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高倉の記憶

私の手は震えていた。

やりきったという達成感とやってしまったという一瞬の後悔。

取り返しの付かないことだ。

力を失った指先は握っていた刃物を床に落とす。

視界に入る赤色――――

目の前に転がっている男のシャツは血に染まって行く。

手に力が入らないのだから当然足にも力は入らない。

情けない。逃げられないのか。

私は俯いて絨毯にまで浸透していく父親の血液を眺めていた。

そこに、遠くから廊下を歩くような靴音――――

――――足音がする?

そんなはずはない。

使用人が丁度席を外している時を私は狙ったのだから。

再び緊張が走る。視線はドアに集中する。

「――なんだなんだ? 先客がいるじゃないか」

一瞬父親の仕事の関係かと思ったが、様子がおかしい。

確かに部屋に入ってきた男はスーツ姿でアタッシュケースを手にしていたが、この状況を見てまったく動揺していない。

いや、それ以前の問題だ。

この、威圧感。

「ほう」

男は面白そうに、転がる死体と私とを交互に眺めた。

「困ったな。お前、――――俺の仕事を奪いやがったな?」

にい、と男は笑う。

「は――――?」

男はアタッシュケースを床に放り、空いた手の指を鳴らす。

「服を着替えろ」

突然の命令。

「お前は――――」

「話はそれからだ」

何者かと、問う前に話を切られる。

仕方なく服を着替えて戻ってくると、男は余裕の表情で煙草を咥えていた。

着替えたな?、とこちらを向いた男は私が父親を殺した刃物を弄っている。

一振りして刃先に付着した血液を払うとそれをそのまま私に向けて突きつけた。

「どうする?」

「どうする……って」

「言って置くが俺は今むしゃくしゃしているんだ。お前、俺にここで殺されていくか?」

私を睨む男の目は本気だった。

私はそこで確信した。

この男は殺しを生業とする者で、つまりは私の父親を殺しに来たということを。

私の父親は私が既に殺してしまった、それは”仕事を奪った”ということなのだと。

「そこに転がってる輩よりもっと綺麗に殺してやる――――なんて、冗談だけどな」

がははと、男は笑う。

先ほどまで私を睨み付けていたと言うのに、まったく分からない。

「俺はお前をこのまま警察に連れて行く事も出来るが、お前を逃がしてやることも出来る」

男はポケットから柔らかい布を取り出すと、手元の刃物を包んでいく。

「警察に行きたくないのなら、俺に着いて来い」

そして、包み終わった刃物を私に差し出した。

不思議な人だ、と思った。

何故私を助けるような真似をするのかと。

ともかくチャンスをくれているとすれば、それに乗らない手はない。

この男について行こう。

そう、私は漠然と考えていた。

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