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第9話

 ――高等部も二年になると、運命の探偵が決まりペアを組む助手が増え始める。僕の周囲でも、最近であれば、日向が御堂さんという探偵と引き合わせられた。最近、といっても、それはもう昨年の事で、高等部の二年生になっても、一人なのは、僕だけだというのが実情だ。

 試験結果を見る。僕は今回も、学年首席だった。けれど紙や実技の成績が良好だからといって、運命の探偵と出会えるわけではない。

「……」

 そもそも、本当にそんな相手は存在するのだろうか?

 最近の僕は、懐疑的だ。助手としての教育しか受けてこなかったから、将来への不安もあり、誰とも出会えなかった時に備えて、最近の僕は勉強に打ち込んでいる。本日同時に返却された全国模試の結果を見る。僕は、そちらでは二位だった。上位三百名は名前が開示される模試だったのだが、一位の欄に踊るのは、今回も山縣正臣という名前である。

 僕は山縣の顔を知っている。いいや、有名な高校生探偵、しかも日本にたった五人しかいないSランク探偵の顔を、一度もメディアで見た事のない人間の方が少ないだろう。

 五人の内の二人、山縣忠臣と階田透子というSランク探偵二名の一人息子であり、有名な探偵才能児だ。山階探偵学園に通っているらしい。だが事件への捜査協力依頼が後を絶たないため、あまり通学はしていないそうだ。これは、日向から聞いた。日向の運命の探偵が、同じクラスなのだという。

「山縣の助手、どんな人なんだろうね。なってみたいよ、俺も」

 日向がそんな事を言って笑っていた事がある。僕としては、既に御堂さんが見つかっているだけで、日向が羨ましかった。そしてそれを日向はよく分かっているようだった。

「まぁ、御堂はとても優れた探偵だけどね。俺にふさわしいよ。どこかの誰かと違って、やっぱり僕には実力があるから、御堂と引き合わせてもらえたのかな。運命ってよく見てるよねぇ」

 最近の日向は、僕にあからさまな嫌味を言う。僕は聞き流していた。元々日向は僕をライバル視していたのだが、僕に探偵が見つからないものだから、最近気をよくしているらしい。

「……」

 僕は改めて成績表を見た。

 僕は別に、山縣の助手になりたいというような思いはない。華々しい活躍をする高校生探偵は偉大だが、僕は僕の手助けを必要としてくれるたった一人とめぐり合いたい。

「朝倉。理事長先生がお呼びだ。すぐに来てくれ」

 その時、扉から声がかかり、僕が顔を上げると担任の先生が手招きをしていた。

 なんだろうかと考えながらも成績表を鞄にしまい、僕は立ち上がった。

 階段を上がって廊下を歩いていき、職員室の隣にある、理事長室へと向かう。

  そしてノックをすると、声がかかった。

「失礼します」

「やぁ、朝倉くん。急に呼び出してすまないね。座ってくれ」

「いえ……」

 促されて、僕はソファに座った。すると正面の席に理事長先生が座した。

「実は君の運命の探偵の件なのだが」

「はい」

「――実はとっくに判明していたんだ」

「え?」

「ただし探偵側の要望で、これまで引き合わせる事をしなかった」

「要望、ですか?」

 僕が首を傾げると、理事長先生が大きく頷いた。

「完璧なんだが、少し性格には癖のある探偵でね。そう――彼は、完璧すぎるんだ。一人で何でもこなす事が出来る。それゆえに、自分には助手など不要だと言い張っていてね。しかし規則は規則だ、絶対だ。引き合わせないわけにもいかない。そこで事件が落ち着いているこのタイミングで、君達には、正式に探偵と助手として、一緒に暮らしてもらう事になった」

 探偵と助手は、基本的に一緒に暮らすので、その部分には僕に不安はなかった。

 ただ、完璧、というのがよく分からない。

「朝倉くんと先方のご家族には、すでに了解を得ている。荷物も運んでくれるそうだ。これが、家のカギだ」

 理事長先生がテーブルの上に、銀色のカギを置いた。それを受け取り、僕は小さく頷いた。

 指定された場所に行くと、三階建ての一軒家があった。四角いフォルムと灰色の壁を見てから、僕はエントランスへと向かう。鍵を回してから、僕はそっと扉を手で押した。カードキーよりもセキュリティ性が高い最新の鍵だと分かる。

 玄関には背の高い観葉植物と、傘立て、その隣に収納スペースがあった。僕は靴を脱いで、中に入る。傍らにあったスリッパを見て、一足手にした。

 人の気配はしない。

 山縣正臣は、これから来るのだろうか?

 そう考えながら、歩いていくと、右手に浴室と洗面所、トイレがあり、正面はリビングに続いていた。象牙色のソファを一瞥してから、僕は広がっているアイランドキッチンを見る。料理をはじめとした家事は、多くの場合助手の仕事であるから、これから僕はここで色々なものを作るのだろう。山縣は果たして、気に入ってくれるだろうか?

