十六夜さんが車で迎えに来てくれたのは、十月の頭の事だった。
今は学校のテストも終わったし、毎日僕は暇だ。
相変わらず山縣は、僕の事を置いていく。
「悲しいよな。俺も分かる、春日居もたまに単独行動するからさ」
苦笑しながら運転する十六夜さんに対し、僕は頷いた。
助手同士で話すのだからと、僕は山縣には特にいうでもなく、十六夜さんの車に乗っている。
きっと山縣は、僕が日中何処に行ったかなんて、興味がないだろう。
十六夜さんと春日居さんは、少し離れた場所にある別荘地に、洋館を移築して住んでいるそうだった。髑髏館というらしい。ちょっと怖い名前だ。
二時間ほどかけて、雑談しながら到着したその洋館は、黒と白で出来ていた。
ギンガムチェックの床のエントランスを通り抜けて、僕は応接間に案内された――のだろうと、最初は思った。
だが、床に大きく髑髏が刻まれたその部屋で、僕は思わず目を見開いた。嫌な臭いがする。血の匂いだ。
僕の方へと、血だまりが筋になって流れてくる。
正面のキャットタワーには、生首が飾られている。
僕は何度か瞬きをした。
現実を認識することを、全身が拒絶していた。
しかし理解した瞬間には、総毛だって、慌てて振り返えろうとした。
「っ」
後ろから口を押さえられて、腕を取られたのはその時だった。
僕は布で何かをかがされ、そのまま意識を失った。
「ん……」
鈍い頭痛がする。
ぼんやりと目を開けた僕は、なぜ自分が椅子に座って拘束されているのか、最初理解できなかった。口枷が嵌められていて、両手は頭上で鎖に固定されている。足首にも足枷が嵌まっていて、胴体は椅子に縛り付けられていた。完全に身動きが出来ない。
「おはよう、朝倉くん」
僕の正面には、いつもと変わらない笑顔の十六夜さんがいる。
その隣の一人掛けのソファには、膝を組んで座っている春日居さんの姿があった。
……どうして?
……何が起きている?
僕は混乱しながら、二人をそれぞれ見た。すると十六夜さんが哄笑を始めた。
「犯人、分かったでしょう? いい加減」
「!」
「山縣にも解決できない連続殺人事件――それはそうだよねぇ。Sランク探偵の春日居とSランク探偵兼助手の僕が犯人だからねぇ。頭脳×2と1じゃさ、いくら山縣でも無理っしょ。あー、笑える」
お腹を抱えて、楽しそうに十六夜さんが笑っている。
隣では春日居さんも吹き出している。僕は戦慄した。
春日居さんの横には、電源の入っていない、電動ノコギリがある。
「果たして、山縣には解決できるかなぁ? んー、無理だろうねぇ。だからもうちょっと、ヒントを上げようと思ってるんだ。挑戦状は、既に送ったしね」
楽しそうにそういうと、歩み寄ってきた十六夜さんが、僕の顎を持ち上げた。そして屈んで僕の目をまじまじと見ながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「どうやって殺そうかなぁ。君の生首を見たら、どんな反応をしてくれるんだろ。どう思う? 春日居」
「――それじゃ足りないだろう。もっともっと山縣をボロボロにしてやらないとな。それには、助手を嬲るのが一番だ。なにせ、運命の絆があるからな。探偵にとって一番こたえるのは、助手をいたぶられる事だ。違うか?」
春日居さんはそういうと、手にしていた本を傍らのテーブルに置き、そこに黒ぶちの伊達眼鏡を置いてから立ち上がった。そして十六夜さんの隣に立つ。
「山縣を傷つけつくしたい。ああ、山縣には絶対に負けない。勝ちつくそう」
「そうだね、春日居。楽しもうか」
僕は唖然としながら、二人を見ていた。
――山縣を、傷つける? 僕は、それが怖い。僕が何かされるよりも、山縣の無事を祈ってしまう。けれど、僕には何もできない。できなかった。僕は、無力だ。
「人間としての尊厳を、消してあげようかなぁ? どう思う? 春日居」
「ああ、痛めつけてやろう」
二人が僕を見て嘲笑している。
バシン、と。
その時音がして、僕の背中に痛みと熱が走った。
鞭で叩かれ、僕は体を震わせる。二度、三度と僕は叩かれた。
「――、――!」
その内に、痛みから僕は意識が曖昧になっていった。ただ正面に、その姿を撮影していカメラがあるのだけは、漠然と理解していた。
――その後、我に返ったというのが、正しいのかは分からないが、気づくと僕は虚ろな瞳を揺らしていた。力の入らない体で、僕は椅子に座らせられている。胴体を拘束され、後ろ手に縛られているが、きっとそうされていなくても、僕は動くことがもうできない。
思考が曖昧で、意識も曖昧で、自分が夢を見ているのか、現実を見ているのかも、よくわからない。僕は、どのくらいの間ここにいるのだろう。時間の感覚なんてとうになかったし、体の感覚すら乖離している気がした。
床を踏むかかとの音がし、僕が顔を上げると、春日居さんが立っていた。
電動ノコギリの音がする。
ゆるゆると視線を向ければ、スイッチが入っていた。十六夜さんの姿はない。
代わりに僕は、部屋中に飾られている生首を視界に捉えた。
「さて、仕上げだな。朝倉くんの首をプレゼントしたら、山縣はどんな反応をするのか。実に楽しみだ。君をいたぶった動画は、既に送付済みだよ」
春日居さんが何か言っていたが、僕の耳には入らない。喋っているのは分かるけれど、聴覚がもう言葉を拾わない。僕はただ、ぼんやりと、生首達を眺めていた。
その内に、一瞬だけ意識が戻り、凍り付いた。
「あ」
その一角に、猫の生首があったからだ。
それは、僕と山縣の愛猫だった。
「ああああああ!」
僕は泣きながら絶叫した。
電動ノコギリが振り上げられる。
僕も、死ぬのか。
きっと僕の首を見たら、山縣は肉の塊だというのだろう。
でも、猫の首を見たら、山縣は泣いてしまう気がした。
あんなにも、可愛がっていたのだから。
「半分くらい、顔の皮膚をはがすのもいいな。綺麗なその顔、焼くのもいいか」
刃が近づいてくる。
――轟音がして、扉が破壊されたのは、その時のことだった。
直後銃声がした。
僕の目の前で、春日居さんの体が傾く。
「朝倉!」
直後、僕は抱きしめられていた。僕の体に腕を回し、山縣が拘束を解いてくれる。僕は山縣の腕の中に倒れこみ、震えている山縣を見た。山縣がこんな風に、怯えたような顔で、泣きそうになって震えているなんて、そんなのはありえないから、やはりこれは、夢なのだろう。
そのまま僕は、意識を手放した。