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第14話

 探偵機構主催のキャンプの日が訪れた。九月の上旬の事で、僕達は新幹線と鈍行を乗り継いで、目的地のキャンプ場へと向かった。招かれていたのは、Sランクと一部のAランク探偵、及びそれぞれの助手だ。

「あー、久しぶりじゃん。朝倉くんだよね?」

 キャンプ場の入り口で、僕は声をかけられた。顔を上げると、そこにはSランク探偵兼助手の十六夜紫苑さんが立っていた。その隣には、春日居孝嗣さんの姿もある。春日居さんの、探偵ながらに助手もしているのが十六夜さんだ。

 十六夜さんは僕に声をかけてへらりと笑うと、楽しそうな眼をして歩み寄ってきた。

「お久しぶりです」

 たった一度だけ、捜査で会った事がある。

「会いたかったんだよねぇ、俺。ほら、Sランクの探偵って特殊じゃん? 色々悩みもあるし、俺達なら分かり合える気がしてさ」

「あ……その、色々教えて頂けたら嬉しいです」

 僕が微笑を返すと、明るい笑顔で十六夜さんが頷いた。

 その隣にいる精悍な顔立ちをした春日居さんも、両頬を持ち上げて僕達を見ている。僕はそれから自分の隣を見た。山縣は、どこか不機嫌そうに二人を見ている。何故だろう? そう考えていると、御堂さんと日向の姿が視界に入った。なんとなく嫌な気持ちになっていると、気づいた二人がこちらへと歩み寄ってきた。

「この前は、ごめんね。朝倉くん」

「っ、いえ……」

「冗談が行き過ぎた。日向にも怒られたんだよ」

 そういうと御堂さんは、日向を見て苦笑した。日向は不機嫌そうな顔で頷いた後、僕を睨んだ。僕を睨まれても困る。

 その後僕達は、キャンプをするコテージへと移動した。

 夜は、BBQだった。素材そのままの味の串焼きを食べつつ、僕は山縣の様子を窺う。特に味に対して、不満を述べる様子はなかった。

 探偵と助手は、二人一部屋だったので、僕はダブルベッドの壁際に横になった。

 ベッドは一つしかなく、隣には山縣が寝転んでいる。

「っ」

 少しした時、壁際を向いていた僕を、後ろから山縣が抱きしめた。

「な、なに?」

「お前、距離取りすぎだろ」

「え、え?」

「意識しすぎだ」

「だ、だって……」

 そのままその夜は、僕は山縣に抱きしめられて眠った。正直、ドキドキしすぎて、あまりよく眠れなかった。

 翌日のプログラムは、登山だった。僕は山縣と一緒に歩きながら、前を歩く御堂さんと日向の背中を見る。親しそうに話している姿を目にし、学校での日向はいつも嫌味だから、全然違うなぁと考えていた。御堂さんを見る目が熱っぽくて、頬が紅潮している。御堂さんもまた、優しい笑顔を日向に向けている。

 僕はチラリと山縣の横顔を見た。僕は作り笑いをしていることも多いが、山縣は相変わらずめったに笑わない。僕達の間に、談笑は存在しない。今もお互い、黙々と登山道を歩いている。

「なんだ?」

 すると山縣が僕の視線に気づいた。僕は慌てて笑顔を浮かべて首を振った。

 そうして進んでいくと――日向が足を取られて、僕の方に倒れてきた。慌てて僕は受け止めたのだが、その時運悪く木が倒れてきた。日向が転んだ時に、足が木を支えていた縄にかかったらしい。僕は日向を抱きしめるようにしてかばい、ギュッと目を閉じ、衝撃を覚悟した。

