時刻は0時を回っていた。
小柄な看護師に案内され、やってきたのは個室。
「さー、お静かにお願いしますよ。面会の時間はとっくに過ぎてるんですからねっ」
そう言う本人の声の方が大きいが、私は特に反論せずに病室へ踏み入れていた。
電気はついておらず、一瞬彼女がまだ寝ているのではないかと思ったが、それは違ったようだ。
「――たかくら、さん?」
奥から左鷺玲の声がした。
「ああ、……電気は、つけないのか?」
私は、最初に彼女と会ったときのように、どう接すればいいのか戸惑っていた。
「ずっと暗くしていたので、目が慣れてしまって。このままで大丈夫ですよ」
「……そうか」
隔てるカーテンをそっと開けた。
そこにはいつも通りの左鷺玲がいた。
じっと見るのもおかしい気がして、私は視線をずらした。
辺りを見回す内に簡易椅子を見つけ、腰を下ろす。
どう切り出せばいいか分からない。
彼女に注がれた物の説明はあの男が済ませたはずだが、一体どこまで話したのだろう。
暫く続いた静寂を破ったのは左鷺玲だった。
「聞きました」
いろいろ、と続けながら左鷺玲は微笑んだ。
「私、また高倉さんに迷惑をかけることになってしまいそうですね」
「……ああ」
それは、私の責任だ。と、言いそうになる。
「私も――」
カーテンの隙間の向こう、ガラス窓から月の明かりが病室をうっすらと照らしている。
「普通の人じゃなくなっちゃいました」
おそらく、もう元には戻れない。
それなのに彼女は、微笑んでいた。
注射された粉末状のタグはとても小さな物で、血中を流れている状態なら透析が可能だが、どこかで詰まるなり血管に癒着してしまえば外す事は不可能だと言う。
つまり彼女は一生狙われ続ける事になる。
そんな状態で、普通と言えるわけがない。
「高倉さん」
左鷺玲に呼びかけられ、足元を見ていた私は顔を上げる。
「お願いがあります」
彼女は、真剣な表情で私を見つめていた。
「弟子にしてください」
言葉を失う――――
冗談ではないことなど、表情で分かる。
「私も強くなりたいんです。高倉さんの足手まといにはなりたくありません」
共に行動するということ――――
彼女もそれについて考えていたのかもしれない。
「私に、殺しを教えてください」
一人の少女の決意。
私はそれを感じ取った。
病室には二人。
彼等が出会ってやっと3日目になろうとしていた時である。
「分かった。私は君を弟子にしよう」
そしてまた一人。
足を踏み入れたる者。
少女――――左鷺玲は、殺し屋の弟子になる。