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第11話

 翌日は、登校日だった。助手をしている場合、高等部への通学は絶対ではないのだが、月に一度のスクリーニングと、テスト期間は、登校が義務づけられている。もっともこれも、事件が入ればそちらが優先されるのだが。今は夏休みだが、スクリーニングは変わらずに行われる。

 久しぶりに学校へと行き、僕は椅子を引いた。

 すると隣の席の日向が咳払いをした。

「それはそうと、山縣ってどうなの? 噂の天才高校生探偵は、やっぱりすごい?」

「えっ……う、うん。山縣は、なんていうか隙もないし、完璧だよ」

 これは事実だ。最近では、僕にも少しずつ料理や洗濯を任せてくれるようになってきたが、基本的に山縣は、全部自分でやっているし、僕を足手まといだと口にする。実際、完璧な山縣を前にすると、その言葉は正しい。これは僕の自己評価が低いというわけではなく、客観的な事実だ。

「御堂が、山縣の事ばっかり気にしてるからさ」

「え?」

 確か日向の運命の探偵だったなと思い出しながら、僕は首を傾げた。

「同じクラスみたいなんだけど、山縣は事件に引っ張りだこだから全然学校に来ないみたいだね。御堂はAランクになったばかりなんだけど、やっぱり宿命のライバルは、山縣だって思ってるみたい」

「宿命のライバル……」

「一度、朝倉にも会いたいって話してたんだけど、暇な日、ない? 助手として、セッティングしておこうかとは思う」

 日向が若干不機嫌そうに言った。僕はスマホのスケジュールを確認する。

「水曜か土曜の午後なら」

「じゃあ水曜は? あと、俺も山縣に会ってみたいから、君の家でいい?」

「い、いいけど……山縣がいるかは分からない」

「分からない? 助手なのに?」

「……そ、その……うん。ごめん」

 怪訝そうな顔をしてから、日向が頷いた。

 その日僕が帰宅すると、ピアノの音が響いてきた。立ち止まって顔を上げてから、あまりにも巧みな音色に呆然としつつ、僕は気配を殺してリビングへと向かった。すると僅かに開いていた扉の向こうで、真面目な顔をして山縣が鍵盤を叩いていた。あまりもの迫力に、僕は気圧される。僕だって幼少時からピアノを習っていたけれど、比べ物にならない技巧だというのがすぐにわかる。山縣が弾き終わるまでの間、僕は立ち尽くしていた。

 すると演奏を終えてから、流すように山縣が、鋭い目を僕に向けた。

「なんで入ってこないんだ?」

「その……邪魔をしたくなくて」

「……へぇ」

 山縣は興味がなさそうな顔でうなずくと、立ち上がった。僕はようやく一息ついて、リビングへと入った。この日の夜は、山縣が作った中華料理で、いずれも美味だった。シェフの料理だと聞いても、誰も疑わないだろう。

 僕は食後、リビングのテーブルに、ルーズリーフとタブレット端末を置いた。そして数学の予習に取り掛かる。後期の頭にも、テストがあるからだ。

「うーん……」

 僕は問題を見つめ、唸った。数式はあっているはずなのだが、答えが間違っている。シャープペンを片手に僕が悩んでいると、皿洗いを終えた様子の山縣がやってきた。そして首元のネクタイに触れながら、ルーズリーフを覗き込んだ。

「簡単すぎるだろう」

「……」

 一応これは、本来は高三で習う問題だ。僕達はまだ、高校二年生である。目を伏せて、僕は思わず笑ってしまった。僕だって全国二位だが、目の前にいるのは、完璧の権化である、全国一位の山縣だ。

「ここが間違ってる」

 山縣が呆れたような声を出した。驚いて僕が目を開けると、僕のペンケースからボールペンを取り出した山縣が、さらさらと達筆な字で間違っている個所に注釈を入れた。

「あとこっちも間違いだな」

「あ、本当だ」

「それと、こちらもだ」

「! あ、ありがとう!」

「ここは――」

 そのまま無表情で、山縣が、僕に数学を教えてくれた。その横顔が、無駄に格好よく見える。僕はドキリとしてから、次第に集中し、無事に予習を終えた。

 ――水曜日が訪れた。本日も、朝目が覚めると山縣はいなかった。僕は俯きつつ来客の準備をし、待ち合わせの時刻になったインターフォンを見た。そこには日向と――一人の青年が立っていた。山縣のブレザーと同じ服を着ているから、彼が日向の運命の探偵の、御堂さんなのだろう。

「ようこそ」

 僕は微笑し、エントランスで出迎えた。すると日向が頷き、御堂さんが会釈した。

「御堂です。よろしく」

「よろしくお願いします」

「会えて光栄だよ。それにしても山縣の助手が、こんなに美人だとはね」

「美人って、男に言う言葉じゃないのでは?」

 冗談めかして放たれた言葉に、僕は吹き出した。

 すると日向と御堂さんが顔を見合わせた。

 その後僕は、二人をリビングまで誘い、珈琲の入るカップをそこに置いた。自分は対面する席に座す。そして改めて二人を見た時、御堂さんが目を細めて笑った。

 それから僕達は、暫くの間雑談に興じた。最初は、二人が僕に、山縣について聞いていたのだけれど、その内に僕がほとんど何も知らなかった結果、学園での山縣の話になった。ほとんど登校しないが、非常にモテているそうだ。

 その時、エントランスの扉が開く音がして、少しするとリビングのドアが開いた。

 見ればネクタイを緩めながら、山縣が入ってきたところだった。

「おい、靴が――……御堂? なんでお前がここに?」

 山縣が御堂さんを見ると、眉を顰めた。

「君の助手を見に来たんだよ。すごい美人で驚いた」

「ま、こいつの取柄は顔だけだからな」

 そんなやりとりをしている二人に、いたたまれない気持ちになりながら、僕は山縣の分の珈琲を淹れるために立ち上がった。そしてそれをもってリビングへと戻り、僕は山縣の隣に座る。

「ところで、探偵機構主催の親睦会を兼ねたキャンプ、行くか?」

 御堂さんの声に、僕は思わず山縣を見た。招かれるだけでも光栄な、有名なキャンプだ。正直僕は行ってみたい。

「そんな面倒なのに、誰が行くか」

「え、行かないの?」

「は? なんだよ朝倉? お前行きたいのか? くっだらねぇな」

「……そうだね。山縣は忙しいしね……」

 僕は苦笑してから俯いた。

 するとその時日向が、グイと身を乗り出して、山縣を見た。

「山縣さん」

「ん?」

「朝倉って、助手としてはどうなの?」

 日向がニコニコしている。僕は胃が痛くなってきた。するとチラリと僕を見た山縣は、その後日向に向き直った。

「お前よりは、使えると思うぞ」

「なっ」

 日向が目を剝く。それから日向は不機嫌そうに唇を尖らせてから、激怒するような眼をして立ち上がった。

「帰ります」

「おい日向……。ああ、まぁ、またね。山縣、朝倉くん」

 こうして二人は帰っていった。呆然とその場で見送っていると、僕の隣で山縣が嘆息した。

「おい」

「なに?」

 僕が顔を向けると、山縣が僕をじっと見据えていた。

「――いいや、なんでもない」

 山縣はそういうと立ち上がり、自分の部屋へと戻っていった。

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