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第12話

 翌日も、その翌日も、山縣は僕を置いていった。僕は次第に、それに慣れつつある。

「はぁ……」

 溜息が出てしまう。山縣が僕を連れて行くのは、助手が絶対参加と探偵機構から指示があった場合だけだ。そして最近では、それもめったにない。

 もうすぐ、夏休みも終わりだ。

 八月に入り、外は蒸し暑い。劈くようなセミの鳴き声を聞きながら、窓を開けて僕は換気をした。その時、インターフォンの音がした。めったに来客なんてないし、鍵を持っている山縣は鳴らした事がないから、不思議に思ってモニターを見に行くと、そこには、笑顔の御堂さんの姿があった。驚いてエントランスに向かうと、御堂さんが僕に対して微笑した。日向の姿はない。

「こんにちは、朝倉くん」

「こ、こんにちは……?」

「遊びに来たんだけど、迷惑だったかな?」

「いえ……あ、どうぞ」

 驚きつつも、僕は御堂さんをリビングへと促した。するとテーブルの上に、御堂さんがケーキの箱を置いた。

「よかったら、食べてくれ」

「ありがとうございます。すぐに珈琲を淹れますね」

「気を遣わないでくれていいんだけどね」

 気さくな口調で、御堂さんがいう。僕は笑顔を返して、珈琲を二つ用意した。

 そしてカップの片方を、御堂さんの前に置く。

「美味しい」

 御堂さんの言葉に、僕の胸が温かくなった。山縣からは、決して出こない言葉だ。僕は、いつか山縣に、美味しいと言ってもらえたら、幸せだろうなと考える。

「――だけど、捜査に置いて行かれているというのは、本当なんだね。今日は山縣は、事件の捜査で呼ばれていたから、スクリーニングに来なかった」

「っ……はい」

 隠してもしょうがないので、僕は苦笑しながら素直に頷いた。

 すると真面目な顔をした御堂さんが、少し悲しげに僕に言った。

「辛いよな。俺はいつでも話なら聞けるからね」

 御堂さんは、とても優しい。

 僕が小さく頷くと、御堂さんも頷いた。

 この日を境に、特に用もないのだが、御堂さんはちょくちょく遊びに来るようになった。正直僕も、置いて行かれて、一人で暇だったので、話をする内に、楽しくなってきた。御堂さんは、素直に僕を褒めてくれるし、冗談も好きらしい。山縣とは百八十度違う性格をしている。

 ……山縣と、違う。

 僕はそればかり考えている。山縣に会いたいし、山縣と話したいし、山縣は今どうしているのかと、御堂さんと話をしている最中も、山縣の事ばかり考えていた。

 大体御堂さんは、山縣が帰ってくる前に、家に帰る。

 だから現在までに二人が顔を合わせた事はない。山縣は最近深夜に帰ってくる。僕は起きて待っている。するとたまに、戯れに山縣が僕を抱きしめるようになった。山縣の腕の中にいる時は、山縣の存在をじっくりと感じられるから、その内に僕は幸せだと感じるようになってきた。最近の僕は、変だ。どうしてこんなに山縣の事が頭から離れず、その体温が恋しくなるのだろう。よく分からない。

 今日も、御堂さんが遊びに来ている。

 僕はそれなのに、ぼんやりとしていた。

「――ねぇ、朝倉くん」

 名を呼ばれて、僕は我に返った。顔を上げ、すると御堂さんが不意に僕の唇に唇で触れた。何が起きたのか、最初分からなかった。僕が硬直していると、ニコリと笑ってから、御堂さんが僕の事を、ソファの上に押し倒した。

「なっ」

「山縣とはできるのに、俺とは出来ない?」

「!」

 僕が目を見開くと、ポツポツと御堂さんが僕のシャツのボタンを外し始めた。僕は抵抗しようと右手を持ち上げる。するとすぐに押さえられ、ソファの上に縫い付けられた。

「や、嫌だ、止めて。それに山縣はこんなことしない!」

「やだね」

「嫌だ! 止め、離して! 離せ!」

 僕は声を上げる。御堂さんの体温も手の感触も、違和感しかなくて、気持ちが悪い。僕は震えながら涙ぐんだ。力ではとてもかなわない。

 リビングの扉が音を立てて開け放たれたのは、その時だった。

 涙が滲む目でそちらを見ると、虚を突かれたような顔をしている山縣の姿がある。

 目が合うと、山縣は何か言おうとするように唇を震わせてから、冷たい顔に変わった。

「浮気ならよそでやれ」

 言い放たれた言葉に、僕は硬直した。

「ああ、そもそも付き合ってなかったな。失言だ」

 それから吐き捨てるように山縣が笑った。僕の体が冷たくなり、震えだした。気づくと僕は声こそ抑えたものの、ボロボロと泣いていた。御堂さんは怖いし、山縣は誤解をしているし、僕を助けてくれるものは、何もない。もう嫌だ。

「山縣。その言い方はないんじゃないのか?」

 御堂さんが呆れたような声を出して、僕の上から退いた。慌てて起き上がり、僕は両腕で自分の体を抱きしめる。がくがくと震えが止まらない。

「それと俺には本命がいるから、本気じゃなかったよ。言い訳しておくとね」

「出ていけ」

 山縣が冷淡な声でそう告げると、そのまま御堂さんが帰っていった。

 僕はその間も、ずっと泣いていた。涙が止まらない。

 すると山縣が僕へと歩み寄ってきた。そして手を伸ばし、僕の頭をポンポンと叩くように二度撫でた。その感触に、ついに僕の涙腺は倒壊した。山縣の温度と、優しい手つきに、急に安心して、僕は目を閉じる。すると涙が筋を作った。

「泣くな」

「っ」

「……なんで御堂がここにいるのかは知らないが、大方……あいつは俺をライバル視しているから、俺と朝倉の仲を誤解して、寝とるつもりだったんだろうな。あのな、朝倉。お前な、隙を見せるな。俺の助手になるというのは、今後もこういうことがあるということだ。俺はやっかまれてもいるし、恨まれてもいる」

「っ、っく」

「泣くな」

 そういうと、山縣が僕を抱き寄せ、後頭部に手を回した。そして僕の髪を撫でてくれた。僕が泣き止むまでの間、山縣はずっと僕を抱きしめていた。

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