 しかし覚悟していた衝撃は訪れなかった。恐る恐る目を開けると、僕達を抱き寄せた山縣が、落下していく木を睨んでいた。

「大丈夫?」

 僕は腕から日向を開放する。山縣はそれよりも一歩早く横に退いた。

「う、うん。ありがとう」

 日向は真っ蒼な顔をしている。御堂さんが走り寄ってきて、日向を抱きしめた。

 僕もまだ鼓動が煩い。

 すると山縣が、僕の肩を強く掴んだ。

「お前は馬鹿なのか? 人をかばって、自分が怪我をしたら意味がないだろ。自分を優先しろ」

 怒っている山縣の冷たい目を見て、僕は何度も頷いた。

「ご、ごめん」

「まぁまぁ! 山縣、人助けは立派じゃん? 俺は心優しい朝倉くんは、褒められるべきことをしたと思うけどねぇ」

 その時、僕の後ろから、十六夜さんがそう声をかけてくれた。

「ああ。十六夜のいう通りだ。俺もそう思う」

 春日居さんもそう声を放つ。すると険しい顔をしてから、山縣が顔を背けた。

 僕は、山縣が本当は、僕の心配をしてくれたのだと分かっているから、小さく口元を綻ばせた。苦笑が浮かんでくる。

 このようにして、登山の時は流れていった。

 下山し、キャンプ場へと戻ると、日向に袖をひかれた。

「一緒にお土産買いに行こうよ」

「え? う、うん」

 僕はその誘いに頷いた。二人で学校のみんなに買っていくのもいいと思ったからだ。

 こうして二人で、お土産が売っているキャンプ場のラウンジへと向かった。

 僕はクッキーの箱を見る。

「ありがとうね」

 その時、ボソっと日向がいった。驚いてそちらを見ると、プイっと顔を背けられた。思わず僕は小さく吹き出して頷いた。

 こうしてお土産を買い、二人で外へと出た。そして道を歩いていた時だった。

「おー。美人が二人もいる」

「男だけど、これは可愛いな」

 僕と日向は、そろって立ち止まった。見れば数人の青年が、僕達を取り囲んでいた。ニヤニヤと笑っている。

「俺達、ヤれる子探してたんだよねぇ。相手してよ」

「なっ」

 僕は驚いて目を見開いた。すると日向が唇を強く噛んでから、相手を睨みつけた。

「誰があんたらみたいな雑魚の相手をするっていうの? 鏡を見て出直してよ」

「ひ、日向!」

 煽った日向に、僕は狼狽える。慌てて日向の前に腕を出して、庇おうとした。

 ――その時だった。

「全くだ。俺らの連れに手を出そうっていうのか?」

 低い声が響いた。いつもとは口調が違っている、怒気を含んだ御堂さんの声に、僕は振り返る。するとその隣にいた山縣が、後ろから僕を抱きしめた。

「Sランク探偵の山縣!?」

「Aランク探偵の御堂!?」

 そこで男達は、狼狽えたような声を出し、散り散りに逃げていった。

「ど、どうしてここに?」

 腕の中で首だけで振り返り僕が尋ねると、片目だけを細めた山縣が、呆れたような顔をした。

「お前らの帰りが遅いからって、御堂が気にして、迎えに来たんだよ」

「――心配して様子を見に行こうって言ったのは、山縣も同じじゃないかな?」

 二人の声に、気が抜けて、僕は大きく吐息した。

 このようにして、キャンプは終了した。帰り際に、十六夜さんと僕は、Sランク探偵の助手同士だから連絡を取ろうと話し合って、連絡先を交換した。

 そうして僕達は、僕達の家へと帰宅した。

 珈琲を淹れ、僕は山縣の隣に座る。ソファの背に山縣は腕を回している。

「楽しかったね」

 僕が笑顔を浮かべると、山縣が半眼になった。

「どこがだ? 散々だっただろ」

 そういうと、山縣が伸ばしていた手で、僕の肩を抱き寄せた。そしてそのまま、僕の髪を撫で始めた。

「お前の髪、触り心地は悪くないな」

 その言葉に、僕は思わず照れてしまった。山縣に好きになってもらえるのならば、髪の毛一本も愛おしい。

「なぁ、朝倉」

「なに?」

「結局なんであの時泣いたんだ? それだけは、俺にも推理できなかった」

 僕は肉じゃがを褒められた夜の事を思い出し、両頬を持ち上げる。

「秘密だよ」

「言え」

「秘密」

「おい」

 そのまま山縣が僕の頭をかき混ぜるように撫でた。その擽ったい感触に、僕はずっとニコニコしていた。

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