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第17話

 十六夜さんが車で迎えに来てくれたのは、十月の頭の事だった。

 今は学校のテストも終わったし、毎日僕は暇だ。

 相変わらず山縣は、僕の事を置いていく。

「悲しいよな。俺も分かる、春日居もたまに単独行動するからさ」

 苦笑しながら運転する十六夜さんに対し、僕は頷いた。

 助手同士で話すのだからと、僕は山縣には特にいうでもなく、十六夜さんの車に乗っている。

 きっと山縣は、僕が日中何処に行ったかなんて、興味がないだろう。

 十六夜さんと春日居さんは、少し離れた場所にある別荘地に、洋館を移築して住んでいるそうだった。髑髏館というらしい。ちょっと怖い名前だ。

 二時間ほどかけて、雑談しながら到着したその洋館は、黒と白で出来ていた。

 ギンガムチェックの床のエントランスを通り抜けて、僕は応接間に案内された――のだろうと、最初は思った。

 だが、床に大きく髑髏が刻まれたその部屋で、僕は思わず目を見開いた。嫌な臭いがする。血の匂いだ。

 僕の方へと、血だまりが筋になって流れてくる。

 正面のキャットタワーには、生首が飾られている。

 僕は何度か瞬きをした。

 現実を認識することを、全身が拒絶していた。

 しかし理解した瞬間には、総毛だって、慌てて振り返えろうとした。

「っ」

 後ろから口を押さえられて、腕を取られたのはその時だった。

 僕は布で何かをかがされ、そのまま意識を失った。

「ん……」

 鈍い頭痛がする。

  ぼんやりと目を開けた僕は、なぜ自分が椅子に座って拘束されているのか、最初理解できなかった。口枷が嵌められていて、両手は頭上で鎖に固定されている。足首にも足枷が嵌まっていて、胴体は椅子に縛り付けられていた。完全に身動きが出来ない。

「おはよう、朝倉くん」

 僕の正面には、いつもと変わらない笑顔の十六夜さんがいる。

 その隣の一人掛けのソファには、膝を組んで座っている春日居さんの姿があった。

 ……どうして?

 ……何が起きている?

 僕は混乱しながら、二人をそれぞれ見た。すると十六夜さんが哄笑を始めた。

「犯人、分かったでしょう? いい加減」

「!」

「山縣にも解決できない連続殺人事件――それはそうだよねぇ。Sランク探偵の春日居とSランク探偵兼助手の僕が犯人だからねぇ。頭脳×2と1じゃさ、いくら山縣でも無理っしょ。あー、笑える」

 お腹を抱えて、楽しそうに十六夜さんが笑っている。

 隣では春日居さんも吹き出している。僕は戦慄した。

 春日居さんの横には、電源の入っていない、電動ノコギリがある。

「果たして、山縣には解決できるかなぁ? んー、無理だろうねぇ。だからもうちょっと、ヒントを上げようと思ってるんだ。挑戦状は、既に送ったしね」

 楽しそうにそういうと、歩み寄ってきた十六夜さんが、僕の顎を持ち上げた。そして屈んで僕の目をまじまじと見ながら、歪んだ笑みを浮かべる。

「どうやって殺そうかなぁ。君の生首を見たら、どんな反応をしてくれるんだろ。どう思う? 春日居」

「――それじゃ足りないだろう。もっともっと山縣をボロボロにしてやらないとな。それには、助手を嬲るのが一番だ。なにせ、運命の絆があるからな。探偵にとって一番こたえるのは、助手をいたぶられる事だ。違うか?」

 春日居さんはそういうと、手にしていた本を傍らのテーブルに置き、そこに黒ぶちの伊達眼鏡を置いてから立ち上がった。そして十六夜さんの隣に立つ。

「山縣を傷つけつくしたい。ああ、山縣には絶対に負けない。勝ちつくそう」

「そうだね、春日居。楽しもうか」

 僕は唖然としながら、二人を見ていた。

 ――山縣を、傷つける? 僕は、それが怖い。僕が何かされるよりも、山縣の無事を祈ってしまう。けれど、僕には何もできない。できなかった。僕は、無力だ。

「人間としての尊厳を、消してあげようかなぁ? どう思う? 春日居」

「ああ、痛めつけてやろう」

 二人が僕を見て嘲笑している。

 バシン、と。

 その時音がして、僕の背中に痛みと熱が走った。

 鞭で叩かれ、僕は体を震わせる。二度、三度と僕は叩かれた。

「――、――!」

 その内に、痛みから僕は意識が曖昧になっていった。ただ正面に、その姿を撮影していカメラがあるのだけは、漠然と理解していた。

 ――その後、我に返ったというのが、正しいのかは分からないが、気づくと僕は虚ろな瞳を揺らしていた。力の入らない体で、僕は椅子に座らせられている。胴体を拘束され、後ろ手に縛られているが、きっとそうされていなくても、僕は動くことがもうできない。

 思考が曖昧で、意識も曖昧で、自分が夢を見ているのか、現実を見ているのかも、よくわからない。僕は、どのくらいの間ここにいるのだろう。時間の感覚なんてとうになかったし、体の感覚すら乖離している気がした。

 床を踏むかかとの音がし、僕が顔を上げると、春日居さんが立っていた。

 電動ノコギリの音がする。

 ゆるゆると視線を向ければ、スイッチが入っていた。十六夜さんの姿はない。

 代わりに僕は、部屋中に飾られている生首を視界に捉えた。

「さて、仕上げだな。朝倉くんの首をプレゼントしたら、山縣はどんな反応をするのか。実に楽しみだ。君をいたぶった動画は、既に送付済みだよ」

 春日居さんが何か言っていたが、僕の耳には入らない。喋っているのは分かるけれど、聴覚がもう言葉を拾わない。僕はただ、ぼんやりと、生首達を眺めていた。

 その内に、一瞬だけ意識が戻り、凍り付いた。

「あ」

 その一角に、猫の生首があったからだ。

 それは、僕と山縣の愛猫だった。

「ああああああ!」

 僕は泣きながら絶叫した。

 電動ノコギリが振り上げられる。

 僕も、死ぬのか。

 きっと僕の首を見たら、山縣は肉の塊だというのだろう。

 でも、猫の首を見たら、山縣は泣いてしまう気がした。

 あんなにも、可愛がっていたのだから。

「半分くらい、顔の皮膚をはがすのもいいな。綺麗なその顔、焼くのもいいか」

 刃が近づいてくる。

 ――轟音がして、扉が破壊されたのは、その時のことだった。

 直後銃声がした。

 僕の目の前で、春日居さんの体が傾く。

「朝倉!」

 直後、僕は抱きしめられていた。僕の体に腕を回し、山縣が拘束を解いてくれる。僕は山縣の腕の中に倒れこみ、震えている山縣を見た。山縣がこんな風に、怯えたような顔で、泣きそうになって震えているなんて、そんなのはありえないから、やはりこれは、夢なのだろう。

 そのまま僕は、意識を手放した。

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