を縛って、久居がリル達を振り返る。

「リル、敵の居場所を探ってきますので、クリスさんをお願いします」

「あ、うん」

リルは顔を上げると、憂いの滲んだ瞳を久居に向ける。

クリスは相変わらず、のびた男達の財布から中身を抜き取っていた。

「お。こっちも案外……」と、呟くクリスの足元では牛乳が『俺様が見張ってるぜ』と、横たわる男の顔を睨んでいる。


「……気を付けて、行ってきてね……」

リルは、心配でたまらないという顔をしている。

「はい」

久居は、それを少しでも安心させようと、なるべく柔らかく微笑んで返した。


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ずるずると、男は久居に首の後ろを掴まれ引き摺られていた。

「お前一人でどうするつもりだ」

両腕、両膝、両足首を縛られてはいたが、男は自由な口を開いた。

「アジトには、敵が大勢待ち構えてるかも知れないぜ?」

男の言葉に久居が表情を変えないまま答える。

「……拠点の場所をすんなり教えてくださるんですか?」

「ハッ、バカにするな。言える事と言えない事の区別くらいつく」

「そうですよね」

久居は、わざと冷酷な表情を作って、ゆっくりと、低く、告げる。

これで答えてくれれば、手間が省けるというものだ。

「私が一人になったのは、これから貴方に対して行う事を、あの二人に見られたくなかったからです……」

男は、ぞくりと震えあがった。

「い、や、待て! お、教えないとは言ってない!!」

「そうなのですか?」

久居はほんの少しの期待を持って尋ねる。

「だから、そのっ、知らないんだ!」

男は縛られた両腕をバタバタと振って説明した。

「教えようにも、下っ端には教えない事になってて……」

「ええ、そうでしょうね。あの人数ですから、緘口令の徹底は難しいでしょう」

「だ、だろ!?」

男が、同意をもらって一瞬ホッとするような顔を見せる。

「だからこそ、貴方に聞いているのですよ」

久居に冷たく告げられて、男はぴたりと動きを止めた。

その顔色が、夜闇にも分かるほど青ざめてゆく。

「貴方が、この現場の責任者でしょう?」

ジッと、逃れようのない視線に囚われて、男は怯えたように肩を揺らした。


(とにかく、リルの耳にこの男の声が届かない距離までいかなくてはいけませんね……)

久居はすっかり大人しくなった男を、また引き摺って歩きだす。

口に布を詰め込んだとしても、まだこの距離ではリルの耳に届いてしまうだろう。

もう少しだけ、念のために距離を取りたい。そう思う久居を、ローブにフードを被った少年が、近くの屋根から今度は気配を絶って見張っていた。


(俺は手を出さない契約だったが……、これ以上の傍観は不味いな)

フードの少年は、小さく舌打ちすると、ひらりと地上へ舞い下りる。

(これだから人間は役に立たねぇんだよ!)


久居は、不意に現れた存在に、男を手放し構えた。

「そいつを、こちらに渡してもらおうか」

リルと同じ程度の背丈をしたローブ姿の少年が、なるべく低い声で凄む。

「……お断りするとしたら?」

久居は相手の出方を探ろうとした。

しかし、フードの少年はローブから出した手を、久居に向けて開いた。

「選択権は無い。お前にはここで死んでもらう」

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