 リビングの奥にはピアノがある。

 逆側の壁には、二階へと続く階段があった。生活感がまるでないその家で、僕はまず珈琲を淹れた。そしてゆっくりとソファに座った。

 エントランスのドアが開く音がしたのはその時で、何気なくそちらを見ていると、俯きがちに山縣が入ってきた。顔を上げた山縣は、立ち止まると顎を少し持ち上げて、忌々しそうな顔で僕を見た。

「お前が俺の助手か?」

「あ、うん……朝倉水城と言います」

「出て行ってくれ。俺には助手なんて不要だ」

 冷ややかな声音だった。端正な顔で睨まれると、迫力がある。一方の僕は、息を詰めてから、必死で笑顔を浮かべた。

「何か僕にもできる事があると思うし、その……これから、よろしく」

「できる事? 何か一つでも、お前に俺よりできる事があるのか?」

「え……? ええと……――夕食は食べた? 何か作ろうか?」

「お前は料理が出来るのか? とてもそういう手をしているようには見えないが」

「一応、一通りの料理は覚えているよ」

「一応、か。俺の嫌いな言葉だ。やるのならば完璧をせめて志せ」

「っ」

「俺は風呂に入る。その間に出ていけ」

 ブレザーのネクタイを緩めながら二階に登っていく山縣を眺め、僕は俯いた。出て行けと言われても、全寮制だった学園には、もう僕の部屋はないし、実家に帰るとなると、既に飛行機がない。溜息をつきつつ、少しずつ慣れていこうと考えて、僕は夕食を作る事にした。

 冷蔵庫から材料を取り出し、この日僕は、肉じゃがを作った。

 すると浴室から戻ってきた山縣が、片目を眇めて、僕を睨みつけた。

「まだいたのか」

「っあ、あの……夕食の用意をしたから、よかったら」

「これは?」

「肉じゃがだけど……」

「朝倉財閥では思いのほか庶民的な食生活を送っているらしいな」

「え? なんで僕の実家を知ってるの?」

「迂闊な口だな。推測しただけだ。俺は口が迂闊な助手など、それこそお断りだ。仕事に支障しか生まれない」

「……っ」

「まぁ料理に罪はない。わけろ」

 その声に、僕はおずおずと頷いて、肉じゃがを皿に盛りつけて、リビングのテーブルの上へと運んだ。他には白米とみそ汁、きんぴらごぼうとほうれんそうのお浸しを用意した。それらを見ると、山縣が嫌そうな顔をした。

「家庭料理なんて食べたことはないが、いかにも不味そうだな」

「……そ、その……味は悪くないと思うよ?」

「思う? 思うという言葉も俺は嫌いだ。断定しろ」

「僕は美味しいと思ってる!」

「そうか」

 無表情のままで手を合わせ、山縣が箸を手にした。そして一口食べると、箸を置いた。

「食べる気が起きない」

「不味かった……?」

 僕がおろおろしながら問いかけると、シラっとした顔をして、山縣が立ち上がった。そして無言で、キッチンへと向かう。

 ――一時間後。

 僕が冷めた肉じゃがを見ていると、山縣が皿を持って戻ってきた。僕は目を見開く。そこには輝くような子羊のステーキが盛り付けられた皿があって、テーブルの上にはフレンチが並んでいく。

「料理が出来るというのならば、せめてこのくらいは作れ」

「……ごめん」

 クオリティが違うのは、明らかだった。確かにこれでは、僕の肉じゃがなど無価値だろう。俯きつつ、僕は作り笑いを頑張った。その後一人でナイフとフォークを手にし、山縣が食べ始める。終始俯いていた僕は、皿洗いを申し出ようと思っていた。そんな山縣が箸を手にしたのは、最後の頃だった。

「食材には罪はないからな」

 山縣はそう述べると、冷めきっている肉じゃがを、また数口食べた。

「あ、あの! 僕は皿を洗うよ」

「できるのか?」

「うん」

「――そうか。じゃ、頼んだ」

 こうして食後、僕はお皿を水で流し、食器洗い機へと入れた。するとやってきた山縣が僕に対して怪訝そうな顔をした。

「おい」

「うん?」

「俺は流し台に水を飛ばして汚しているようにしか見えないが、どこをどうきり取れば、皿洗いが出来るということになるんだ?」

「っ」

「もういい俺がやる。本当に役立たずだな」

 冷淡な声音でそういうと、山縣は僕の体を軽く突き飛ばした。

 よろけてから、僕は渋々とリビングへ戻り、ソファに座った。そして見守っていると、山縣がお皿をピカピカにした上で食器洗い機へと収納し、その時には流し台もHIのヒーターの周囲も完全に綺麗になっていた。

「明日には出ていけ。お前はただ邪魔なだけだ」

 山縣はそういうと、二階へと戻っていった。僕はそれまでずっと上辺には笑顔を浮かべていたけれど、一人になった時、思わず唇を噛んだ。上手くやっていける気がしない。

「ううん、まだ初日だしね。これから少しずつ、歩み寄っていけるよね」

 一人そう呟き、僕は自分を鼓舞してから入浴した。

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